《不用なし方》第66話
「あれ? 今日アイツいなくない?」
陸上部の練習風景を眺めながら歩いていると、花が優希の姿が見えないことに気付いた。
「本當だ、いないですね。休憩かな? もう試合期だからサボってはいないと思うんですけど」
「試合期? 大會でもあるの?」
「はい、春は関東インカレがあります。兄ちゃんは四継に出るって言ってました」
「ヨンケイってのはよく分かんないけど、関東って付くし、関東大會みたいなじ?」
「そうです。で、夏に全國大會みたいな」
「へぇ……」
亜は二人の會話を黙って聞きながら、優希が短距離グループにいることを意外に思っている自分に驚く。
なんとなく長距離タイプに思えたからだ。どうしてそう思ったのかは分からない。
亜は優希の姿を見られないことを殘念に思いつつ、三人の後ろを付いていった。
カフェは大學の近くにあるため、講義終わりの學生が多く訪れている。花も同じ講義をけている友人から聞いて興味を持ったのだ。
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「あれ?」
一番前を歩いていた佳山がなにかに気付いて足を止めた。
「どうしたの、佳山くん?」
背後から顔を覗かせた花が佳山の視線の先にいる人に気付いて顔を顰める。
「あ、兄ちゃん、と……え?」
目的地であるカフェのテラス席にはよく知る人がいた。優希と……母の姿を見つけて亜の眼に揺が走る。
母は優希になにを言ったのだろうか? 今までも知らないところで會っていたのだろうか?
「なん……で、お母さんと、優希さんが……?」
亜が優希に関わることを嫌がっているのに、自分は會いに出掛けるというのはどういうことなのだろうか?
元々あった疑問と不信が一気に膨れ上がる。
そこにはもしかしたら他の要素も含まれていたのかもしれない。
抑えきれないほどの不快と嫌悪。そして憎悪にも似たが彼の中に渦巻いていた。
「あ、立った」
花の呟きに反応するように我に返った亜は、の服の袖を引っ張って歩いてきた道を引き返していく。
「亜さん?」
「多分、私とくんは見られない方がいいと思うから……」
母の車がどこに停められているのか分からない以上、大學まで戻った方がいいような気がした。
「あとで兄ちゃんに訊いてみるよ、どんな話をしてたのか。気になってるんでしょ?」
大學の門の前で足を止めたが亜を安心させるように微笑む。
「噓や隠し事はしない。約束」
い子どものように小指を差し出されて、亜は苦笑しながら自分の小指を絡めた。そのとき、頭の中に誰かと指切りをしているい自分の姿が浮かんできを止める。
「亜さん?」
「あ……ごめん、なんでもない」
無理に思い出そうとすれば、年末のように激しい頭痛に襲われて倒れてしまうかもしれない。思い出したい気持ちもあるけれど、耐えられない痛みに襲われたときの恐怖の方が勝る。
亜はポケットから攜帯電話を取り出すと、今日はもう帰るというメッセージを花へと送った。
「カフェは今度にして、今日は帰ろっか」
「賛」
亜の言葉に頷いたと二人で駅に向かって歩き出す。
「あ、さっきの話だけど」
「さっきの話?」
なんのことだろう? とを見上げる。
「兄ちゃんの話。本當に選手として四継で関東インカレに出るんだ」
「あ……」
そのことかと小さく頷く。は"本當に"と強調したけれど、彼の言葉を疑ったりはしない。疑う理由もない。
「亜さん、一緒に応援いかない?」
「い……いきたいっ」
考えるよりも先に聲が出ていた。亜の元気な返事にがクスクスと笑う。
「なっ……なんで笑うの?」
「いやぁ、亜さん可いなぁって」
陸上の練習を眺めるのは好きなので、大會もチャンスがあるのならば実際に観てみたいと思っていたけれど、恩人である岡部や優希が敢えて口にしないことを尋ねるのは気が引けた。特に優希は陸上部にって間もないと聞いたので大會に出ない可能もあると思うと余計に訊きにくかったのだ。
こうしてがってくれたのは本當にありがたい。
「じゃあ、詳しい日程とか分かったら連絡するね」
「うん」
母に正直に話せば、きっと反対されてしまうだろう。なんらかの口実を考えなければいけないというのは、罪悪で心が重くなるけれど、母の言う通りにだけいていては失った記憶は絶対に取り戻せない。
先程見た母と優希の姿が気になりつつも亜はに頷いたのだった。
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