練習しているとき、ずっと見られているような気がしていた。

 　気のせいか、もしくはただの野次馬だろうと気にしないように努めていたけれど、その視線はあまり心地よいものにじられなくて、優希はトラックを走りながらさりげなく周囲に視線を向けて自分を見つめる人を探した。

言いたいことがあるのならば目の前にやってきて言えばいいのに、と面倒臭く思いながら走っていると……普通ならばそこにいるはずのない人を見つけて優希は小さく嗤った。

「そりゃ、言いたいことなんて山程あるよなぁ……」

ないはずがない。三日三晩語ったところで言いたいことの半分も吐き出せるかどうかだろう。

優希は走るのをやめ、そのまま岡部の方へと歩いて向かった。

「岡部、ちょっと抜ける」

「どうした？」

「……話がありそうな人がいた。そう時間は掛からないと思う」

岡部は優希が歩き始めた辺りに視線を向け、過去に見たことのある顔を見つけると同時に彼の言いたいことを理解した。

「一時間以な」

岡部が優希の背中に聲を掛ける。彼は小さく手を振ってベンチに置いてあったジャージを羽織るとその場を離れていった。

門の方へと歩き出すと、誰かが付いてくる気配をじた。できるだけ人がない場所で聲を掛けようと考えながら歩いていると、優希が振り返る前に背中に聲が飛んできた。

「優希くん」

聲を掛けてきた人が誰なのか分かっているので驚くことはない。優希は足を止めて振り返った。

「……お正月ぶり、ですね」

優希の視線の先には亜の母親が立っていた。彼からすれば亜が実習に參加しているときに一度見掛けているのだけれど、夢の旅人だった彼はそれを知らない。彼もそれを分かっているので聞き流した。

「し、話がしたいんだけど……」

「構いませんよ、一時間くらいしか抜けられないんですけどいいですか？」

亜の母親が頷くのを見て、優希は靜かに話せそうな場所を考える。

「さっき……コインパーキングの傍にカフェがあったんだけど、そこじゃ駄目かしら？」

正直、駄目だと即答したい……。

優希は言葉を飲み込むようにを噛んで額を掻く。

「……テラス席でもいいですか？　おそらく店はここの學生ばかりなので」

優希は部活終わりに岡部と何度か立ち寄ったことがあるので、基本的に使用されないテラス席は騒がないことを約束すれば使わせてくれることを知っていた。

亜の母親が首肯するのを見て、彼のし前を歩き出す。

カフェの店長は三十代の男だ。最初に足を踏みれたとき、食品を扱うというのに立派な髭を蓄えている彼を見て良い印象は抱けなかった。

しかし、彼は學生にとって良い相談相手らしい。優希たちの通う大學の卒業生で、教授たちとも未だ流があってなかなかな報通である。

「おや、いらっしゃい」

カフェの近くまでやってくると、店頭を掃き掃除していた店長が優希を見つけて聲を掛けてきた。

「こんにちは。……あの」

「テラス席を使うかい？　ブランケットと暖房を用意するよ」

優希が頼む前に察したらしい店長が笑顔で箒を持って店へと戻っていく。

「よくくるの？」

「いえ、そんなには……店長は察しがいい人なんです」

店にることなくテラス席の準備が整うのを待つ。

「寒く、ないですか？」

「ありがとう、大丈夫よ」

會話が続くはずもなく、なんとなく気まずさをじていると、店長が手を上げて合図をくれた。

「あ、準備ができたみたいです。そこの階段からどうぞ」

テラス席には店を通らなくても歩道に面した階段からいくことができる。

「メニューをどうぞ。キミは……レモネードだったっけ？」

「……よく覚えてますね」

「職業柄ね」

「私は……ホットコーヒーをお願いします」

亜の母親は店長からけ取ったメニューを開くことなくコーヒーを頼んだ。早く人払いをして本題にりたいのかもしれない。

店長もそうじたのか亜の母親にブランケットを手渡して早々に立ち去る。

「ごめんなさいね、部活中に」

「いえ……」

「もっと、早くにきたかったんだけど……なかなか決心がつかなくて……」

一、亜の母親はなにを言おうとしているのだろう？

優希はテーブルの下で両手をギュッと握り締めた。

張する優希の目の前に見覚えのあるものが置かれて、優希のが大きく震える。

「……あの事故の日まで、亜が使っていた攜帯よ」