《不用なし方》第71話

が家に辿り著いたとき、ガレージには既に自家用車が停まっていた。

母は帰宅しているようだ。

なんとも表現し難いを抱きながら玄関のノブに手をばす。小さな音を立てて扉が開くと、心の準備が整う前に廊下を掃除している母と鉢合わせてしまった。

悪いことをしたわけではないけれど、なんだか気まずい。

「あら、おかえりなさい」

「た……だいま」

の気持ちなど知る由もない母は穏やかな顔で彼を迎えた。その笑顔に若干引っ掛かるものをじながら、先程のことをどう切り出そうかと考える。

靴をいで母に背を向けるようにして揃えていると、背後で小さく息を吐き出す気配がした。

「そうそう、お母さん今日ね……優希くんに會ったの」

「え……?」

まさか尋ねる前に話してくれるとは思わなかった。揺しつつも平靜を裝って振り返り、母の様子を窺いながらスリッパに足を突っ込む。

「彼……亜の通う大學の陸上部に所屬しててね、春の大會に出場するんですって」

「そう……なんだ……くんはときどき見掛けるけど、お兄さんも同じ大學だったんだね。あ、だから大沼先生のことも知ってたのかな?」

知っていると答えれば、どうして知っているのかと訊き返されそうなので初めて知ったことにする。正月に會ったとき、同じ大學に通っていることを彼は言わなかったはずだ。

とはいえ、今まで母がこうして誰かについて教えてくれたことはあっただろうか?

から聞いて知っている事柄なので噓ではないことは分かっている。一どういう意図で母は教えてくれているのだろう?

記憶を失ってから今までのことを考えると、素直に親切心だとは思えなかった。この後になにを言ってくるのか分からなくて、つい構えてしまう。

「……観にいきたい?」

「え?」

聞き間違いかと思った。

「ほら、亜は走るの好きじゃない? だから、興味あるのかしら、って……あ、別に無理にどうこうってわけじゃ……」

「み……観たいっ」

一瞬、自分の都合がいいように聞こえただけなのかと思った。けれど、母は確かに"観にいきたい?"と亜に訊いていた。亜の意思を尊重してくれようとしている。

今まで散々勝手判斷でやってきた母が、亜の意向を尋ねてきたのだから驚くのも仕方がない。とはいえ、嬉しい変化だった。

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