《不用なし方》第75話

「あ、こらっ! なに、さりげなく亜の橫陣取ってんのよっ」

岸さんとくんが楽しそうに話してるから先に座らせてもらっただけだよ」

「誰と誰が楽しそうに話してたって?」

「あ、そろそろ始まるんじゃないかな。結構ギリギリだったね」

佳山の視線を追うようにトラックを見下ろすと、優希たちの姿が見えた。一瞬だけ視線がぶつかったような気がした彼の顔には笑みが浮かんでいる。

本當に走ることが好きなのだな……と思う亜は相當鈍いが、強ち間違いでもないのだから誰も突っ込むことはできない。

そして競技が二つほど進み、亜が祈るように両手を組んで心拍數を上昇させながら靜かに見守る中、レースは始まった。

たくさんの音が聞こえるはずなのに、亜の耳には一切の音がってこない。

無音の中、優希たちのチームがスタートした。

一番手が危なげなく二番手にバトンを繋ぐ。け取った走者は一瞬バランスを崩したものの、どうにか勢を立て直して三番手である優希の掌へとバトンを乗せた。

ノールックでバトンをけ取り、左手から右手へと持ち直した優希の眼は自分を待つ岡部だけに向けられている。 

は、バトンを持ち直した瞬間に優希の口角が上がったのを見た。

勝利を確信しているのか、ただ走ることが楽しいのか……そのどちらもなのか。

の視線は優希の姿に釘付けになっていて、バトンがアンカーの岡部の手に渡ってからも、優希から離れることはなかった。

走り終えた優希が岡部を見送り、ゆっくりと歩きながら額の汗を腕で拭って顔を上げる。

額から離れた手を親指を立てて握り、亜に向かって差し出した。

「亜、やったよ! 二位だよ!」

気味の花が亜に抱きつく。

二位であれば決勝進出だ。

じわじわと嬉しさが込み上げてくる。

トラックでは走り終えた四人が拳をぶつけ合っていた。しだけ悔しそうな顔をしているのは二番手を走った男だ。おそらく、バランスを崩したことを気にしているのだろう。

そんな彼に、優希がなにか言葉を掛けて背中を優しく叩くと、その表しだけ和らいだ。

やはり、彼は優しい。

は四人の予選通過を大きな拍手で祝った。

たちの傍にいる人々も彼らを応援していたようだ。

彼らの名を呼びながら、笑顔と惜しみない大きな拍手が送られていた。

降ってくる拍手に小さく手を振って応える優希は意外にもスッキリとした気持ちでいた。

結果は目指していた一位通過ではなかったものの、決勝に繋がったのだから及第點といえるだろう。

チャンスはまだある。

優希たちの眼はもう既に明日のレースに向けられていた。

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