《不用なし方》第81話

遠くで誰かが呼んでいる。し前にも似たようなことがあった気がする。

重い瞼を持ち上げるけれど、頭の中に電流が流れているかのように痺れていてなにも考えられない。

「亜……?」

自分のものではないかのように思うようにかないは、口を開けることも聲を発することもできない。唯一できるのは瞬きだけ。 

は返事の代わりにし長めに目を瞑って瞼を持ち上げた。

の手を握っていたのは……家族ではなく、優希だった。その表は疲れきっていて目の下の隈も濃い。まるで何日も眠っていないかのように見えた。

「あ……亜が……亜が目を……っ、誰か!!」

優希がナースコールのボタンを押しながらぶ。

その様子をぼんやりと眺めながら亜は再び眼を閉じた。何故か酷く疲れていた。

「亜っ」

呼ばれて返事をするように目を開くのは條件反に近い。

廊下が急に騒がしくなって、病室に人が雪崩れ込んでくる。

室してきた一人一人の顔をじっと見て、安心させるように微笑んでから亜はゆっくりと目を閉じた。上手に微笑むことができたかは分からない。けれど、今の亜にできる一杯だった。

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病室に亜の穏やかな寢息だけがやけに大きく聞こえる。

「起きたと思ったらもう寢てやんの……どんだけ寢る気だよ、お前」

優希は苦笑しながら亜の頬をそっと突く。その瞳には涙が滲んでいた。

病室にってきた醫師が亜の診察をしたけれど、目を覚ました狀態できちんと診ないとハッキリとしたことは言えないと病室を後にする。

「優希くん、今日はもう家で休んだら?」

先程まで廊下にいた亜の母が困しながら口を開いた。優希は亜の母同様、亜が病院に運び込まれてからずっと病室にいる。周囲が心配するのも當然だろう。

「兄ちゃん、せめて風呂りにいったら? くるなとか寢ろとか言わないからさ」

慌てた醫者たちを追って病室へとやってきたが口を開く。

目を覚まさない亜に付き添う優希が眠っている気配はない。元々不眠気味であることを知っているの心配は周囲以上である。それでも、言いたい言葉を飲み込んで兄の希を優先させてしまうのは、彼の危うい神狀態を考えてのことだ。

前回と違って、今回は誰も二人を引き離そうとは考えていない。

「亜さんが次に目を覚ましたときに兄ちゃんが臭かったら引かれちゃうよ?」

「確かに。その狀態だったら私もハグは遠慮願いたいわ」

と一緒に病室にやってきた花が鼻を摘まみながらもう片方の手を左右に振っている。

岸、てめぇ……」

「風呂るのに何日も掛かるわけ?」

「は?」

「ちょっとの時間離れたところで問題ないって言ってんの」

花は亜のベッドを挾んで優希の正面の椅子に腰を下ろすと真っ直ぐに彼を見た。

「なにかあったらメッセージ送ってあげるくらいできるし?」

手にした攜帯を振って見せると、水族館で買ったお揃いのストラップが揺れた。亜に関わること限定で信用し合っている二人だ、優希も彼の言葉を疑ってはいない。

「ったく……らしくねぇことしやがって……」

「あんたに言われたくないね」

花なりに心配していることが伝わったのだろう、優希が居心地の悪そうな顔で立ち上がると、病室にいる全員がホッとした表を見せる。それを見てなにも思わない優希ではない。

「兄ちゃんの著替え、ここにあるよ」

ボストンバッグを持ち上げるに、優希が照れたように笑う。

「看護師さんには話を通しておいたから」

「おぅ」

近付いてくる優希にバッグを差し出すと、それをけ取って優希は病室を後にする。

「看護師になんの話を通したって?」

「家には帰らないと思ったんで、兄ちゃんの家に泊まって著替え持ってきて、今朝看護師さんにシャワー室貸してくれってお願いしといたんです」

「そこまで理解されてると、さすがに引くわ」

「生まれたときから知ってますから」

には兄がどんな人か、家族の誰よりもよく知っているという自負がある。兄である優希もまた一番の理解者が弟であると思っていた。

「ここを離れる気ないんです、兄ちゃんは。だったら、妥協しやすい條件を出すしかないかなって」

兄の姿が見えなくなった廊下を眺めながらは首を竦めた。

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