《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第1話 王の妃

白雪姫は、私が子どもの頃に好きだった話だ。

絵本の表紙ではかわいいお姫様が、森のこびとやたちに囲まれ幸せそうに微笑んでいた。

結末は王子様と結ばれるハッピーエンドだ。

何も努力せず周りが幸せにしてくれるなんて、今の時代には古いのかもしれないけれど……。

絵本の中でくらいいいじゃない? 今でもあの優しい世界は、私のの中にある――。

その時、私は森の中にいた。

目を閉じていて何も見えないけれど、森の香りとざわめきが、私のを包んでいた。

ふわふわして気持ちよくて、目を開けることができなかった。

草の上に、私は仰向けに橫たわっていた。の上で両手を組み合わせて……。

誰かの気配が近づいて、その人が私を見つめているのがわかった。

「……なんとしい人だろう……」

夢見るようなため息が聞こえた。

に、優しいキスが降ってくる。

それを合図に開かなかった私のまぶたが開いた。

目の前にいたのは悍な顔をした壯年の男だ。雪のようにきらめく銀の髪。赤いマントには獅子や草花などをかたどった、黃金の飾りがいくつもついている。

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勝手にキスするなんていただけない。本來なら斷固抗議すべきところだけれど、イヤなじはしなかった。

まあ言ってしまえば彼がイケメンだったからだ。セオリー的にイケメンは正義だ。たまにかっこいい悪役もいるけれど、彼の場合は違うと思う。

私を見つめる空の瞳には悪意のかけらも見當たらず、穏やかな優しさが満ちていた。

「おお、目覚めたか」

彼の表が喜びのに染まった。

「私は雪解けの國の王・フリオだ。レディ、君の名前を教えてくれないか?」

彼は私のそばにひざを突いている。

私はゆっくりとを起こした。

「私は……」

言いかけたが止まった。なぜならその先の言葉を持ち合わせていなかったから。

自分の名前が思い出せなかった……。

フリオ王がまっすぐにこちらを見つめ、私の返事を待っている。

しながら見回すと、周囲には彼の配下らしき騎士たちが幾人も控えていた。

全員がこちらをじっと見つめている。

「どうしたのだ?」

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私の様子を不審に思ったのか、フリオ王が視線を揺らして問いかける。

「いえ……。名乗りたいのはやまやまなんですが、思い出せないんです……」

私は正直に答えた。

「記憶喪失とか……ふふっ、ウソみたいだけど本當に……」

自分は何者なのか。どうして森の中に橫たわっていたのか。考えても途方に暮れるばかりだ。そして人間は、本當に困ると笑うらしい。

「それは大変だ! 倒れて頭を打ったのではないか? それで記憶が……」

フリオ王はどうやら信じてくれたようだ。

怪我がないか確かめるように、私の首の後ろへ手をやった。

「立てるか? どこか痛むところは……」

「どこも……」

ゆっくりと立ち上がり、自分でも見える限りを確かめる。

怪我らしい怪我はどこにも見當たらなかった。

ひとまず安心したいところだけれど、周囲の森は深く、クマやオオカミなど野生の獣が出てきそうな雰囲気だ。

フリオ王や騎士たちは剣や弓矢を持っていて、森に狩りをしに來たみたいだし。

丸腰の私は彼らと違って、おそらく獣に狩られる側の立場だった。

心細いといったらない。

そこでフリオ王が、優しく私の肩を抱いた。

「レディ、ひとまず我が城へ。記憶が戻るまでゆっくり過ごすといい」

「でも……いいんですか……?」

王の親切は嬉しい。それと同時に心配にもなる。知らない人についていって大丈夫なのかと。

でもこの場合“イケメン=正義”を信じるしかないのか……。他に行くところもないし。

王が丈夫そうな歯を見せて笑った。

「今日の狩りは散々だったのだ。しかししいレディを連れ帰れば、城で留守番している兵たちに自慢できる」

しいレディって……。言われたこっちはくなるけれど、彼に悪意はないらしい。

王は屈託のない笑みを浮かべていた。

フリオ王の城はとても大きかった。

地を這い、天に腕をばすような城壁に囲まれており、その城壁は數多の民を住まわせる城下町を抱えている。

中心にそびえる宮殿は複雑にり組み、大小いくつもの尖塔を持っていた。

白い外壁と優雅なたたずまいから、宮殿には“白い貴婦人”という稱があるらしい。

私はその中に、広々とした部屋を與えられた。

部屋はいくつかに區切られており、居間や寢室のほか、風呂場やメイドさん用の控え室も付いている。調度品はどれもきらびやかでしく、その上デザインが統一されていた。

おそらくここは、ただの客間ではなくVIPルームだ。どこの馬の骨ともわからないに貸すべき部屋でないのは明らかだった。

さすがに待遇がよすぎて怖くなる……。何か裏があるんじゃないのか。

それともあの王が、恐ろしいほどのお人好しなのか。

フリオ王の穏やかな笑顔を思い浮かべてみる。

あの笑顔の裏で、何か悪いことを考えている? うーん、考えづらいけれど……。

あとで請求書が屆いても驚かないようにはしておこう。払うかどうかは別にして。

そもそも私は財布を持っていなかった。

「……と、お部屋のご説明は以上でございますが」

係のが言った。部屋の豪華さに驚いて聞いていなかったけれど。

「何かご質問はございますか?」

「その前に、ここはどういうお部屋なんですか……!? どうして私をこの部屋に?」

私が思わず前のめりになって聞くと、彼し困ったような顔をした。

「ここは、王妃様のためのお部屋なのです」

「王妃様……!?」

私は慌てて部屋の主を探した。

けれども自分たち以外、靜かな部屋に人の気配はない。どういうことなのか。

「王妃様は五年前に亡くなっています。陛下と、ひと粒だねの姫様を殘して……」

つまり空き部屋だから使わせようっていうのか。王妃のための大切な部屋を?

キツネにつままれたような気分になる。

イケメンが男やもめで子持ちということにも驚いたけれど、まあ王様なんだから仕方ない。人にはいろいろと事がある。

最近ではそういうキャラ設定もありなんだろうし……。

それはそうと、どうして王が私を“王妃の間”に住まわせたのか。

その答えは數日後の夜に明らかになった。

「レディ、私は君を妻にしたいと思っている。森で見つけた時から決めていた」

夕食を共にしたフリオ王が打ち明けた、衝撃の事実だった。

すっかりお人好しの王だと思い込んでいたけれど、下心アリアリだったらしい……。

「いや、でも……」

どういう趣味なんだろう。私はたぶん人でもなんでもなくて……。

しいレディだなんて言われても、今まで信じていなかった。

ただ、森でキスされたのは覚えている……。

つまり……どういうこと……?

揺を落ち著かせようと食後のワインを口に運ぶけれど、渋み以外の味がわからない。いいワインのはずなのに。

「私が……、王様の妻に?」

「そうだ。我が國は宗教上一夫一婦制だ、君が王妃ということになる」

  イケメンを餌にされても荷が重すぎる……。

“あんなブスが”って、貴族のご婦人方から石を投げられるパターンだ。

「でも、私には記憶が……」

そうだ、記憶がないことを言い訳に逃げよう。

そう思ったけれど、フリオ王は真剣だった。

「もし君に夫がいたら? そのことを気にしているのか」

「あ……。確かに記憶がない以上、その可能はありますね……」

今まで考えてもみなかったけれど。

王がテーブル越しに、私の右手を引き寄せる。

「その時は君を奪うつもりでいる」

(え……?)

ぞくりとしたものが背筋を駆け抜けた。

奪うって、戦爭じゃないんだから……。でも私は奪われるんだろう。

私を見つめる獅子のような瞳がそう言っている。

きっと私にノーと言う選択肢はない。彼の瞳の輝きから、そう直した。

「レディ」

黙ってグラスに目を落としていると、王が懇願するように呼んだ。

私は顔を上げる。

「王妃の椅子では不満か? 後妻ということで苦労もかけるだろうが、それに見合った贅沢をさせてやれるぞ」

確かにこの大きな城の主になれれば、何不自由ない生活ができるはずだ。客観的には理解できる。

王がそれを保証してくれるなら尚更だ。

周囲とのいざこざも、この王なら収めてくれるに違いない。

でも私には現実味がじられなかった。

しっくりこない。こんなの、自分のいるべき世界じゃないみたいで……。

“自分のいるべき世界”……?

そうだ、ここは私のいるべき世界じゃない。

私は誰? どうしてここにいるの?

ワインを飲み過ぎたのか、頭がクラクラしてきた。

王が、私の右手を手の中で弄びながら言った。

「まずはスノーホワイトに會ってほしい」

「スノーホワイト?」

「前妻の産んだ子だ。今年で十五になる」

スノーホワイト……。つまり、白雪姫?

絵本の中の、あのお姫様の名前だ。

だったらここは『白雪姫』の世界……?

またゾクッとした。

私は王から、後妻にと求められている。

白雪姫を殺そうとする、継母であり魔である恐ろしいが私……?

よりにもよって……。

冷や汗が噴き出て息も苦しくなる。

揺が隠せない。

「レディ、大丈夫か?」

フリオ王の大きな手が背中にれた。

「ごめんなさい……。し気分が……」

目まいの中で訴えると、王がたくましい腕で私を抱き上げる。

「すまない。急な話で驚かせてしまったな。気分が悪いならもう橫になるといい」

彼は私を王妃の間の寢室まで運んでいく。

きらびやかなお城がふわふわと揺れていた。

優しいがこめかみにれる。

「もう寢なさい。あとで薬師を呼んでおく」

背中がふかふかのベッドに包まれた。

そのを合図に、私はしばし意識を手放す――。

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