《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第9話 大聖堂
“鏡よ鏡、世界で一番しいのはだあれ?”
王妃の間にある丸い鏡に、心の中で問いかける。
鏡に映っている自分の姿に、の輝きのようなものは何ひとつ見當たらなかった。
幻の魔法が解けて、王がこの姿を見たらどうなってしまうんだろう?
ひと目でをしたは一瞬にして消え去って、落膽と後悔の念にさいなまれるんだろうか。
それだけでなく、私に嫌悪すら持つかもしれない。
だって「騙された!」って、怒っていい狀況だ。
記憶喪失の私に王妃の間を與え、素を調べるため田舎まで行って、いなくなった私を捜し森の中を走り回って……。
彼は私にずいぶん振り回されてきたんだから。
――おお……、こんなところにいたのか!
涸れ井戸の中から私を見つけた彼の、弾けるような笑顔を思い出した。
あんなふうに思ってくれる人を失いたくない。失いたくないと思ってしまった。
そしてそんな自分の図々しさに驚いた。
まさかフリオ王を好きになってしまうなんて……。
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人の心というものは勝手だ。
  *
「逃げましょう、ソシエお嬢様」
夜、ミラーがベッドの枕元でささやいた。
「ミラー?」
私は上半を起こし、闇の中でる彼のエメラルドの瞳に目をこらす。
ミラーは薬師・ベンヘルツへの傷害容疑で収監されているはずだった。
初めてこの部屋に來たときも突然だったけれど、本當にミラーは神出鬼沒だ。
「逃げるってどうやって? それにどうやって出てきたの?」
私が聞くと、ミラーはローブのそでから魔法の小枝を出して見せる。
「私にもカギくらい開けられます」
「でも警備の人たちは……? 見つからないなんて無理だよ」
宮殿やその出り口には、常に兵士たちが目をらせている。それは今みたいな夜中だって変わらないはずだ。
「ええ……。見つかったらその時です」
ミラーが思い詰めたような目をして言った。
彼はだいぶ騒なことを考えている。それは私にもさすがに察しが付いた。
ベンヘルツは寢込むだけで済んだけれど、同じことを何人もの兵士にやったら大変なことになる。それこそ本當に死人が出るかもしれない。
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枕の脇に突いている彼の手に、私は手のひらを重ねた。
「ミラー、誰も傷つけないでほしい」
彼が私の手を素早く握り返す。
「お嬢様……! 他人にけをかけているうちに、ご自分が命を落とすことになりますよ……!? 王にかかった幻の魔法を解かれたら、お嬢様が魔だということはほぼほぼ確定してしまいます。次に待っているのは死です」
「そんなこと、私にだってわかってるよ。できることなら逃げ出したい。でも、逃げるために他人の命を危険にさらせるかといったら……。そんな決斷できないよ。今の私には、何が正しいのかわからないから……」
怖いんだ。私は……。
こんな得の知れない世界で、自分の決斷がどんな結果に繋がるのか、想像もできない。
だからこそ行を起こす勇気を持てずにいる。
けっして私は覚悟を決めて、正義を貫こうとしているわけじゃなかった。
そんな私にミラーは諭すように言う。
「いいですか!? 正しいとか、正しくないとかじゃないんです! 正義も悪もない!これは生きるための戦いです。こちらは迫害される側なんですから」
そう言われたら手段を選ばない彼を、私も簡単には責められなかった。
でもやっぱり、ミラーの話には乗れない。
「ごめん、ミラー……。幻の魔法が解けたら、私は陛下に謝るよ。それであの村々の窮狀を救ってくださるようお願いする。代わりに自分の命を差し出さなきゃならないなら、その時はその時……。甘い考えだとは思うけど、他にいい方法が思いつかない」
「お嬢様……」
ミラーは私の手をぎゅっと握り、長く苦しげに息をついた。
「今僕は悩んでます……。あなたを無理やり連れ出すか。ここでふたり心中するか。どっちもそれなりに魅力的です。でもあなたの希は後者なんですね……?」
「…………。そうなるのかな?」
私の曖昧な答えに、ミラーは笑った。
「來世では絶対、あなたをものにしますから。覚悟しておいてくださいね?」
來世……? 來世、私はどんな世界にいるんだろう。そんなことをふと考える。
私はどうも、この不思議な世界に迷い込んできてしまったみたいだから――。
*
翌日、王にかかった幻の魔法を解くための、清めの儀式が行われることになった。
場所は宮殿の、目と鼻の先にある大聖堂。
アーチ型の天井と、それを彩る鮮やかな壁畫のがしい。どの壁畫もとりどりのタイルを使って描かれていた。
私はフリオ王に伴われ、祭壇の間へ進む。
ただ祭壇に最も近い一角にはることができなくて、し離れた側廊から儀式を見守ることになった。
魔は神に近づけない。
この清めの儀式は私にとって、死刑宣告の場も同じだった。大聖堂に近づくのも気が重かった。
けれど真実を見屆けたいという思いが、私の足を前へとかした。
壇上には白と金のゆったりとした法にを包んだ司祭が、フリオ王を待っていた。
異端審問も、予備審問の時とは違うきらびやかな法でそこにいる。
清めの儀式を施す司祭、けるフリオ王、見屆ける王の側近、教會関係者、周囲を守る兵士たち。たくさんの人が見守る前で、厳かに神への祈りが捧げられる。
「父と子と聖霊の名によって、汝のから邪悪な力を退ける」
長い祈りのあと、司祭はひざまずく王の額に聖なる水を垂らした。あるいは聖油かもしれない。
遠くから見ている私には王のきらめく銀髪が、の粒のようにキラキラした雫を滴らせていることしかわからなかった。
どうしてか、その景にが痛くなる……。
魔法は解けたのか?
祭壇に向かってひざまずいていた王が、立ち上がりこちらを振り向く。
こっちを見ないで。見られるのが怖い。
私は自分の足下へ目を伏せた。
ゆっくりと、彼の近づいてくる気配がある。周囲もそれを見守っていた。
私はどんな顔で彼を見ればいいのか。
一度うつむいたせいで、顔が上げられなくなってしまった。
視界に否応なく彼の足先が映り込んだ。王家の花であるスノードロップの模様が施された、艶のあるブーツだ。
それは尖った先を、私の方へ向けて止まった。
「レディ、顔を上げてくれ」
王が優しく私の顎を持ち上げる。
目が合った。彼は笑っている。
「やっぱり君はしいな。世界で一番しい」
返す言葉が浮かばなかった。
だって、そんなふうに言われるとは思わなかったから。失した王に謝ることばかり考えていた。
それなのに、私を見つめる彼の瞳の優しさは、前としも変わらなかった。
しばらく私を見つめて離さない王に、私は恐る恐る尋ねる。
「それは……本心からのお言葉ですか……?」
「私はこの國の王だ。王がウソをついては國が治まらない」
「でも……。私も鏡を見たことがあります。私もウソはつきません」
「君の目にどう映ろうと、私がしいと言ったらしい。そこは王である私を立てて折れてくれ」
彼がイタズラっぽく白い歯をのぞかせた。
どうしたらいいんだろう。
命がかかっているっていうのに、ただひたすら恥ずかしくて照れてしまう。
私は両手で顔を覆った。
王が皆を振り返り、大きな聲で言い放つ。
「魔法はなかった!」
その橫顔は晴れ晴れとしていた。
「彼はただしく、心の清らかなじゃないか。幻の魔法だなんてバカなこと、誰が言った。魔だなんて」
壇上にいる異端審問が、困気味に視線を泳がせた。
「しかしっ……これだけで容疑が晴れるかどうか……」
王が大で近づいていって問いかける。
「あなたは清めの力を否定するのか?」
「……っ……」
こんな大勢の前で、異端審問が清めの力を否定できるわけがなかった。教會の権威を傷つけることになるからだ。
王に魔法はかかっていなかった。彼もそう認めざるを得ない。
でもどうして……?
私はミラーに渡されたあの魔法の小枝で、いくつかの小さな魔法を使うことができていた。
教會の清めの力が幻の魔法の力に及ばなかったのか、それとも王にはもともと魔法がかかっていなかったのか。
何にせよフリオ王自は、私が魔でないという確信を持ったみたいだ。
彼は壇上から皆に向かって宣言する。
「私はレディ・ソシエを妻とする! 以降、誰であろうと橫やりをれる者は許さない!」
私はその場にいるみんなと一緒に息を呑んだ。
相変わらずフリオ王は強引だ。私はまたプロポーズにOKしていないのに。
こうしてむとまざるとにかかわらず、白雪姫の継母となる私の運命は決まってしまった。
この先に幸せな未來はあるのか。
私は……、王は……、ミラーは……。
そして白雪姫の運命は――。
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