《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第10話 スノーホワイト

聖マグダレーナの日――。

フリオ王が城下におれを出していた、婚禮の日だ。

私は王家の花、スノードロップの文様が描かれた婚禮裝を著せられていた。

ベルベットの生地に金糸銀糸がい込まれており、ふくらんだドレスのスカートを見下ろすと、まるで雲の上にいるみたいだ。

式場は皮にも、先日清めの儀式が行われた、あの大聖堂だった。

著替えを終えた私はドレスの裾をメイドさんたちに持ち上げられ、大聖堂の控え室へと移する。

あれからフリオ王とは會えていなかった。つまり私はプロポーズの返事をしていないし、結局スノーホワイトとも會えないままだ。

言ってしまえば時間切れでこうなった。

今さら私が結婚はイヤだと言ったら、今日の婚禮の儀はなくなって、フリオ王は大恥を掻くことになる。そのことについて、彼自はどう思っているんだろう。

どうせ私は斷らないと、高をくくっているんだろうか。

それを思うとほんのちょっと、式をドタキャンしてみたくなる。

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會場で會ったら苦のひとつも言ってやろう。そう思っていたのに……。

大聖堂の裏口へ続く外廊下で、王にばったり會ってしまった。

ちなみにこの世界では、結婚式の前に花嫁花婿が會うと縁起が悪い、なんていう言い伝えはないらしい。

「レディ・ソシエ」

「あ……陛下……」

王冠を頭に乗せ、儀式用の剣を帯びた彼を見たら、何も言えなくなってしまった。

まるでり輝く肖像畫みたいで……。

背が高く肩幅もあるフリオ王は、かっちりした裝がよく似合う。

それにこういう格好をすると、悍な顔立ちがよりいっそう引き立って……。

だめだ、直視できない。

できればし距離を置き、スマホか何かの畫面越しに見たかった。

それなのに彼はこちらへ近づいてくる。

「顔を見せてくれ、レディ」

王が石畳の上に片膝を突いた。

彼が私をのぞき込むような立ち位置になり、目が合う。

「今日の君は、神々しいほどのしさだな。結婚してくれないか?」

「……えっ?」

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驚いて息を呑むと、私を見つめる王は頬に小さなえくぼを浮かべた。

こんな人にノーと言えるがいるだろうか。

「仰せの……ままに……」

そう答えるのがやっとだった。

の魔法にかかっているのは、彼でなく私の方なんじゃないかと思う。

魔法使いじゃなくても生まれつき顔がいい人は、微笑むだけで相手を魅了してしまえるみたいだ。ほんと、こんなのってない。

私の返事をけ取った王は満足げに笑うと、立ち上がって手を取った。

「よかった。君に斷られたらと思うと気が気じゃなかった」

「でも、おれに相手の名前は書いていなかったんでしょう?」

王が城下におれを出した時、彼はまだ私の名前を知らなかったのだ。

「お相手は他の方でもよかったのでは?」

「それはひどい。君は私が、どれだけ君を好きだか知らないな?」

私の手を引いて歩きながら、王はくすっと笑った。

「五年前に妻を亡くしてから、周囲の者たちが何人の妃の候補を連れてきたことか。私にはスノーホワイトしかいないからな」

世継ぎとなる王子が生まれなければ、周囲も困るということか。

王が続ける。

「しかしまったくその気になれなかった。私はという生きに、嫌悪すら抱いていた」

なるほど。モテすぎてうんざりしてしまうのもわかる気がする。何せ彼はこの容姿で、その上、國王だ。

しいと思ったのは君だけだ」

「…………」

「どうした、レディ?」

ふいに立ち止まった私を、フリオ王が振り返る。

「私はやはり、王子を産むことをまれているんですか?」

薄々は考えていたけれど、王の妃になるとはそういうことだ。

莫大な富を手にし、周囲にかしずかれることの見返りに、産むことを期待される。そのプレッシャーは、きっと相當なものだ。

ところが、王の返事はノーだった。

「いや。何も無理に子どもをもうける必要はない。スノーホワイトがいるしな。この國に、王は男でなくてはならないという法はない」

「……そうなのですね?」

平然と言う彼を見てほっとした。

「婚禮の儀を終えればバスカヴィル家を復活させて、君はソシエ・ド・バスカヴィル・イルネージュになる」

イルネージュは王家の家號だ。

「だが君は王家に縛り付けられる必要はないし、好きなときに里帰りできる。その手続きも済んでいる。これで君の希に添えるだろうか?」

「はい。ありがとうございます。それとミラーのことですが……」

ミラーはベンヘルツへの傷害容疑でまだ檻の中にいるはずだった。

今は大人しくしているようだけれど、放っておくとまた何をしでかすかわからない。當然私は友人として、彼を助けたい気持ちもあった。

「そうだな。この婚禮を祝う恩赦を行い、彼を助けよう。明日には君の元へ返してやれると思う」

「ありがとうございます……!」

それから私は大聖堂で神に祝福され、王妃のティアラとマントをけ取った。

禮拝堂の、魔れないはずの領域に立ったのだ。

私を魔だと非難していた人たちが揃って、王妃としての私に頭を垂れた。

すべてが上手くいっているかのようだった。

あるひとつのことを除いて。

そう、スノーホワイト……白雪姫のことだ。

婚禮の儀の翌日、宮殿の庭で彼を見つけたとき、私は愕然としてしまった。

雪のような、ふっくらとしたばらの頬と

そして若さ。

は私のしいものをみんな持っていた。

いくら王にしいと言われても、私はお姫様にはなれない。自分が魔役だということを、しいスノーホワイトの姿を前に思い知った。

はまるで異質だった。

スノーホワイトの手から蝶が飛び立ち、蝶を追う彼の視線がこちらへ向く。

「……レディ・ソシエ?」

の高さまであるバラの花壇を隔て、私は立ち盡くしていた。

スノーホワイトはにっこり微笑み、円形の花壇をぐるっと回ってこちらへ來る。

「わあっ。レディ・ソシエ……思ってたよりずっとカワイイ!」

(カワイイ?)

「あなたがスノーホワイト?」

距離の近さに気後れしてしまって、問いかける自分の聲が固かった。

「はい。ようやくお會いできましたね!」

スノーホワイトは両手を組み合わせてそこに頬を乗せる。

アザトカワイイとはこのことか。

「昨日ご挨拶に行きたかったのに、熱が出てしまって。レディ・ソシエのキレイな花嫁姿、見られなくて殘念だったんですよっ? でも、今日のそのドレスもとても似合ってる。そのリボンの結び方もカワイイ!」

「あ……ありがとう……」

無邪気に人を褒めるのは、父親似なのか。

十五歳だと聞いていたけれど、話す様子はそれよりじられた。

でも考えてみると、十五歳なんてまだまだ子どもだ。とくにスノーホワイトは宮殿で大切に育てられているお姫様で、一般家庭の子どものような苦労を知らないだろう。

もちろん、王族としての苦労はあるだろうけれど。

この子は守られるべき存在だ。私も大人として、この子を守ってあげなきゃならない。

それなのに私は彼に対して劣等をいだき、下手をするとその劣等をこじらせるところだった。

「スノーホワイト、これからよろしくね。あなたのために、私にできることがあればなんでも言って」

そんなふうに言って右手を差し出すと、スノーホワイトはちょっと驚いたような顔をして私を見つめた。

(あれ? この世界には握手の習慣ってなかったっけ?)

はなぜかもじもじと、恥ずかしそうにしている。

「どうしたの?」

「あのね、ハグしてもいい?」

「ハグ?」

私はうなずき両手を広げる。

するとスノーホワイトは、私の腕に収まってくるのでなく、逆に私を外側から抱きしめた。

(んっ?)

その抱き心地、もとい、抱かれ心地に私はほんのしの違和を覚える。

スノーホワイトが私の首元の空気を吸い込んだ。

「はあっ、の子のいい匂い。放したくなくなる……」

(いや、の子はそっちなんじゃ?)

「できればパパより先に出會いたかったな。レディ・ソシエ。なんでボクより先に、パパと出會っちゃうかなぁ」

(ボク……? この子、“ボクっ娘こ”?)

スノーホワイトは抱きしめる腕を、なかなか解いてくれない。

「あーもー。ボクも彼ほしーな。レディ・ソシエみたいな可い人がボクの人になってくれるなら、ボク、男の子に戻ってもいいのに」

「………………」

あー、なるほど……。この抱き心地、いや、抱かれ心地はの子のそれじゃない。男の子だ。正確には“男の娘こ”と書くべきだろう。服裝も髪型もの子だし。

私はそろりと、スノーホワイトの腕の中から抜け出した。

「あのね、あなたのパパがあなたのこと、の子だって言ってたけど……」

「うん、ボクのことはの子だと思うようにって言ってあるから。城の者たちもちゃんと姫として扱ってくれてるよ?」

「そうだったんだ……」

『王は男でなくてはならないという法はない』というのは、別の話じゃなくて自認についての話だったのか。

ひと粒種の王子が自稱・姫だと考えると、ほんのしだけどフリオ王の苦労が思いやられた……。

でも本人がの子になりたいのなら、周囲もそう扱ってあげるべきなんだろう。まだ十五歳だし。

とはいえ“可い彼ができるなら男に戻ってもいい”なんていうスノーホワイトの姫になりたい気持ちは、“気分”なのかもしれない。だいぶ危うそうだ。

「ね、レディ・ソシエはボクの言うこと、なんでも聞いてくれるんだよね?」

確かに今、「何でも言って」って言ったばかりだ……。

スノーホワイトがニコニコ笑って手を繋いでくる。

「うれしー。どうしよう? の子同士の、作っちゃう?」

私はどうなってしまうんだろう。

スノーホワイトの可い笑顔には、どうやったって勝てそうにない……。

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