パパがお城にを連れてきた。

その人は森の中に倒れていて、しかも記憶喪失だなんていう。

パパは人が好くて、その上ちょっと抜けているところがあるから、きっと騙されてるんだと思う。

ママが病気でこの世を去って以來、王妃の座を狙い、パパに取りろうとするは後を絶たなかった。

今回もその手のに違いない。

別の國では魔の力で変し、かぼちゃの馬車に乗ってきた子までいたらしいから、り上がりたいっていうの気持ちとパワーはあなどれない。

ちなみにそのかぼちゃは、本當に王子と結婚したらしい。なんだそれ、すごすぎ！

けどパパは、再婚の話をずっと斷ってるから大丈夫。記憶喪失もあきらめて城を出ていくだろう。ボクはそう高をくくっていた。

ところがパパは、すぐさま彼との結婚を決めた。

ちょっと意味がわからなくて問い詰めたら、「あんなしい人を初めて見たんだ」なんて言う……。なんてさんざん見てきただろうに。頭の中に蟲でも湧いたのか。

この城に、はボクだけで十分だ。

そういえば、ボクが裝を始めたのは、もともとパパのためだった。

ママを亡くして落ち込んでいたパパに、ママのドレスを著て見せたら、ママが帰ってきたみたいだって喜んでくれた。

それがきっかけで、ボクはドレスを著るのにハマってしまった。

何年も前のことだから、今の今まで忘れてたけど……。

ボクはもともとママ似で可かったから、の子の格好をすると、みんながちやほやしてくれる。

ボクが男だって知りながら、告白してきた騎士もいた。

の子扱いされるのは、正直気持ちがいい。

やっぱりこの城にはボクだけで十分だ。

それなのに、パパは記憶喪失に夢中だなんて、意味わかんない！

絶対、追い出してやる！

そう思っていたのに……。

婚禮の儀の翌日。庭で會ったレディ・ソシエのしさは、まるで異質だった。

青白くき通るような。広めの額、ほっそりして小さな顎。

つり目がちなアーモンド型の目は、貓みたいで可かった。

間違いなく年上なのに、無理に若く見せようとするじじゃない。

のようにも、逆に老のようにも見える顔だった。

けっして典型的なじゃない。

でもなぜか引き寄せられる。

目が離せない。もっと知りたい。そんなふうに思わせる、何かを彼は持っていた。

彼が魔だというウワサは本當なのかもしれない。

そうでもなきゃ、あんなに可らしい人がいるはずない。

ボクは一瞬で、レディ・ソシエのとりこになってしまった。

ボクは、レディ・ソシエとニコイチになりたい。

雙子になりたい。

彼みたいに可くなりたい。

たぶん一緒にいたら、ボクらは相乗効果でもっと可くなれると思う。

＊

気づいたら、ボクはレディ・ソシエの香りに包まれて、彼の使うベッドに橫になっていた。

「どうしてお前がこの部屋で寢ている……」

パパが腕組みしてボクを見下ろしていた。

レディ・ソシエの姿はない。

「どうしてこうなったんだっけ？」

ボクは彼とお菓子を食べていたはずなのに。

「私に聞くな」

「別にっ、パパになんか聞いてないし」

ボクはを起こしてパパをにらんだ。

パパはベッドのふちに腰かけて、長い足を前へ投げ出す。

「彼はどこに行ったんだ」

「そんなの、ボクが知るわけないじゃん」

「來ると言っておいたのに」

「フラれたんじゃないの？　“やっぱオジサンはヤだ！”って」

するといきなりパチッとデコピンされた。

いきなりはナイ。これはボクに怒ってるんじゃなく、単に機嫌が悪いんだ。レディ・ソシエに逃げられたから。

「もう……。八つ當たりはやめてよね！」

僕はれた前髪を直す。

「レディ・ソシエのことはあきらめなよ。パパとそういうことしたくないんだよ。彼の目的は王家の財産か領地でしょ？　パパがさっそく彼に領地をあげたって聞いたよ」

「あそこはもともと彼の領地だったんだ。こっちの手違いで沒収になっていた」

「だったら余計に彼がパパにいい顔してあげる理由はないよね？　領地はもう取り返したワケだし」

「…………」

パパはパパのくせに傷ついた顔をした。

いつも自信満々だと思ってたのに、レディ・ソシエにされている自信はないらしい。

だったら本當なのかな？　彼が領地目當てだっていうのは……。

そんなことを考えていると、パパが隣でひとつ咳払いをした。

「勘違いするな。彼とは食事を共にする約束をしていただけだ」

「ええ……？」

ってことは、ふたりはまだプラトニックな関係なのか。

予想外だった。

に小さな希が生まれる。

「ねえパパ、レディ・ソシエをボクに譲る気はない？」

「はっ？」

思い切って言ってみると、パパは隣でぽかんと口を開けた。

「何言ってる……」

「ボクも彼のこと好きなんだけど」

「お前は姫になりたいんじゃなかったのか」

「パパが彼を譲ってくれるなら、僕は王子になってもいいよ」

ボクはベッドの上でを乗り出す。

「それで十年後には王位を継いで、カッコいい王様になる！　それならパパもあとの心配がなくなっていいでしょ？」

パパはしばらくボクを見つめた後、自分の髪を掻き回した。

「待て待て……。彼とは昨日今日初めて會ったばかりだろ？」

「パパは出會った瞬間に結婚を決めたって聞いた」

「ああ……それはだな……」

王はまだ髪を掻き回している。

パパをこんなに困らせたのは久しぶりだ。ちょっといい気味。

「ダメだ、レディ・ソシエは渡さない。お前も妻は自分で見つけろ。國王の座も、そう簡単にお前に譲ってやる気はない」

雪解けの國の王は腕組みして立ち上がった。

「えええ～……」

こうなるとボクが不利だ。

王から妻を奪うには、家臣を味方につけての反逆以外、方法がない。

でもそれもやっぱり難しい。

ボクについてくる者がいたとしたら、そいつはよっぽどのバカか、大きな下心を持つ危険なヤツだ。

危険を冒してまで父親から國を奪う勇気は、今のボクにはなかった。

ああ……、ボクには何もない。

パパは大人で背も高くて顔もよくて。そして何より王としての実績がある。

一方のボクはただ王家に生まれただけの子どもだ。

「陛下、すみません、もういらしてたんですね」

気がつくと、レディ・ソシエが部屋に戻ってきていた。

「どこへ行っていたんだ？」

「バルコニーの方へし。月が綺麗だったので」

ふたりはお互いを見て、目を細める。

その橫顔を見て、ボクは気づいてしまった。レディ・ソシエは雪解けの國の王・フリオが好きだ。

目が合って、恥ずかしそうにまぶたを伏せるその仕草が、彼の心を如実に表わしていた。

が苦しくてのどが詰まる。

こんな気持ちになったのは初めてだった。

なんで……。なんでだ……。

彼の目には、ボクなんかこれっぽっちも映らないみたいだ。

ボクはここにいるのに……。

「あっ、スノーホワイト……！？」

ボクは彼の脇をすり抜け、王妃の間を飛び出していた。

部屋のり口にあった花瓶の臺に、足をぶつけた。

花瓶を倒したかもしれない。けれど振り返ることもできずに、ボクは夜の廊下を走る。

どうして……。どうしてこうなった……！？

なんで彼にはボクじゃなく、パパなんだ。

なんでパパにはボクじゃなく、レディ・ソシエなんだ。

ボクは……。ボクはひとりぼっちだ。誰のせいなんだ。

しいレディ・ソシエ。ボクは彼を恨んでしまうかもしれない。

「鏡よ鏡……、世界で一番しいのは誰？」

ボクは自分の部屋に戻り、鏡の前に立った。

魔法の鏡はボクに答えてくれる。

『世界で一番しいのは、他の誰でもありません……。スノーホワイト、あなたです』

しいのは、ボクだけで十分だ――。