《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第13話 ママの鏡

スノーホワイトが王妃の間を飛び出していった、次の日。

私はお返し用のお菓子を手に、彼の部屋を訪ねた。

フリオ王は放っておけと言っていたけれど、あんなふうに飛び出していかれたらやっぱり気になる。王曰く、親子げんかみたいな狀況だったらしい。

けんかの原因は教えてもらえなかった。

スノーホワイトの私室は、王宮の庭を挾んで別棟になっている。そこは尖塔のとがったシルエットが印象的な建だった。

「あなたは……。えっ、ソシエ王妃!?」

衛兵やメイドさんたちが私を見つけ、慌てて敬禮をする。

今まで私がこの建まで來ることはなかったから、驚かれるのも無理もなかった。

「スノーホワイトに會いに來たんですが」

「殿下は出かけてしまわれて……。でも、じきに戻られると思います」

侍従らしき男に言われ、私は部屋で待たせてもらうことにした。

スノーホワイトの私室は可らしい服や雑貨に囲まれた、にぎやかな部屋だった。壁にはメルヘンチックな油絵が。テーブルには読みかけの本や、食べかけのお菓子が広げられていた。

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洗練された雰囲気の宮殿の中で、ここだけ異質に見える。

「勝手に片付けると、殿下に叱られてしまうのです……」

何気なく部屋を見ていた私に、メイドさんが申し訳なさそうに言った。

別に散らかっていることをとがめるつもりはないのに。

そんな時、私は部屋の奧から別の視線をじる。

(なんだろう?)

ドキリとして振り向くと、そこには丸い大きな姿見が置いてあった。

王妃の間にあるものと似ているけれど、それだけじゃない。どこか他の場所でもこれに似たものを見た気がする……。

そうだ、白雪姫の絵本に出てくる魔法の鏡だ。

私は近づいていって、その鏡をのぞき込む。やっぱり視線をじた。

鏡越しに自分の視線をじるなんて……。

ううん、そうじゃなく、鏡そのものに見られているような……。

もしかして、これが本の『魔法の鏡』?

私はそっと鏡に手をれる。

絵本のお話で魔法の鏡を持っているのは、白雪姫でなく継母の王妃だったはずなのに……。

(鏡よ鏡……)

鏡に話しかけてみたい衝に駆られた。

そして心の中で、あの言葉を唱えかけた時――。

「……レディ・ソシエが來てるの!?」

部屋のり口からスノーホワイトの明るい聲が聞こえてきた。

彼が戻ってきたらしい。

「ごめんなさい。勝手にお邪魔してしまって。こんにちは、スノーホワイト」

私は部屋の奧からり口へ戻り、スノーホワイトにお辭儀した。

スノーホワイトは昨日と変わらない様子で、可憐な笑顔を浮かべている。

「わあっ! レディ・ソシエが來てくれるなんて激!」

昨日王妃の間を飛び出していった時の、思い詰めたような気配はもう見當たらなかった。

すっかり機嫌が直ったのか? だとしたらよかった。放っておけばいいというフリオ王の考えは正しかったらしい。

「どこかへ行っていたの?」

スノーホワイトに聞くと、彼はにこにこ笑って私の手を取る。

「お庭を見に。庭師が新しいトピアリーを作ってたから。それよりボク、レディ・ソシエに見せたいものがたくさんあるんだ♪」

私は促されるまま部屋の真ん中にあるソファに座った。

「見せたいもの?」

「うん、ボクの寶! 特別に見せてあげるねっ」

スノーホワイトはきれいな本やオルゴールを、次から次に引っ張り出してきては私に披した。

スノーホワイトは本當にいい子だ。

この年頃の子どもにありがちな、ひねたところは見られない。

純真無垢なんだ。

普通、父親の新しい妻なんて、れにくいものだろうに。

私は弾ける笑顔で延々と話しかけてくれる、スノーホワイトを見つめた。

あのお話の魔みたいに、私はこの子を傷つけるような真似はしたくない。

ミラーはスノーホワイトのことを危険な存在だっていうけれど、なんとかそうならないようにはできないか。

私だって、姫を傷つけた悪い魔として、非業の死を遂げるのはごめんだし。

恐ろしい結末から逃れるための出口はどこにあるのか――。

* * *

『あれが……新しい王妃……?』

夕方。レディ・ソシエが帰ってしまったあと、魔法の鏡にママの顔が映った。

「そうだよ。彼、レディ・ソシエっていうんだ」

この鏡に映るのは本當のママじゃない。

ボクのママは五年前に亡くなっているけれど、死者の魂が鏡に宿るなんて、そんなバカな想像をするほどボクも子どもじゃなかった。

でも鏡に映るママを見てボクは何度もなぐさめられたし、単純にしゃべる鏡はめずらしいから、こうして部屋に置いている。

ボクがここに移させる前は、この鏡は王妃の間に置かれていた。

王妃だったママと魔法の鏡の関係については、ボクは何も知らないし、あえて知りたくもない。

死んだママにだって、があっていいはずだ。

ママが魔法の力を利用して王妃になったとしても、ボクは驚かない。

『あのは危険です……強い魔力を持っている……』

鏡の中で、偽のママが言った。

「レディ・ソシエが魔ってこと?」

ボクは蝶の図鑑を片付けながら話半分に聞く。

「確か、魔だっていう疑いは晴れたんじゃなかったっけ?」

『……魔の力を侮ってはいけません……』

鏡の中のママが眉間にしわを寄せた。

ボクがメイドのポケットにイモ蟲をれたりすると、ママはよくこんな顔をしていた。

気持ちが落ち著かなくなるからその顔はやめてほしい。

鏡の中の、怖いママが続けた。

しさを武に王に取りった魔が、若くしいあなたを野放しにするとお思いか……?』

「何言ってるの? レディ・ソシエはボクよりきれいだよ」

『今はそう見えるかもしれません……。しかし若いあなたのしさが……あのを上回る日は必ず來ます……。その時……あの魔はあなたを排除しようとするでしょう……』

「レディがボクを殺そうとでもするの?」

ボクは鼻で笑った。

「ボク、こう見えて男の子だよ?」

『屈強な男も病にかかれば死んでしまうし、指先の小さな傷が原因で亡くなることだってあるんです……。邪魔な相手を殺すのは……魔にとって、造作もないこと……』

「…………」

ボクのママは病気で死んだ。だから病気の話は聞きたくない。

「ねえ……。ボクにどうしろっていうの!?」

いらだって投げやりに返すと、魔法の鏡のママは悪い顔をして言う。

『レディ・ソシエを殺しなさい』

ゾクッとした。

ボクがこの手で、レディ・ソシエを殺す?

想像してみる。どうやって?

お菓子やワインに毒をれて? それとも高い場所から突き落として?

剣で突き刺すなんていう蕓當はボクにはできないけれど、いくつかの方法はわりとリアルに想像できた。

でも、殺せば何か変わるの?

殺したら、あの人はボクのものになるんだろうか。

なくともパパと寢ることはなくなる?

「え……。殺す?」

そんな自分の考えに驚いた。

『ええ、そうです……殺すのです……』

しゃべる鏡がそそのかす。

「バカ言わないでよ。そんなの神さまが許さない」

『相手は魔なのに……?』

鏡の中のママが笑った。

ボクがレディ・ソシエを殺す?

やめてよ、殺すなんてバカバカしい!

そう思うけれど、彼を殺すイメージが、頭の中にこびりついて簡単には消えてくれそうになかった。

ボクは……レディ・ソシエを殺すのか……?

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