《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第16話 天使か悪魔か
ミラーは毒を使って王宮用達の薬師を襲い、薬師になり代わって王宮に上がった人だ。
目的のためなら手荒い手段もいとわない。
その彼がティータイムに毒りのお菓子を広げている。
いったい何を考えているのか。
「ミラー、それって――」
カリソンを指さそうとした私の手を、ミラーがさっとつかんだ。
「黙っていてください!」
「……えっ?」
腕を引っ張り耳打ちされる。
「考えがあるんです」
ミラーの視線の先には木イチゴのかごを抱えてやってくる、スノーホワイトの姿があった。
「ふたりとも、どうかしたの?」
スノーホワイトは不思議そうに私たちを見る。
「なんでもありません。王妃様の腕に蟲が留まっていたので」
ミラーが私の服のそでを手で払い、自然に見えるようを離した。
もちろん蟲が留まっていたなんていうのはウソだ。
「ふうん」
スノーホワイトはさして興味のなさそうな顔をする。
「殿下も気をつけてくださいね。どんな“毒”蟲がいるのかわかりません」
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ミラーの言葉が意味ありげに響いた。
「さあ座って? お飲みをおれします」
言われるまま、私とスノーホワイトは敷の上に腰を下ろす。
ミラーは水筒からカップにジュースを注いでいた。
「お菓子もどうぞ、食べてください。殿下はカリソンがお好きですよね?」
ミラーが飲みのカップを置いた手で、カリソンをスノーホワイトの前へ押しやった。
とりどりのカリソンが、白い紙ナプキンの上にある。その中のいくつかは毒りだ。
スノーホワイトが紙ナプキンに目を落とした。
ミラーはスノーホワイトをじっと見ていた。わずかな表の変化も見逃すまいとするように、まばたきもせず……。
スノーホワイトがカリソンに毒を仕込んだ犯人なら、それを無防備に口にしたりはしないだろう。逆に犯人でなく毒のことを知らないなら、ためらいなく口にする。
恐ろしい賭けだった。
純粋無垢なスノーホワイトが、何も知らないまま毒りのカリソンを食べてしまったら……。
ミラーは直前で止めるつもりだろうけれど、萬一の失敗は王子の死を意味した。
私たちに、こんな危険を冒す権利なんてあるんだろうか。
そう思った時――。
(あっ!)
スノーホワイトがカリソンのひと粒を指で転がした。
見ている私の心臓が、ドクッと大きく脈打つ。
次の瞬間、スノーホワイトは上目遣いに目を上げた。
「どうしたの? ふたりともボクをじっと見て。もしかして、このお菓子に毒でもってる?」
「……え……」
のどが引きつってしまい、反応が遅れた。
まずい。ここは笑って流さなきゃ、こっちが不審がられる。
「なあんてね。ふふふっ」
スノーホワイトがのどの奧で笑った。
「ええっ? その反応は図星なの? 怖い、怖い!」
「あのね、スノーホワイト――」
私が言い訳するより先に、スノーホワイトが続ける。
「そんなわけないって思ってたのに、ママが言ってたことは本當だったみたい」
「ママ?」
「うん。レディ・ソシエは悪い魔で、きっとボクを殺そうとするって。……ふふふっ、どうしようボク、殺されちゃうのかな?」
「ち、違うの、これは……」
「だったらハイ! これ食べてみて?」
スノーホワイトは指先で弄んでいたカリソンをつまみ、それを私の口元へ差し出した。
突きつけられたものを見て、私は息ができなくなる。
「どうしたの? レディ・ソシエ。前はぱくぱく食べてくれたのに」
スノーホワイトは可く小首をかしげてみせた。
心臓が早鐘を打つ。どうしていいのかわからなかった。
その時、ミラーがスノーホワイトの握っているカリソンを橫から叩き落とした。
「……わっ! 何するの!?」
毒りのカリソンは敷の上を転がり、草の上に落ちる。
私は張り詰めていた張から解放された。
「やめてください」
ミラーの、怒りを噛み殺したような聲が響いた。
「ソシエお嬢様に危害を加える者は許さない」
「ええ? ボクが何かした?」
スノーホワイトは余裕の笑みを浮かべている。
「あなたが何をしたのか……。今すぐわからせてあげましょうか!!」
ミラーが突然スノーホワイトにつかみかかる。
遅れてその手にメラメラと赤い炎がほとばしった。
(……ウソ!? 魔法!?)
人前で魔法を使うなんて、ミラーは今理を失っている。
「ミラーやめて!」
私はミラーの腕をつかみ、スノーホワイトから引き剝がそうとした。
「離してくださいお嬢様! こいつは二度もあなたを殺そうとしたんですよ!?」
「違うよ、スノーホワイトは何も知らなくて――」
「今のこいつの顔を見ていなかったんですか!? 完全にクロです!」
「そんな証拠はどこにも――」
「ふふふふふっ」
ミラーにつかみかかられたまま、スノーホワイトは笑っていた。
「あーもー、レディはなんてお人好しなの? それともバカなの?」
彼はミラーの手を振り払い、私をさげすむような目で見る。
ミラーにつかまれたずきんの首元がこげ、白い煙をあげていた。
「ボクが仕込んだカリソンの毒で、メイドが死んだのは可哀想だったね。でもボクのせいじゃないよ。盜み食いなんてしたその子が悪いんだ」
「あなた……何言ってるの? スノーホワイト……」
戸う私に、スノーホワイトが人差し指を突きつける。
「それに魔だってこと隠して、パパと結婚したレディ・ソシエも悪い! 魔なら魅力的なのは當たり前だ! そんなあなたに、振り回されるこっちのにもなってよね!? ……もうっ、ボクの心はズタズタだ……」
それだけ言うと、スノーホワイトは男の子みたいな大で、私たちのそばを離れていく。
私は追いすがった。
「ねえ、どこ行くの? スノーホワイト」
「ボクは城へは帰らない。どこへでも行く」
「待って! どういう意味?」
「どういう意味も何も……。もううんざりなんだよ! 一人にして!」
追いかける私を、スノーホワイトが振り返る。
その瞬間ガッという鈍い音がして、彼が草の上に倒れた。
「え――!?」
太い木の枝を手にしたミラーが、隣でれた息をしている。
遅れて私は、彼が毆りかかったということを理解した。
「ミラー、どうして!?」
「どうしても何も、殺すしかないでしょう!」
もう一度ミラーが枝を振り上げる。
「やめて!」
私はとっさにスノーホワイトの上に覆い被さった。
「殺すなんてダメ!」
「お嬢様!?」
「ダメ……」
私の上半の下で、スノーホワイトはかすかに息をしている。頭を毆られて、気絶しているだけみたいだ。
「お嬢様……」
しばらくしてミラーは、振り上げていた木の枝を下ろした。
「わかりました。殺しません。置いていきます」
「置いていくって……。スノーホワイトを、こんな森の中に!?」
周囲には木々の生い茂る、深い森が広がっている。
ミラーが木の枝を投げ捨てて言った。
「スノーホワイト殿下が城へ戻れば、正を知られている僕たちは、また魔裁判にかけられます。今度こそ火あぶりの刑になるでしょう……。そうじゃなくても、あなたがまた殿下に命を狙われる」
彼の懸念は私にも理解できた。
「しかし殿下は、城へは戻らないと言いました。でしたら捨て置きましょう。この森で野垂れ死んでくれれば、僕としては都合がいい」
「………………」
私は立ち上がり、気を失っているスノーホワイトの顔を見下ろす。
表のないその顔は、まるで天使みたいにきれいだった。
この子は天使なのか、悪魔なのか。
「もう行きましょう、お嬢様。別行をしている殿下の従者たちに、こんなところを見られてはコトですよ」
立ち盡くしていた私の腕を、ミラーが強引に引っ張った。
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