《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第19話 ひげとオイル

こびとの家は、私がこびとたちに見つかった場所から目と鼻の先にあった。

木と石と粘土で作られた、かわいらしい家だ。

當然こびとサイズだから、私はをかがめて軒をくぐることになった。

中にあるも、何もかもがおままごと用のおもちゃに見える。

かわいい……けれど、狹くてきが取りづらい。

私はドアの枠に頭をぶつけた上、目の高さにあった壁掛けの燭臺を避けようとして、足下にあった小麥の袋を蹴ってしまった。

「わっ!?」

気づいた時には、そこらじゅうまみれだ。

「うわあっ! ごめんなさい」

「おまっ」

「おーい、マジかよォ……」

私を先導していたひげとスキンヘッドが同時に振り向き、舌打ちをした。

自分が歓迎されていないことはわかっているけれど、そんな彼らの態度には、地味に傷つく。

奧で寢ていたらしき別のこびとたちが、「うるさい」とか「今何時だよ」と言っているのも聞こえた。

「うう、すぐ片付けます……」

私はろうそくのの作る薄明かりの中、小麥の袋を起こし、こぼれたをひと所に集めようとした。

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私はこびとたちよりだいぶ大きいのに、何もできない子どもになってしまったような気分だ。要するに泣きたい。

「ほら、これ使え……!」

ひげのこびとがほうきとちりとりを私に押しつけた。

「すみません、ありがとうございます」

「ん」

態度は冷たいように見えるけれど、一応私のことを、気にはしてくれているみたいだ。

でもこびとサイズのほうきとちりとりは小さくて使いにくく、なかなか掃除ははかどらなかった。

(……あれ?)

掃除しているうちにこびとたちは、奧のベッドで寢てしまった。

(……ええ? どうしよう……)

ひとり殘された私は途方に暮れる。

ろうそくの明かりで微かに見える奧の部屋には、こびとたちのベッドがずらっと並んでいるみたいだ。

それよりもっと奧は、暗くて何も見えない。

スノーホワイトは本當にここにいるんだろうか。

暗い中、寢ているこびとたちの間を通って探すのは、さすがにためらわれた。また何か蹴飛ばしてしまったら大慘事になりかねないし……。

悩んだ結果、私は小麥をどかしたその床に、を橫たえる。

明日こそスノーホワイトを見つけられるといいけれど。

歩き疲れていたせいだろう。私はすぐに眠りに落ちていった。

翌朝。視線をじて目を開けると、何人ものこびとたちが床で眠る私をのぞき込んでいた。

「……わあっ、なんですか?」

誰も私の問いに答えない。こびとたちはお互いにあれこれ言い合っていた。

「林檎売りねえ」

「人間のか」

「俺たちのお寶を盜みに來たんじゃないのか?」

「泥棒だったら今頃こんなところに寢てないだろ」

「スノーホワイトちゃんを殺そうとする、悪い魔の手先かも?」

「なんでこんなの、家にれたんだ」

こびとたちの視線が、ひげとスキンヘッドのふたりに向く。

ふたりはなんだか居心地が悪そうにしていた。私を連れてきたことで、仲間たちに責められているところみたいだ。

「そう言うが、人間のも何かと役に立つかもしれないぞ?」

ひげのこびとがたまりかねたみたいに反論した。

「小麥の袋をひっくり返すようながか?」

そう言ったのはスキンヘッドだ。彼も責められている側じゃなかったのかな……?

「林檎だけもらってすぐに追い出そう」

「そうだ、そうだ!」

スキンヘッドの言葉に、周囲が賛同した。

それはマズい。スノーホワイトを探しに來たのに、今ここで追い出されたらたまらない。

私は助けを求め、周囲を見回した。

私を擁護していた、ひげのこびとと目が合う。

「お前、何ができる?」

ひげのこびとが、むくじゃらの頬を掻きながら聞いてきた。

「え、何がって……」

自分でもよくわからなくて答えに詰まってしまう。

「炊事、洗濯、掃除……?」

指折り數えて言うけれど、全くもって自信がなかった。

  だって私、この世界で家事をした記憶がない。

ソシエは田舎の貧乏貴族とはいえお嬢様育ちのはずだし、フリオ王に拾われてからは宮殿暮らしだ。の回りのことはメイドさんたちがやってくれていた。

自信のなさが顔に出てしまったんだろう、こびとたちは疑わしげな目をこちらに向けている。

「と、とりあえずそのおひげ。きれいにしましょうか?」

ひげのこびとの顎ひげが、ぐちゃぐちゃに絡んでいるのが気になった。

すると彼はぽかんと口を開け、もじもじと自分のひげをいじり始める。

「……マジで言ってんのか……」

(この反応は、してほしいのかな?)

「あんたがそうしたいならさせてやる!」

私の提案はれられたらしい。彼がだいぶ上から目線なのは気になるけれど。

なくともひげの手れをする間は、ここにいられることになった。

私は林檎をスキンヘッドのこびとに渡すと、ひげのこびとの顎ひげの、手れを始める。

「えーと、まずはブラシ? それで仕上げはオイル?」

小さな部屋の小さな棚からそれを見つけ、ひげの先から優しくヘアブラシをれていった。

ひげの手れなんておそらく生まれて初めてだけれども、長い髪の扱い方ならわかる。それの応用でなんとかなるだろう。

ひげのこびとは肘掛け椅子に座り、私に手れをさせてくれる。とても気持ちよさそうだ。

しばらくして、だいぶひげのもつれは取れてきた。

「右の頬の辺りも頼む」

「わかりました」

ひげの手れというより、おのマッサージみたいになってきた。

でもひげに覆われた頬はかったんだろう。

ひげのこびとが気持ちよさそうなので、私もなんだか満たされた気分になった。

「人間の、それも年増なんか連れてきて、自分でもバカやったと思ったが……」

「と、年増で悪かったですね」

ブラシを使いながら言い返す。

見た目だけで言えば、私よりひげのこびとの方が年上だった。人間でいうと三十代ってところか。とはいえこびとの年齢と見た目の相関関係なんて、私には知るよしもないけれど。

「あんた案外かわいいし、使えるじゃねーか」

この文脈でこの褒め方は、喜んでいいのかどうかと思ってしまう。

でもこびとに悪意はなさそうだし、どちらかというと好意からの言葉のようにも聞こえた。

彼がぽつりと続ける。

「ずっといてくれたらいいのに」

「そう思うなら、もうしここに置いてください。外は雨みたいだし」

さっきからポツポツと、ひさしにぶつかる雨音が響いていた。

「そうだな、やってしいことはほかにもある。部屋の掃除に、つくろいに……。そうそう、仕事用のズボンが破れたままなんだ」

「いいですよ。針と糸があるなら」

なんとかやってみよう。このこびとさん、案外いい人そうだし。

「ところで、昨日から話に出てくるスノーホワイトって……」

他のこびとたちが奧の部屋へ行ってしまったところで、私は思いきってその話を切り出した。スノーホワイトがここにいるのかどうか、確かめるなら今がチャンスだ。

「ああ。スノーホワイトは人間の娘っこで、何日か前にここへ迷い込んできたんだ。ここは男所帯だからな、みんなあの子に鼻の下ばしてるよ。けど俺に言わせりゃ、あんなのはただの子どもだな」

やっぱり絵本とおんなじだ!

「そのスノーホワイトは今どこにいるんですか!?」

思わず立ち上がりかけた時。

「きゃあっ!? やめてぇええ!!」

奧で、絹を裂くような悲鳴が響いた――。

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