《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第28話 王妃の
  森で息を吹き返した私は、フリオ王の馬に同乗し、宮殿に戻ってきた。
「陛下、恐れながら……」
宮殿の前。馬を下り、馬丁に馬を返すフリオ王に兵長が近づく。
「……何、それはまことか」
兵長に耳打ちされた王は私の方を見、困のを浮かべた。
それからふたりはまた二、三言、言葉をわした。
*
「何があったのかお聞きしても?」
王と一緒に宮殿の奧へ進む道すがら、私は切り出す。
私に聞かれてまずい話なら、兵長もあんなところではしないはずだ。
「ミラーが逃亡した」
「えっ……?」
庭に面した廊下で、私たちは立ち止まった。
「なんでも王都への移送中に消えてしまったそうだ。後ろ手に縛られ馬に乗せられていたのに、どうやって縄を抜けたのか、そばにいた兵士たちにもわからなかったらしい」
私は心、さすがミラーだと舌を巻く。
王は苦笑いを浮かべた。
「彼が魔法使いでないなら、曲蕓師の類いだな。本當のところ、彼は何者なんだ?」
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毒りの林檎に魔法の檻。そして一度は魔裁判にかけられかけた私たちだ。
ミラーが魔法使いだということは、さすがにフリオ王も気づいているんだろう。
気づいたうえで私に聞いている。
「この國では、魔法使いは異端です。何も悪いことをしていなくても、その技をけ継いでいるだけで殺されてしまいます」
「そうだな」
「ですから……」
いくら明白な事実でも、私の口からミラーを告発することはできない。
私に言えるのはこれだけだった。
「仮にミラーが魔法使いなら、私も魔法使いです」
「君は魔なのか?」
(え……?)
靜かな王宮の中庭で、小鳥たちのさえずりだけが聞こえていた。
王の瞳は穏やかだった。
「私には魔法が使えるようです。ほんの小さな魔法ですが」
私は正直に打ち明けた。
「小さな魔法とは?」
「例えば風や火を起こしたり、遠くのものを取ったり……。それから捕らえられた子どもを助けるために、南京錠を壊しました」
王は考えるように顎をなで、小さく笑った。
「素晴らしい魔法だな」
「え……?」
どういう意味で言っているのか。
困する私の前で、王は続ける。
「それはここだけのにしよう」
「でも……。いいのですか?」
「私と君との間にがあってもいいだろう?」
私を魔だと知った上で、彼はその事実をの奧にしまってくれるのか。
「未來の王たる王子を二度も助けた君は、國にとっての恩人だ。本當なら今の神を捨て、ソシエ教に改宗してもいいところだ。しかしながらいろいろなしがらみがあって、それはなかなか難しいが」
「陛下……」
さすがに改宗は冗談だとわかっている。それでも魔である私の存在が、彼に許されたようで嬉しかった。
「いいんですか? 私は……。ここにいても……」
恐る恐る聞いてみる。
「何を言っている。どこへも逃がす気はないぞ」
王は微笑み、私の指先に口づけを落とした。
*
夜。王妃の間にある、鏡の前に立ってみる。
湯浴みしてきたばかりの頬が、ほんのりづいていた。
「鏡よ鏡、世界で一番しいのはだあれ?」
相変わらず鏡は何も答えなかった。
あの不思議な空間で、スノーホワイトのママが言っていた言葉――“魔法の鏡”。
今目の前にある、この鏡のことではなさそうだ。
試しにそっと鏡面にれてみたけれど、特別な力をじ取ることはできなかった。
スノーホワイトのママは魔法の鏡の存在を恐れているようだった。
どうして?
おそらく魔法の鏡は、ただ質問に答えてくれるだけのものじゃない。もっと危険な何かなんだ。
私は魔法の鏡を、探し出さなきゃならない。
そこで私は思い出す。スノーホワイトの部屋にもこれに似た鏡があった。
もしかしたらこの世界では、よくあるデザインなのかもしれないけれど……。
他に手がかりはない。とにかく見に行ってみよう。
私は翌日、スノーホワイトの部屋を訪ねてみることにした。
* * *
『スノーホワイト……この城に、新しい王妃の気配をじます……あのは……まだ生きているのですね……?』
魔法の鏡から、久しぶりにママの聲が聞こえた。
イライラしている時のママの聲だ。
この鏡はボクを不快にさせるのが得意すぎ。
「レディ・ソシエならピンピンしてるよ。ああでも、今頃はどうかな? ベッドでパパに甘やかされてトロトロになっちゃってるかもね。昨日はふたり、やけにいい雰囲気だったから」
自分で言って、地味にショックをけてしまった。
レディ・ソシエの命が助かるなら、なんだって差し出せると思ったのに……。
彼がパパのキスで助かった今、ボクの中には未だ割り切れない気持ちが殘っていた。
『……王妃を殺しなさい……』
まだ鏡は言う。
図鑑を手に、ボクはソファに橫になりながら返した。
「それ、ボクになんのメリットがあるの?」
『王妃が王子を産めば……スノーホワイト、あなたは王太子の座を追われます……』
「どーでもいいよ。もしそうなったらボクは、なんの責任もない姫の立場を謳歌するし」
『あなたは男の子ですよ……? 可らしい顔に生まれたあなたでも、もう一、二年もすれば男らしいつきになるでしょう……。ドレスも著られなくなります……』
「へえ? ずいぶんイジワルなこと言ってくれるね」
ボクはを裏返し、鏡に向かって図鑑を振りかぶって見せる。
けれども鏡は黙らなかった。
『スノーホワイト、王妃を殺しなさい……。あのの魔力を私が吸収すれば……あなたに永遠の若さと貌を與えることも、不可能ではないでしょう……』
「え……。何言ってるの……?」
ボクは思わずソファの上で姿勢を正す。
鏡の中のママが悪い顔をした。
『あなたの母親が王妃になれたのは、一なぜだと思います……?』
「なぜって……。それは、パパ好みのだったからなんじゃ……」
レディ・ソシエは魅力的な人だけれど、ボクのママだって負けないくらい人だった。
顔の造形だけならレディにも勝っていた。絶世のだったと言っていい。
でも……。
今思うとママは気持ちが不安定な人だった。
いつも何かに追い詰められているような……。あのじはなんだったんだろう。
『フフフフフ……』
魔法の鏡が笑った。
ママを追い詰めていたのは、もしかしてこの鏡?
その時――。
「スノーホワイト?」
後ろからレディ・ソシエの聲に呼ばれてハッとなった。
振り向くと、彼は部屋のり口で視線を泳がせている。
「誰と話してたの?」
その視線が、魔法の鏡の上で止まった気がした。
ボクはとっさに取り繕う。
「レディこそどうしたの? パパと一緒じゃなかったの?」
「陛下と? どうして?」
彼は不思議そうにする。
朝の彼に、夜の気だるさの跡は見當たらなかった。ボクはかにほっとする。
魔法の鏡に映っていた、ママの顔はすでに消えていた。
「あのね、スノーホワイト」
彼が僕に歩み寄る。
「私、魔法の鏡を探しているの」
「魔法の鏡って?」
僕は心ドキリとした。
「この前話した、白雪姫の絵本に出てくるの。そこにある鏡が、もしかしたらそれなんじゃないかと思って」
彼は部屋の奧にあるママの鏡を目で示した。
確かにこれは“魔法の鏡”だ。
ボクと話をしたり、ママのフリをしたりもできるんだから。
「魔法の鏡を見つけてどうするの?」
ママが魔法の鏡を持っていたことは、きっとママにとって人に言えないだ。
レディが答える。
「し考えがあって、調べたいと思ってる。危険なものかもしれないから」
彼の視線は鏡に固定されていた。
「その鏡を調べるのは構わないけど……」
鏡が危険なものだったらどうするんだろう? 処分してしまうのか。
ボクは心の中で首をかしげた。
でもレディを敵視しているその鏡が、彼の前で簡単に馬腳を現すとも思えない。
そういう意味ではちょっとくらい調べられても構わなかった。
ボクは思案しながら言葉を続ける。
「それ、ママの形見なんだ」
「えっ……。前の王妃さまの?」
「うん。だからボクにとって、ちょっと特別」
ボクはソファを離れ、部屋の奧にある鏡の前まで行く。
鏡はママではなく、ボクの顔を映していた。
考えはまとまった。
「でもね。ボクのお願い聞いてくれるなら、この鏡をレディにあげるよ」
ボクはもう、魔法の鏡に飽きていた。
「お願いって?」
レディ・ソシエは目を見開き、ボクを見つめた。
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