《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第30話 いけない熱
ヴィオレット伯の城で過ごす夜――。
私はベッドに橫になり、あの絵のことを考えていた。
スノーホワイトのママ、アルテイアの肖像畫だ。
毒林檎を食べて息が止まったあと、私はの中であの人に會っている。
あの人の聲を私は覚えていた。鈴の音のようにき通る聲……。
それから、あの人の溫かな気配も。
でも、顔は思い出せない。
彼はどんな顔をしていた? あの肖像畫通りだったのか?
考えてみても疑問は疑問のまま、頭の中にぼんやり浮かんだままだった。
何かおかしい。
あの肖像畫がアルテイアそっくりなら、私にも何かじるものがあっていいはずだ。
の中でとはいえ、私は彼に會っているんだから。
もしかして、あの肖像畫はアルテイアに似ていない?
だとすると、肖像畫を見た時のスノーホワイトの反応も理解できる。
似ていない肖像畫を前にして、どう反応していいのかわからなかったんだ。
改めて考えてみると、そうだとしか思えない。
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私はベッドからを起こし、スノーホワイトの泊まっている客室へ向かおうとした。
ところが私が部屋を出る前に、スノーホワイトの方から私のところへやってくる。
「レディいる?」
戸口から、彼がひょっこり顔をのぞかせた。
「スノーホワイト、ちょうどいいところに。私もあなたと話したかったの」
「本當に?」
ニコニコしながらこちらへ來るスノーホワイトは、かわいらしいピンクのネグリジェを著ている。
の子らしい裝にを包んだスノーホワイトは、あの肖像畫のアルテイアにそっくりだった。
私は不思議な思いで彼を見つめる。
「実は、あの肖像畫のことなんだけど……」
私が切り出すと、彼はベッドの隣に腰を下ろし、私に耳打ちした。
「似てなくてびっくりした」
「やっぱり……、あの絵は似てないんだ?」
「うん。ママはもっと人だもん!」
スノーホワイトはを張る。
「化して描くならわかるけど、全然違う人にしちゃうなんてさ。だいぶいい加減な畫家だよね。あんなのなら、ボクの方が絵は上手いと思う!」
彼はベッドから立ち上がると、手紙用に置いてあったペンと紙を使って絵を描き始めた。
「えっ、上手……」
自分で上手いというだけあって、手つきが描き慣れている。
心しながら見ていると、紙の上にすっきりと面長な人が描かれていった。
「誰を描いてるの?」
「もちろんママだよ」
「!?」
私は驚いてしまった。
スノーホワイトとは明らかにタイプの違う人だからだ。
(まさか、容整形!?)
だとしたら整形前の肖像畫が、スノーホワイトの知っている母の顔と違っても不思議はない。バトラーが肖像畫を褒めていたのとも一致した。
でも、この世界に容整形なんてものがあるのか。
そこで私はハッとなった。
あるとすれば、それは“幻の魔法”だ。
  アルテイアは幻の魔法を使い、自分の姿をしく見せていた?
私は思わずスノーホワイトの描いた絵を手に取った。
「ごめん! ちょっとこれ、貸してくれる?」
「いいけど、どうするの? ……レディ?」
*
私が絵を手に向かったのは、バトラーのベルナルドのところだった。
ちょうど城の玄関のカギをかけていた老バトラーが、寢間著姿の私を見て驚いた顔をする。
「妃殿下、どういたしました……!?」
「これを見ていただけますか!? アルテイア様を描いた絵です」
バトラーは不思議そうに私と絵を見比べた。
「アルテイア様はもっと、も頬もふっくらとされていましたね。目の形も違うようです。失禮ながら、この絵は違う方なのでは?」
(やっぱり!)
私の予は當たっていた。
バトラーの知るアルテイアと、スノーホワイトの知る彼とは顔が違う。
それが幻の魔法によるものなら、アルテイアは魔だったんだ。
魔法の鏡を持っていたのは、彼が魔だったから?
魔法の鏡は、彼の魔力が込められたものなのかもしれない。
(待って……。でも、そんなことってある!?)
結論に飛びつきそうになって、私はある矛盾點に気がついた。
アルテイアが幻の魔法をかけたのなら、アルテイア本人が死んだ今、魔法の効果が続いているのはおかしい。亡くなってもう五年もたつのに……。
(どういうこと!?)
興と混に、心臓が早鐘を打っていた。
(ダメだ、私じゃわからない。もっと魔法に詳しい人に聞かないと!)
誰に聞けばいいのか……。
私の頭に浮かぶのは、あの若き魔法使いの顔だけだった。
*
「お久しぶりですね。ソシエお嬢様……」
バスカヴィル領にある山頂の城のバルコニーで、ミラーが私を出迎えた。
ちょうど新月の夜だった。
ヴィオレット領を含む地方視察の旅の途中、私はひとり、バスカヴィル領に立ち寄った。
スノーホワイトや護衛役の兵士には無理を言ったけれど、追われているミラーと會うのに人を連れていくわけにはいかない。
ミラーがバスカヴィル領に戻ってきていることは、近くの村の住民から聞いていた。
とはいえミラーも簡単には姿を現してくれなくて、私が山頂の城にいるということを、あえてウワサにしたのだった。
そして思った通り、ウワサを聞きつた彼は山頂の城に現れた。
*
バルコニーに人影を見つけて出ていった私に、ミラーは目を細める。
「こうした形で顔を合わせることになるなんて。僕としては、二度とお會いするつもりはなかったんですが……」
あんなことがあったんだ。お互いに気まずさはある。
ミラーは私に王子殺しを強要し、私は兵士を使って彼を追い詰めた。
ふたりの縁は斷絶したかにみえた。
それなのに私が図々しく、ミラーを頼ってここへ來た。
「ミラー、來てくれてありがとう……」
「お嬢様が僕を探していると聞きました。恩人であるあなたに探されては、さすがに僕も無視できません」
ミラーは手すりの上に組み合わせた自分の手に、視線を落とした。
「ミラー……」
私は彼を見つめる。
新月のバルコニーに立つ彼は、輝く金髪すらも闇に同化してみえた。
彼の周囲に孤獨と悲しみが漂ってみえる。
「僕に何か頼みがあるんでしょう?」
言い出せないでいる私に、察しのいい彼が聞いた。
「うん、実は……」
私は正直に打ち明ける。
「前の王妃様のことなの」
「前の王妃?」
「ええ。過去の彼の肖像畫と、スノーホワイトの記憶の中の彼は全く違う顔をしていたの。それで私は幻の魔法を疑っていて……」
私はミラーにことのあらましを説明した。
「きっとこれは、魔法の鏡のに繋がってる。あの鏡には、私も何か嫌なものをじてて。そのままにしておけない。だから……」
「それでお嬢様は僕を頼ってきたんですね」
ミラーは嬉しそうに口角を持ち上げる。
「確かにほとんどの魔法の効果は、者の死とともに消滅します。幻の魔法もおおよそその範疇です」
だったら見たて違いだったのか。私はそっと肩を落とした。
「そうガッカリすることはありません。お嬢様の推理はおおよそ當たっていると思いますよ」
「どういうこと?」
アルテイアは亡くなっているのに、幻の魔法はかかったままなんて。
ミラーが微笑みながら教えた。
「者が前王妃本人とは限りません」
「えっ……。他に魔法使いがいるってこと?」
「僕はそう思いますね」
「でも、他に魔法使いなんて……」
ヴィオレット領で聞いてきた限りでは、そんな気配はどこにもなかった。
「まるで寢耳に水ですか?」
ミラーはまだ笑っている。彼は今の話から、私の気づいていない何かに気づいたのか。
きっとそうに違いない。
「教えて、ミラー」
暗いバルコニーで、私は一歩彼に詰め寄る。
コツンと靴の先同士がぶつかった。
近づきすぎた。そう思った時には彼が私の腰を抱き寄せていた。
「……ミラー?」
彼のエメラルドの瞳が寶石みたいに輝く。
「教えてあげますよ。……ただし、このと引き換えです」
彼が私の顎を持ち上げて、下を親指の腹でなでた。
「って、キス……?」
予想外の展開に頭が回らない。
返事より先に、彼のが近づいてきて――。
(……あ)
月のない夜、いけない熱がれ合う……。
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