《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第31話 落下と衝撃
ミラーのキスにどんな想いが込められているのか……。
その熱にれても、私には想像することができなかった。
彼を理解できるほど私はミラーを知らない。その事実を改めて思い知らされる。
「ごめん、ミラー……」
私はそっと彼のを押し返した。
「あなたの想いをけ取る資格、私にはないよ……」
「あの王をしているんですか?」
ミラーの瞳が悲しげに揺れる。
「ううん、そういうことじゃなくて……」
「……?」
「私はたぶん、ミラーの好きなレディ・ソシエじゃない」
ミラーは困げに私を見つめたあと、ふっと笑った。
「記憶がないからですか?」
「私が時々思い出すのは、ここじゃない世界の記憶……。森でフリオ王に出會う前のソシエとしての記憶は、私の中にはないみたい。その意味を、ずっと考えてたの」
「お嬢様……? 何を言っているんですか。わかりません……」
ミラーの聲と吐息が震える。
「だったら僕の知るソシエお嬢様は、一どこへ行ってしまったんですか!」
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悲鳴のような聲が私のをえぐった。
「ごめんねミラー。私はその答えを知らない……」
「……っ……」
ミラーはあきらめ切れないというように何度か首を橫に振り、私を強く抱きしめる。
「いえ、そんな不確かな話、僕は信じません! だってソシエお嬢様は、こうしてここにいるじゃないですか!」
私はかぶりを振った。
「ねえミラー。ミラーが好きなのは私のこの姿だけ?」
私のその問いに、彼はしばらく答えなかった。
し早い心臓の音だけが、夜の闇に響いている。
しばらくして彼は息をついた。
「あなたの言うとおりですね……。人がするのは、その人と共に過ごした時間の記憶です。今それは一方的に、僕の中にだけあるものだ」
若き魔法使いの熱がすっと離れる。
夜風が冷たくなっていた。
「すみません、僕はもう行きます」
彼はきびすを返し、私に背を向けたところで一旦足を止めた。
「そうそう、さっきの話。幻の魔法を使えるのは人間だけじゃありません。そもそも魔力というものは、人よりむしろに宿るものです」
「に? それって……」
ミラーが肩越しに振り向き小さく笑う。
「生き延びてください。お嬢様……」
それから彼はフードを被り、闇夜に溶けていった――。
*
  “魔力は人よりむしろに宿る”……。
どうしてそのことに気づかなかったんだろう?
絵本にもしっかりと実例が載っていたのに。
絵本の中で王妃をそそのかしたのは魔法の鏡だった。
そそのかされた王妃は誰よりもしくあるために、白雪姫を殺そうとする。
魔法の鏡はへの執著をかき立てる存在だ。
それを考えると魔法の鏡がアルテイアに、の呪いをかけたに違いない。
しさこそが価値だと教え込んで、彼の顔を変えてしまった。
貌をもって王妃になったアルテイアに、心の平穏は訪れただろうか。
を失うことを常に恐れていたに違いない。
そしておそらく魔法の鏡に依存した。
何度も幻の魔法をかけ直したかもしれない。
彼が死してなお魔法の鏡を恐れるのは、きっとそんな過去があったからだ。
そして鏡は今スノーホワイトのものであり、母親の顔をして彼に語りかける。
魔法の鏡は危険な存在だ。
スノーホワイトの幸せのために、排除しなければならない。
私はようやく、アルテイアが私をここに遣わした意味を理解した。
*
視察の旅から宮殿へ戻ったその日。私はスノーホワイトの部屋にある、魔法の鏡の前に立っていた。
スノーホワイト本人は旅の報告のため部屋を留守にしている。
侍従やメイドたちも、すぐそばにはいなかった。
今しかない。私は張にが強ばるのをじながら、壁に立てかけてある鏡に手をれる。
ひと抱えもある大きな鏡だ。持ち上げようとすると汗ばむ手のひらに、ふちに施されたレリーフが食い込んだ。
高く持ち上げて床に叩きつければ、鏡は割れてくれるだろうか。
ためらっている暇はない。私は大きく息を吸った。
その時鏡から、ぐわんぐわんとしなるような振が伝わってきた。
「――何!?」
ゾクリとして私は鏡をのぞき込む。
鏡にの顔が映った。私はこの顔を知っている。
「アルテイア……!?」
『無禮者! 私の鏡から手を離しなさい』
「うっ!?」
鼓を通さず、脳に直接響く聲。その聲に頭を毆られたみたいにじる。
私は反的に両手で耳を覆った。
『魔法で王を籠絡ろうらくした、の程知らずの醜い魔。どうして平気な顔をして、この宮殿にいられるの……!?』
鏡はいていないのに、鏡に詰め寄られているようにじた。
『私の席に居座るあなたを、私をした誰もが憎んでいる……。スノーホワイトも。それに城の者たちだって……。みんながあなたにいい顔をするのは、王妃という立場を立てているだけよ? 勘違いしないで! 早く、今のうちに出ていきなさい? ほら、後ろのベランダから飛び降りて!』
私は後ろを振り返る。
ベランダの白い手すりが見えた。
ここは三階だ。飛び降りたりしたら命はない。
それなのに鏡からの圧が強くて、足が勝手に後ずさりしてしまう。
これも鏡の力なのか……!?
『飛び降りなさい!』
「飛び降りるなんてイヤ……!!」
私は両腳に力を込め、必死に抵抗した。
けれども鏡の勢いは収まらない。
鏡に映るアルテイアが兇悪な笑いを浮かべ、こちらへにじり寄る。
『フフフフフ、どれだけ持つかしらね? あなた魔のくせに、たいした力はないみたい』
鏡がさらにこちらへ詰め寄った気がした。
『行ってしまいなさい、さあ! 王も息子もこの城も、私のもの……。ここはあなたのいるべき場所ではありません!』
話しているのは魔法の鏡なのに、アルテイアに言われているみたいで勘違いしそうになる。
それくらい私は追い詰められていた。
(そうかもしれない。私のいるべき場所は……)
神の消耗とともに気持ちが揺らぐ。
グラリと大きくが揺れた。
そして私は仰向けに落ちていく。記憶の海へ――。
* * *
突然、うなりをあげるエンジン音が聞こえた。
そこは靜かな住宅街、細い道。
車のフロントヘッドが勢いよく視界に飛び込んでくる。
「みんな避けて!」
私はとっさに周囲を見回した。
逃げう子どもたち。
同僚の保育士が、棒立ちになっている子どもの手をつかんだ。
公園からの帰り道、保育園は目と鼻の先だった。
こんなところに車が飛び込んでくるなんて。
日頃から安全には十分注意していたつもりなのに、驚き、あせってしまう。
でも私には守るべきものがある。
「逃げて早く!」
私は逃げ遅れた子どもの背を押して、車の軌道から追い出した。
  次の瞬間、ガンッと大きな音と衝撃がを襲う。
せんせい、と呼ぶ聲。それに悲鳴。
園に戻ったら、子どもたちに絵本を読む約束をしていたのに。
今日、それは葉わないかもしれない。
未來もどうかはわからない。
ごめんね、みんな。約束を果たせなくて。
悲しい思いをさせてしまったら、ごめんね……――。
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