《白雪姫の継母に転生してしまいましたが、これって悪役令嬢ものですか?》第32話 魔の末路

その時、誰かに呼ばれた気がした。

まるで鈴の音のような、のある聲……。

何を言っているのかまではわからない。でもあれはきっと、助けを求める聲。

今考えると、あの時聞こえたのはアルテイアの聲だった。

聲に引き寄せられるようにしての中を漂い、気がつくと私は森の上空にいた。

目にまぶしい濃い緑、針葉樹の爽やかな香り……。

  それが一気に襲ってきて、私は失いかけていた五を取り戻した。

さっきは車に跳ね飛ばされたと思ったのに、今は森の上にふわふわ浮いている。

私は幽霊にでもなったのか。

ぼんやりと現狀をけ止めながら森を見下ろした。

森の中にある緑の草地に、の人が仰向けに橫たわっていた。

らかな草のドレス。痩せた。黒髪に、管がけて見えるような白い

顔に見覚えがあった。あれは鏡に映る私の顔だ。

あまりに似ている。

と私には、何かしらの縁があるに違いない。例えば違う世界での自分?

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だってこの世界は、私が知っている世界とは違う。

の服裝もそうだし、電柱の一本もない森は緑の輝き方があまりに幻想的だった。

私はふわふわと、自分によく似た彼に近づいていく。

それから彼の中が、空っぽなのに気づいた。

死んでいる? 私と同じように。

とっさに確かめようとして手をれた。

するとピリッと刺すような痛みが走り……。

次の瞬間、私は彼とひとつになっていた!

ソシエは強い魔法、幻の魔法を使ったために記憶を失ってしまった。以前、ミラーがそう推測していた。

きっとそれは半分當たっていて、殘りの半分は間違っていた。

ソシエが魔法と引き換えに手放してしまったのは、記憶でなく魂だったんだろう。

そうして空っぽになった彼に、違う世界で死んだ私の意識が宿った。

異世界からの呼び聲、あの日のアルテイアの言葉がよみがえる。

――お願い! あの子を守って!

ようやく思い出した、私は……。

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私はアルテイアに導かれ、スノーホワイトを守るためにこの世界へやってきた。

目の前では壁に立てかけられた大きな鏡が、ひとりでにガタガタと揺れていた。

鏡に映るのは兇悪な魔の顔。前王妃のアルテイアに似せているけれど、あれは彼じゃない。魔法の鏡が彼の顔を使って、私をこの世界から追い出そうとしている。

(そうはさせない!)

私は逆風の中で駆け寄って、もう一度鏡のふちをつかんだ。

今度は放すまいと、両手で力いっぱい。

「この世界から出ていくのは、あなたの方!」

鏡を頭上へ振りかぶり、足下めがけて力いっぱい叩き落とす。

ブンッと風を切る音。そして確かな手応えがあった。

鏡はガラス製だ。衝撃でガラスがバラバラに砕け、レリーフが刻まれた枠から外れて崩れ落ちる。

呆気なかった。いくら魔力を持っていても、鏡は鏡だ。

々になってしまった鏡はもう、アルテイアの顔を映すことも、それをもってスノーホワイトの心を掻きすこともできない。

私は役目を果たせたのか。

そう思った瞬間。

割れた鏡の欠片から、次々と黒いモヤのようなものが噴き出した。

(――何、これ!?)

腐臭のようなものが鼻につく。

強い悪意をじた。

背筋が本能的恐怖に凍りつく。

禍々しいモヤは黒い筋となって、そこら中を縦橫無盡に踴り狂った。

『ウァアアアッ、よくもやってくれたなァア!?』

奇怪な聲が宮殿の空気を掻きす。

を映す鏡としてこの世に生まれて三百年、私ほどのものを無に帰すなどと……フハハハハ、フハッ! 新しい王妃は兇人であったか!』

私は震えながら後ずさりする。

モヤのびは焼けた鉄の靴を履かされ踴り狂う、魔の斷末魔を思わせた。

『ァアアッ、お終い……これでお終いダァアア! しかしこのままでは済まさぬぞ!?』

唖然として見ている私の前で、モヤが集まり黒い大きな手を作る。

『お前もッ來い!』

禍々しい手がこちらへ迫った。

「いやあっ! 放して!?」

手首をつかみ、ものすごい力で引き寄せられた。

踏ん張る靴底が部屋の絨毯にこすれ、絨毯ごと引きずられる。

なんて力なのか!

ベランダの手すりが迫る。死への扉がそこに口を開けていた。

鏡と一緒に踴りながら死ぬ、これが魔である私の最期なのか。

そんな、イヤだ! こんな終わりになるなんて……。

すぐには現実をけ止められない。

たくさんの思いが一気にに押し寄せた。

ねえスノーホワイト、私はあなたを守れたの?

ミラー、ごめん……。あなたのする人を奪ってしまったこと、謝れなかった。

そしてフリオ……。大切にしてくれたのに、何も返せなくてごめんなさい。

ずっと惹かれてたのに……。好きだって言えばよかった。

二人目の妻にまで先立たれる彼を思うと、本當に居たたまれない。

あんなに魅力的な“王子さま”は、他にいないのに……。

(ああフリオ!!)

私は手をばした。れたいと思うその人の、イメージに向かって。

するとその手を握り返された。

「ソシエ! こっちへ!!」

大きな熱い手に、力強く引き寄せられる。

黒々としたモヤの手が離れ――。

それから衝撃とともに、私はフリオ王のに著地した。

「ソシエ!」

すぐさま背中に彼の腕が回ってくる。

私を抱きしめる彼の呼吸もれていた。

「あれはなんなんだ?」

フリオ王はモヤをにらむ。

「いや。何者であろうと、私の妻に狼藉を働く者は許さない!」

彼が私を背中にかばい、剣を構えた。

寶石が散りばめられた細の剣だ。彼が普段、王として人前に立つ時ににつける……。

それが抜かれるのを、私は今初めて目にした。

ヒュッとしなる音とともに、黃金の剣が宙を舞う。

線狀の軌跡が、モヤを斜めに切り裂いた。

その瞬間、何が起こったのか。

次の瞬間にはモヤは、の粒となって消え失せた。

夢でも見ているみたいだった。

あれだけ荒れ狂っていた鏡の魔力が、一瞬にして消えてしまうなんて……。

「い、今の……」

「何かの魔に見えたな」

フリオ王は剣をするりと鞘へ収める。

「一なんだったのか……。きっと何かよからぬものだな」

あまりにざっくりした表現だけれど、確かに“よからぬもの”には違いない。

彼の視線に、私はうなずいてみせた。

「そのよからぬものを……、陛下は斬ってしまわれたんですか?」

「ああ……」

彼が腰の剣へと視線を戻す。

「この剣は聖剣として王家にけ継がれているものなんだ。儀式用のハリボテだと思っていたが、本當に邪悪なるものを払う力があったとは……」

そう言われて、私も剣へと目を落とした。

鞘にも柄にも華やかな裝飾が施されている。

けれどもその剣自に、特別な力があるようには思えなかった。

なくとも魔法の鏡からじたような、ただのとは違う強い気配はじられない。

(邪悪なものを払う力があったのは、剣ではなくて彼自じゃ……?)

私は頭の中でそんな結論に至る。

だってキスだけで死人をよみがえらせてしまうような人だ。

この王が、ただの人とは思えない。

ともあれ、彼は間違いなくヒーローだ。英雄と書いてヒーローと読む。

良くも悪くも世界で一番単純で、幸運で、周囲を明るく照らす存在。

そんなのはいいとこ取りでズルいけど……。

「どうした?」

「いえ……」

いつの間にか、私は彼に見っていた。

イケメン過ぎる顔にはようやく慣れてきたと思ったのに……。

ああ、本當にズルい……。

手のひらで顔を扇ぐ私に、彼は言った。

「ところで、ガラスが割れるような音を聞いて駆けつけたんだが、レディに怪我はなかったのか?」

「あっ、えーと、はい……」

そういえば王と大臣たちの會議室が、庭を挾んで向かいだった。王は異変に気づき、會議を放り出して駆けつけてくれたのかもしれない。

彼の視線が々になった鏡の殘骸に向けられた。

「そうか、この鏡が倒れて割れたのか」

(……あれ?)

「いつかこういうことになると思ってたんだ……。スノーホワイトはやたらとを溜め込む癖があるから」

私は思わず首をかしげた。

彼はさっきの“よからぬもの”と、割れた鏡の関連について気づいていないらしい。

狀況からして気づいてもよさそうなのに……。

(天然……なのかな?)

に溫かなものがこみ上げた。

そういうぞんざいさも、フリオ王がフリオ王たる所以なんだと思う。

豪快でまっすぐな彼がとてもおしかった。

「違うんです。私が鏡を割ったんです」

「君が?」

王は不思議そうに私を見つめる。

「そうですね……。話すと長くなるので、この話は時間のある夜にでもさせてください」

「そうか、それならそうしよう」

彼が私の頬にキスしてささやいた。

「初めて君からってくれたな。さっそく今夜、君の部屋へ行く」

「はい」

「夜が楽しみだ」

反対側の頬にもキスがきた。

そのから離れがたい思いが伝わってくる。

「ちょっと、ヒトの部屋で何やってんのー?」

聲に振り向くと、そこにはスノーホワイトが立っていた。

「妻にキスを」

「聞いてないし!」

平然と答えるフリオ王に、スノーホワイトがイヤな顔をしてみせる。

「お前は旅の間、ずっとソシエを獨占していただろう。私はキスも許されないのか」

「はぁ? そういうのは子どもの見てないところでやってよね?」

「見ていないところでならいいんだな?」

フリオ王が私の腰を抱き寄せた。

「何それやらしー!」

スノーホワイトは真っ赤な頬を膨らませる。

「あのう。陛下、そろそろ……」

王の従者が呼びに來た。

「そうだった。大臣たちを待たせているんだった。……じゃあな、ソシエ」

最後のキスは、名殘惜しげに前髪の付けに押しつけられた。

雪解けの國は平和だ。

ここは幸せな絵本のくに。

ハッピーエンドのあとには何があるのか。

私はワクワクしながら、まだ見ぬ未來へ思いを馳せた――。

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