《完璧曹司が、なぜか私にだけ意地悪をしてきます》はじめてのデート

「郁……っ」

熱い吐息が、首筋にかかる。マンションに戻ってすぐ、花園は郁を押し倒した。

「ちょっ、と待って、シャワー浴びたいですっ」

「だめ。もう待てない。2週間お預けされたんだぞ」

「それは……もう」

いけないな、と思いつつ、しょうがないな、と思っている郁がいた。

気だるくどこか満足のあるで、一緒にシャワーを浴びて、一つのベッドに倒れ込む。眠りに落ちる寸前、花園は嬉しそうに郁の耳元で囁いた。

「郁……はじめて、気持ちいい、って言ってくれた」

疲れ切っていた郁は、恥じらう気力もなく軽くうなずいた。

「でも……もう玄関は、ちょっと」

「ごめんね、背中いたかった?」

「それは平気ですけど」

の背中をでながら、花園は歌うように言った。

「明日こそ、さ。一緒に出掛けよう? 俺、郁とずっと、デートしたかったんだ」

「……どこに、行きます?」

。明日、教えてあげる」

今日は一日オフらしい。花園は起きた瞬間からご機嫌で、郁にトーストなんか焼いている。

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「あちっ……ほら、ジャム塗る?」

冷蔵庫から、花園が瓶を取り出す。郁は中を見て意外に思った。

「冷蔵庫、前よりいろいろってますね? どうしたんですか」

「どうしたって……こないだ郁とスーパー行ってから、なんかハマっちゃって」

「ハマる? スーパーにですか?」

「うん。味しそうだなって思ったもの、なんでも片っ端から買って、冷蔵庫にれとくと、なんか楽しいっていうか、安心するっていうか……」

その覚は、郁にもとてもよくわかる。と言っても郁は、好きなものを片っ端から買うような事はできないが。

「ふふ、いいですね。何を買ったのか見てもいいですか」

すると花園はちょっと照れ臭そうに脇にどいた。

「いいよ」

冷蔵庫の中を開けると、前回はほぼなにもなかった空間に、ぎっしりが詰まっていた。ジャムの瓶が數個、たくさんの果ジュースに、出來あいのお惣菜、プリン、そして數種類のパン。郁はパンの袋を取り出した。

「花園さん、パンは冷凍室にれておいたほうが、味しく食べれますよ」

「そうなの?」

「はい。凍ったままトーストで數分焼けば、焼きたてとほぼ同じ味になるんですよ」

そう言ってパンをれなおす郁を見て、花園はふうんとうなずいた。

「へえ。さすがだな」

「庶民の知恵ですね」

意外なところで認められてし嬉しい郁に、花園はわくわくした聲で言った。

「な、これからも俺に、そういう事教えてよ。それで……一緒にたくさん、飯、食いたい」

その笑顔は無邪気なほどだった。だから郁もまた、微笑んだ。

「はい、そうしましょう」

千鶴との誤解、そして淳史の誤解も解け、二人の間にあったわだかまりは一時的になくなって、今までで一番、距離が近くなった。そんな気がする。

(彼にとって、私は一時の『寂しさを埋める相手』なのかもしれないけど――)

けど、今この時を和やかに過ごすのは、郁にとっても嬉しい事だった。

(期間限定の、『人ごっこ』それでもいい)

はそう思いながら、花園の焼いたトーストに、イチゴジャムとブルーベリージャムを半分づつ塗ってあげた。

シンプルな朝食を済ませたあと、花園は車を呼び出し、表參道に留めた。

(すごい、別世界ね)

そうそうたる海外ブランドが軒を連ねるその景は、ちょっとのぞいただけでも敷居が高い。百貨店の漂わせる重厚な雰囲気とはまた違う、最先端でモードな雰囲気だ。しかし花園はそうした店には目もくれず、裏通りのセレクトショップへ郁を連れてった。白を基調とした、コンクリ―トを打ちっぱなしにしたような面構えのお店だったが、一歩っただけでこだわりのお店だと言う事がわかった。

(天井、高い……すごい品ぞろえ……)

一つ一つの服たちが、仕立てが良く、しい。様々なブランドやデザイナーから、この店のオーナーの審眼に合うものだけを買い取っている事が、ひしひしとじられる。

自分も服を売る側の人間として、まじまじと店を眺めていると、花園は自信満々に郁を見た。

「今日は、俺が郁の服を見繕うからな」

「えっ? いいですよ、そんな……」

正直、こんな高価なお店で服を買う余裕なんてない。しかし及び腰の郁を置いてけぼりにして、花園は次々と服を選びだす。

「これ、いいな。でもちょっと出が多すぎか……こっちはどうだ?」

次々とワンピースが、目の前に吊り下げられる。タグを見て、郁は仰天した。いつも自分が著ている服よりも、ゼロが2つほど多い。

「や、やめましょう、こんな、すごいお洋服、私には……」

「そうやってしょうもない謙遜するから、地味だとか言われるんだぞ」

千鶴の言葉を思い出したが、郁は薄く微笑んだ。

「いいんです、地味で。私が自分でしたくてしてるんで」

しかし花園はぼそっとつぶやいた。

「でも俺は、腹が立った。郁だって、あいつみたく著飾れば、もっと綺麗になるのに」

「えっ……」

その言葉に、郁は耳を疑った。もっと綺麗? 誰が?

が黙ってじっと見つめているのに気が付いて、花園は慌てたように言った。

「な、なんだよっ。そんな驚くなよ」

その頬が、し赤くなっている。

「いえ、その……ありがとうございます」

もなんだか気恥ずかしくなって、うつむいてぼそぼそ言った。花園は軽く咳払いをしたあと、言い訳のように言った。

「とにかく……郁をけなされて、悔しかったのはマジ。だからこう、何かしたくて」

そう言って、花園は真っ白なワンピースをラックから取り出した。

「おっ、これいいじゃん! ちょっと著てみてよ」

「えぇ……」

花園に押し切られる形で、郁は試著室へと向かった。白いワンピースなんて、子どものころ以來だ。しの拒否があったが、袖を通したその姿は一目で郁の心を奪った。

(わ、このワンピース、すごい……!)

繊細なレースが、元と袖全に施されている。ウエストはぴったりとしているがスカートはふわりとしていて、ガーリッシュかつ、大人のにちょうどいい上品さを併せ持っている。

(カッティングがしっかりしてるんだ。だから私みたいな普通の人が著ても、スタイルが良く見える!)

まじまじとワンピースの細部をチェックしていると、しゃっとカーテンが開けられた。

「遅い!」

「わ、ごめんなさい」

花園は郁の全を見て、にっと笑った。

「思った通り。めちゃくちゃ似合ってるじゃん」

そのまま郁を置いて、花園は會計へと向かった。

「今日はそれで、出かけようよ」

屈託なく言う花園に、郁は頭を下げた。

「すみません、こんな高価なものを……」

すると花園は、首を振った。

「やめろよ。それより……ありがとうって言ってよ」

ははっとした。たしかに自分も、何かを買ってあげたら相手にそう言ってもらう方が嬉しい。郁は素直にお禮を言った。

「ありがとうございます。こんな素敵なワンピース、初めてです」

すると花園は、照れた年のようにくしゃっと笑った。

「そっか、よかった」

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