《完璧曹司が、なぜか私にだけ意地悪をしてきます》レーズンクッキーサンド
「以上が、本企畫の容になります。皆さまご理解いただけたでしょうか」
企畫書を手に、プレゼンを終えた花園は軽く呼吸を整え、罵詈雑言に備えて構えた。
まずはじめに、兄が企畫書をバサリと機の上に放った。
「ひどい企畫だ! お話にならない。でしょう、みなさん!」
清は、執行役員の面々にそう語りかけた。プレゼンの最中から、清はずっと文句を言いたそうに口の端をかしていた。
こき下ろしの、開始だ。
「売上のかなめである一階に、こんなちゃちな改裝をするなんて。考えられません。本店のこの場所はずっと、配置を変えていないって言うのに」
花園は兄に向かって、冷靜に聞いた。
「他の問題點は?」
「山盛りだ! まずフードコートというのが致命的だ。本店には3階と7階に、ちゃんとしたレストランがもうある。なのにどうして、レストランの劣化版をわざわざ1階に持ってくる必要があるんだ? それに、この一斤にF1層はふさわしくない。彼らには彼らに合った場所がある」
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冷靜にけ流そうと思っていた花園だが、ここは聞き捨てならなかった。
「ふさわしくない……? それは、売る側であるこちらが、客を選ぶという事ですか」
その言葉に、清は尊大にうなずいた。
「當たり前だろう。一斤は歴史ある百貨店なんだ。そのへんのショッピングモールとは違う。何度も言わせるな」
なんて時代遅れな意見だろう。まるで化石だ。
(日本にものがなかった昭和の時代ならまだしも、報もも飽和狀態の現代で、そんな殿様商売が通用するわけないのに――)
兄は父の影響をけ、どこまでも昔の考えに固執しているのだ。彰とは5歳も年が離れていない、若者だというのに。
しかしどこかで、兄がそうなってしまったわけもわかっていた。
(父に気にられたい。その一心で、父と同じ考えに傾倒しているんだ……)
それが正しいか、正しくないかは考えない。なぜなら清にとって、彰を負かして父の寵を獨り占めする方が重要だからだ。だからこそ強烈なほどに父の考えに自分の思考を寄せ、変化を嫌う。
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しかし、父は考えは古いが、何も見えていないわけではない。郁が言ったとおり、百貨店の未來が苦しい事は理解している。その上で、伝統を守りつつ、売り上げを上げたい。
そう思っているはずだ。花園は父に向けて解説をれた。
「フードコートに利用するのは、全の面積の半分ほどです。そして半分は、もともとあった特選ブティックや化粧品の店舗の中から、若い人向けのものを殘して営業します。ご年配のお得意様の多い他の店舗は、比較的面積の余っている6階や7階の呉服フロアに移する計畫です。このフロアはもともとお得意様向けですから、売り上げの落ちる心配はあまりありません」
昔からある店舗はすべて守る。花園はそれをはっきりと伝えた。父は、眉間に皺をよせて話を聞いていた。その隣に座る青山先生は愉快そうに企畫書と花園を見比べている。
「なかなか良い案じゃないかと思うがのお」
そのつぶやきに、父はふんと鼻を鳴らした。そして兄は食ってかかった。
「どこが良い案か、お聞かせ願いますか? 青山先生」
普段から酔ってばかりの老爺に何がわかる、と言わんばかりの口ぶりだった。彰はそんな兄を見て、意外に思った。
(父さんは、兄貴には――青山先生を、紹介していなかったのか)
かつて様々な百貨店の立ち上げに関わり、百貨店の地位をここまでにしたそうそうたる経歴を持つ青山だが、引退した今はただの酒好きの爺さんにしか見えない。彼の開催する會と名のつくものは全て、無禮講の酒宴と化す。
しかし、彼は本當は酒が好きなのではなく、そこに集まる人々が好きなのだ。その一時の流を、何より大事にしている。一度酒を酌みわし、腹を割って話した相手の事はしっかりと覚えている。相手が何を求めて、何を目指しているのか。赤子の手をひねるように、それを見抜くのだ。
長年の仕事での際関係に加え、青山はそうした新舊り混じった皇居の面積並みの人脈を持っている。
ゆえに、青山の爺さまのプロデュース力はとんでもなかった。君がこんな事をしたいのなら、ここに行ってみればいい。この人と組むのはどうかね、紹介するよ――。
そんな風に人と人を結びつけ、功に導く。一朝一夕ではない、さまざまな経験をしてきた老爺にしかできない仕事だった。
だから花園は青山の爺さまの酒宴に參加した時、とことん宴を盛り上げることに力を砕いた。爺さんやお客さんが、楽しい思いができるように浴びるほど飲んで奔走し、そして最後には腹の底まで自分の計畫を聞いてもらった。その後、素面の彼を再び訪問し、企畫をプロデュースしてもらう権利を勝ち得たのだ。
そんな青山は今、面白そうに清を見つめている。
「そうさなぁ……わしも、最近のことはよくわからんが」
そのとぼけた口調に、花園は笑ってしまいそうになった。この爺さん、こう見えてスマホもパソコンもSNSもフルに使いこなしている。しかし孫などの前ではわざとわからないふりをして、『教えておくれよ』とお爺さんぶりっこをしていたりするのだ。
「わし、今これにハマっていてのう」
そう言って青山は、がさごそとお菓子の袋を取り出した。
「見てこれ、レーズンクッキーサンドじゃ。一つどうかの」
袋を開けて、青山はそれを隣の人に薦めた。
「わしの小さなころは、こんなバターだの生クリームだの使ったお菓子は、めったに食べられんかった。だからわしは、こんな贅沢なものがたくさん食べたくて、デパ地下をはじめたんじゃ」
青山は手提げから次々とお菓子を取り出した。
「ほら、これはシュガーバターラスク。ラングドシャ。フィナンシェ……これ全部、それぞれ違うコンビニから出てるんじゃよ。新商品も次々出る。だから、通うのが楽しくてのう」
お菓子を周りの人にあげながら、青山は清に言った。
「昔とは、何もかもが変わった。都に星の數ほどあるコンビニが、それぞれこんな商品を出して客を取り合っているのじゃ。」
しかし清は、頑なだった。
「だから、百貨店もコンビニのようになれとおっしゃるのですか?」
「いいや? 百貨店の伝統や品格は、大事じゃ。それを大事にしたまま、これらのお菓子を上回る何かが必要じゃ、商品でも、サービスでも。君になにか、案はあるかの?」
そう言われて、清はぐっと詰まった。そこで青山は、話を父に振った。
「さて、どう思う?」
すると父は、しかめっ面をした後、ふうとため息をついた。
「なるほど……いつのまにか、ここまで青山先生にめんどうを見てもらっていたとは」
「ほほほ。大した事はしとらんよ。しかし、ここまでの案を、ただ卻下するのはあまりにも勿ないと思うがの」
たっぷりの沈黙のあと、父は重重しくうなずいた。青山の進言もあり、この折衷案を無視はできない。そんな表だった。
企畫案の冊子を會議機に置いて、父は彰を見た。
「委員會で、検討する事にする。またお前からの説明が必要な時は、出向くように」
認められた。まさか――。そう思いながら、花園は頭を軽く下げた。
「承知しました。ありがとうございます。父さん、そして先生」
會議室を退出したあと、清は殺すような目で彰を見てきた。
「お前、汚い手を使ったな。古株のじいさんにびを売って、取りって」
口ぎたなく罵る清に対して、彰は冷たい目を向けた。
「あの人は、びを売ったからといって簡単に取りれるような人じゃない。今話したのに、そんな事もわからないのか」
清はカッとなった。同じような事を、彰のにも言われたのを思い出したからだ。
「調子に乗るなよ。お前は俺の下なんだからな」
彰は涼しい顔でうなずいた。
「ええ、それでいいですよ。だって弟なんですから。兄さんは岐阜店、俺は本店で、これからも頑張っていきましょう」
その言葉に、清の顔つきが鋭くなった。
「……俺は本店に戻るし、あの家を改裝して住む。これは決定事項だ」
脅すように、清は一歩彰への距離を詰めた。
「イキがるなよ。小僧。ぴーぴー泣いて、這いつくばってたくせに。お前がばあさんと暮らしたあの家も、小汚い庭も池も壊して、更地にしてやるからな。その上に俺の大きな家を建ててやる」
息がかかりそうな距離で、花園は負けじと清に視線を返した。
「兄さんが本店に戻るかは、未來の事なんでわからないけど……あの家に住むのは、俺と決まっていますよ。殘念でしたね」
「ふん、口だけだな。待ってろ。今から業者を呼んで、取り壊させに行くから」
「そうした場合、俺は兄さんを訴えますよ。そして、勝ちます」
彰はカバンの底から書類を取り出して、清の前につきつけた。
「祖母は俺に、あの庭と家を殘すと決めていた。これは正真正銘、敦子さんの書です」
それを見た清は、目を見開いた。
「なん――だと!? こんなものどこで、どうせ偽造だろう!?」
「俺の恩人が見つけてくれたんです。直筆で、判も押してある。もちろん筆跡鑑定も、弁護士による確認も済んでいます」
まじまじと眺めたあと、清は吐き捨てた。
「くそっ、これで……勝ったと思うなよ」
彰はにっこり微笑んだ。
「思っていませんよ」
心にもない事を言って、彰は彼に背を向けた。もうこれ以上、関わりたいとも思わなかった。
すると後ろから、聞こえるか聞こえないかの聲で、清がつぶやいた。
「なんで……なんでいつも、お前ばっかり」
彰は心の中で、それに答えた。あんたがそれを言うのかよ、と。
(それは、こっちの臺詞なんだけど)
「お前は俺より後からきたくせに。なんで、いつも俺より……」
それ以上は聞いてはいけない気がして、花園は廊下の曲がり角を曲がった。
すると、兄の事などもう頭からは消えて、あるのは今後の仕事の事と、そして郁の事ばかり。
今夜はディナーの予約をしている。
(早く、會いに行きたい……)
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