《完璧曹司が、なぜか私にだけ意地悪をしてきます》告白
思いがけない謝罪に、郁は慌てた。
「え、いや、そんないきなり……」
「もう、返済の事なんて考えなくていい。むしろ俺が、謝料を払わなきゃいけない。郁が良ければ……ちゃんと文書つくって、支払うから」
花園は顔を上げて、郁を見た。
「ごめん。今日は、謝りたかったんだ」
驚いて言葉の出てこない郁を、花園はじいっと見た。無意識なのか、伺うような上目遣いだ。
俺を捨てるって言わないで。嫌いって言わないで――。そんな必死の聲が、聞こえたような気がした。
それをけた郁は、頭の中にいろんな疑問が浮かんで、ぐちゃぐちゃと混していた。
まさか、そんな事で謝られるなんて。想像していなかった。てっきり、郁の方が切り捨てられるのだと思っていた。
(あ、でも、行為を斷られるっていうのは、ちょっと當たってるかも……。)
混しながら、郁は彼に聞き返した。
「返済を考えなくていいということは、つまり……私とは、もう、関係を持ちたくない、と……?」
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「えっ!? いや、それは」
今度は花園が言葉に詰まった。なぜか彼の頬が赤くなる。
「その、そりゃ、これからも當たり前に、したいけどっ。でも、それは、俺の一方的な気持ちだから、その……」
その言葉に、郁の頬も紅くなる。
「え……で、でも花園さん、私の事、最初は嫌いでしたよね。あ、嫌いでも、そういう事はできるか」
はっと気が付いたようにつぶやく郁に、花園は拗ねたような悲しいような、何ともいえない顔をした。
「今でも、俺が郁の事嫌ってるって思ってるの?」
「いえ、今はその、良い同僚……になれたのかなって、思っています」
「ただの同僚?」
「え……いやその……」
「たしかに最初、俺の態度はひどかったけど……」
そうだ、その通りだったのだ。郁はとうとう、最初から持っていた疑問を口にした。
「あの、彰さんは……なぜ、私にだけあのような態度だったのでしょう? 私、何かしてしまったでしょうか。そこがわからなくて、ずっと……気になっていて」
郁の言葉に、花園はぐっと息を詰まらせた。そして、恥じらうように目を伏せた。を噛むようにしながら、彼の口から言葉が出てきた。
「俺……最初から、郁の事が好きだった」
「は………はい?」
聞き間違いだろうか。目を瞬かせる郁に、花園はつづけた。
「そりゃ、最初の最初は、あんまり郁を見てなかった。でも、仕事していくうちに……郁に、憧れるようになったんだ。三浦さんの事が、心底羨ましかった」
「え、三浦さん?」
なぜそこで彼が出てくるのか。
「俺も、三浦さんがしてもらってるみたいに……郁にめんどう見てほしかった。郁の後輩になりたかったんだ。上司じゃなくて」
これは、仕事の姿勢を褒められている、のだろうか。郁は神妙にうなずいた。
「は、はぁ」
しかし花園は額に手をあててため息をついた。
「いや、噓はやめよう。正直に言うよ……俺、郁がしかったんだ。郁の特別になりたかった。でも……」
花園は気まずそうに目をそらした。
「俺……いろんな人と、付き合いはしたけど。誰かの人を、本気でしいって思った事なくて。だから、しいって思ったら、どうしたらいいか、わからなくなっちゃって」
郁は花園の言う事が飲み込み切れないまま、ただただ聞いていた。花園は再び、上目づかいで郁を覗き込んだ
「だから郁に彼氏がいるらしいってなって……それで、苛ついて、郁に意地悪言ったり、したりした。だから郁に、悪い所なんてないよ。悪いのは俺」
そこで花園は、言葉を切った。一時の沈黙が降り、ウエイターが優雅にお皿を下げ、グラスを換していった。
食事はすべて終わってしまった。花園が無言で席を立ったので、郁もはっとしてついていった。
帰りのエレベーターで、郁はおそるおそる、口を開いた。
「ご馳走様でした。その……さっきのは、本當ですか」
「本當だよ。言ったじゃん。俺、今日、謝りたいって……」
そう言われても、郁はにわかには信じられなかった。
彼が、実は郁の事を嫌っていなかったなんて。あの言葉は、最初からすべて『好き』の裏返しだったなんて!?
(たしかに途中からは仲良くなったけど! でも……まさか最初から、そんな風に思われていたなんて)
郁はまだ、すべてを飲み込みきれてはいなかったが、とりあえずうなずいた。
「わ、わかりました。花園さんのいろんな発言は、その、水に流す、事にします」
しかし、花園はまだ何か言いたい事があるようだった。
「俺……郁の事が、好き、なんだけど。郁も、俺のこと嫌いじゃないって、言ってたよね?」
そんな事、あったか。郁は記憶を引っ張りだした。そしてし赤くなった。
「あ、ああ、確かに言ったような……」
床に視線を落としたあと、花園は意を決したように郁へ視線を戻した。真剣な眼差しが、郁の目をる。
「だから俺と……ちゃんと付き合って、くれませんか」
「え!?」
「その、できれば結婚を前提として……。いつかあの家に、郁と住みたいな、って……」
言葉はしりすぼみになり、切れ長の目はじっと乞うように郁を見ていた。
(そ、そんなこと、あれこれいきなり言われても……!)
あまりの告白にが震えそうになるのを抑えながら、郁は言った。
「と、とりあえず……彰さんの言い分は、しっかり聞かせてもらいました。その、私の言い分は……ええと、し……」
時間をください、という前に、花園は郁の言葉を遮った。
「俺とは付き合えない? 嫌?」
彼が郁に一歩踏み出す。狹いエレベーターだから、すぐに壁際に追い詰められる。
「す、し時間を……」
すると花園は、郁をぎゅっとその腕の中に閉じ込めた。
「嫌だ。今、聞かせて。振るなら今、振ってくれ。怯えながら待つのは、嫌だから……」
どっ、どっ、どっ。花園の激しい鼓が、直に伝わってくる。郁を摑む指は、わずかに震えていた。
(どう……しよう……)
思い返してみれば、たしかに花園の意地悪は小學生の男子レベルだった。お弁當の悪口を言いつつ、お弁當をしがり、郁の靴をけなしながら、買いに行こうとおうとしたり。
(これ、ぜんぶ……好きな子に意地悪しちゃう系のやつだった……!?)
しかしまさか、年下とはいえいい大人がそんな事するわけないと思っていたので、まったくその可能に思い至らなかった。
(でも、彰さんは……そこ以外は、立派な『社會人』だった)
仕事に対しては人一倍真剣だ。郁を覗く、従業員や上司たちの信頼も勝ち得ていた。
(私だけに、大人げない振るまいをした……それは私が、『特別』だったから)
そう思うと、こそばゆいような、恥ずかしいような、自意識過剰なような。そんな気持ちが沸き起こる。
(花園彰が……ずっと私を好きだったなんて)
仕事一徹、私生活もさえない、アラサーの郁を。
しかし郁は、そっと花園の腕に手を添えた。ここで初めて、彼の『好き』が、すとんと理解できたのだ。
「彰さんが、私でいいのなら、喜んで」
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