〜プロローグ〜

「俺に全部、ちょうだい」

燈りを消した薄暗い部屋の、大きな窓の向こうを眺める菜胡なこを後ろから抱きしめた。窓ガラスに雨が當たり始め、街の燈りが歪む。さながらすりガラスのように視界を曇らせて、淡いの粒となって頬を照らした。

どうしようもなく菜胡のことがおしい。が苦手な棚原にとって、菜胡へのはもはや初にも似ていた。

そうなる以前はと深く付き合った事はあるし抱いた経験だってそれなりにある。なのに今、棚原は初めてを抱く時に似た張をじている。菜胡を怖がらせたらいけないと、逸る気持ちを必死で堪える。だが、この腕の中に好きながいるという実が、棚原を一気に初へと引き戻す。

「ん」

小さく頷いて棚原の腕の中で振り向いた。吐息が混じり合いながら近づくはそっと重なる。

「菜胡……」

「せんせ……っ、ん……」

啄むように軽くれ合う口づけを繰り返して、棚原の舌が菜胡のを割ってる。やがて境目もわからないほどに貪りあって、靡な音を立て始めた。

「私、どうしたら……」

「俺に任せて」

薄暗い寢室を夜の街の明かりが薄く照らす。甘くてまろやかな匂いが、わになっていく菜胡の素から匂い立つ。そそられた扇にを任せ、口づけは下へと降りていった。

＊ ＊ ＊

目を覚ました菜胡は、隣にしい人の寢顔があって一瞬困した。何故なんだと本気で悩み、だがすぐ思い出した。

――なん、で……そうだ……

棚原の寢顔をしばらく眺めてから、彼を起こさないようベッド脇へ足を垂らして上を起こす。誰も居ないとはいえ、丸っ切りを曬す勇気はなく、布団の端を引っ張って前面を覆った。

窓の外の空は白み始めていた。眩しくはないが、昨夜は見えなかった室が明るさでよく見えはじめていた。大きな窓と、その向こうの街並み。自分がいま腰掛けているのはダブルサイズだろうか、大きなベッドで、観葉植が一つと間接照明が一つ置かれていた。ベッド以外は、本棚と機が置かれているだけのシンプルな室だ。

ぐるりと見回してみたものの、見える範囲には著ていたものが見當たらない。反対側に落とされているんだろうか。見回した時にを捻った事で、太ももがわになり、そこにあった赤い花の痕に驚いた。目にった房にも同じような痕があり、これがありありと昨夜の出來事を思い出させた。

熱っぽい聲で名を呼びながら何度も口付けてくる棚原。首筋にかかった熱くてやわらかな吐息はそのままへとり落ちていき、菜胡にれる手はどこまでも優しかった。が自分のものじゃないような浮き上がる覚に不安をじて棚原にすがった時の、大きな背中、汗ばんだ、熱、力強い幹――。たちまち顔が熱くなった。

規則的な寢息を聞きながら窓の向こうをぼーっと眺める。好きな人と通じ合えた喜びを噛み締めていたら、ふいに後ろから腕がびてきてぐいっと引き寄せられた。

「なこ」

「わっ、あぶ……」

あっという間に棚原の腕の中だ。初めからそうだったようにぴったりと棚原のに沿う。うなじに軽く口付けられ、そのくすぐったさにを捩り、腕の中で向き合う姿勢をとった。

「おはよう、菜胡……、平気？」

「ははは、はい、多分？」

「ん、それはよかった」

とても幸せそうな棚原と向き合い、磁石がくっつくようにおでこを合わせた。この人に抱かれたのだと改めて考えたら照れ臭くて、顔を見ていられず、思わず棚原のに顔を埋めた。菜胡の好きな棚原の匂いがより強く鼻腔を刺激した。

「なこ……」

名を呼ばれて顔をあげれば、熱の籠った視線と再び絡み合って、が重なった。

好きになるつもりはなかった。＂初めて＂を捧げたいと思える人に出會えると思わなかった。