《夜明けを何度でもきみと 〜整形外科醫の甘やかな〜》4

それからは慌ただしかった。菜胡が先にシャワーを浴びて支度を整えてから晝食の支度に取り掛かった。米を炊飯にセットして、持ってきていた団子をレンジで溫め直しサラダ菜と共にお皿に盛り付け、きのこの佃煮は小鉢にあける。冷蔵庫にあるものを使って、味噌と副菜と淺づけ、それから冷茶も作った。一時間も冷やせば充分味しく飲める。

その間、棚原はれた寢室を片付け、掃除機をかけ、洗濯機を回して風呂掃除を済ませて來客に備えた。

「なんだか、夫婦みたいな過ごし方だな」

棚原がキッチンにいる菜胡を眺めながらつぶやいた。夜はし合い、夜明けを眺めて一日が始まる。それぞれにやる事を分擔しながら、時折視線が合わさると微笑み合う。の奧がほんわかと溫まって、泣きたいくらいの幸せをじていた。

を著け始めた頃には想像もしていなかった。こんなに穏やかで甘やかで、幸せな日曜が來るなんて思いもよらなかった。

――この先もずっと……。

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にある痣が気持ち悪かったらやめてくれて構わないと話してきた菜胡の目は、これから抱かれる事の張とは違った、怯えた目をしていた。聞けば、初めてできた彼氏から投げつけられたのだと話してくれた。腑が煮えくり返る思いがした。痣があろうがなかろうが菜胡には変わりがない。だが、痣があった事で菜胡と出會えたのだという思いは確かで、この時じた幸せな気持ちを、何年何十年と菜胡と紡いで行きたい、そういう気持ちが芽生えはじめた。

十二時を五分ほど過ぎた頃、インターホンが鳴った。元気よくやってきた弟・昴は、棚原によく似ている。垂れ目じゃないのと背がそこまで高くないから、ソファに座らせ目を閉じてもらったら見分けがつかないかもしれない。だが、菜胡には見分けられる。

「初めまして、弟の昴です。兄がお世話になっています」

「石竹菜胡と申します。紫苑さんとお付き合いさせていただいております」

そうやりとりをわした昴の、菜胡を見る目は笑っていなかった。淺川と初めて會った時のように、が走った。

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用意しておいた晝食は、好き嫌い無く平らげてくれ、研修の事など會話を楽しんだ。十四時も近くなってきた頃。

「じゃあそろそろ帰るよ、ごちそうさま」

「ん、帰るか。あっと、すまん、コンタクトずれた」

棚原が洗面所へ走る。菜胡は片付けようと立ち上がった時、昴が菜胡に聞いてきた。

「ねえ、兄さんと僕、似てる?」

「え? ええ、よく似てらっしゃると思いますけど」

「ならさ、僕でもいいじゃない? 兄さんやめて――僕にしない?」

聲は軽やかで口元も笑っているが、目が笑ってない。棚原にそっくりな見た目だが、読めないじは全く違う。

「何を言って――」

テーブルを挾んでいたのに、菜胡の隣にススッと來た。その距離の詰め方に警戒する。棚原の向かった洗面所を見遣るが、昴に視界すら遮られた。

「いいじゃん、これまでのもそうだった。あんたも同じなんだろ? 見た目だけで兄さんを選んで、兄さんを失させるに決まってる」

「紫苑さんの見た目に惹かれたわけじゃありません。似ているから昴さんに乗り換えるなんて有り得ない。バカにしないでください」

菜胡は言い切った。

「じゃあ君は兄さんの何を知ってるの?」

「何って……」

言われれば何も知らない。出學校や実家がどこにあって家族構が何で、好きなものは、趣味は――。言われるような事は知らない。聞いた事もない。ただ棚原の存在が好きでいただけだ。菜胡はキュッと口を引き結んだ。

「は! そんなんで人気取り? 呆れる」

昴の目つきがキツくなった。

コンタクトがずれて洗面所に行っていた棚原が戻ってきて、言い爭ってる風な會話に割ってった。

「昴、菜胡をいじめるな」

「料理とで気を引いて、結局は兄さんの見た目だけしか興味がないなら今のうちにやめた方が」

菜胡はツキンとの痛みを覚えた。棚原がダミーの指をはめている理由を思い出した。見た目だけにしか興味のないが多いから、と言っていた。自分も、昴から彼達と同じように思われているのだろう。

「昴さんに初対面から信頼されるわけないことはわかっています。紫苑さんが々な話をしてくれるかどうかは紫苑さんの自由です。頼んで聞かせてもらう事じゃない。そして私がいま何も知らないということは、まだそこまで信頼を寄せてもらえていないからです」

「菜胡……?」

棚原が不安そうに肩を抱いてくる。その手を握り、昴の目をまっすぐ見て続けた。

「卑屈になって言ってるんじゃありません、大丈夫です。あたりまえです、知り合ったばかりだもの。でも私は、何年何十年掛けてでも話してもらえるような関係を、紫苑さんと築いていきたい。そうなってみせる。……それじゃだめですか、紫苑さんには相応しくありませんか」

黙って聞いていた棚原が昴の頭を小突いた。

「心配してくれてありがたいが、菜胡は違うんだ、初めてなんだよ、自分から好きになったのは。たぶん初にも近い。良い歳して何言ってんだって思うだろうが……。だから、俺たちを見守っていてくれないか。ここに來るまでに々あって、ようやくなんだ」

最後の方は菜胡と見つめ合い照れながら話していて、昴は二人から視線を逸らした。

「は、初って――。ここまで僕に言い返したのは菜胡さんが初めてだ。確かに、々と違うらしい。試すような事をしてごめんなさい」

真剣に話す棚原と、まっすぐ昴を見つめる菜胡、二人を互に見て、昴は頭を下げた。

「けど、しでも兄さんを裏切ったら、僕が赦さない」

言い方はやや騒だが、その顔からは敵意はじられない。先ほどとは違う顔つきに、菜胡はいくらかで下ろした。

* * *

を洗い片付け終えた菜胡が、ソファに座る棚原の隣に腰を下ろした。ふう、と大きく息を吐く。

「昴がごめん、さんざん失禮なこと」

「いいえいいえ。心配してくれてたんですよね、心強いと思います」

肩に棚原の頭が寄り掛かる。

「大學の時、付き合っていた彼が居た。將來も、頭にあった。ある日、たまたま彼と彼の友人との會話を聞いてしまったんだ」

「會話」

「うん、俺は見た目だけだし鈍いし単純だから、という會話を聞いてしまった。二を掛けられてた」

「そんな」

棚原の頭が揺れるほどに菜胡は揺した。そんな菜胡の手を取って、宥めるように握ったり指を絡めたりしながら、棚原は話しを続けた。

「その彼とはそれからすぐ別れた。まだ若かったからさ、はしたいじゃない? 醫師になってからも何度か告白されて付き合う機會があった。けど、やはり見た目だけだったんだ。そうだったと知ってそりゃあ落ち込んだ。荒れてヤケ酒なんかはしなかったけど、昴とはたまに會っていてそういう話を聞いてもらってきたから、特に警戒してしまったんだと思う。先に菜胡のことをあいつに話しておけばよかった、ごめん」

「謝らないでください、大事なお兄さんがそんな目に遭っていたら、きっと私だって警戒します」

いじられていた手で、棚原の手を握り返す。

「……私たち、似た者同士だったんですね」

「どういうこと?」

がうまくいかなくて拗らせてた……」

くすくすと笑う菜胡。今度は棚原に寄り掛かった。

相手ののことを信じられなくなってを遠ざけていた棚原と、初カレの言葉と振る舞いに傷つき、同じくを避けてきた菜胡。

「そんな俺たちが、出會って惹かれたわけか……」

「さっき紫苑さんは初にも近いって仰いましたけど、わたしにとってもきっとそうです」

顔を見合わせる。ふふ、と微笑み合うそれだけで幸せな気持ちがに広がる。口づけを額にけ、それに呼応するかのように棚原に抱きつく菜胡。その背に腕が回される。

「昴に、何年何十年かけてでもって言ってたけど」

抱きついて抱きしめられうっとりしている菜胡が、を離した。棚原は、だけどとても楽しそうに、いじわるそうに、また嬉しそうに、顔を覗いてくる。

「あっ、あれは違くて!」

「え、違うの?」

「いや、その、違くもなくて」

よくよく考えれば、何十年かけてでも、とはある意味プロポーズも兼ねているようで、その意味を自分で考えて今さら照れてきた。顔を両手で覆ってしまった菜胡は抱きしめられた。

「俺も同じことを今朝思ってたんだ。君に何でも話してもらえるような関係を築いていきたい。ふたりでそうなっていこう」

こくん、と頷く。

窓の外は日が傾き始め、東向きのリビングはもう薄暗い。

「あー今日も菜胡を帰したくない」

「あ、そうだ。私、寮を出ようと思うんです」

「そうなの?」

「いくつか候補は見つけてあるんですけど」

「なら、一緒に住――」

「みません」

きっぱり言った菜胡の顔を見る。叱られた仔犬のように眉を下げて、垂れ目がますます垂れる。

「紫苑さんと一緒に住んだらきっと毎日しあわせです。私も紫苑さんと居たい。でも、紫苑さんがお仕事だったり、私が病棟へ異となったら土日関係無く出勤になります、夜勤もるでしょうし……」

尤もだ。棚原は思案した。

「そうか、そうだな。また突っ走るところだった……でも決める前に候補の部屋の報は教えて?」

「もちろんです、もうし探したいので、候補がまとまったら」

では、と立ち上がる。

「明日まで菜胡に會えないの寂しい」

抱きしめて、駄々をこね出した棚原。その大きな背中を、懸命にばした腕で優しく叩く。

「また明日、外來で」

「うん」

嫌だ帰したくない離れたくないと菜胡を困らせた棚原は、観念して菜胡を病院まで車で送ってくれた。離れたくなくて、わざと遠回りをして、來た時の倍の時間をかけた。

本當は待ち合わせた書店前で下ろすつもりだった。だが書店から病院まで100メートルほど歩くその短い距離を一人で歩かせるのは心配で仕方なく、誰に見られてもいいやと思い敷地に車をれた。

* * *

を持って下りる間際、車の二つの影が重なった。何度か離れては重なって、ようやく降りてきた人を見て、淺川は仰天した。

――え、菜胡? あれ棚原先生の車じゃない。え、え、ふたりそういう関係?

友人と外で遊んで來て帰って來た淺川は、寮の前に黒っぽい車が停まっている事に気がついた。棚原の車だとすぐにわかり駆け寄ろうとしたら、車に居るらしい二人分のシルエットが一つになった。近づく足を止め、木の影に隠れる。

ありがとうございました、と聞こえた聲は菜胡で、その手には大きなカバンを持っていた。泊まり? どうりで一昨日から姿が見えないと思った、と納得し、敷地を走り去る車を見送った。

すぐにでも菜胡を追いかけ問い詰めようとしたが、わけの分からない敗北が淺川をそこに留まらせた。足がかなかった。

菜胡は気で、野暮ったくて、自分よりも劣っていたはずなのに、仕事もも手にれていて、彼よりも優位に居るんだと思っていた自分がとにかく恥ずかしく、また悔しくて、気持ちの整理がなかなかつかなかった。

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