《夜明けを何度でもきみと 〜整形外科醫の甘やかな〜》2

日曜日、大原は九時頃に病院へ到著した。病棟へあがり、淺川の勤務を確認するためナースステーションに顔を出した。

「あれ、大原さんおはようございまーす。日曜に珍しいですね」

若いナースが聲を掛けてきたが、彼の後ろからやってきた看護部長からも聲が掛かった。

「大原さん、こっち」

ステーション奧にある休憩室へわれた。

ってすぐのソファに、隣同士で腰を下ろした。

「例の件でしょ? 淺川は準夜勤だったから部屋に居ると思うわ。帰り際にあの子に言ったのよ、沙汰が下りるまで寮から出ないようにって。陶山先生が夜勤の間、何度か話しかけていたんだけど、あの子頑なに知らないを言い張っていた。怯えているような目つきだったから、自分が何をしでかしたかわかってたわね。……菜胡さんは? いま安全なところにいるの?」

冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出して目の前へ置いた。それぞれに開栓してを潤す。

「とても安全なところ。人の家だもの」

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「そう……頼れるところがあってよかった」

冷えたペットボトルを両手で包み、転がしつつ話す。

「淺川は、どうなるの、警察に?」

「警察沙汰にはしないと思う。こう言ったらなんだけど菜胡さんは無事だったわけだし。棚原先生は院長に報告のうえ必要なら警察に、と言っていたけど、それとは別に、看護部としても何らかの処分はしないと思っているし、本人の態度次第では解雇も止むを得ないかと思うのよ。……看護師は、患者の命に一番近いところでく者よ。その者が他者の尊厳を軽んじるなんてあってはならない。この先、あの子を信用できないし任せられないわ」

「そうよね……。あたしこれから淺川の部屋に行ってみるわ、ありがとう」

* * *

病棟の奧にある非常階段を降り、寮を目指した。

「まったく、この、古臭い、寮! 建て替えるか、すればいいのに……はぁ、はぁ……手すりも、ないんだもの……!」

息を切らしながらようやく三階まで上がった。ツカツカと淺川の部屋の前までやってきて、戸を叩いた。

「はあい」

呑気な聲がした。

ガチャ、と戸が開いて、そこに居たのが大原だとわかると驚いた顔をして、無言で戸を閉めた。

「何で閉めるわけ! 後ろめたい事があるの!」

ノブを思い切り引けば、淺川はり口に座り込んでいた。

「……なんでしょ」

「なに?」

「大原さんもっ……菜胡の、味方なんでしょ」

淺川の肩を摑んで立ち上がらせ、おもむろに頬を叩いた。パン! と乾いた音が響く。

「味方もクソもないでしょ! あんた何したかわかってるの?! 警察に突き出されてもおかしくない事をしたのよ?! 他人の尊厳を傷つけていい理由なんか無いの! 何であんなことしたの!」

泣き崩れた淺川はポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。

菜胡が自分の居場所を奪った。整形外科外來を追い出され、仕事のできない菜胡に代わって自分が外來に戻れる日を待っていたのに四年が経っても聲がかからなかった事に加え、故郷の彼と別れた。

菜胡よりも優位に居たつもりなのに、いつの間にか菜胡が自分より上に居て悔しかった。棚原という高スペックの男を手にれたのも気にらなかった。自分より後に來たくせに。自分の方が全てにおいて優れているのに。

そうして半ば自棄気味に、當直の若い醫師と関係を持った。菜胡にこれなら勝てると思ったから見せつけた。そうして、もうどうにでもなればいいと、若い醫師を唆した。菜胡が遊んでしがってると噓を吹き込んで襲わせようとした。若い醫師は自分に気があり、きっと斷らないと確信があったから巻き込んだ。案の定、彼は淺川の言う事を鵜呑みにし、部屋の前で待ち伏せ、菜胡を追い掛けたらしい。淺川が知っているのはここまでだった。

の危機に、助けに來てくれる人がいるという菜胡の運もまた憎たらしく思った。

夜勤の間中、気が気でなかった。菜胡はどうしただろうか。當直が陶山に代わっているからあの若い醫師に何かあったはずで、もしそうだとしたら自分に咎めも來る。いずれ話は拡まる。

その若い醫師と當直を代した陶山は夜勤の間中、病棟に何度も顔を出した。棚原から頼まれた事もあるし、淺川と接しようとしていたのもわかった。唆したことについて何回も聞かれたが、その度に「何も知らない」を貫いた。陶山はしつこかった。菜胡のためにいていたのだ。陶山はこちら側の人間だと思っていたのに、結局、菜胡なのだ。

この騒ぎを知ってか知らずか、この夜の當直は看護部長だった。部長は淺川と目が合って一瞬眉を顰めたものの、事件については何も言って來ず、それがまた気味が悪かった。無言で責められているようで居心地が悪かった。それだったら激しく叱責された方が何倍も楽だとすら思った。だが退勤時まで看護部長は何も言わなかったのに、帰りがけに一言、すれ違いざまに言われた。

『沙汰が下りるまで寮から出ないように』

その言葉だけで、全てを悟り、眠れないまま朝を迎えた。どうしたらいいのだろうか。菜胡に謝りにいけばいいのか。科醫とは電話すら通じなくなっていて連絡の取りようがなかった。誰にも相談できない狀態で、いま、大原が來てくれたのだ。

大原は大きく息を吐いた。

「……同の余地も無いわね。バカよ。自分がどれだけ評価されているか知ろうともしないで外來に拘って、菜胡と張り合って!」

「おおはらさんっ……あた、あたし……どうしたらいいですか……」

「さっき師長とも話したわ。明日には処分が言い渡されると思うけど――」

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