《婚約破棄されたら高嶺の皇子様に囲い込まれています!?》8.この殿下、蟲も殺さぬ顔でいじめっ子をヤる気ですね!?
「おやおやあ? ボクちゃまの服が汚れてしまったぞぉ!」
非常に見たくないけれど、隣に殿下がいる狀況で、明らかな異音から目を背けっぱなしというわけにもいかない。
わたくしがを失った目を向けた方向には、手下を引き連れたふくよかな學生が、貧相な學生を見下ろしている景があった。
ああ……あれ、皆有名人だからクラスの違うわたくしでも誰かわかる。
ふくよかな方は、裕福な商人の家の息子だ。
貴族相手にはへこへこしているが、平民同士だと好き勝手しているというもっぱらの噂である。周りを囲んで似たようなにやけ面をさらしているのは、彼の取り巻き達なのだろう。
実家が多額の寄付を學校にしているから、績と素行が悪いにも関わらず、落第の心配はない。大人達も見て見ぬふりになりがちなのだとか。
対する貧相な方は、サイズの合っていないお古の制服やつぎはぎだらけの鞄などから、見るからに苦學生であるとわかる。遠目にも鮮やかな赤い髪が印象的だ。
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赤髪の苦學生は、床に散らばった晝食の殘骸を呆然と見つめていたが、きっと目つきを鋭くし、ふくよかなボンボンをにらみつける。
「……そっちがぶつかってきたんだろうが」
「よそ見してたくせに言いがかりはよくないと思いまーす」
「人の服汚して言い訳はみっともないと思いまーす」
「特待生クンはお金がないから、今日のお晝はもう買えないのかなあ? まあ、拾って食べればいいんじゃない? ギャハハッ!」
にらまれるとボンボンは慌てて後ろに下がり、代わって左右の“お友達”がケラケラと笑い聲を上げる。赤髪の年がますます目つきを鋭くして立ち上がると、リーダーを庇うように取り巻き達が前に出た。
「あれえ? 自分で落として人の服まで汚したくせに、その態度は生意気なんじゃないかなあ?」
「そんな反抗的だとお家の人が困るんじゃないのぉ?」
「ほら這いつくばって謝れよ、お前が悪いんだから!」
今にもつかみかからんばかりの勢いだった苦學生が、はっとなり、拳を握りしめて俯いた。
今の言葉は、ボンボンの金の力で家族を難儀させるぞ、という意味に聞こえた気がする。もしかして學園學前からの知り合いだったりするのだろうか……。実家が同じ區畫で相手はお金持ちとなれば、逆らうことは難しいだろう。
周囲の學生達は、そろそろ晝休憩が終わる時間と言うこともあってか、すぐに興味を失ったように散っていく。
デジャビュー。非常に既視のある景だ。
好奇心と侮蔑の目。わたくしも何度も當事者の立場で味わった。誰も助けてなどくれない。
――だが、今日は違った。
「大丈夫? 怪我はない? 片付け、手伝おうか」
凜とした爽やかな聲が響き渡る。
わたくしは「ん?」と首を傾げ、橫を向いて誰もいないことを確認し、もう一度苦學生達の方に顔を向けて顔をなくした。
いつの間にか騒の渦中に割ってった殿下は、落ちたトレーを拾い上げ、せっせと床を片付けていた。苦學生もいじめっ子達も、まだ何が起こっているのか理解できていないらしい。
そうでした、隣國の第一皇子殿下は、初めての外國だからって全く臆することなく自由行、その果てにわざわざわたくしの婚約破棄現場に割ってってくるような方でした……!
慌てて後を追いかける。
「殿下、お召しが汚れてしまいます! そういったことはわたくしが――」
「ありがとう、シャンナ。でもたぶん、大丈夫だと思う。ほら」
そう言う彼が床を指さすと、割れた皿の破片が浮かび上がり、お行儀良く並んでくっついた。床は水で洗い流され、ぴかぴかになる。
さすが全屬使い……風魔法と土魔法と水魔法の応用編かな。
でも詠唱もせず同時発、しかもこんな用な使い方するって、やっぱり控えめに言ってこの人化けなんじゃなかろうか。というか、掃除といいお茶れといい、結構堂にった仕草のように見えるんですが。皇族は一どんな教育をしているのですか……。
出遅れた上にぞうきんで床を磨くような仕事もなくなり、わたくしはせめてこれぐらいはと殿下からトレーをけ取る。
この辺でようやく我に返ったらしいいじめっ子の取り巻きABが、殿下に向かって指を突きつける。
「なんだてめえ、気にくわねえ奴だな!」
「そうだそうだ、こちらにおわす方をどなたと心得る!」
わあ……たぶんこの人達、日頃ニュースをチェックしないタイプなんだ……。
貴族クラスであれば當然転校初日に紹介を聞いているだろうし、平民だって隣國から殿下が留學にいらっしゃる旨、周知はされているはずだ。直接お顔はわからずとも、見たことのないキラッキラの王子様然とした方がいれば、容易に隣國の皇子様と推測できるはず――。
あ。でも顔もちゃんと知っていたはずなのに、うっかり天使と見間違えた今世紀最大のアホもいましたね。
わたくしなんですけどね!
自分もやらかしたことを思い出したら、この人達のことを全く責められない気がしてきた。そう、人は間違える悲しき生き。當事者意識のない報って、右から左に抜けがちですよね……。
ただ、ふくよかな主犯は、さすがに雰囲気などから者の正を察しているらしい。
蒼白なまま「お、おい、や、やめ……!」とかあわあわしているのだが、がすくんでしまっているせいか、聲が小さくて屆いていない。
あら、目が合った。「ふざけんなよお前、付き人ならなんとかしろよ!」と言いたげなものすごい形相でこっちを見ている気がする。
いけない、ついいつもの癖で流され傍観者ムーブが。わたくしはそっと、殿下に小さく囁きかける。
「殿下。ここはこう、いったん下がりませんか、とご提案してみたいわたくしなのですが――」
「ごめんね、ぼくは転してきたばかりだから、この國のことをよく知らなくて。そちらは有名な人なの?」
わたくしに答えている風を裝いつつも、取り巻きーズに聞こえるようにしゃべる殿下。
駄目です、この人、ヤる気満々ですよ!
これはもう、寛大な心で無禮を許すとかいう可いものじゃなくて、「噛みついてきたんならやり返されても文句ないよな」って人間の言じゃないですか。穏やかで甘い顔していても、流れているは戦闘民族皇國人なのかなあ!
そういえばミーニャの時もバッチバチだったもの……蟲も殺さぬお顔だけど、実は中大魔王だったりなされるのかしら。ああ、いけない。無力のあまり現実逃避に走り始めている。しっかりするのよわたくし。
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