……んんっ？

そろそろ冷めてきた揚げパンを頬張ろうとしたわたくしは、違和に足を止める。後ろを振り返ってから、視線を下方向へ。

「…………」

「…………」

「こ、こんにちは……？」

なんと、わたくしのスカートの裾を、小さなの子がきゅっと握りしめていたのだ。

髪は深い青、目は茶。年は五歳ぐらいだろうか？

ふりふりがついた可らしくも上品なスカートをはいていて――街の子というよりかは、もうちょっとちゃんとした所の子どもなのでは？　とパッと印象を持った。

ちなみに當然、見知らぬよそのお家の子である。

「あ、あのー……どうかしました……？」

嫌な予がしつつも、つかまれてしまっている手を振り払うわけにもいかないので聞いてみる。

の子の顔がくしゃっと歪んだ。あっ、これは……。

「ふ……ふええええええん！！」

世の中には、予測できても回避ができない事象というものが存在する。児の號泣はその典型例の一つだろう。

そしてこういう時、一人っ子兼引きこもりは非常に無力だ。一緒に泣き出さないだけ上等と言えるかもしれない。いやそれはさすがに低レベルよ、シャリーアンナ＝リュシー＝ラグランジュ十七歳。

――偉そうなことを言っていないで行したいのだけど、こういうときどうすればいいのか、本気でわからないの……。

「シャンナ？」

「ああん？　何して――」

直するわたくしに、し先を行こうとしていた殿下とロジェが振り返り、すぐに狀況を理解したらしい。殿下は素早く辺りを確認し、ロジェは無言で遠ざかっていく――殺生な！

わたくしも思わず周囲に目を向けるけれど、返ってくるのは「なんだなんだ」と言いたげな視線のみ。いたたまれなくなっての子に目を戻しますが、相変わらずわたくしのスカートを確保したまま泣いている。

買ったばかりの眼鏡をつけていても、やはりわたくしの目って怖いのかな……それではなぜに、そんながっちりとわたくしのスカートを確保なされていらっしゃるのか。

「迷子みたいだね。保護者らしい大人が見當たらない」

殿下がわたくしの隣まで戻ってきてくださり、そのようなことをおっしゃった。

ああ、なるほど！　一瞬拐犯の共犯扱いを避けるためにそっと距離を置かれたのかと思いましたが、違っていたようです。先ほどは親さんらしき大人がその辺にいらっしゃらないか、様子を見られていたのですね。

でも、わたくしが見回してみた限りでも、珍しさにちらっと一瞥飛んでくるだけ、駆け寄ってくる人も誰かを探している風な人も見當たらない。

「どうしたの？　ぼくはハインリヒ。きみ、名前は言える？」

しゃがんで目線を合わせた殿下が優しく言うと、ぐずりながらの子が返します。

「わたしね、クリスタ……」

「そう、クリスタ。パパとママと一緒に來たの？」

「にーさま……」

「そうか、お兄様となんだね。大丈夫、すぐに會えるよ。お兄様の名前は？」

「……セディ」

「セディ――セドリックお兄様かな？　かっこいいね」

「にーさまぁ……！」

で、殿下すごい……まだちょっとぐすぐす言っているけど、あっという間に見知らぬを落ち著かせてしまった。

そしていつの間にかはわたくしから離れ、殿下の指をきゅっと握っている。

気持ちはわかるし自然な流れだけど、なんでだろう、ちょっともやっとするんですが！　羨ましいことしてますね！　違うでしょ、ここはわたくしから離れてくれて安堵しているところでは？

ああ、自分でも自分の考えていることがよくわからない。緒が著しくれていることだけはわかる。よーし、こういう時は深呼吸……。

「セディお兄様には、どこに連れて行ってもらったの？」

「んーん……」

「……この後お兄様がどこに行くつもりかは、知っている？」

「わかんない……」

「そっか。大丈夫、すぐにまた會えるからね」

の子の目からまたぶわっと涙があふれてきた。

殿下がすっとハンカチを貸――いやいやいや、さすがにそれは！

「殿下、わたくしのハンカチを――」

「シャンナ？」

「――ハインリヒさま！」

「うん」

恥プレイを挾みつつも間一髪、り込みで自分のものを差し出す。ちーん！　といい音がした。

うむ、元気に鼻をかめる子はよい子です。でも殿下の持ちにちーん！　は、わたくし的に壽命がむ行為ですので、はい。

「ほらよ、ちびすけ」

そこで背後から聲がかかった。てっきり真っ先に逃げたと思われていたロジェが戻ってきたようだ。

片手には揚げパン――そうか、屋臺に戻ってもう一つ買ってきたのですね。

おいしい匂いに、子の顔が明るくなる。

あれ？　どうしよう、同行者の男陣が有能揃いすぎて、今のところわたくしが一番何もできていない！？

わたくしの（何かせねば。でも何を……？）という葛藤はさておき、殿下が困ったような表になっていた。

「ロジェ、ありがとう。ただ、食べは……どうかな……」

「うちの近所のちびすけは皆これで機嫌良くするが、なんかまずかったか？」

「近所の子なら問題ないと思う。親さんも知った仲だしね。ただ、見知らぬ子となると、あげる方ももらう方も、ちょっと怖いかなって……その子が食べられないものもわからないし」

「好き嫌いのことか？」

「あとは質、かな……」

なるほど。「よその人から貰ったに口をつけちゃいけません」って、子どもに親が注意する定型文の一つですものね。

まず親さんからしたら、何がれられてるのかわかったものじゃないを、勝手に子どもに飲み食いさせたくはない。

たとえ好意百パーセント、普通の食べだったとしても、當たって・・・・しまうこともある。

もし後で食べをあげた子がお腹を痛くしたとしても、責任が取れない……だから殿下は躊躇していらっしゃったのか！

わたくしはロジェの気配りと行力に心するばかりだったけれど、殿下の気遣いが更に上回っていて、もはや白目になりそう。

「あー……そっか、そこまでは考えてなかった。悪い、つい條件反でよ」

「ううん。ありがとう、すぐにいてくれて。クリスタ、揚げパンはセディお兄様を見つけられたら、一緒に食べようってお願いしてみよう？」

殿下が聲をかけると、の子は「ん！」とお返事してきた。ロジェもほっとした様子で、「それまでしまっておくな」と鞄に揚げパンをれている。

さすが殿下――すべてにおいてパーフェクトな男……！

「んで？　結局どこの子どもなんだ？」

「お家の名前はわかる？」

「…………」

し前まではお利口に答えていただったが、黙ってしまった。なんだろう、恥ずかしくなってしまったのか、別に答えるのをためらう理由があるのか……。

「そういや最初はシャリーアンナにひっついてきたけど、なんかこいつに気になることでもあったわけ？」

ダイレクトに名字すなわち素が聞き出せなさそうだと思ったらしいロジェが、別方面からアプローチする。するとの子は、わたくしの紺スカートを指さして答えた。

「にーさまと、いっしょ……」

わたくしたちは顔を見合わせる。

「服のが、ってことなのかな……？」

「教會関係者っつーことなんじゃね？」

「黒ならまあ……でもシャンナの服、紺なんだよね」

「びっみょーだな。魔師って可能もあるし……」

わたくしの紺ワンピースで「お兄様」となると、まあの暗いローブだろうという推理になる。男の人でそんな格好をしているのは、教會の人か魔師ぐらいだろうけど……それにしてはの子の格好がお灑落にすぎるような。

「……ロジェ、警備騎士の詰め所ってこの近く？」

「この場所からだと結構歩くぜ」

「預けに行ったら、逆に保護者と遠ざかっちゃうかもしれないね」

さてどうしたものか、と考え込む男陣と共に視線をに向けたわたくしは、「あ」と聲を上げる。

「シャンナ、どうかした？」

「――なんとかできるかもしれません」

わたくしはいまいちど子をよく見るために、買ってきたばかりの眼鏡を外した。