《婚約破棄されたら高嶺の皇子様に囲い込まれています!?》34.恩は採算度外視で売りさばくもの。その方が皆幸せになるから(たぶん)

「は、話せば長いことながら……?」

沈黙。

うわー……どうしよう。気まずいなんてものじゃない。

なんでここに、はわたくしの臺詞でもあるのだけど、なんとなくまあ大察しがつくところがまたいたたまれない。

ええ、でも……一応この人今日まで、というか何なら今も、れっきとした侯爵家の嫡子よ?

こう、追放とかするにしても、もっと好待遇でしかるべきというか……順當に行くなら修道院りとかじゃない? よっぽどのことがあっても、著の著のまま追い出すとか。

誰も來なさそうなひなびた地下牢にぶち込んで、そのまま打ち捨てる気満々て、閣下あなた……控えめに言って、まっことクズ親じゃないですか、ヤダー。

「そうだな。父さんはオレに興味をなくしたんだ。來るはずがないのに……」

自嘲するような臺詞に、わたくしは何ともコメントできずに視線をさまよわせる。

すると近くの床に、何か落ちているのが目にった。

(……鍵?)

もしかしなくても、これって鉄格子の奴だろうか。

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え? どういうこと? ずさん管理? ホワイ?

いや、これはむしろ……ああ。鉄格子を閉めて、鍵はここに放り投げて、そのままってことですか。誰かが來れば、あるいは一杯醜くあがけば、自由に手が屆くかもしれない。けれどそんな可能も意味もないのだと……。

……うん。なるほど。そっか。

よし、それならやっちまいましょう。

わたくしは無言で鍵を拾い上げ、無造作に鉄格子の鍵に突っ込みます。靜かだったレオナールがこちらを向いたような気がする。

「……何をしている?」

「ここを開けようと試みております」

「はあ? おまえ、馬鹿なのか!?」

わたくしは彼の言葉を無視し、自分のしたいことをする。

がちゃり、と音が鳴り、扉が開いた。けれどレオナールは出てこようとしない。暗闇の中から、わたくしをにらみつけているらしい。

「どうしました? そこにいるのがお好きなのですか? 居心地最悪に見えますが」

「何のつもりだ……もうオレに構う理由なんてないと言っただろう。お前自が!」

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「それはまあ……はい、そうですけど」

むしろ構う方が損と言えば損だ。今のわたくしには魔力がつきかけていてフラフラの狀態、襲いかかられたらひとたまりもない。

とか思っている間にもちょっとした立ちくらみに見舞われる。急激にどっと疲労が出て、一度壁際でうずくまり、しでも回復しようと試みた。

正直、レオナールをこの場で自由にするのは、頭のいい行とは言えないでしょう。わたくしのせいでこんな所に詰められてるんでしょうし。でもだからって、このまま置き去りにするのも寢覚めが悪いじゃないですか。

あれ? いや、逃げて余力があったら、また來てあげれば良かったのかな。ああそれか、鍵を開ける前に相互逃走補助の渉をしておけば……。

まあ、でも、うん。かっとなっちゃったのですね。

この人もこの人で、閣下のナチュラル狂人ぶりに比べれば大分大人しいが、クズ男ではある。落ちぶれた彼を見た時、ざまあみろと思う気持ちもあった。

ただそれは、わたくしにとって結構嫌な奴だった彼が、皆に慕われる人気者というような――そういう世界が、気にらなかったのだ。

わたくしだってたいした人間じゃないけど、この人だってそうだろうって。もうちょっと評価のバランス取らない? って。

「わからない……じゃあ一どうしてこんなことを。同か?」

「ええ、同です」

わたくしはうずくまったまま、ふふっと忍び笑いをらした。

そう。何一つかみ合わないと思っていた元婚約者殿との意外な共通點を、今にして知ることになった。

一言で言うなら、厄介親繋がり。

まあ……わたくしの母のせいで、レオナールのお父さまはとち狂っちゃった説が浮上していますし。でも今現在、わたくしは彼の父君に貞的な何かを狙われているわけでもありまして。

同じのむじなというか、「お前も苦労しているな若人よ」という同族意識的なものが、急速にこうむくむくと……。

「……なぜ笑う。何がおかしい」

「いえいえ。ただちょっと反省しているのです。わたくしは知ろうとする努力を、全くしてこなかったなって。……案外似ている所もあったのですね、わたくし達」

十年程度、婚約者だったはずなのに、わたくしはレオナールがかなりのファザコン(まあ……あの様子見てたらね。そういうことですよね……)だなんて、全く知らなかった。

もしわたくしがレオナールにもっと興味関心を持っていて、彼のことにしでも何か気がつけていたのなら……何かがしずつ、変わっていたかもしれない。

でもまあ、それも今だから言えることなのかな。

過ぎた過去は戻らない。日で俯いていた頃のわたくしだって、愚かで無力でも懸命だった。今更やり直しも、なかったことにもできない。

これはきっと、罪悪の清算という奴だ。わたくしが顔を上げ、を張って日向を歩いて行くための。

さて、座ってたら多はましになったかな……ここにこのままいてもいいんですけど、隠れられそうな樽の所に移しようかと腰を上げる。

「お邪魔しました、わたくしもうこれにて失禮いたしますので」

わたくしは立ち上がってかせることを確認すると、そそくさその場を離れようとする。

というのも今更すぎるのですが、レオナールの解放劇、わたくし的には自滅フラグなのでは? ということに気がついてしまったのですよね。

わたくしは現在、侯爵閣下に追われているだ。

そしてレオナールはファザコンであり、父君のためならなんでもします系男子と見た。

となるとまあ……これ、わたくしを引っ捕らえて突き出すのが、レオナール的には超自然な流れになっちゃうわけじゃないですか。

する父上に褒めていただけるかもしれないし、ワンチャンこの地下牢から出るお許しもいただけるかもしれない。いいことしかないね!

しまったな、の疲れもだけど、頭も相當來てる。こんな當然すぎる利害関係ぐらい、先に思いついておけばよかった。ノリと勢いだけで恩赦プレイに興じようとするのヨクナイ。

仕方ない、今から「やっぱりなしで」と鍵を閉じるわけにもいかないし、レオナールにわたくしを取り押さえた方が都合いいな? ってバレる前に距離を取ろう。

一回地上に戻ってみようか。

牢にわたくし以外の誰かが下りてくる気配はなし、となれば目論見通り別の場所を捜索しに行ってくれていて、正門の様子を見に行くチャンスかもしれないですし……。

「お、おい……シャリーアンナ!」

がしっと手をつかまれる。やっばい。まごまごしていたレオナールがついに牢から出てきてしまった。

けれどわたくしがビクウッ! と跳ね上がったせいだろうか、レオナールは一瞬で手を離し、気まずそうに目を逸らす。

「お、お前……」

「は、はい。なんでございましょうか」

「…………。その。こんな所にまで迷い込んできたということは……困ってるんだよな……?」

どうしよう。これ何が正解なの。「いいえ、困ってませんが」って振り払うべきなんですか。「そうです、助けてください」って素直に……言って、「よしきた」って閣下に突き出されたら目も當てられないね!

わたくしが逡巡していると、レオナールは無言ですっと手を上げて、わたくしの方に向ける。

あっ、そうですか、そうですよね、わかりました覚悟は決めます。もともと地下に続く階段を下りるなんて無謀極まりなかったのです、まあ恩を仇で返されたはなきにしもですが、それもわたくし個人の見解であるからして……。

……神妙にとらえられる準備をしていると、背後から何やらごごごごごと々しい音が。

振り返れば、今まで壁だった所に、なんと道ができているようではありませんか!

え? これ、どゆこと? レオナールは確かに土人形《ゴーレム》を作り出せるほどの土魔法の使い手。頑張ればこんな風に、壁の中に新たな通路を作ることも可能ではありましょう。

ですが、なぜ今この瞬間そんなことを?

わたくしが目を丸くしていると、レオナールは手を下ろし、大きく息を吐き出します。

「……早く、行け。屋敷の外に繋げた」

「え? あの……」

「うるさいっ! オレの気が変わらないうちに、さっさといなくなってしまえ!!」

怒鳴りつけられると思わずフラフラ新通路に行きそうになりますが、いやいや流され人生に竿を立てると誓ったでしょうと踏みとどまる。

というか、どうしたものかなこれ。今のレオナールから敵意はじないようだけど、意図がつかみきれない。わたくしが困っていることを察することができるなら、その原因もなんとなく想像できるはずで……というか、わたくしは今日侯爵閣下に會いに來ているのですから、まあこうなっているのは閣下の不興を買ったせいというのは、誰でもすぐ思いつくはずで。

なのにあえてわたくしの手助けをしようとする? そんなことってありえる?

もだついていると相手が怒るかも、でも一歩が踏みだしきれない、と迷っていると、同い年の男の子はふーっと息を吐き出し、わたくしをじっと見つめた。

「……った」

「はい?」

「ッ――。一回しか言わないから聞いとけ。…………悪、かった」

を噛みしめ、叱られた子どものような表で、ごくごく小さく……それでも彼はそう言った。

わたくしは信じられなくて瞬きするが、はっと我に返り、襟を正す。

逃げ回っているうちに隨分ひどい格好になっているのだけど、それでも一応、ちゃんとしてから。

「確かに、あなたの謝罪を聞きました。レオナールさま」

許しますとまでは明言しない。でも、気持ちをけ取ったことは伝えた。

優雅にお辭儀を一つしてから、作り出された新たな道を上っていく。

――もしかしたら、侯爵閣下にお屆けする一本道かもしれないし、歩いている途中に崩れて圧死とか、あるかもしれない。

でも、それで人生終わるならまあ、そこまでかなって。訳もわからない間に階段から落とされるよりはまだ、を信じて裏切られてからの終焉って方が納得できるかなって……そんな風に、思ったのでした。

◇◇◇

結論。レオナール氏は噓はついていませんでした。確かに道は屋敷の外に通じていた。

「おはよう、マノン。かくれんぼは楽しかった?」

――ただ、侯爵閣下の方が一枚上手だったというか、待ち伏せされたらどうにもならないですね! 読まれていたのか、魔法を使ったせいで検知でもされたのか、それともレオナールが道を開いた場所の運が悪かったのか。

からひょっこり顔を出した所を、そのまま首元をつかまれて引っ張り上げられ、がっくんと首が揺れた。強い力をぎりぎりと込められて、意識が遠のきそうになる。

「本當に、きみは昔から私を困らせるだった……優しくしてあげたいけど、忍耐の限界なんだ。一度、痛い目に遭ってもらおうかな……」

――閣下、殘念なお知らせがあるのですが、母はもう死んでいて、ここにいるのは別人だし、わたくしちょっと代行しろって言われても無理ですねって返すしかない系子なのですが――って弁明したいけど、聲を出すどころか、息もできない。組み付く手を振りほどこうとしていた腕から力が抜けてだらりと落ちる。

もう駄目だ、と思ったその瞬間。

「――そこまでだ、デュジャルダン侯爵!」

天使様の聲が、聞こえた気がした。

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