《売れ殘り同士、結婚します!》1話 再會
しの寒さが殘り、どこかから金木犀の甘い香りが漂ってくる十月上旬。
仕事が休みの土曜日に訪れた場所は、都でも有數の高級ホテルだ。
自分が場違いにじてしまうほどの煌びやかな裝は、まるで映畫の世界に迷い込んでしまったかのよう。
その中の大ホール、見渡す限り白を基調とした爽やかな空間に、鮮やかな様々な花が並ぶ。
付で渡されたチョコレートに刺さる旗に記載されている五番テーブルまで向かうと、"大河原 しずくオオカワラ シズク様"と書かれた席を見つけてそこに腰掛けた。
今日は専門學校時代の友人の結婚式。三十分ほど前に挙式を終えこの大ホールに移してきて、あとしで披宴が始まる。
次々に席に著く招待客を流し見しながら、荷を自分の足元に置いた。
「加奈子カナコ、席ここだよ」
「ありがとう。トイレすごい混んでた」
「本當?私も後で行こうかな」
「もうすぐ始まるし、お直しの時に行くといいよ」
「そうだね」
「……それにしても、あんなに"一人で生きていく"って言ってた蘭ランちゃんがスピード婚するなんて、私今だに信じられない」
私の隣に腰掛けた友人の加奈子が、そう言いながら嬉しそうにスタッフにシャンパンを頼む。
私も同じものを注文して、加奈子に顔を向けた。
「私も。それにしてもすごいよね。お互いが一目惚れしたんだって?それですぐにプロポーズして結婚。なんかドラマ見てるみたいだね」
「だよね。しかも旦那さんのご両親、結構大きな會社経営してるんだって」
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「え、じゃあ將來的には旦那さんが?」
「普通に考えればそういうことになるよね。本當、蘭ちゃんすごいよ」
しみじみと呟く加奈子は、ため息を一つこぼす。
その姿がなんだか憂いを帯びているような気がして、口を開いた。
「……加奈子ももうそろそろ?こっちでできた彼氏さんと長いんでしょ?」
「うん……。私はそろそろって思ってるけど、向こうが中々腹括ってくれなくて。結婚するならもちろん子どももしいし將來的には家も買いたいし。五年も付き合ってるんだからそろそろけじめつけてほしいよ」
呆れたように呟くけれど、加奈子はすでにその彼氏さんと同棲を始めており、結婚までは秒読みだということは知っている。
「彼氏さんとそういう話はしてないの?」
「しても"もうちょっと貯金してから"とか言ってはぐらかされるんだもん」
「おぉ……」
確かに都は何かと価が高い。だから貯金も重要だけれど、今年三十路を迎える私たちにとってはそう話を逸らされると焦ってしまうもの。加奈子がため息も吐きたくなるのも仕方ない。
「まぁお盆に地元に帰って両家の挨拶は済んでるし、もう三十だし。親同士の方が盛り上がっちゃってるから意地でも一年以には結婚してやろうと思ってるよ」
腹を括っているのだろう。鼻息荒くそう言う加奈子が頼もしくてすごくかっこいい。
「うん、応援してる。加奈子の結婚報告楽しみにしてるからね」
「ありがとう。……それよりしずくは最近どうなの?彼氏できた?」
今度は私の番、とでも言いたげに聞いてくる加奈子に、私は
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「うーん……」
と苦笑いした。
「……それが、全然。相変わらず出會いも無いし、私はまだまだ仕事が人だよ」
運ばれてきた乾杯用のシャンパンの泡を見つめながら言うと、加奈子は私の顔を見て何も言えなくなってしまったのか、
「そっか……。でもこういう場での出會いもあるって言うよね。いい人いないか探してみよう!」
と勵ましてくれる。
それに薄く微笑んでいると、
「新郎新婦の場です」
と司會者の聲が聞こえ、照明が暗くなる。
ホールの扉が開くと、ウェディングドレス姿の蘭ちゃんの満面の笑顔が目にった。
とりどりの鮮やかな花でできたブーケが真っ白なドレスによく映える。
幸せそうにこちらのテーブルに手を振る蘭ちゃんに、加奈子と揃って手を振り返した。
地方の高校卒業後、保育士になるべく専門學校へ進學。三年間地元の保育園で働いてから上京してきた私は、現在都の保育園で働く現役保育士。つい最近三十路の誕生日を迎えたばかりだ。
仕事に邁進している間に地元の友人たちの結婚ラッシュも落ち著き始め、専門學校時代に仲が良かったグループのうち、上京してきた私と加奈子以外は全員既婚者となった。すでにママになって子育てに闘している子もたくさんいる。
地元ではは二十五歳までに結婚するのが華。
それを過ぎれば徐々にお見合い話も來なくなり、売れ殘り確定と言っても過言ではない。
都なら三十代獨でもなんらおかしくはないだろうと思う。
だけど実際に三十路を迎えたことにより"まだ二十代だから"という免罪符が使えなくなってしまったのは地味にショックが大きかった。
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二十九歳と三十歳では、數字以上に気持ちが大きく変わる。
……加奈子も結婚秒読みだし、私だけ売れ殘っちゃったなあ。
自分で思い浮かべた"売れ殘り"という言葉に、がズキンと痛む。
しかし出會いも無ければ何年も彼氏もいない。
結婚願は昔からあるけれど、過去のでもあまりうまくいかずに振られてばかりだった。
あまり自分に自信が無く積極的になれないため、"本當に俺のことが好きなのかわからない"と言われてしまう。
そのたびに"どうせ私なんて"と思って仕事に逃げてきたのが理由の一つだろう。
他にも思い當たる節があり、私はに向いていないんだろうなとさえ思ってしまう。
わかっているからこそ、こうやってふとした瞬間に現実を突きつけられると途方も無く虛しくなってしまうのだ。
「ね、しずく。あっちの新郎側の友人席にいる人たち、遠目から見ても結構イケメン揃いじゃない?どう?タイプの人とかいる?」
「え?」
新郎新婦がお直しに向かっている間、私に気を遣っているのか肩に手を置かれた。言われた通りに後方の席に視線を向けると、新郎の友人たちらしき男陣がこちらをちらちらと伺っている。どうやら向こうは向こうでこちらの陣を品定めしているようだ。
「うーん……遠くてなんとも……」
しかし會場が広いからか、向こうの席とはだいぶ離れてしまっていてあまりよく見えない。
人の顔がぼやける中で、不意にある一人の男と視線がぴったりわった。
「……え……?」
「ん?いい人いた?」
「……いや……」
「そう?やっぱ遠くてよく見えないかー」
「……」
加奈子に答えることもできないまま、私はそのまましもくことができずに呆然と固まる。
遠くてもわかる、向こうも私を見て同じように直していた。
……なんで?どうしてここに、アイツがいるの?
"俺のこと、忘れんなよ"
淡い記憶と、優しい聲が蘇る。
「……冬馬トウマ……?」
呟いた瞬間、再び照明が落ちて正気に戻る。
スポットライトのが私の頭上からぐるりと回り、弧を描くように反対側の扉を照らした。
暗闇の中でドクドクと高鳴る鼓。
「しずく?どうしたの?大丈夫?」
固まったままかない私を心配したのか小聲で聞いてくる加奈子に、
「う、うん……。大丈夫」
とだけ頷いて、お直しが終わった新郎新婦が場してくる扉の方にどうにかを戻した。
その後も滯りなく披宴は進んでいったものの、私は全く集中できなくなってしまい、笑顔を浮かべたまま上の空狀態。食事が済んでいたのが救いだった。
気を紛らわせるためにシャンパンを飲んで、加奈子の話に相槌を打って。
背中に痛いくらいの視線をじるけれど、揺はおさまらず後ろを振り向くこともできない。
新婦が寫真撮影に來てくれた時も、上手く笑えていたかわからなかった。
二次會は端の方でこまっていた。
幸いにも新郎新婦には友人が多く、私一人が存在を消したところで全く問題は無い。
蘭ちゃんの側には常に誰かがいてとても盛り上がっていた。
披宴に出席した新郎新婦の友人はほとんどが二次會に出席しているらしい。それなのにアイツはどこにも見當たらず、私が見たのは勘違いだったのかと疑ってしまうほど。
でも、私が見間違えるはずないんだけどなあ……。
もしかしたら外せない用事があって、披宴だけ來たのかもしれない。それならばこんな端でこまらずに蘭ちゃんの元へ行こうか。
そう思うものの、やはり蘭ちゃんの周りは人で溢れているので行ってもし會話して終わりだろう。
加奈子の言う通り出會いを求めてちらりと出席者を見回してみたけれど、どうしてもアイツの顔がチラついてしまいそれどころではなかった。
……私も帰ろうかな。
同じように考えているのか、新郎新婦に聲をかけてポツポツ帰っている人も見けられた。
なんだか落ち著かなくて、煽るようにお酒を飲んだ。
「しずく、飲みすぎじゃない?大丈夫?」
「あぁ、加奈子。おかえり。全然大丈夫だよ」
トイレに行っていた加奈子が戻ってきて、私の向かいに腰掛ける。
「加奈子、追加頼む?」
「いやいいよ。これ以上飲んだら酔い回りそうだし」
「そっか」
頷きつつも向こうの方で盛り上がっている皆を見ていると、お酒の効果も相まってさらに虛しくなってしまう。
早く一人になりたいような、孤獨をじたくないからもうちょっと皆と一緒にいたいような。複雑ながを支配する。
「……そろそろ帰ろうかな」
ぼやくように言うと、加奈子がきょとんとしながら私からグラスを取り上げた。
「うん、その方がいいよ。飲み過ぎ。二次會自もうすぐお開きになるだろうし、蘭ちゃんに一聲かけてから帰ろうか」
「……加奈子はもうちょっといなよ。せっかくなんだし」
「いいのいいの。蘭ちゃんとしずくしか知り合いいないからしずくが帰るなら私も帰るよ。蘭ちゃんと話そうと思ってもあの調子じゃなかなか難しそうだし。さっき連絡したらもうすぐ彼氏が迎えに來るって言ってたから」
「そう?そういうことなら……。ごめんね、ありがとう。じゃあ表まで一緒に行こ」
「うん」
蘭ちゃんに一聲かけると、「あんまり話せなくてごめん!また近いうちにゆっくり會おう!今日は本當にありがとう!」と申し訳なさそうな笑顔に加奈子と一緒に謝り、お禮を告げた。
「招待してくれてありがとう。またね」
手を振って加奈子と一緒にお店を出て、しふわふわとした足取りで外に出る。
すると、後ろから慌ててバタバタと追いかけてくるような足音が聞こえた。
「────しずくっ」
ドクン、と。
懐かしい聲を聞いただけで、私のは苦しいくらいに締め付けられる。
思わず足を止めた私に、加奈子は不思議そうな顔をして私に顔を寄せる。
「……?しずく、知り合い?」
「……うん」
「そっか。じゃあ私先に帰るね」
「あ、ちょっと加奈子!」
「また今度蘭ちゃんともゆっくり話そうねー!じゃあまた!」
気を利かせてくれた加奈子はそのまま夜の街に消えていき、私は一つ息を吐いてから後ろを振り向いた。
「……悪い。話しかけるタイミングミスった」
バツの悪そうな顔に、
「……本當だよ」
と返す。
記憶の中の彼とは違う、緩いパーマのかかった黒髪。キリッとした目元はあの頃のままで、それでいて笑うと目が優しく垂れるところも変わらない。
恨めしいほどの長い手腳と、引き締まった。
「……冬馬」
スーツが似合う素敵な大人の男がそこにいた。
「……久しぶりだね、冬馬」
「あぁ。久しぶり」
ゆるゆると口角を上げた冬馬の顔に、がちくちくと痛む。
それに気付かないふりをしながら、私もにこっと口角を上げてみせた。
「冬馬がこっちにいるなんて知らなかったから、びっくりした」
「俺も。まさかここでしずくに會うなんて思ってなかったよ。……もう帰んの?」
「うん。そのつもり」
「もし時間あるならさ、……ちょっと飲み直さねぇ?」
「……別に、いいけど」
素直に頷くのは照れ臭くて、そう答える。
ホッとしたように口角を上げた冬馬は、ぎこちなく私の隣に並んだ。
そのまま二次會會場から歩いて駅近くにあるバーに向かう。
道中、薄手のコートを著ていてもし寒くじる夜風が、いい合に酔いを醒ましてくれる気がした。
「ジンライムください」
「私はモスコミュールで」
「かしこまりました」
バーの扉を開けて、シックなダークブラウンのカウンターの隣同士に腰掛けた私たちは、それぞれカクテルを注文して一息ついた。
「まさかこんな形で再會するなんてね。新郎の友達だったの?」
「あぁ。アイツ大學の頃の同期なんだ。お前は?」
「私も蘭ちゃん、……新婦が専門のころの友達。そう考えると世間って案外狹いね」
「本當そうだな」
茅ヶ崎 冬馬チガサキ トウマ。私と同い年で、中學と高校の頃の同級生だ。
と言っても中學の頃はお互い存在は知っていたけれど特に會話したこともなく。仲良くなったのは高校にって同じクラスになってから。
懐かしい。そう思いながら目の前に置かれたモスコミュールで乾杯した。
「いつこっちに來たんだ?」
「就職して三年経った頃かな。一人暮らししようって思った時に、どうせなら遠い都會に行ってみたいなと思って」
「なるほどな。……今はなんの仕事してんの?」
「私はずっと保育士。冬馬は?
「俺は……今弁護士やってるよ」
「え、弁護士!?うそ!」
「ハハッ、噓ついてどうすんだよ。……ほら」
仕事じゃなくても持ち歩いているのだろうか、スーツのポケットから出てきた黒い名刺れ。その中の一枚を手に取ると、私に差し出してくれた。
"崎総合法律事務所"と書かれた下に、"弁護士 茅ヶ崎 冬馬"と書かれている。
「……本當に弁護士なんだ……」
高校の頃からは想像もできないお堅い職業に、驚いて何度も名刺と冬馬の顔を見比べた。
「すごいよ冬馬。すごい、本當に尊敬する。すごい……」
どれだけ勉強を頑張ったのだろう。そう思うと他に言葉が浮かばない。
語彙を失ったかのようにすごいと繰り返す私に、冬馬はクスクスと笑う。
「さんきゅ。……でもそう言うお前も夢葉えたんじゃん。俺より全然すげぇよ」
「私は別に……夢っていうか、それ以外の仕事してる自分が想像できなかっただけだから」
弁護士と比べたら、自分の職業なんてちっぽけに思えてしまう。
「でも、それで本當に保育士になって今もこっち出てきて知り合いもほとんどいない中で頑張って働いてんだろ?それってすげぇことだよ。誇っていいことだよ。保育士って子どもの命を預かってるわけだし、子どもが好きなだけじゃ務まる仕事じゃないってよく聞くしな」
「……冬馬」
まさかそんなことを言ってもらえるなんて思っていなくて、溫かなものがの中をいっぱいにしていく。
「冬馬がそんなに優しいとか、違和なんだけど」
「ひっでぇな。褒めてやってんのに。俺はいつも優しいだろ」
「噓噓。ありがとう。嬉しいよ」
二次會で飲みすぎたかな。そうやってふざけてないと、嬉しくてなんだか泣いてしまいそうだ。
しばらく、お酒を飲みながらお互いの仕事の話をした。
高校時代、こんな風に冬馬と仕事について語り合う日が來るなんて思わなかった。
あの頃はバカみたいに毎日ふざけたり言い合いばかりしていたのに。お互い大人になったなあ……としみじみじる。
すると、
「……なぁ」
グラスの中が減ってきたため追加のカクテルをオーダーしていると、不意に冬馬が正面を向いたまま私に話しかけてきた。
「なに?」
「今さらだけどさ。お前俺とこんなところで飲んでて平気?」
「どういう意味?」
「彼氏とか。怒らねぇの?」
本當に今さらだなと思いつつ、
「あぁ……。私フリーだから。全然問題ないよ」
と苦笑いする。
「そういう冬馬は?」
「……偶然だな。俺も同じ」
「……そっか。結局私たち、売れ殘り同士になっちゃったんだね……」
笑いながらも、私は揺を隠しきれない。
頭の中に、淡い記憶が蘇ってくる。
それを振り解こうとグラスに殘ったカクテルを飲み干した時。
「……しずく」
「ん?」
「……あの約束、覚えてる?」
ドクン、と。一つ大きく脈打つ心臓。
「覚えてたら、だけどさ」
「……」
「……実現、してみる?」
何も言わない私に、ようやくこちらを向いた冬馬。
その表は、先ほどまでとは違って真剣そのもので。
からかってる?なんて聞かなくても、それが本気の言葉だと一目でわかった。
「い、今、なんて……?」
だからこそ、信じられなくて。
「あの時の約束、実現してみねぇ?」
まさか冬馬が、あの時の約束を覚えているなんて思ってもみなくて。
急に冷や汗が滲み出てくる。
冬馬は、何を言ってるの?
本気で言ってるの?
それが、どういう意味かわかってるの?
「……それって、つまり」
高校生の頃、売り言葉に買い言葉で頷いた約束が頭に浮かぶ。
"三十歳になってもお互いフリーだったら。売れ殘り同士、結婚しよう"
それを実現するということは、そういうことなのに。
「あぁ。どうやら俺たちは二人とも売れ殘り同士らしいし。……約束通り、結婚しようぜ」
果たしてこれは、現実なのだろうか。
悪い夢でも見ているのだろうか。
それとも、酔っ払って幻覚でも見てる?
そんなことを考えて現実逃避しようにも、今この場に冬馬がいることも現実だし、今私が冬馬に笑顔でプロポーズをされたことも現実だ。
だって、酔いなんてとっくに醒めてる。頭は至極冷靜だ。
何バカなこと言ってんの?って。いきなり結婚とかありえないじゃん、って。そう言わなきゃいけないのに。
"売れ殘り同士"という単語に、どうしようもなくが反応してしまった。
「……いいよ」
どうして頷いてしまったのかは自分でもわからない。多分、漠然とに渦巻いていた不安と焦りがそうさせたのだと思う。
それに、冬馬の笑顔を見たら一瞬であの頃に戻ったような気がして。
「まじ?」
「……うん」
気が付いたら、もう一度頷いている私がいた。
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