《売れ殘り同士、結婚します!》4話 懐かしい夢
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──あれ……?
ふと気が付くと、なんだか懐かしさを覚える空間が目の前に広がっており、それが夢だと気が付くまでに時間がかかった。
……ここは……。
ここがどこかなんて、聞かなくてもわかる。
部活の勧の紙がられた壁も、錆び付いてしまって開ける時に変な音が鳴る窓も、ワックス掛けたてで妙にりやすい床も、何でもかんでもれていた個人ロッカーも。夢の中だからか、全部があの頃のものだ。
それにしても、懐かしいなあ……。
久しぶりに訪れる母校の廊下の風景に、フッと口角が上がった。
その時。
「ねぇしずく!本當に行かないの!?」
懐かしい聲が聞こえて、涙が出そうになった。
「うん。ごめんね」
「だって修學旅行だよ!?中學の時だって行けなかったのに……、ねぇ、修學旅行くらい……っ、ごめん。でも私、しずくと一緒に行くの楽しみにしてたんだよ……!」
「……私も行きたかったけど、こればっかりは仕方ないから。ごめんね莉子りこ」
「……っ、しずくー……」
そうか、これは高校二年生の時の……。
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今よりも若いと言うよりいと言った方が當てはまりそうな、セーラー服を著た私の姿。そんな私に半泣きで抱き著く、同じセーラー服にを包む友人の莉子。
揺れるポニーテールが快活で、明るくて可くて、今でも大切な友人の一人。
脳裏に焼き付いている記憶をこうして夢として俯瞰して見ることになるなんて思わなかった私は、そのまましばらく二人を見つめていた。
「──どうした?二人でいちゃついて」
ふと聞こえた聲に、莉子の背後から歩いてくる二人に視線を向けた。
普段なら、莉子が"いいでしょー、邪魔しないでね!"なんてふざけて笑うところだけど。
「ふみくんっ……!」
そのうちの一人、明るい茶髪の男子生徒を視界にれて、莉子は飛び込むようにそのに抱き著いた。
「なんだ、莉子、泣いてんの?どうした?」
「ふみくんっ……しずくがっ、しずくが修學旅行行かないって……」
「え、まじ?」
「……うん」
「しずくと一緒に自由行したかったのにぃ……」
ふみくんこと史明フミアキくんは、當時莉子と付き合っていた彼氏で。
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茶髪に著崩した學ラン、ピアスの空いたかっこいい人。外見の派手さと格の明るさから"軽い人"に見られるけれど、一途に莉子を想って大切にしていた人。
そしてそのふみくんの隣に気怠げに立っている、同じように學ランを著崩した黒髪の男子生徒が。
「……なに、しずくも行かねぇの?」
「私"も"って……もしかして冬馬も?」
「あぁ、俺も行かない」
それが、茅ヶ崎 冬馬だ。
私と莉子、冬馬とふみくんは、全員が同じ中學出。
莉子とはその頃からの友達だ。
でも中學の頃は冬馬とふみくんのことは名前しか知らず、特に関わりはなかった。
高校にり、偶然にも四人同じクラスになった私たち。
そこで初めて二人と會話をするようになり、次第に同じ中學という繋がりもあって四人で一緒に行することが多くなった。
その頃から莉子に"ふみくんのことが気になってる"と相談されており、すぐにそれは"好きになっちゃった"と確信に変わる。同じようにふみくんも莉子のことを想っていると冬馬から聞き。
冬馬と協力してふみくんの背中を押して二人をくっつけたのが、ちょうど一年生の終わり。
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二年生では私だけクラスが離れてしまったものの、三人は変わらず私をってくれて四人でいることが多かった。
この時期は、確か修學旅行のお知らせとそれにかかる費用が書かれたプリントをもらって。
當たり前のように行く前提で話を進めているクラスメイトたちを眺めて、羨ましく思っていた頃だろうか。
放課後、莉子に沖縄での自由行を四人で一緒に回ろうとわれて、今斷ったところだろう。
そこに帰ろうと莉子をいにきた二人と遭遇したのだ。
「え、冬馬も行かないの!?」
「あぁ。俺も行きたいけど、さすがに高くて。な?」
「うん。それに私はさすがに三泊も家空けてられない」
「そう……だね」
へらりと笑う冬馬と私に、莉子もふみくんも何も言えずに押し黙る。
學生時代、私も冬馬も家庭の事によりお金がかかったり泊まりがけになる行事はほとんど參加していなかった。それは修學旅行も例外ではなく。
私も行きたくてたまらなかったけれど、どうしても行けなかった。
「っ……ごめん。私、二人のこと何も考えてなくて。當たり前に四人で行けるって思ってたから。……しずくに酷いこと言った。ごめん」
「ううん。莉子は悪くないから謝んないで」
「そうだよ。莉子が悪いわけじゃねぇよ。俺は最初から修學旅行は行けないだろうなって思ってたし。もっと早くに言っておくべきだったな」
「うん、私も。ごめんね莉子」
首を振る莉子の肩を、そっとふみくんが抱き寄せる。
「まぁ確かに寂しいけどさ。莉子には俺がいるんだからいいだろ?自由行の日は二人でいろんなとこ回ってさ。寫真撮りまくって、食いきれないほどの土産買って。それで帰ってきたら二人が嫌になるほど沖縄の話聞かせてやろうぜ」
「そうだよ。いろんな話聞かせてね!」
「沖縄土産楽しみにしてる」
「皆……うん、わかった。ふみくんと一緒にお土産いっぱい買ってくるから、寫真もいっぱい撮ってくるから、楽しみにしててね!」
「うん。二人とも、楽しんできてね」
莉子の泣き笑いを見て、あの後本當にたくさんのお土産をもらったことを思い出す。沖縄限定のスイーツが山ほどあって食べ切るのに苦労したなあ、なんて思っているうちに、場面がぐるりと変わる。
今度は、校舎の外。
雪が溶け始めて地面が見え始めた中庭にいた。
そこで、セーラー服の上にカーディガンを羽織った私が見知らぬ下級生と対峙している。
「──大河原先輩、ずっと憧れていました。好きです。よかったら付き合ってください」
「……ごめんなさい。私、今は誰とも付き合えない」
「誰ともって、どうしてっ……」
「決めたことなの。ごめんなさい。……告白嬉しかったです。ありがとう」
──これは、忘れもしない。高校の卒業式の日だ。
夢を見ているとわかっていても、張からごくりと唾を飲み込む。
後輩からの告白を斷り、その男子生徒が気まずそうに帰っていくのを見送った私は、空に向かって數回息を吐く。
顔の周りが真っ白に染まって、そして消えていくのを見つめながら小さく笑った。
「……覗き見?」
「ハッ……んな悪趣味は持ってねぇよ」
校舎のり口側に問うと、冬馬の聲が聞こえて。
「久しぶりだね」
「あぁ。……元気だったか?」
「うん。冬馬は?」
「まぁ、そこそこかな」
「そっか」
観念したように私の元へゆっくり歩いてきた冬馬は、五メートルほどの距離をあけてすっと立ち止まる。
ちらりと視線を向けた私は、冬馬の學ランが風で靡いているのを見て驚いた。
「すごいね。學ランのボタン全部売り切れたの?」
「売り切れって……いや、なんかすげぇ勢いでむしり取られたんだよ。今時第二ボタンとかそういうの気にする子がいるとは思わなかったけど。おかげで前とめられなくて寒い」
「ははっ、それ他の男子が聞いたら嫌味にしか聞こえないんじゃない?」
「いーよ別に。史明も同じじだったし。もう卒業したんだし、他の奴らにどう思われようとどうでもいい」
久しぶりに聞いたふみくんの名前に、冬馬の目の前にいる昔の私もこの夢を見ている今の私も、莉子のことを考える。
実は莉子とふみくんは三年生になってすぐに別れてしまって。しかもそれが喧嘩別れでクラスもバラバラになってしまったことから、必然的に私と冬馬も疎遠になってしまっていた。
だから、冬馬と顔を合わせたのもまともに會話したのも久しぶりで。
さらにはこんな現場を目撃されていたから、二人の間にはどこかぎこちなさがあった。
「そんなことよりも」
「ん?」
「……告白、なんで斷った?」
「……やっぱり覗き見じゃん」
「いいから。答えろ」
有無を言わさぬ言葉と真剣な瞳に、息を呑んだのを覚えている。
そのままその真剣な瞳を見ていられなくて、顔ごと橫に逸らした。
「……私、本當は高卒で働こうと思ってたけど、奨學金で専門學校行かせてもらえることになったの」
「……」
「私、保育士になろうと思ってる」
「……似合ってんじゃん」
「ありがとう。……だから、家のこともあるけどしっかり勉強して、余裕ができたらバイトも頑張りたいと思ってる。誰かと付き合ってデートしてる時間があったら、その時間でバイトしたい。その時間でたくさん勉強したい」
「そっか」
自分の言葉を聞いて、あの頃の決意をもう一度思い出す。
その瞳には、しっかりと意志が宿っていて。
その意志は、今もちゃんとにある。
冬馬は、そんな私を見て何を思ったのか、一度息を吐いて。
「……しずく。お前ならなれるよ、保育士。頑張れよ」
そう、笑顔を向けてくれた。
「ありがとう。じゃあ、私莉子と待ち合わせしてるからそろそろ帰るよ」
言葉通り帰るために冬馬の橫を通ろうとした私に、
「……なぁ、しずく」
と隣から聲がかかる。
「ん?」
「今は誰とも付き合わないってことは、保育士になったら誰かと付き合うのか?」
「何その質問。……さぁ、どうだろうね。なんて私一人でできることじゃないし。そもそも仕事で忙しいだろうし、出會いも無いだろうしね。奨學金で借金もできちゃうし。……どうしよう、そう考えたら將來売れ殘るかも」
はは、と自的に笑う私を見て、冬馬は何かを決意したかのように、言うのだ。
「俺も。……將來売れ殘るかもしれない」
「え?冬馬が?なんで?」
「実は俺も奨學金で大學に行くことになったんだ。それで都會で寮生活することになった。だから勉強とバイトで忙しくなる。漠然とだけど將來目指してる職業もあって、それが葉えば社會人になった後はもっと忙しい。正直、なんてしてる余裕無い」
「……うん」
それが弁護士だなんて思いもしなかったけれど。
たくさん、本當にたくさん頑張ったのがわかる。
「だから、……もしも、さ」
「ん?」
「三十歳になっても、お互い獨で相手もいなかったら」
「……ん?」
「──その時は、俺と結婚してよ」
「……え?」
言われた意味がわからなくて、私は間抜けな聲を出す。
「売れ殘り同士、結婚しよう」
突然そんなことを言われて、言葉を失うほどに驚いたんだ。
「な、に言ってんの。売れ殘りなんて……確かにさっきそう言ったけど、そんなの言葉のアヤじゃん……。それに仮にそんな約束してそのまま三十歳になっても、どっちかが結婚してたらもう一人は本當の売れ殘りになるじゃん」
「まぁな」
「まぁなって……冬馬はモテモテだし忙しくなったところで相手には困らないだろうけど、私はそうもいかないんだから……」
「なんで?しずくの方がモテてんだろ。今だって現に告られてたんだし」
「さっきのはたまたまだよ。……そもそもそんな約束したとして、三十歳の時にどこで何してるかもわからないのにどうやってお互いが獨かどうか調べるの」
「そこはあれだよ……日本に住んでりゃどっかで再會するかもしれねぇだろ?」
「そんな無茶苦茶な」
「いいから。な?もしその時再會しなかったら"縁が無かったんだ"って忘れてもいい。保険くらいに思ってくれてもいいから」
「保険って……。……冬馬がそれでいいならいいけど。……正直私だって売れ殘りたくないし。でも本當にその時再會できたらの話だからね!その時もし私だけ結婚してても文句言わないでよ?」
「わかってるよ。その時はその時だ。……じゃあ、約束。俺のこと忘れんなよ」
「忘れるかバーカ」
「バカとはなんだバーカ」
そんな約束をした人のことを、忘れるわけがないのに。
バカと言い合っているうちに、莉子から"皆で寫真を撮ろう"と連絡が來て。
「……莉子に呼ばれた。そろそろ本當に帰るね」
「……あぁ」
「……じゃあ、またね」
「また、三十歳の時にな」
「會えるかわかんないけどね」
今度こそ帰ろうと足をかそうとした時、「……しずく!」と呼び止められて、また呆れたように立ち止まった私。
「しつこいな。今度は何?」
「……これ、お前にやる」
「え……?」
「史明に言われたんだ。"第二ボタンは戦爭になるから先に取っておいた方がいい"って。でも自分で持ってるのもなんかアレだし。……それ、やるよ」
手に握らされたソレを、じっと見つめる。
校章がった、しメッキの剝げたゴールドの第二ボタン。
恥ずかしそうに、でもそんな素振りを見せないようにしている姿が、いつも余裕たっぷりな冬馬からは想像できなくて。
あぁ、冬馬も張してるんだな。
そう思ったら、笑いそうになって。
頷いて、それをぎゅっと握っていた。
「……仕方ないからもらってあげる。……じゃあ、今度こそ本當に帰るよ。後はもう用無い?」
何度も呼び止められるのがもう嫌でそう聞くと、冬馬は一度沈黙して。
「……三十歳、きっと會えると思う。だから、俺のこと忘れんなよ」
「っ……わかってるから。じゃあまたね、ばいばい!」
無意識にこぼした"またね"という言葉。
冬馬とまた再會すると、この頃の私はわかっていたのだろうか。いや、まさかそんなわけないだろう。
一連の記憶を見ると、意識が遠のくように引き上げられていくのをじた。
もうし、あの頃の景を見ていたい気持ちにもなったけれど。
……私が未だにあの第二ボタンを持ってるって言ったら、冬馬はどんな顔をするのだろう。
考えているうちに、徐々に私の意識は浮上していった。
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