《売れ殘り同士、結婚します!》8話 冬馬side

「初めまして。崎総合法律事務所から參りました、弁護士の茅ヶ崎 冬馬と申します。今回ご家族からのご依頼で田中さんの弁護を擔當させていただくことになりました。よろしくお願いいたします」

「はじめまして……。よろしくお願いします……」

「早速ですが、裁判に向けて事件について改めて確認させていただきたいことがございます。いくつかお聞きしてもよろしいですか?」

「はい。もちろんです」

「ありがとうございます。ではまず────」

資料を元に被疑者へ事件について気になる箇所や聞いておくべきことを事細かく聞く。それをノートにまとめつつ被疑者の表をチェックし、思考を巡らせた。

今回け持つのは、オレオレ詐欺のけ子役だった被疑者の裁判。

依然として逃亡している主犯格に切り捨てられたためか、すっかり大人しくなり事件についての話も真面目に答えてくれている。

とは言え噓をついている可能もあるため、常に目をらせ証拠や供述に相違がないかどうかを確かめた。

接見を終えて留置場を出たら、すでに空は茜に染まっていた。

この後は事務所に戻って所長とミーティングか……。

腕時計を見て眉を顰める。

おそらく溜まっているであろう電話対応に割いている時間は無さそうだ。

書に怒られそうだが仕方ない。各所への電話はミーティングが終わってから掛け直して、メールの返事は合間を見てしてしまおう。

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まずは目の前のミーティングが先だ。

「茅ヶ崎です。お疲れ様。二日前に言っておいた過去の判例の資料、俺のデスクの上に置いておいてくれるか?……あ、わかった。助かるよ。ありがとう」

書に電話すると、すでに準備してくれていたらしい。有能な書のおかげで円に仕事ができることをもっと謝しなければならない。ありがたい限りだ。

今日はミーティングが終わった後は來週の裁判に向けて準備書面の起案をしなければいけないし、他にも様々な書類の作と郵送が必要。

明日は一ヶ月前に提起した訴訟の初回口頭弁論期日だ。それが終われば顧問先への訪問も控えているし、別件の被疑者との接見も予定しており保釈請求書を早急に用意しなければならない。

その合間に新規のクライアントとのアポイントもっていたはずだし、溜まっている電話対応とメールのことを考えるとまだまだやることは増えていきそうで目が回りそうになる。

またしばらくの間は深夜コースだろう。

忙しいのはありがたいことだけれど、しずくに會えないのはたまらなく寂しくて、早く會いたいという気持ちばかりが焦る。

電話を切ってスマートフォンの畫面を見ると、晝にしずくに送ったメッセージの返信が來ていて自然と目が下がった。

"冬馬、大好きだよ"

數日前にとろけるような笑顔で言ったしずくの姿が、忘れられない。

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人生でこんなに幸せな日が存在するのかと、何度も耳を疑った。

まさか、十年以上めていた片想いが就する日が來ようとは。

母子家庭で育ち、三つ下の雙子の妹たちにお金をかけてほしいと自分の大學進學は諦めていた俺は、高校三年の春に母親が進學費用を必死で貯金してくれていたことを知った。

"どうか自分の夢を諦めないでほしい。これ以上自分を犠牲にしないで、自分のやりたいことをやってほしい".

という母親の強い勧めもあり、しばかり奨學金を借りることになってしまったものの、東京の大學に進學することができた。

両親が離婚する前、まだ俺自稚園くらいの頃、弁護士をしていた父親の裁判を傍聴しに行く機會があった。

堂々と答弁する姿と凜とした佇まいを見て、いながらに憧れたことを今でも覚えている。

その後両親が離婚してしまったため家でも學校でも一度も口にすることはなかったけれど、あんな弁護士になりたいという思いはずっと心の中にあった。

そのため大學に行くなら法學部だと決めていた。

母親もそんな俺の思いを、もしかしたら知っていてあんなことを言ったのかもしれない。

東京での生活は、自分で覚悟していたより何倍も忙しく過酷な日々だったものの、バイトを詰め込みながらも睡眠時間を削って必死に勉強した甲斐あってか、在學中に予備試験と司法試験に合格した。

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大學卒業後一年間の司法修習生を経て、現在の崎総合法律事務所に就職。

事務所の方針で一年目の頃から刑事、民事ともに様々な案件をけ持ち、経験を積んできた。

ある時は傷害事件、またある時は冤罪事件。

小さい頃から夢見ていた世界での仕事は綺麗なものばかりではなかったけれど、とても充実している。

今では事務所にとって重要な案件も任せてもらえることが増えてきており、近い將來獨立することも視野にれ勉強中だ。

事務所に戻ってから所長とのミーティングが終えた頃、外はすでに真っ暗になっており、肩の重みをじて腕と首を數回回す。

思ってたよりも長引いた。早く帰ってしずくに會いたい。

今日はしずくが家に來る予定になっており、おそらく渡しておいた合鍵で先に中にっているはず。

早足で駐車場に向かい、車に乗って家に帰った。

自宅についてからしずくに電話をかけると、すぐに出てくれた。

『冬馬。仕事お疲れ』

その聲を聞くだけで疲れが全て飛んでいく。

あー、今すぐ會いたい。

「しずくもな。今何やってた?」

『ご飯食べながら仕事関係の書類書いてたよ。明日朝から研修で夜まで座學だから今のうちにやることやっちゃおうと思って』

「研修なんてあんの?」

『うん。スキルアップ目的のね。今回は座學だけだけど実技もある日もあったりするの。眠いし地味に疲れるし、それだけでお休み潰れちゃうのが難點だけどね。たまに仕事終わった後にやったりもするからそれはやめてほしいなって思ってるよ』

「へぇ……すげぇな」

俺が想像している以上に保育士の仕事は大変なのだろうと思う。しかししずくは決して仕事についてネガティブなことは言わない。

『でも系列園の先生方と久しぶりに會うから、そこだけは楽しみかも』

そうやって大変な中にも楽しみを見出して、保育士という仕事を全力で楽しんでいるのが伝わる。

「そっか。無理はすんなよ。頑張れ」

『ありがとう』

その聲だけで今しずくがふわっと笑ったのがわかり、目の前に自分がいないことが悔しくすらじる。

『冬馬?どうかした?』

「……いや、しずくが可いなあと思って」

その表を想像したら口角がきゅっと上がってしまう。

『なっ……何言ってんのっ』

そうやってすぐ照れるところも、おそらく今顔を真っ赤にしていることも。全部可くて仕方がないなんて、しずくはきっと気付いていない。

しずくは、自分がどれだけ魅力的なのかを全く理解していない。

誰よりも綺麗で可いくせに、自分に自信が無くてお人好しで危なっかしくて。責任が強い分、落ち込みやすいのに強がりで繕うのが上手い。なのに隙が多くてすぐ悪い奴に連れて行かれてしまいそうで。つまりは放っておけない。

昔っからそうだったなあと、思い出す。

しずくは、昔からモテるタイプの子だった。

中學生の時、"大河原さんって、目立たないけど実は結構可いよな"という噂が男子生徒の中でかに回ったことがあった。

あの子が可い、あの先輩が綺麗。そう言われている中でも一目置かれていた存在が、しずくだった。

しかしクラスも同じになったことがなく、マンモス校と言われていた中學校だったため、名前を聞く程度。その姿と名前が一致したのは中學三年の夏、同級生たちが皆修學旅行へ行っている時のこと。

三つ下の雙子の妹たちのため修學旅行は諦めることにしていた俺は、その初日に學校に登校して驚いた。

俺の他にも、修學旅行に行かずに登校していた生徒が數人いたからだった。

その中で一際目立っていたのが、しずく。

憂いを帯びた末広二重の目元に一つに結んだ艶のある長い黒髪。きゅっと結んだような薄い。思春期でニキビが増える生徒も多い中で、荒れなど全く知らないような陶のように白くて綺麗な

泣いたのだろうか、し目が赤くなっていたのが印象的だった。

皆でレポートを書いて提出するだけの補習のようなもの。

所詮は義務教育だ。やってもやらなくても卒業はできる。現に他の生徒たちは皆適當にやっていて。そんなものを真面目にやる人なんていないだろうと思っていたのに。

しずくだけが真面目に取り組んでいた。

それを見て気になってはいたものの、何事もないまま高校へ進學。

地元の公立高校での新學期。

史明と教室にった時に、また一番に目にったのがしずくだった。

それはおそらく史明も同じで。

"二人とも、俺たちと中學同じだよね?"

そう史明がしずくと莉子に話しかけに行ったのが始まりだった。

俺たち四人が仲良くなるのにはそう時間はかからず、同じクラスだったことからいつも一緒にいるようになった。

史明は最初莉子ではなくしずくに興味を持っていて。それを莉子に相談したのがきっかけで二人はより親になった。次第に史明は莉子に惹かれていって付き合うようになったわけだが。

俺は史明のように積極的にはなれず、家庭のこともあったから何か進展をんだりはしていなかった。

ただ顔を合わせて、くだらないことを喋って、そしてその綺麗な笑顔を見られれば良かった。

ただ、ふとした時に見せる表が悲しそうで、なんだか疲れているように見えて。それがずっと気にはなっていた。

莉子はもちろん知っていただろう。だけど本人以外に聞くのは違う。

それに俺も家庭のことを聞かれてもいい気はしない。修學旅行に行っていなかったことと俺と同じように授業が終わるとすぐに帰っていく姿を考えれば、しずくも似たようなものだと思っていた。

そのため俺は何も聞けないままでいたのだ。

そんなある日、バイト先であるコンビニに出勤した俺は、小さな男の子を連れてコンビニに駆け込んできたしずくを見かけた。

『すみませんっ……子どもの帽子の落としありませんでしたか……!?』

バイト先の店長が落としれを探している間に、しずくに話しかけた。

『どうした?』

『っ、冬馬!?バイト先って、もしかしてここだったの?』

『あぁ。お前は?この子は……弟か?』

『うん。歳が離れてるけど私の弟なの。雅彌、ご挨拶は?』

『こんちわー』

『こんにちは雅彌。俺は冬馬』

『とーま!』

『おぉ。よろしくな』

『ごめんね冬馬。雅彌ってば生意気で』

『いやいいよ。男なんて大こんなもんだから』

そんな調子で雅彌と知り合い、コンビニで何度か遭遇しているうちにしずくが話してくれた。

母親が病気で院していて、しずくが家のことをやりながら雅彌の世話をしていると。

それを聞いて、俺も自分のの上話をした。

俺は両親が離婚して母子家庭になったけれど、家族のために頑張っているのは同じだったからだ。

しずくは目を丸くしていたけれど、それ以來お互いの相談に乗るようになっていた。

いつから好きなのかなんて、自分でも不思議なくらい全然覚えていない。

仲良くなる前から。高校に學した時から。もしかしたら、中學で見かけた時から好きだったのかもしれない。

わからないけれど、確かにその一生懸命な姿とたまに垣間見える儚い笑顔。普段は強がって笑ってるくせに俺にだけ弱音を吐く姿がたまらなくおしくて。

くて可くてたまらなかった。

でも、俺にはこの気持ちを伝えることはできないから。

だから、諦めていた。

史明と莉子が別れた原因はわからないけれど、喧嘩したからもう顔も見たくない。そうお互いが言っていたことは知っていた。

史明は俺が、莉子はしずくが。それぞれめて話を聞いて仲を取り持とうとしたものの、その終わりは呆気ないものだった。

三年になってしずくとはクラスも離れてしまったため、そうなってしまってはどうしようもなくて。

やっぱりしずくのことは諦めろってことなんだろう。自分でそう思うのと、現実を突き付けられるのでは気の持ちようがまるで違ったけれど、學校で見かけることができたため、どうにか自我を保っていた。

それがどうだ。卒業式の日、クラスメイトが"大河原さんが下級生に呼び出されてる"と言っているのを聞いて、史明に"今行かないと絶対後悔するぞ"と言われ。

居てもたってもいられなくなって。

あの學校での告白スポットは中庭が定番だったから、寒空の中急いで向かった。

ちょうど下級生らしき男子がすれ違いに走って帰って行き、その様子からしずくは斷ったのだとすぐにわかった。

しずくの元に行こうとして、思わず足を止めて固まった。行ったところで俺は何を言うつもりなんだ?

的に向かっていったけれど、その當時しずくとは丸一年會話してないし、顔もほとんど合わせていなかった。

そんな奴が急に現れて何を言えばいい?そもそも俺はどうしたい?何のためにしずくの元へ向かった?

そう思ったら行くに行けなくて、で悶々としていた。

『……覗き見?』

しずくにバレていたのが恥ずかしくて、でもそれ以上にしずくの聲が一年前と何も変わっていなくて。

俺に対する態度が何も変わっていないことが嬉しくて、泣きそうなくらいだった。

『三十歳になっても、お互い獨で相手もいなかったら────その時は、俺と結婚してよ』

あの時は気持ちを伝えられなかったけれど、三十歳くらいになれば。

弁護士として、一人前になっているだろうか。

三十歳までに、を張ってしずくを迎えに行けるようになろう。

を張って、しずくに"好きだ"と言える自分になろう。

あと十年としあれば、それができると思った。

もしその間にしずくが結婚していたり人がいて諦めることになったとしても、自分に自信を持てると思ったから。

その時は自分の運命をれよう。

そのためには、脇目も振らずに頑張ろう。

あの約束は、俺が頑張るためのお守りのようなものだったんだ。

だからこそ、今こうして弁護士となってしずくと一緒にいられることが夢のようで。嬉しくてたまらない。幸せでたまらないのだ。

「しずく」

『ん?』

「本當は今すぐ會いたいけど、我慢するからさ」

『うん』

「もうしこのまま電話しててもいいか?」

『もちろん』

高校生の時に思い描いたような、父さんのような弁護士になれているかはわからないけれど。

『ねぇ冬馬』

「どうした?」

『冬馬のお仕事してるところも見てみたい。いつか、傍聴しに行ってもいいかな?』

しずくが俺の側にいて、俺の仕事を認めてくれている。

「じゃあその裁判は、絶対勝たないとな」

それだけで俺はもう、幸せだ。

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