《売れ殘り同士、結婚します!》13話 不穏②
*****
「じゃあ、彼と全然會えてないんだ?」
道端で冬馬に助けてもらってから早一週間が経過した金曜の仕事終わり。
私は由紀乃と一緒にいつもの居酒屋に飲みにきていた。
冬馬とはあれ以來まともに會えておらず、寂しさが募っている。
「そうなの。會いたいけど仕事で忙しいの知ってるからわがまま言えないし」
「んー、人に會いたいっていうのはわがままじゃないと思うけどなあ」
「……そうかな?」
「うん。しずくが"會いたい"って言えば彼氏さん、喜ぶと思うけどなあ。むしろ夜中でも會いにきてくれそう」
ふふ、と笑う由紀乃の言葉に、そうなのかなあと悩みながらジョッキにったビールを飲む。
「だって、しずくがもし彼から"會いたい"って言われたらどうする?」
「そんなの、いくらでも時間作って會いに行く」
「仕事が忙しい時に言われたら、迷だって思う?」
「思わない。むしろ私も會いたいから頑張れると思う」
「でしょ?だからきっと彼も同じように思ってるよ」
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「そっか……」
確かにそう考えると、冬馬ならどんなに忙しくても時間を作ってくれそうだなと思ってしまう。
でもそれに甘えすぎるのも……でも會いたいし……。
たった四文字を言葉にすることが、私にとってはすごく難しく思えてしまう。
「悩んでないで、とりあえず今日寢る前に"會いたい"って連絡してみれば?それからのことは返事が來てから考えればいいんだし。もしかしたら相手も同じように悩んでるかもしれないよ?」
嬉しそうな由紀乃に頷く。
「……そうだね。送ってみようかな」
思ってることはちゃんと言葉にしないと伝わらない。
今日の夜、送ってみよう。
そう決意した私とは反対に、由紀乃は最近同棲生活を無事にスタートさせた。
「同棲生活はどんなじ?」
「んー、まだ始まったばっかりでなんとも。一緒に暮らすとお互いの価値観が浮き彫りになってくるから、それり合わせるのに今頑張ってる」
「結婚するならそこは重要だもんね」
「うん」
「でも由紀乃、最近笑顔が増えたよね。いつも楽しそう」
「そうかな?まぁ、やること増えて大変だけどね。でも毎日お弁當箱出してくる時にね、"おいしかったよ"って言ってくれるの。それは結構嬉しいかな」
「えー、素敵。作り甲斐があるね」
「うん」
彼との新生活を掘り葉掘り聞いて楽しんでいると、
「────え、噓だろ?」
と、急に男の大きな聲が聞こえた。
「バッカ!聲がでかい」
……あれ、なんかどこかで聞いたことあるような……。
「悪い悪い。でも茅ヶ崎にだろ?──じゃねーの?」
茅ヶ崎?
「それがマジなんだって!────だったんだよ」
「だって今まで────しなかっただろ。────でもずっと────」
「あぁ。でも確かに────だよ。────でさぁ」
なんだろう、聞き取れなくてもやもやする。
「しずく?どうしたの?」
「……うん、ちょっと」
由紀乃が目の前で怪訝な顔をしている。
賑やかな大衆居酒屋だからか、そこら中から笑い聲や大きな話し聲が聞こえていてかき消されてしまう。
けれど、聞き覚えのある聲と、"茅ヶ崎"という名前。
盜み聞きなんて、悪いことをしているのはわかっている。
でも、どこで聞いたんだっけ……?
思い出せなくてもやもやしていると、さらに後ろから聞こえた聲に目を見開く。
「山田の見間違いとかじゃねぇの?」
「違うんだって!」
……そうだ、ついこの間會った、冬馬の同僚の山田さんだ。
「だって茅ヶ崎だろ?アイツに婚約者ねぇ……」
肩が跳ねる。
私と冬馬の話をしているんだ。
冬馬のことを知っているということは、もう一人の男も同じ事務所の職員なのだろうか。
「しずく、もしかしてあっちにいる二人組が話してることって」
聲を顰める由紀乃に、私も顔を寄せて囁く。
「……うん、多分私と冬馬のこと」
「なるほどね。よく聞こえないけどなーんか雰囲気的にいいものではなさそうだね」
「うん……」
「店変える?」
「ううん、いいよ。ありがとう」
山田さんもまさか私がここにいるなんて思っていないだろう。私だってびっくりした。
ちょうど私は二人に背を向けて座っているため山田さんにはバレていないよう。
由紀乃が見るに、男二人が楽しそうに盛り上がっているらしい。
聲が大きくなったり小さくなったり周りにかき消されたりして容はよく聞き取れないものの、いくつか聞こえた話から推測するに、二人はどうやら冬馬に婚約者ができたことに心底驚いているらしい。
「でも茅ヶ崎、確か言ってなかったか?もうなんてどうでもいいとか、早く籍れないととか、いい相手いないかとか」
「そうそう、言ってた言ってた。それで確か──」
酔って気が大きくなってきたのか、二人の聲はだんだん大きくなっていって、聞き取れるようになってきた。
しかし。
なんてどうでもいい?
早く籍をれないと?
いい相手がいないか?
にわかに信じ難い言葉の羅列に、思わず振り返りたくなる気持ちをグッと我慢する。
「しずく……」
もちろん由紀乃にも聞こえており、心配そうに私を見つめてくる視線をじる。
しかしそれに目を合わせられなくて下を向いた。
「しずく……やっぱりもう帰ろう?」
「……由紀乃」
ね?と微笑む由紀乃に頷いてから立ちあがろうとするものの、上手く足に力がらなくてしもたつく。
そうしている間に、今度は私の話が聞こえてきた。
「あの子……茅ヶ崎の彼ね、そんな都合良さそうなには見えなかったんだけどなあ」
「ふーん。どんなじの子?」
「すーごい人。やっぱ顔の良い男には顔の良いが寄ってくるんだなって思わせてくれるレベル」
「マジかよ。アイツやべぇな」
「だろ?でもそれだけじゃなくて。……天然……って言うわけでもなくて。なんつーか……そう、庇護煽られるって言うのかな?"俺がしっかり守ってやんなきゃ"みたいな。
見た目しっかりしてそうなんだけど抜けてるって言うか、隙が多かったんだよな」
「あぁー……いいねそういうの」
「な。だから茅ヶ崎がそんな子を選ぶとかちょっと意外だったんだよな」
「まぁ、あんなこと言ってたやつが選ぶタイプじゃあないよな。もっとさっぱりしてて都合良く適當に結婚してくれる選ぶと思ってた。まぁでもアイツ相手なら無理矢理結婚迫るもいそうだな。そんなじなんじゃねぇの?」
「いや、俺も最初はそう思ったんだけど、でもあのじだとむしろ茅ヶ崎の方が────」
もう、それ以上聞いていられなくて。
「しずく……?」
気が付いたら、
「……ごめん由紀乃……これでお會計しといて」
そう言って立ち上がって財布からお金を出して、テーブルに置いた。
「しずく!?」
そのまま逃げるように走り出し、由紀乃が私を呼ぶ聲が店に響きわたる。
「……え?」
山田さんの焦ったような聲が聞こえたような気もするけれど、それに視線を向ける余裕も無い。
今は、一刻も早くこの場から離れたい。
由紀乃に悪いことしてしまった。あとで謝らないと。
居酒屋を飛び出した私は、電車に飛び乗って、最寄駅から走って自宅へ帰りそのままベッドに潛り込んだ。
「……冬馬……」
冬馬の聲が聞きたい。
何馬鹿なこと言ってんだって。そんなの噓に決まってるだろって。そう言ってほしい。
震える手でスマートフォンを出して冬馬に電話をかけるものの、虛しくコール音が響くだけで冬馬は出ない。
あんな言葉、信じる必要無い。冬馬の言葉に噓は無い。それなのに。
どうしてこんなに、不安になるのだろう。
どうしてこんなに、虛しくなるのだろう。
私って、都合のいいだったのかな。
売れ殘りで、簡単に結婚してくれそうなだと思われてたのかな。
本當は高校時代の私の気持ちも知っていて、それで落とすために好きって言ってくれただけだったのかな。
あの約束自、私をからかったものだったのかな。
そんなわけないのに。冬馬はそんなこと言ってないのに。本気だって、からかってなんかないって。そう言ってくれたのに。
あのキスも、甘い時間も。全部本當だったのに。
冬馬の言葉に噓なんて無いのに。わかってるのに。
自分に自信が無いからか頭の中がざわざわする。
「とーまぁぁ……」
どうしてこんなに、涙が出てくるのだろう。
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