《売れ殘り同士、結婚します!》14話 大丈夫は無し

カーテンの隙間から差し込む朝日は、今日も変わらず部屋を爽やかに照らしていた。

"ごめん、今仕事終わったんだ。急用だったか?家帰ってから掛け直すからちょっと待ってて"

昨夜二十二時に信したメッセージ。その十五分後に不在著信が一件っていた。

"もう寢ちゃったか?本當ごめん。明日の朝にまた掛け直す"

不在著信の後にっていたメッセージ。

その後に、"しずく?落ち著いたら連絡ちょうだい"

と由紀乃からも連絡が來ていた。

そうだ、昨日迷かけちゃったんだ。あとで謝ろうと思ってたのにそのまま眠ってしまった。ちゃんと謝罪しないと。

午前七時。仕事が休みの日にしては早起きをした今日。

私の心は、爽やかな朝日とは対稱的に暗く淀んでいた。

暖房を付けていなかったため、寒さと頭痛でいつもと変わらない時間に目が覚めてしまった。

由紀乃に"昨日はごめん。またあとで連絡する"と返事を送り、一つ息を吐く。

冬馬からの電話の前にシャワーを浴びよう。

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そう思ってスマートフォンを充電に挿し、部屋の暖房を付けてからお風呂場へ向かった。

「うわ……酷い顔」

お風呂場の鏡に映るのは、泣いたまま寢てしまったからか瞼がぽっこり腫れてしまっている私の顔。

見るに堪えない姿に、また一つため息を吐く。

仕事が休みの日で良かった。この顔はメイクでは誤魔化しきれない。

お風呂から上がってスキンケアをしてから髪を乾かして、ほんのりと溫まったリビングに戻る。

冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを出してごくりとを鳴らしていると、著信音が鳴り響く。

畫面には冬馬の文字が表示されていた。

「もしもし?」

『しずく?昨日はごめんな。急用だったか?』

「ううん。……なんでもないの。ちょっと冬馬の聲が聞きたかっただけだから大丈夫。私こそ仕事で疲れてる時に電話しちゃってごめんね」

『それは全然気にしなくていいよ。むしろ嬉しかったし』

寢起きなのだろう、低くて掠れた聲が心地良くに染み渡る。

たったそれだけで心の中のモヤモヤがし晴れたような気がした。

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「冬馬は今日も仕事?」

『あぁ。今いろいろと準備してて忙しくて。今日も帰りは夜中になりそうだよ』

「そっか。頑張ってね」

會いたいなあ。由紀乃に言われた通り、それを素直に言葉にすればいいだけなのに。昨日の出來事を思い出すと、憚られてしまう。

冬馬、會いたいよ。

まで出かかった聲を飲み込みながら努めて明るい聲を出すと、し沈黙を挾む。

『……しずく、泣いた?』

探るような聲に、目を見開いた。

「……なんで?」

『いや、なんとなく聲のじが。そんな気がしたから』

冬馬には全部お見通しなんだなと思ったら、じわりと再び涙が滲んだ。

どうして冬馬は、そんなに優しいのだろう。

どうして冬馬は、私の些細な変化にも敏に気が付いてくれるのだろう。

私だったら、冬馬が落ち込んでいる時に同じように気付けるだろうか。

「……ちょっと不安になってただけ。でも冬馬の聲聞けたからもう大丈夫。ありがとう」

私の泣いた後の聲って、冬馬にはどんな風に聞こえているのだろう。

『しずく』

「ん?」

『……明日、どうにか時間作るから』

「……え?」

『仕事終わった後、お前ん家行くから』

「そんな、毎日忙しくて疲れてるのに無理しないで。私は大丈夫だから」

気持ちは嬉しいけれど、それ以上負擔をかけるわけにはいかない。

私に會い來る時間があったら、ゆっくり休んでほしいのに。たっぷり眠って疲れをとってほしいのに。

『無理なんてしてねぇよ。俺はどんなに忙しくてもどんなに仕事で疲れてても本當は毎日しずくに會いたいんだよ。できることなら仕事全部放り出して今すぐ會いに行きたい。會って抱きしめてキスして抱きたいんだ。けどそういうわけにもいかないから……。だから、明日會いに行くから』

その言葉が、今の私には本當に嬉しいことを冬馬は知っているのだろうか。

冬馬は、いつも私のほしい言葉をくれる。

いつも気持ちを言葉で教えてくれる。

「……うん。ありがとう。私も冬馬に會いたい。明日待ってるね」

『あぁ。じゃあ、今日はもう行かないといけないから』

「うん。頑張って。行ってらっしゃい」

『行ってきます』

電話が切れた音がして、耳からスマートフォンを離す。

「……冬馬。ありがとう」

しばらくそのまま、スマートフォンを抱きしめていた。

*****

「……遅いなあ、何かあったのかな……」

翌日の夜二十一時。

冬馬からは特に何の連絡も無く、どうやらまだ仕事中のよう。

冬馬が來るなら、と張り切って夕食も作ったものの、振る舞う相手がまだいないためおかずはすっかり冷めてしまっていた。

一昨日の電話も二十二時を過ぎていたし、昨日も忙しいと言っていた。きっとまだ終わっていないのだろう。もうし待っていようか。

それから十五分ほどして、著信があり慌てて耳に當てた。

「もしもし?」

『しずくか?悪い、遅くなった。今から行くから』

「うん。待ってる。気を付けてね」

電話を繋いだままタクシーに飛び乗り、ここの住所を告げている聲がする。

はやる気持ちを抑えつつ急いでおかずを溫めて、リビングのローテーブルの上に並べた。

すぐにインターホンが鳴り、玄関まで走って冬馬を迎えに行く。

「冬馬!おかえり!」

「しずく。ただいま」

勢い良く抱き著いた私を驚きながらもけ止めてくれた冬馬は、ぎゅっとくっついて離れない私を甘やかすようにそのまま抱きしめてくれる。

ドアを閉めて鍵をかけて。久しぶりにわす、甘いキス。

が震えていたのはどちらだったのか。

五センチほど離れた距離で、熱を帯びた瞳を見上げた。

「……晩ご飯作ったの。お腹空いてる?」

「マジ?かなり腹減ってる」

「良かった。上がって?」

「あぁ。でもその前に、もう一回」

……あぁ、またおかずが冷めてしまう。

*****

「で?何があったんだ?」

「え?」

「泣くほど不安だったなんて、何かあったんだろ?」

ご飯を食べた後、私を後ろから抱きしめながらソファに座った冬馬が、肩口に顔を埋めながら聞く。

「そんな、大丈夫だよ」

笑いながら言うと、冬馬は抱き締めるのをやめて私を正面に向かせた。

「……お前が"大丈夫"って言う時は大抵もう限界が近い時なんだよ」

「え?」

「自分じゃ気付いてないんだろうけど、今お前"大丈夫"ばっかり言ってる。あんまり無理すんなよ。本當はしずくがそう言うなら何も言わないつもりだったけど、やっぱ無理。俺の知らないところで落ち込んだり悩んだり、泣いてるって考えたらもう無理。心配すぎて俺が耐えらんない」

「……冬馬」

言われて初めて、今までことあるごとに『大丈夫』と言い続けてきたことに気付く。

冬馬は、私の『大丈夫』を聞いて、今日ここに駆けつけてくれたのだろうか。

そう思うと、嬉しいと同時に堪らない幸福をじた。

「どんな些細なことでもいいし、くだらないことでもいい。俺が怒るかもしれないとか、そう思ってんなら気にしなくていい。ただ、一人で抱え込まないでほしい。一人で悩まないでほしいんだ」

子どもに諭すような、力強いけれど優しさと慈しみに溢れた言い方。

心から私のことを想ってくれているのがわかるのに、どうして私は冬馬のことを信じられなかったのかとまた苦しくなった。

「……ほら、全然大丈夫じゃないだろ。泣きそうな顔してるじゃん」

「っ……」

「言ってみろよ。泣いてる理由が俺のせいなら、尚更教えてほしい」

ついに堪え切れなくなった涙が、目からこぼれ落ちた。

「ゆっくりでいいから。……な?」

その涙を掬うように拭ってくれる指が離れたと同時に、冬馬は私の目にキスをした。

びくりと跳ねた肩。

それに笑った冬馬の手を、ぎゅっと摑んだ。

「……あの、冬馬」

「うん」

深く息を吸って、意を決して冬馬を見上げてから頭を下げた。

「……ごめんなさい」

「何が?」

「私────」

私が謝るとは思っていなかったのか、きょとんとした顔の冬馬に二日前に見て聞いたことを一から順を追って説明すると、冬馬は"山田さん"の名前が出た瞬間から急に表が険しくなる。

そして私が思い悩む原因を知った冬馬は、今にもどこかに乗り込んでいきそうなくらいに怒っていた。

「ごめん。私、山田さんの言ってることにわされて、冬馬のことちゃんと信じられてなかった。冬馬がプロポーズしてくれたのも、あの約束も。全部噓だったんじゃないかなって思っちゃって。最近あんまり會えなかったのもあって、不安になって疑って、勝手に落ち込んで悩んでたの。冬馬がそんな噓つくはずないってわかってるのに。最低だよね。……本當にごめんなさい」

私が泣く資格なんてない。これ以上涙をこぼさないように、グッと目に力をれて頭を下げた。

冬馬は怒りを鎮めるように靜かに息を吐いてから、

「しずく」

と私の頭に手を置く。

「不安にさせて悪かった。しずくは何も悪くねぇよ」

「……でも」

「誰だってそんな話聞いたら不安にもなるだろ。全面的に俺が悪いんだ。……だからし、弁解させてくれるか?」

冬馬の真剣な瞳に映る、私の不安に揺れる顔。

そっと頷くと、冬馬はぽつりぽつりと語り始めた。

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