「まず座ってください。私も安易に飲んで、酔ったから良くなかったんです。それに、自分の意見をはっきり言うべきでした」

小田さんは靜かに腰を下ろすと、テーブルの上に置かれた自分の手を見つめながら、言いづらそうに話し出した。

「勝手な提案だけど……もう一度、友達からやり直そう」

その言葉に納得がいかなかった。友達として付き合うという提案もよくわからないし、小田さんに対するは既に嫌悪しかない。

「友達って……どういう意味ですか？」

「里穂ちゃんの都合のいい時にご飯へ行くとか、仕事の愚癡を聞くとか。そんなんでいいから」

小田さんは頭を下げ、必死に頼み込んできた。

「でも……もう、二人で會いたくないんです。だから……」

すると、小田さんの表が急に強張こわばった。

「アプリで困っていたのを助けたのは誰のおかげだと思う？　里穂ちゃんだって、あの時助かったって言っただろ？　もしかして、イベントまで付き合って、僕を都合よく利用したのか？」

突然怒り出したような態度に、驚愕きょうがくした。

「ちっ、違いますっ。そんな……あの時は、本當に小田さんと付き合うことも考えて……」

「それなら、いいじゃないか。僕は友達からやり直そうって言ってるんだよ」

実際アプリの件で助けてもらっているのは確かだった。けれど、とても以前のように接することはできない。

もし、このまま彼を怒らせてしまったら何をされるか……。

社では周知されているし、結婚の噂まで出ている。しばらくは友達として過ごして、自然と関係が遠のけば、小田さんも諦めてくれるだろうか。

「わかりました。もしかして、ずっと友達のままになるかもしれないですけど、それでもいいのなら……」

すると、小田さんの表は一変し、嬉しそうに顔を上げた。

「良かったぁ～。このまま嫌われたらどうしようかと思った。落ち著いて年が越せないところだったよ。ありがとう、里穂ちゃん。今度は一歩ずつ、ゆっくり進もうね」

悸が激しくなり、のだるさに加え、頭も痛くなってくる。

話を切り上げて、早くここから出たい。

「ここはね、コース料理が2種類あって選べるんだ。里穂ちゃんの好きな方を注文しようかと思って」

「あの……ごめんなさい。ってもらって悪いのですが、本當に合が悪くて、ご飯も食べられそうにないんです」

小田さんは驚き、すぐに殘念そうな顔をした。

「そ、そうなのか……。じゃあ、タクシーで送って……あっ、今度こそ、きちんと送って行くから」

「いえ。一人で帰れますから、大丈夫ですっ。　とにかく、今日は失禮します！」

頭を下げ、荷を摑むと席を立ち、急いで出口へと向かった。

駅へ戻る足取りが次第に重くなる。

お晝に飲んだ薬の効き目もそろそろ切れたのだろう。

最寄り駅の地下にある店で二人用の小さな丸いケーキを買い、地下鉄に乗り込んだ。

車は混んでいて、つり革すら摑めない。

それに調のせいなのか、こうして立っているのも辛くなってくる。

フラフラしながら、電車を降り、やっとのことでレジデンス前まで辿り著いた。

エントランスにり、エレベーターに乗り込む。足元がフワフワして、視界がぐらつく。

玄関に手をかけ、扉を開けた。

「やっと著いた～……」

荷を置いて安心したせいか、あまりのだるさに座り込み、目を閉じた。

そこから意識がぼんやりし始め、自分の荒い呼吸だけが耳へと響く……。