《香滴る外資系エリートに甘く溶かされて》2-1. 遠い夏の夜の記憶
「……すっごいかわいいんだけど。俺、一目惚れしちゃったかもしれない」
とんでもない男が、初対面の私を何故か口説いてきた。
接客中であることを忘れて、思わず笑顔のまま固まってしまった。大學の友人である詩織しおりにいきなり「ねぇ、玲奈!バイト探してない?新しい彼氏に夜の仕事は辭めてしいって言われちゃったから代わりの子探してるんだけどさ!」と言われた時も瞬時に容を理解できなくて固まったが、今はその比ではない。
お喋りな詩織に「まぁ、バイトの話は置いといてさ。最近玲奈とあんま話してなかったし、このまま飲み行こうよ!もう授業終わったでしょ?」と圧倒されて、流されるまま居酒屋に連れていかれた時點で私の未來は決まったも同然だった。今思い返せば、あれはまんまと詩織に嵌められたのだ。あれよあれよという間にお酒を注がれ、気がつけば會員制高級ラウンジで働くことになっていた。
そんな訳で、今夜も今夜とて私はラウンジ嬢として勤務している。暖系の間接照明に照らされて艶やかに輝く同僚のお姉さま方は見事に人揃いで、この店の格の高さを思い知らされる。控えめな音楽が流れる店は白を基調に品良くまとめられており、どこか非現実的な雰囲気が漂っていた。
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七瀬ななせママとその右腕である黒服の柳やなぎさんの管理がしっかり行き屆いたこの店は、會員制高級ラウンジと謳うだけあって客層がすこぶる良い。こういったバイトをするのは初めてだが、そんな私でも分かるくらいお客様の管理が徹底されていた。この店は接待で使われることが多いそうで、過度に下品な話や妙な行をする客は容赦なく出にされるらしい。
だからこそ、こんなお客様は初めてだった。キラキラしたオーラを放つ、見たこともないくらいしい男がこちらをじっと見つめている。何か返事をしなくてはと思いつつも、うっかり笑顔のまま固まってしまった。そんな私の様子を見て、同じテーブルについていた理あいりさんが「きゃー、お客様熱烈ですね!リリちゃんびっくりして固まっちゃいましたよ」とフォローしてくれた。その聲に続いて、この男を連れてきた常連の榊原さかきばらさんも「おお!?加賀谷くんやるね!君、そんな一面もあるんだね!」と調子を合わせてきた。
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「……えっと、ありがとうございます。お隣失禮してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ………あの、名前を伺っても?」
「リリです。今月ったばかりの新人なので不慣れな部分もあるかと思いますが、何かあれば教えていただけると嬉しいです」
どうにか気持ちを切り替えて、當たり障りのない會話をしながら問題のお客様の橫に腰掛ける。
榊原さんが予約していたこの卓には4名様が來店した。前回遊びに來た時に「次は接待で來るよ!イケメンの部下に大人の流儀ってやつを教えてやらなきゃいけなくてね」と話していたので、私の橫に座るこの男は榊原さんの部下なのだろう。殘る2人は落ち著いた雰囲気の壯年の男で、會話の容からして金融関係の仕事をしているらしい。
「リリちゃんって言うんだね、今夜はよろしく。俺は加賀谷春都、下の名前で呼んでくれると嬉しいけど…今日は接待だからやめておいた方がいいかな」
それにしても、接待で來たのにいきなりラウンジ嬢口説き始める部下ヤバいだろ。しかもさりげなく名刺まで渡してくるし。おまけに名刺に書いてあるユニフィアコンサルティングってめちゃめちゃ大企業だし。
「こちらこそよろしくお願いします。じゃあ、今日は加賀谷さんってお呼びしますね。こちらのボトルでお飲みをお作りしてもよろしいですか?」
々と突っ込みたい気持ちを抑えて無難な會話を続ける。テーブルに置かれていた焼酎のボトルを手に取って確認すると、彼はなんだかぼんやりとしていた。
「加賀谷さん?水割りで大丈夫ですか?」
「あ、うん。さっきも言ったけど、ほんとリリちゃん綺麗で見惚れちゃって」
「っ、そう言ってもらえて嬉しいです」
心底しい顔立ちの男に真顔でそんなことを言われて、一瞬息が止まった。どう考えても、私じゃなくて鏡を見た方が綺麗な顔を拝めると思う。どうにか微笑みを取り繕って返事をしたが、顔が熱くて仕方ない。
さりげなく顔を逸らして、ゆっくりと水割りを作り始める。それでも彼はしばらくこちらを見つめていたが、榊原さんに話しかけられて私から視線を外したようだ。ありがとうございます、榊原さん。おかげで気楽にお酒を作れそうです。
加賀谷さんはあんなことを言っていたが、私の容姿はごくごく普通だ。というより地味だ。顔立ちは整っているはずなのにインパクトに欠けるというか、印象に殘りにくい。そんな顔つきをしているとよく言われる。
薄暗い照明の店でも映えるメイクを詩織に教えてもらって、麗しいお姉さま方の表を真似ているので普段よりは格段に派手だろうが、それでもこの店の中では決して目立つ方ではない。詩織に言われて営業前の店へ面接に來た時は、お姉さま方があまりにも人揃いで正直自分がかるとは思えなかった。面接を擔當してくれた魔、もとい七瀬ママが嫣然とした笑みを湛えながら「採用!」と言ってくれた時には目と耳を疑った。
そんなことを思い出しながら無事お酒を作り終えた。グラスをそっと加賀谷さんに手渡す。取引先との會話が弾んでいるようで、微笑みを浮かべてグラスをけ取った彼はすぐに話に戻っていった。どうやら金融業界の今後の向について語っているらしい。大學生の私ではとても會話に混ざれなさそうな難しい話をしている。
榊原さんの橫に座っている七瀬ママはかなりの遣り手で、こういう話題にも造詣が深い。この店も彼が長年経営しているらしいし、世の中には凄い人がいるものだと驚いた。取引先の2人の隣に座っている理さんと絵梨花えりかさんも実は大學院生だそうで、専門分野についてお客様と白熱した議論をすることがあるという。さすが會員制高級ラウンジだ。
ちなみに私と詩織は同じ大學の法學部に通っている。詩織はあんなじだが相當頭がキレる方で弁護士を目指しているらしい。私も法學部にった當初は弁護士の道を考えていたが、學力も熱意も足りなくて早々に諦めてしまった。なので、大學卒業後は一般企業への就職を考えている。
結局この日、加賀谷さんたちは私たちそっちのけで熱い議論を繰り広げ、あっという間に閉店時間になってしまった。榊原さんが會計をしている間に、各々帰りの支度をする。私も席を立って加賀谷さんのジャケットを著せてあげた。座っている時は分からなかったが、彼はかなりの長で185㎝近くありそうだ。私もにしては背が高い方だが、ヒールを履いている私よりも遙かに背が高い。
「わ、ありがとう」
「いえ、お気になさらず」
「今日はごめんね。思った以上に仕事の話で盛り上がっちゃって」
心底殘念そうな笑みを浮かべる加賀谷さんが可笑しくて、私はうっかり素で笑ってしまった。
「ふふ、そんな顔しないでください。また機會があれば是非遊びにいらしてくださいね」
「うん、また近いうちに遊びに來るね。その時はたくさん話そう」
お酒を飲んでいたせいか、頬をし染めて目を輝かせる加賀谷さんは妙にかわいい。最初こそ度肝を抜かれたが、なんだかんだ良い人な気がする。嬉しそうな彼の顔を見ていると、私もまたこの人に會いたいなと柄にもなく思ってしまったのだった。
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