《香滴る外資系エリートに甘く溶かされて》ex 1-2. 期間限定の社
「しんどい…しんどすぎる………」
會議室のリクライニングチェアに重を預け、何もない天井を見上げる。今すぐ家に帰って寢たい。でも、まだ仕事が殘っている。重たい左手を持ち上げて、きらりと輝く明な寶石を見つめる。
『本當はもっとちゃんとした場所で渡すつもりだったんだけど……け取ってもらえる?』
今朝、ベッドの上で春都に婚約指を渡されて吃驚した。昨日の夕方、休日だというのに春都が私を置いて1人で出掛けて行ったので不思議には思っていたが、まさかこれをけ取りに行っていたとは。先月、私が彼に想いを伝えたあの日からこっそりと準備してくれていたらしい。會社で再會したあの時にプロポーズされてはいるが、然るべきところで改めて伝えてくれるそうなので今朝は指だけけ取った。
私の手を恭しく取って、そっとこの指を嵌めてくれた彼を生涯忘れることはないだろう。
こうして早々と私に指を渡してくれた思としては、周囲への牽制らしい。ノアの件があったとはいえ、心配な彼に苦笑してしまった。今までの人生で彼以外の人に惹かれたことがないというのにおかしな話だ。
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もっとも、周囲は過敏に反応した。そもそも、金曜の時點で春都とノアが會社のエントランスで口論していたことが話題になっていた。その上、そのことをきっかけに春都は私との関係をオープンにしたのだ。私の頬にキスをして、腰を抱きながら會社を去っていった春都の話に陣が食いつかないはずもなく————今日の私は見世狀態だ。朝からひっきりなしに聲を掛けられ、見知らぬ社員にまでちらちらと観察されている。
婚約指を渡されて浮かれていたとはいえ、あまりにもんな人に話しかけられて次第に私の気力は削がれていった。幸せいっぱいなはずなのにげっそりとした顔になっていく私を見かねて、三木課長が「空いてる會議室、予約して使っちゃいなよ。誰かになんか言われたら僕と打ち合わせがあるって言い訳していいから」と心配そうな顔で提案してくれた。今度、課長に何かお禮の品を獻上しようと心に誓った。そんな訳で、今は4人用の小さな會議スペースに1人で籠っている。
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指の輝きに元気を取り戻した私は再びPCに向かうことにした。人の噂は何とやらとも言うし、何より春都の案件も殘すところ1ヵ月半だ。好奇の眼差しもそのうち落ち著くだろう。明日の打ち合わせ用の資料を作ろうと関連資料に目を通し始めた時、テーブルの上に乗せていたプライベートのスマホが小さく震えた。
「何だろう……って、詩織!?」
久しぶりの詩織からの連絡に思わずスマホを手に取った。司法試験に合格したという連絡を昨年の夏の終わりにもらって以來なのでほぼ1年ぶりだ。相変わらずハイテンションな文面に思わず笑みを浮かべてしまう。地方で司法修習中の彼だが、用事があって今週末はこちらに戻ってくるらしい。だから、予定が合うなら金曜飲みに行こうというおいのメッセージだった。もちろん、私も會いたいという旨の返信をした。
「春都の今週末の予定はどうなんだろう。帰ったら聞いておかなきゃ」
すっかり半同棲狀態で、私は平日でも彼の部屋にり浸っている。それでも、お互いそこそこ忙しいので……というか、春都の業務量が異常なので平日に2人でゆっくり過ごすことはほとんどない。だからこそ、週末は2人きりでのんびり過ごすようにしていた。こうして私が休みの日に友達を會う予定をれるのは、付き合い始めてから初めてな気がする。
そんなことを考えていると、コンコンと誰かが會議室の扉を叩いた。磨りガラス越しに見えるシルエットからして、長の男のようだ。もしやと思っていると予想通りの人が現れた。
「來ちゃった。玲奈、お疲れ様」
「春都!?私がここにいるってよく分かったね」
「ふふ、さっきの會議で一緒だった三木課長にこっそり教えてもらったんだ。逢坂さん、相當お疲れだからって心配してたよ」
明日にでも課長に何か差しれよう。し疲れた顔をした春都が隣の椅子に座った。さりげなく左手を取られて、薬指をでられる。
「ちゃんと著けてくれてて嬉しいよ。部下たちから聞いたけど、俺たちが婚約してるってしっかり噂になってるらしいね」
「ほんとに…もう疲れちゃって………春都は大丈夫だった?」
「いや、もう大変」
春都は大袈裟に肩を竦めて、やれやれといった様に首を振る。うちの社員たちはもちろんだが、今回ばかりはUNIの部下や上司も相當驚いていたらしい。前々から思っていた通り、クライアント先のが相手ということで上司たちからは相當詰められたんだとか。
「え…それって大丈夫だったの……?」
「大丈夫、大丈夫。俺の同期の佐倉と橘って覚えてる?あいつらと榊原さんに良いじに証言してもらったから」
「同期の2人はともかく榊原さんにまで!?っていうか、それ私のバイトの話もしちゃったってこと!?」
「いや、簡単に事を説明して表向きは昔付き合ってた彼ってことにしてもらった。榊原さんには散々揶揄われたけど、あの時から俺が真剣だったのは良く知ってたからね。あっさり協力してくれたよ」
うわぁ、何とも言えない気持ちだ。あの3人に私の素がバレたのかと思うとなんだか恥ずかしい。まぁ、春都の立場を守るためだと思えばやむを得ないが。
「特に佐倉と橘にはね……々世話になったから。玲奈さえ良ければだけど、今度改めて紹介してもいいかな?」
「もちろん。ちょっと気恥ずかしいけどね。そういえば、私の同期も春都と話してみたいって言ってた。今度ランチでも一緒に行けたりしないかな?」
「うん、いつでもいいよ。今週來週は仕事も落ち著いて……いや、ダメかも。スケジュール確認するね」
春都はスマホを取り出して、早速スケジュールを確認し始めた。つい最近知ったのだが、コンサルタントというのはいくつかの案件を同時並行で進めることが多いんだとか。今はうちの案件がメインらしいが、他にも別の案件をこなしていたり、次の案件獲得に向けた提案活をしていたりするそうで春都は常に多忙だ。
ついでに詩織と會うことになった話もしておいた。今週の金曜は割と早く仕事が終わりそうだと言うので春都もってみたところ、快諾された。詩織には彼氏ができたという話をまだしていない……というか、あの加賀谷さんと再會して婚約したという話をまだしていないので金曜に直接伝えようと思っている。彼のリアクションが楽しみだ。
気がつけば結構時間が経っていた。珍しく時間に余裕があるようで、相変わらず春都は隣でのんびりしている。さりげなくPCを開いて、資料作を再開しながら雑談していると「ねぇ、玲奈の資料見てみたい」と彼が畫面を覗き込んできた。社外の容は含まれていない資料なので、そのまま作業を続けていると「んー、良い資料だけどここは変えた方がいいかもね」とアドバイスされる。せっかくなので、そのままPCを渡して他の部分も確認してもらったのだが……。
「ここの図表は変えた方がいいね。このスライドで伝えたい容と合ってないから誤解を招きそう」
「はい」
「あと、このスライドはちょっとメッセージが分かりにくいかな。後、容も薄い。俺だったら次のスライドとまとめて————」
「はい」
「この資料についてはこのままでいいと思うんだけど、玲奈の作る資料は全的に————後、コンサル的な資料作の作法としては————ああ、せっかくだからちょっと手直ししてみるね」
すっかり仕事モードになってしまった春都に資料作の何たるかを伝授されてしまった。一応、私も社ではそこそこ資料作が得意な部類なのだが、まだまだだったらしい。UNIでマネージャーを務めているだけあって、春都の指摘は全て的をていてぐうの音もでない。凄く勉強になった……が、つい數時間前に結婚指を渡してくれた相手との會話とは思えない。実に気のないやり取りだ。
でも、真剣な表で私の資料を手直ししてくれている彼の橫顔にキュンとしてしまって。私は本當に春都のことが好きなんだなと彼の解説を聞きながらしみじみ思った。
………ちなみに翌日、三木課長にお禮のワインをプレゼントしに行ったら「わぁ、わざわざありがとう。ところで今日の會議資料、凄かったね。もしかしてだけどあれって……ああ、うん。お幸せにね」と微笑を浮かべられてしまった。
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