おそらく最初に異変に気付いたのはジールさんでも、司でも京介でもなく俺だったように思う。

後から知ったが、それは一定のラインまで長した風魔法師が無意識にじ取ることができるものらしく、通稱『風読み』と呼ばれるものらしい。

直や嫌な予と呼ばれる、自分の生死がかかっているような要因が近くにある場合なんとなくわかるというものだ。

「この森、何かおかしくないですか？」

と、そう言おうと思ったちょうどそのときだった。

この森にったときからじていた違和についてジールさんに相談しようと思っていた。

他のみんなはその違和をじていないようだったし、だけど勘違いや気のせいと判斷するには不穏すぎたから、とりあえずジールさんに相談して判斷しようと思っていたのだ。

ジールさん同じ班になり、これ幸いとばかりにそのことについて切り出そうとした。

遅すぎたみたいだったけど。

「七瀬君、警戒してください。し距離はありますが、今私たちは囲まれています」

本當に食料を探しているような、ごく自然な作であたりを見渡したジールさんが小聲で俺に言う。

敵に囲まれているという言葉に俺は自分のが強張るのをじた。

職業が風魔法師である俺はもちろん後衛であり、人間の中の敵であれ、魔であれ、真正面からぶつかったことなどない。

男として、全線で戦うことに憧れたことがなかったわけではないが、俺がしていたことはせいぜい司や京介の後ろで遠距離魔法を放っていたくらいだ。

そして、今まで戦った魔の中に勇者と侍の攻撃をかいくぐって後衛がピンチに陥るほどの強敵はいなかった。

だからこそ、前衛の近接戦闘職とは違って、俺は殺意というものをけ止め慣れていなかった。

「ヒッ！？」

どこから攻撃が來るのかとびくびくしていれば、肩にれた手にが數センチ浮く。

その手をたどると、滅多に見ないくらい険しい顔をしたジールさんがいた。

俺の肩をつかんだ手にグッと力がる。

「落ち著いて。死にたくないのなら、生き殘るためのことを考え、生き殘るために何でも使うような覚悟をしなさい」

ジールさんは険しい顔をしたまま俺の前に出て自分の剣を抜き、構える。

その背中は俺が思っていたよりもずっと広かった。

「君が生き殘るために、俺を使え！」

その言葉を聞いて、ようやく手に力がった。

今までのような、どこか距離をじる敬語ではなく、しばかり雑な、ジールさん本來の言葉が俺のに屆く。

俺は晶のように一人でいても強いわけではない。

俺は司のようにみんなを引っ張っていけるようなカリスマがあるわけではない。

俺は京介のように得意な何かがあるわけでもない。

料理が得意なわけでもなく、どんな時でも場を盛り上げるということもできず、誰も癒すことなんてできない。

俺には特別なものは何もない。

だけど、俺だって生きたい。

死にたくない。

……俺だって、家に帰りたい。

親に怒られながら朝起きて、慌てて學校に行って、友達と一緒に馬鹿なことをして、勉強をして、ご飯を食べて、そんな普通の生活が送りたいだけなんだ。

だからそうするために、その生活を摑み取るために、俺は戦わなければならない。

自に向けられた殺気のせいか、先ほどまで冷え切っていた手が熱を持って溫かくなる。

おそらく晶がこの世界にきて初日にしたこと、俺はようやくこの世界を戦い抜く覚悟を決めた。

周りの意見に流されるのではなく、自分の意志でそう思った。

「はい！！俺が死なないために行します！ですから、何をすればいいのか教えてください！俺はどうすれば生き殘ることができますか？」

ぐっと顔を上げ、魔法発を補助する杖を握り、俺はジールさんの瞳を見る。

ジールさんは突然変わった俺の顔に目を見開き、そして嬉しそうに微笑んだ。

「よい覚悟です。では、早速ですが……」

ジールさんが俺の耳元でささやいた言葉にすぐに頷く。

今まで挑戦したことがないことだったが、風魔法師としての今までの経験則から、魔法を発するにあたって強いは時として力となることはわかっている。

今までのただ流されている俺ではなく、士気が上がった今の俺ならば確実に実行できるだろう。

「では、準備はいいですか？」

「はい、萬端です」

敵を迎え撃つ準備は整った。

準備をするのに結構時間が経った気がするのだが、敵はまだ來ないらしい。

俺がじた殺気は怯えていたからだとしても、ジールさんの索敵範囲は広すぎやしないだろうか。

いや、一國の騎士団副団長を務めるにはこのくらいの力量が必要なのだろうか。

俺の予想ではだが、おおよそ勇者である司の二倍、近距離戦闘職の京介の五倍ほどの範囲だとじた。

それとも、騎士という職業は索敵範囲が広いのだろうか？

覚悟を決めてからというもの、今まで一切気になっていなかったことに疑問をじて、本當に俺は、俺たちはこの世界のことをなんにも知らないのだなと実し、苦笑した。

およそ一分後、では一時間ほどの後に、それはやってきた。

視界いっぱいを覆うような茶と緑の魔が俺たちを囲って、そして一歩一歩範囲を狹めている。

「木！？」

「正確には木の魔“トレント”と呼ばれる魔です。普段は木に扮していますが、危機が迫る、または繁期の時期になると活発に活します」

今回はちょうど繁期の時期に出會ってしまったようですね。

敵の全貌が見えて揺する俺にそう言って、ジールさんはかけた罠にかかるトレントたちを見つめた。

魔にも他の生のように繁期なんてあるのかと驚く。

どうやら魔は思っていたよりも生に近いものらしい。

俺とジールさんが作った罠は、罠と言っても、ただの落としだ。

風魔法で地面に人男がるくらいの大きなを、俺とジールさんが今立っている場所をを中心にしてあちこちに仕掛けただけ。

を隠すような仕掛けも、の中に蟲をれるなどという仕掛けもなしで、落としというか、ただのだ。

人間であれば、知能が高い生であれば、真っすぐ突き進んでくることなく避けるか飛び越えるかするような、ただのだった。

それが、地面に無數にできたにまるで吸い込まれるようにしてトレントたちははまっていく。

どうやら“トレント”という魔は知能がそれほど高くはないらしい。

やはり、事前の知識というものは偉大だ。

レイティス城で、王様に命じられるままレイティス城の蔵書室には立ちらなかったが、今はそれが悔やまれた。

おそらく蔵書室の中には魔についての書もあったのだろう。

「先ほど言った通り、トレントの知能は高くはありませんが最低でもありません。警戒は怠らないように。背後も私が警戒しますが、気を配っておいてください」

ジールさんの言葉に再び気合をれる。

「先ほど教えた補助魔法は覚えていますね？」

ジールさんの最後の確認に俺は頷く。

「よろしい。では、今度は実戦です。私が今まで君たちのパーティを見ていた限り、君が一番周りのことが見えている。……頼みましたよ」

ジールさんの激勵に俺は再び頷いて、杖を構えた。

「この者に竜をも倒す力を、強大な敵を倒す力を。我が魔力が盡きるその時まで、我が力はあなたの力となる――『風補助魔法：加速』」

緑に一瞬輝いたジールさんを見て一息つき、再び魔力を高める。

「この者にいかなる攻撃をも通さぬ障壁を。我が魔力が盡きぬその時まで、我が力はあなたの力となる――『風補助魔法：障壁』！」

ジールさんに二つの補助魔法をかけて、俺はようやく肩の力を抜いた。

ジールさんは問題なく二つの補助魔法がかかったのを確認して、俺の頭をなでる。

「よくやりました。後は私に任せてゆっくりしていなさい」

落ち著かせるような、魔に囲まれているにも関わらず落ち著いた聲に、俺は自分の気が緩むのを実した。

度重なる魔法の行使にストレスが溜まっていたのか、ジールさんの言葉が遠のいて聞こえる。

俺はそのまま意識を失った。