《顔の僕は異世界でがんばる》#1歪なつながり 2
「う……ん?」
気が付くと、僕は雑草の中に寢そべっていた。
青臭さが鼻を衝き、葉に溜まった水滴が頬を濡らす。
不快に顔をしかめてを起こし、周囲を見渡すと、すぐ後ろが鬱蒼とした森であり、目の前には窟があるということがわかった。
「……僕は、死んだんじゃ……」
思わずつぶやいて、全をまさぐった。
痛いところもなければ、痣一つない。あれだけ派手に吐したというのに、制服は新品そのものだった。手足は自由にくしをったもある。
生きている。
あれは夢だったのか?
いやいや、夢と言うならこれが夢だろう。あれのほうがよっぽどリアリティがある。
いつか殺されるとか思ってたし、痛かったし。
とりあえず頬をつねってみた。
「……痛い」
夢じゃないのか? 明晰夢とかか? でもいくら何でもリアルすぎる。
夢じゃないとして、だとしたらここはどこなんだ?
――がさがさっと、草をかき分ける音がした。
反的に振り返る。
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なんだ、あれっ!?
そこにいたのは巨大な二足歩行の豚だった。
しかしのは気の悪い緑で、象徴的な豚鼻が無ければそうとは判斷できなかっただろう。
手に木でできた棒を持ち、ふがふがと荒い鼻息を立てている姿は、どこか見覚えのあるものだ。
「……まさか、オーク?」
「ぶぉおおおっ!!」
僕の疑問に答えるかのように、オークは雄びを上げてこちらへ迫ってきた。
やばい、逃げないと!
頭の中で思う前に、はいていた。
直後、撃音のような音を立てて棒が地面にたたきつけられた。
數瞬前まで僕がいた場所だった。
「うそ、だろ……?」
たった一振りで小さなクレーターができていた。
とんでもない破壊力だ。
鮫島のパンチとは、それこそ次元が違う。一撃で死んでしまうだろう。
オークがこちらをにらんできた。
やばい。これは本格的にやばい。
わかってはいるが、がかない。いつもそうだ。怖いとが石のようにかなくなる。
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「ぶぉっぶぉ……」
近づいてくる。
だめだ、逃げ切れない。
振り上げられる棒を見て、僕は來る衝撃に備え、せめてもと両腕で頭を抱えた。
その時、
「オークだっ!!」
「この豚がぁっ!!」
「やっちまえっ!!」
大勢の男の聲が響いた。
金屬音と、何かを毆打する音が飛びい、オークの聲と男たちの威勢のいい聲がぶつかり合う。
戦っているのか?
顔を上げると、斧を持った男の一撃がオークのを切り裂くのが目にってきた。
鮮が飛び散り、オークが崩れ落ちていく。
「ぶぉおおおっ……」
最後に弱弱しく斷末魔を上げ、オークは死んだようだった。
それに続くようにして、男たちの歓聲が沸き起こる。
「さっすがお頭!!」
「たかがオークごときで騒いでんじゃねえ!」
そう言う髭面の巨漢は、まんざらでもなさそうに笑っている。
普通ならここで『命を救ってくださりありがとうございました』と言うんだろう。
だが、僕はそんな愚行犯さない。
こいつらは危険だと、長年いじめられることで培われた危機察知センサーが告げている。
こいつらはあいつらと同じ、いや、もっと危険だ。
すぐに、今すぐに逃げなければ!!
僕は逃げ出したが、すぐに回り込まれてしまった。
「おいおい、お禮も無しにどこへ行く気だ?」
下っ端らしき痩せた男が、にやにやしながら見下ろしてくる。おいしそうなご馳走を前にした犬のように、今にもよだれを流さんばかりだ。
「あ、うぁ……」
僕の口からは言葉にならない音がれ出る。
「お頭、こいつどうします?」
「ふん、ずいぶんな優男じゃねえか。こりゃ高値で売れるぜ」
「売る!? ちょっ……」
背後から近づいてきた信じられない言葉に思わず反論しようとした瞬間、後頭部に衝撃が走り、僕は意識を失った。
気が付くと、僕は薄暗い牢獄にいた。
何の薬か知らないが、覚醒してはそれを飲まされて気絶させられていたから、ここに至るまでのことはほとんど覚えていない。
けれどとにかく、あばた面の太った中年に買い取られてここにいるということ、そしてそいつが、信じがたいことに奴隷商だったということは覚えている。
で、服をこの茶いただの布に変えられて、ここにぶち込まれた。
って、何を冷靜に!? 奴隷!?
何か聲をあげて、勢いよく跳ね起きた。
「うるせえぞ新り!!」
「イタッ!!」
背後からすごく低い怒鳴り聲が浴びせられ、僕の頭には拳が振り落とされた。
振り返るとそこには數人の男がいた。
みんなにやにやと、すごく意地の悪い笑みを浮かべている。
――いじめられる。
好度なセンサーが、即座に告げてくる。
こいつらはいじめる側、捕食者だ。
えた獣のように、自分より弱く、鬱憤を晴らすのにちょうどいい存在を求めている。
男の中でひときわ大きく、ガタイのいいやつが顔を近づけてきて、笑った。
こいつが猿山のボスだな、なんて現実逃避をしてしまうほど、怖い笑みだ。
「通過儀禮だ」
「ぐぅっ!!」
腹にめり込んだのは、城島のものとは比べにならない、強力な拳だった。
が一瞬宙に浮き、僕はたまらず腹を抱えて、ごつごつした地面の上を転げまわる。
「一発で落ちてんじゃねえぞっ!!」
「ぐっ!!」
「おら立てよっ!!」
「ぎゃっ!!」
一発一発が、まるで同じ人間とは思えない力で、瞬く間に意識が薄れていくのをじる。
また、死んじゃう。
強く頭に浮かんだのはそんな言葉だった。
その時、唐突に攻撃が止んだ。
後ろ髪をひかれ、顔を引き上げられる。
「うぅ……ぅ……」
「ここでは階級制が絶対だ、文句があるなら言ってみろ」
猿山のボスがガンをつけながら脅迫してくる。
その目は『言ったらお前死ぬよ?』と言外に伝えてきていた。
なら聞くんじゃねえよ。
なんて思ったが、そんなこと言えるはずもない。
僕はただ、弱弱しく、小刻みに首を縦に振るしかなかった。
「いいだろう」
「ぐっ!?」
ボスは僕の髪のを離すと、一番ぼろい服を著た、いかにも序列が低そうな青年の方を向いた。
「おいっ!! その服いでこいつに渡せ!!」
「へ、へいっ!!」
ボスの言葉に過剰なほど反応して、弾かれたようにあせあせと服をぎ始める。
「てめえもだよっ!!」
「ぐぅっ!?」
それを見ていたら、なぜか軽く蹴飛ばされた。
慌てて服をぐ。はやくしないと、また毆られる。できる限り急ごうとするのに、手がうまくいてくれない。それでもなんとか毆られる前にぎきると、それをボスが取り上げた。
「ふん、ちょっと小せぇがいいだろう」
そう言って、ボスは先ほど青年がいだいかにも汚そうなシミだらけの割烹著をこちらに投げる。手に取ると、ツンとした刺激臭が鼻を突き、思わずむせてしまった。
「さっさと著ろっ!!」
「ぐっ!!」
毆られて、僕は急いで、ボロを頭の上から被った。
蟲食いだらけのボロを被ると、僕は引きずられ、壁を隔てて反対側にある水場に連れてこられた。さっきのダメージのせいで、ろくに歩けもしなかったのだ。
井戸、だろうか。
たぶんここで水浴びするのだろう。
すぐ近くにはトイレもあり、とんでもない異臭を放っている。
「座れ」
「はぃ」
おとなしく指示に従う。
もちろん正座だ。この狀況であぐらとかかけるやつはこの世に存在しない。
ボスは、改めて僕の方へ顔を寄せてきた。
口臭が目に沁みるほど臭い。
「そこがお前の居場所だ。一ミリでもいたらどうなるか、わかってるな?」
「は……ぃ……」
聲が出ないほど怖い。
それでもかろうじて返事をすると、ボスは僕から離れ、柄杓を使って水をかけてきた。
「冷たっ!!」
そして何も言わず、去って行った。
いったいどれくらいの時間が経っただろう。
獄は不思議な橙の明かりで包まれているので、晝夜の區別すらつかない。
あれから定期的にれ替わり男がやってきて、水をかけて暴力振るっては出ていった。
今まで最低序列だったであろう青年は、とくに暴力がひどかった。まるでこれまでの鬱憤を晴らすがごとくだ。
でも、そんなことは問題じゃなかった。
寒い。
そう、寒いのだ。最初は意味の分からなかった水かけが、ここへきて猛威を振るいつつある。
これは江戸時代によくあったって聞く、獄でのいじめだ。なんかの漫畫で読んだことがある。
けどこれは、いじめのレベルを超えている。寢れば死ぬだろうということが、なんとなくわかった。
「くそ……」
ぽつりとこぼす。
ここは、異世界だ。
そんな妄言めいた非現実的なことを、何をトチ狂ったのか、僕は確信している。
オーク、盜賊、そして奴隷……そういうのが存在する世界に來てしまったんだ。
原因は分からないし、拠もない。
でもとにかく、ここは異世界で、僕は小説の主人公のように移したんだ。
それなのに、
「なんで……」
思わず聲がれた。
それなのになんで、僕はまたいじめられているのだろうか。
一度死んだというのに、これじゃあの世界にいたころと何にも変わらないじゃないか。
普通ならここから大冒険があってしかるべき狀況なのに、そんな気配は微塵もない。
「……っ」
あぁ、これはまずい。
こみ上げてきたものによって、鼻の奧がツンと刺激され、涙がこぼれそうになった。決壊すれば、泣きわめいてしまうだろう。そしたら、暴力を振るわれる。また、死ぬかもしれない。
でも……もう……。
――カタ。
かすかな足音に、僕は我に返った。
また水かけか。せめて暴力がなければいいな。
気力を振り絞り、わざと軽く考えることでなんとか決壊を防ぎ、顔を上げた。
浮かび上がるようにしてそこにいたのは、幽霊だった。
「……え?」
ゆらゆらとはかなげに揺れ、こちらへゆっくりと近づいてくる。
手れのされていないバサバサの髪のは、しかしきれいな銀の沢を失っていない。
顔を伏せていているため、妖怪のように垂れ下がっている。
手足はけるように青白く、しさを通り越して不気味だ。そして病的に細い。
背は低くないが、それが異常な細さを際立たせている。
幻影と見間違うほどに希薄だ。
存在や生気がほとんどじられない。
「……こほっ」
咳?
一瞬頭が真っ白になって、たぶん數秒間、下手したらそれ以上に凝視した挙句、我に返る。
今この子、咳をした。
それによく見れば足があるし、かすかにだけど生気もじられる。
幽霊じゃなくて、幽霊のようなだ。
こんな子いたのか。自分のことにいっぱいで、気づかなかった。
近づいてくる。
そして目の前まできて――
「え?」
何が起きたのだろう?
本當に不意を突かれると何も考えられないんだ。なんて心して、次の瞬間狀況を理解する。
僕はに抱かれている。
ほとんど質量をじない。
空なんじゃないかと錯覚するほどに軽く、そして頼りないだった。
薄いボロ布越しだからか、著しているからか、そのつきやラインがしっかりと伝わってきた。
しかし、的なものは一切じられない。
溫かさも、かすかだ。
この子のは、ほとんど骨と皮だけだった。
「……こほっ。ごめ、んなさい……」
「え?」
蚊の鳴くような聲だった。
かすれていてしかも細く、耳元で言われないと聞き取れなかっただろう。
「……わたし……臭いし、醜いし、いから……こほっ。これが、一杯……なんです」
言われて気づいた。
確かに臭い。
トイレの臭いとは別の、何か腐ったような匂いだ。この子は病気なんだろうな。
「……こほっ……すみ、ません……でも、溫まるまで、我慢して、ください……こほっ……」
「いやっ、我慢とか……」
不意に、目頭が熱くなった。
「……っ?」
奧底のこわばりが、ゆるやかに溶けていくのをじる。熱い何かが込み上げてくるのを抑えられない。
なんだ、これ?
意味がわからない。
理的な疑問はしかし、の波には逆らえなかった。
気が付くと、涙が頬を伝っていた。それは先ほどまでの激しいものではなく、優しい涙にじた。
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