顔の僕は異世界でがんばる》#1歪なつながり 7

やわらかいシーツの中にいた。太の臭いが、やけに懐かしく思えて――

あれ、シーツ? もしかしてここは日本!?

がばあっと音を立てて僕は起き上がった。

「おっ!」

隣で、元気の良さそうなはつらつとした聲がして橫を向くと、

「起きたね、しょーねん」

――赤髪のの顔が、ドアップで目にってきた。

ち、近い。ていうか誰? うわーまつげ長いなー、というかきれいな顔してるなーでもなんか強そうだなーって、

「うわぁあああっ!!」

「お?」

パニックになって顔を背け、思わずそのの人を手で押しのけてしまった。

むにゅん。そんな効果音が聞こえてきそうなほどやわっこいが、両の手のひらから伝わってくる。溫かい……? 惰で思わず握ってしまう。指が沈み込んだところで、やさしい抵抗をじた。

えっ、これなに? もしかしてこれは……。

恐る恐る、それを見た。僕の両手の指は、やわらかな球の中に埋まっている。それは白くて薄いタンクトップに包まれているだけの、それはそれは立派なでした。

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「うわああああっ!!」

「おぉっ!?」

再び絶して、あわてて手を離した。

「ごごごごめんなさいっ!! わざとじゃないんですっ!!」

いやこれホント。ラッキーとか確かめてやるぜぐへへとか、そんな気持ち一切わかなかったからマジで。こんなのラブコメだけかと思ってたけど、いざ起きるとほんとに頭真っ白になっちゃうからうれしくないものなんだなーうそですうれしかったです。

頭の中は高速で回転していた。言い訳ならすぐに思いつくのがいじめられっ子の特技です。いや、僕だけか?

「あっはっはっは! 元気になったみたいだね。三日も寢たきりだったからお姉さんどうしようかと思ったよー、いや、よかったよかった」

「え?」

ボブカットをさらに短くしたようなショート赤髪のは快活に笑って、前傾姿勢から直立に戻った。結構背が高いから高低差が激しく、おっぱいがぶるんぶるん揺れて、思わず目が引き寄せられそうになる。いや、そんな興味ないからホント。

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を寄せるように両手で抱え、ちょっと前傾し、うようにウィンクしてきた。

「んー? これが気になるのかい年?」

「ぶっ!! き、きき気になりませんよそんなものっ!!」

どうやら手遅れだったらしい。

は今にもこぼれ落ちそうなから手を離し(またぶるんと揺れる)、むき出しになっている腰のくびれに手を當てて、引き締まったおなかを突き出すように仰け反って笑い聲をあげた。

「あははははっ!! いやもーホントかわいいなー君」

もっとも言われたくない言葉第一位だよそれ。

「……あなた誰なんですか」

「あはは、ごめんごめん、怒らないでよ。私はリュカ。冒険者だよ、よろしく」

僕が不機嫌を隠さずに言うと、リュカさんは目じりを左手で拭いながら、右手を差し出してきた。

「煌です。こちらこそよろしく」

握り返すと、その手からは細いのに力強さをじた。

「でさ、オーワ君のこと詳しく聞かせてくれる? なんでゲイル――盜賊たちとどんぱちやってたのかとかさ」

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「あぁっ!!」

「うわっ!」

そうだ、なんで僕はこんなところに?

「ヨナは!? 盜賊はどうなったんです!? なんで僕はここに!?」

「お、落ち著いて落ち著いて」

「ヨナは……」

「銀髪の子なら隣の部屋で寢てるよ。私の知り合いが看てる。治癒魔法使えるから安心しな」

寢てる……治癒魔法……よかった、生きてるみたいだ。

「よかった……」

「でも、応急処置だから油斷はできないよ。あれは相當強力な呪いだから、解除には相応の魔法が使えないと……」

一転して、リュカさんは深刻な表になる。ショートヘアーに包まれたしい顔に、刃のような鋭さが仄見えた。

「えっ!? じゃあヨナはまだ……」

「あ、でも命に別狀はないみたいだから大丈夫! なんかいろいろな合併癥が起きてたみたいだけど、それは治ったから。呪いも、強力とはいえ、直接死に繋がるようなものじゃないらしいし」

そうか……あれは呪いとは別の病気だったのか。まぁとりあえずはよかった。

ほっとして、あははと気を遣うように笑うリュカさんを見る。

白のタンクトップに、ぴちぴちのデニムホットパンツ。ちっちゃすぎて、いろいろヤバいことになってる。しかも薄いしへそ丸出しだしちょっといただけで見えそうだし……ってそうじゃない。

どうやら、この人が助けてくれたようだ。僕たちをここまで運んでくれて、しかもヨナの病気を治してくれてその上看病まで……。

正座した。

「リュカさん、いろいろよくしてくださり、ありがとうございました」

そして頭を下げた。今までなんどもやってきた土下座だけど、こんなふうに心を込めたのは初めてだった。

「いやいやいいよそんなの、頭上げな?」

慌てたように言ってくる。でも、まだ頭は上げられない。

「申し訳ないんですが、僕は文無しです。だから今は返せませんが、このご恩はいつか必ずお返しします」

「あぁ、そのことなんだけど、オーワ君は文無しじゃないよ?」

「え?」

言われたことがよくわからなくて、思わず顔を上げた。リュカさんは巾著袋を取り出して、僕の前に置いた。

「実はさ、お姉さんたち盜賊団の討伐を依頼されてたんだ。まぁゲイルは逃がしちゃったけど、君がほとんど壊滅させてくれたからね。んで、これがその報酬の分け前ってわけ」

「報酬……」

袋を開けると、中には一摑み程度の銀貨と銅貨がっていた。

「占めて六千八百G! これで君もちょっとした小金モチだ!」

「で、でも僕がけた依頼じゃ……それに僕たちのせいでゲイルを逃がしちゃったんでしょう?」

親指立てて弾むように言ってくるリュカさんはし役者じみていて、軽く遠慮してしまう。

「いいんだよ。君のおかげでサクサク依頼が済んだし、どうせゲイルはもうおしまいだろうしね」

なんでもないというふうに手を振って、言葉を放ってくる。

「じゃあ、お禮は……」

「いいよ、そんなの」

「でもっ……」

「それよりもあの子の呪いを解く方が先だろう?」

いいように話題を逸らされたとわかったけど、その言葉には食いつかずにいられなかった。

「解けるんですか?」

「もちろん。この町に教會があるだろう?」

「すみません、この町初めてなもので」

正直、ここが町の中だということも初めて知った。

リュカさんはちょっと驚いたふうに、赤い瞳の目をさらに大きく開く。

「あぁそうなの? まいいや、この町には教會があるんだけどさ、そこの神父さんは高レベルの魔法を使えるらしいんだ」

「じゃあっ今すぐにでも」

「でもお金がかかるんだよ。すっごく」

「え?」

教會なのに? 迷える子羊からお金をせびろうってか?

「それは、どれくらい……?」

「たぶんあのレベルの呪いだと、十萬Gはくだらないと思う」

しためらって、真面目な口調でリュカさんは宣告してきた。

十萬。多いのだろうけど、それがどの程度多いのかいまいちわからない。

「十萬……て、どれくらいですか?」

「へ? まさか君、お金のこともわからないの?」

「……はい。正直なところ、たぶんなにもわからないです」

隠しても無駄だろうし、この人には打ち明けても大丈夫だろうと、正直に言った。

すると何を思ったかリュカさんは顎に手を當て、なにか考えた後に悲しそうな顔をする。

「そうか……その服、まさかとは思ったけど……」

言いながら前傾姿勢になり、僕の頭に手をばしてきた。

何をするつもりだ? と構えていたら頭を引っ張られて、

「え?」

気が付いたら、に顔をうずめていた。いや、頭を抱かれているのか?

なんか不思議なだ。やわらかいんだけど不思議な弾力があって、いい匂いがして、溫かくて……。じゃなくて、え? どういうことこれ?

「あの……」

「大変だったろう……よく、逃げてこれた……」

聲が震えていた。

泣いている? なんで?

「どうして……」

「……」

片手が外れた。涙をぬぐっているのだろうか。

なぜ? あまりにもな服を著ていて、何も知らないから変な勘違いされたのだろうけど、出會ったばかりの人に、そこまで憐れむだろうか? ちょっと大げさじゃないか?

いや、そうでもないのか? よくわからない。

しそのまま抱かれていて、僕の頭は解放された。

「ごめんごめん、今のは忘れて」

さっき起きたことが噓のように、快活に言った。

「はぁ……」

「十萬Gって言ったら、初級の冒険者が必死こいて三か月働けばなんとか稼げるかもってくらいかな?」

骨に話題を逸らされたが、何も言わなかった。れられたくないことにはれるべきじゃない。よほどのことが無い限りは。

それよりも、三か月って。

「そんなに……」

リーマンの初任給がたぶん二十萬ぐらいだから、十萬G=六十萬円弱って考えればいいのか? いや、初級冒険者の基準がわからん。

とにかく、めちゃくちゃ金がかかるということだけは分かった。つーか教會、ふざけんなよマジで。

「まぁそれはおいおい考えよう。それよりも、ヨナちゃんだったっけ、あの子に會いたいだろう? ける?」

「あっはい、平気です」

僕はベッドから這い出し、よろよろと立ち上がった。

隣の部屋も先ほどの部屋と同様に、ベッド以外にほとんどが置いていないような殺風景な部屋だった。けれど窓からってくる西日のせいか、優しい雰囲気がする。

リュカさんの話によると安い宿らしいが、木造の建獨特の臭いと言うか、なんかそういうのが心地よい。

いい宿だ。

ちなみに宿代は払ってくれたらしい。

なんでここまでよくしてくれるのだろうか? 何か裏があるのでは?

そんなことを考えてしまうが、それは命の恩人に対してあまりにも失禮というものだろう。

ベッドには、安らかに寢息を立てるヨナの姿があった。

隣では、いかにも寡黙そうな紺の髪の青年が座って、長大な銀の槍を磨いている。

「やーやー、エーミール。その子の様子はどう?」

リュカさんは男に近づいて、気に小さく聲をかけた。

「……変わりない」

「そっかそっか、それはよかった」

「あぁ」

男は顔を上げ、眉一つかさず答えた。

目つきが鋭くて、なんか怖そうな人だな。なんて思っていたら、男が機械のように無表のままこちらを向いてきた。

「……」

「ど、どうも……」

「……大事、ないか?」

「はい、もう平気みたいです」

「そうか」

「……」

「……」

うぅぅ、息が詰まる……限界だ。

見かねたのか、リュカさんが口出ししてきた。

「あぁ、そっか、言うの忘れてた。オーワ君のも彼が治したんだよ」

「えっそうなんですか?」

「……」

肯定も否定もしてくれない。でも、まぁそうなんだろうな。

「僕の名前は煌です。エーミールさん、助けて下さり、ありがとうございました。おかげさまで、すっかりよくなりました」

「そうか」

想の極地だと思った。でも、不思議と嫌なじはしない。きっと、この人はこれが素なんだろうな、たぶん。

「それで、ヨナは……?」

「……今は、寢ている」

いや、わかるけど。

ごく自然に、リュカさんが補足するように口を開けた。

「ヨナちゃんの意識は昨日戻ってね、それからは安定してる。まぁほとんど寢たきりだけどさ、しはも食べられるようになったし、ほんのちょっと話もしてくれた」

リュカさんがちょっといたずらっぽい目で見てくる。

「いやぁ青春だねぇ~」

「……何が言いたいんですか?」

「別にぃ~」

くそ、からかいやがって。けれど不思議と嫌なじはしない。もしかしたら僕はMなのかもしれないな。いややっぱそれは無い。

そんなやりとりを小聲でしていると、

「ん」

ヨナの口から、ほんのし聲がれた。

「ヨナっ?」

「……オーワ、さん……?」

顔がこちらを向いた。そしていつも通り髪ので顔を隠す。

僕がベッドによろうとすると、自然にエーミールさんは椅子から立ち上がり、席を譲ってくれた。そして僕が席に著くと、興味津々そうなリュカさんを引きずるようにして、部屋から出て行ってくれる。

エーミールさんに謝して、僕はヨナに話しかけた。

「大丈夫? 苦しいところとかない?」

「……なんで……」

久しぶりに聞いたヨナの聲は、以前より震えていた。

「え?」

「なんで……わたしを置いて行かなかったのですか? ……わたしがいなかったら、もっと簡単に出られたはずです」

それは初めて聞く、ヨナの怒った聲だった。

「わたしは、死ぬ覚悟があったんです。……最後に、オーワさんに會えて……れてもらえた気がして……あんな獄中でも、幸せだった。……醜くて、なんの役にも立てないわたしには……十分すぎるほどでした……」

しどろもどろな告白だ。けど、口をはさむべきではないと、僕でさえわかった。

「……生きるのは……辛いです……地獄があるとしたら、わたしにとっては生こそが、それです。……あの幸せの中で死ねたら、どんなによかったか……」

きっと、それは本音なんだろう。

なぜ、男の奴隷の中で、一人だけがいたか。の奴隷はそれ専用の檻があるにも関わらず。それを考えれば、この子の過去がいかに壯絶だったのか、その斷片を窺い知ることが出來る。

「オーワさんの背中で、何度死のうと思ったか。……あなたに、わたしをれてくれた、たった一人の人に迷をかけることが……どれだけ辛かったか。……あんなに辛いことは、ないです……」

鼻をすする音が、普通とは違った。それすらも、彼の苦しみを表しているように思えた。

「殺してください」

「――っ」

放たれた聲はごく平坦で、しかし言葉は恐ろしく尖っていた。息を呑む僕の返答を待たずして、ヨナは言葉をつなげる。

「オーワさんはきっと、これからも、わたしのことを気にかけてくれるでしょう。……わたしは、その度に辛い思いをします……その果てには、オーワさんの苦しみが……そして、わたしがあなたに見捨てられる結果しか、ありません……」

「……」

言うべき言葉が見つからない。とても小さなの言葉とは思えなかった。

「地獄です……ならせめて、まだ幸せをじられる今……オーワさんの手で、殺してください……」

それは心からの懇願だった。けれど――

――それは、できない。

できないと思った。

思えば、彼と僕の関係は、ひどく歪なものだった。僕は彼に優しくされることで、彼は僕に優しくすることで、互いに自分の傷を癒していた。

共依存だ。

たぶん、普通の仲間っていうのは、依存なんかないんだろう。

でも、それしかなかった。必然だったと思う。

程度の差はもちろんある。しかしお互いに、心を育み損ねている。

僕には友関係がなかった。彼にも何かが無かったんだろう。だから、依存するしかなかった。

そして彼は、あの獄中から抜け出せた代わりに、依存する場が消失したのだと理解している。

これからは、僕に優しくすることはできない。いや、優しくしても、それ以上に優しくされてしまう。

だから彼は、傷を広げていくしかない。それは紛れもなく、地獄なのだろう。

だけど僕はまだ、彼に依存していたかった。だからこれから言うことは、百パーセント自己中な言葉になる。

知っていて、僕は言うんだ。

を乗り出すと、ヨナの直するのがわかった。けれど僕は、彼へと腕をばして、

「……っっ!?」

その小さな頭を、そっとに抱いた。そしてできる限り慎重になでつける。

考えうる限りの、やさしい接し方だった。

それが彼を苦しめると知っていながら、そうした。

の髪は、信じられないくらいにらかで、いい匂いがした。

「たった一つだけ、頼みごとがあるんだ……」

「……」

「……生きて、ください」

が、びくりと震える。

「……嫌、です……」

「……君のためじゃない。……君が苦しもうと、知ったことじゃないんだ……僕のために、生きて」

震えが伝わってきた。

は何も言わない。僕も、何も言わなかった。

あとには、沈黙が殘った。

つくづく、ひどい男だと思う。

『いじめは死ね』が信條なのに、僕は今、まぎれもなく彼をいじめているんだ。殺されても、文句は言えないな。

沈黙の中、小さな頭をでながら、死を覚悟した。

しばらくそうしていて、やがて口を開いたのは、ヨナだった。

「……オーワさんは、ひどい人ですね」

何かをあきらめたような聲だ。

「あぁ、そうだよ。僕は最低だ」

「……見捨てる前には、殺してくれますか?」

「うん、約束する。それがせめてもの償いだ」

ヨナは、僕のの中でふぅっと息を吐いた。

「……なら、もうしだけ微睡ませてください。地獄の中で……」

やがて彼は、すぅすぅと寢息を立てはじめた。

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