顔の僕は異世界でがんばる》用な冒険者 5

僕は雨の日が嫌いじゃない。

と言っても、いじめられ過ぎて、『雨音に耳を澄ませれば古き良き時代の日本の趣がうんぬんかんぬん』とか、禪僧のような悟りを開いているわけではない。

雨など降っても降らなくても、基本引き籠り屬の僕は痛くもかゆくもないのだ。

なにより、雨の日だといじめが外で行われない分、倒れた時にり傷をつくりにくいからむしろ好き。

いや別に、僕だって健全な日本男児だから、雨音がいいなって思うときもたまにはある。

晴耕雨読。働かなくていい(學校行かなくていい)雨の日の読書は好きだし……まぁラノベと漫畫の二者択一なわけだけど。

晴耕雨読。まさに今の狀況を指すのだろう。

僕は今、ざんざんと振る雨音を耳にしながら、朝からヨナと一緒に部屋で読書をしている。

ラノベ? 漫畫?

ふん、低レベルなことを。

驚くことなかれ、僕は今辭書のような冊子本を開いて眉間にしわを寄せている。しかも、面白いと思っちゃってる。

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僕マジ知的。きっと數學の赤點は、テストが悪かったんだ。

「……」

「……」

沈黙の中、ページを繰る音と雨の降る音だけが個室に響く。

ヨナの部屋は、暇なときみんなが集まる部屋としての地位を確立していた。

リュカさんはヨナを気にかけよくここに來て、彼の話し相手になってくれるし、エーミールさんはたまに様子を見に來て、治療して行ってくれる。

本當にどうして、ここまでしてくれるのだろう。

ヨナと二人の時は、基本せがまれるがままに冒険者としての話する。話が盡きると互いに黙っていることも多いが、不快じゃない。

僕はもともと、騒ぐよりはおとなしくしてる方が好きな

たち

だし、ヨナは外界に対する好奇心を除けば、基本清楚な令嬢然としている。

僕が本をプレゼントすると嬉しそうに読み、わからない意味の言葉を尋ねてくるところはかわいらしいけど、どことなく気品があるのだ。

「……くちゅんっ」

ヨナがかわいらしくしゃみをする。

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「大丈夫? 寢てた方がいいんじゃ……」

「いいえ、大丈夫です。ちょっと鼻がかゆくなっちゃっただけですから」

僕が心配するとそう言って、唯一呪いに侵されていない小さな口にそっと笑みを浮かべる。こういうのは、嫌いじゃない。

僕は本に目を戻した。

本のタイトルは『とある魔法使いの全目録』。いやいやラノベじゃないって。ラノベだと思ってがっついたら堅苦しい本だったとかありえねーですから、はい。

これは魔法辭典のようなものだ。基本的な魔法についての常識が書いてある。

なぜ僕がこんな辭書を手に取ろうと思ったのか。それは先日、試しに解放してみた火魔法のスキルのせいだ。

『火魔法LV1』

これがあれば今日から僕も魔法使い、なんて思ってた時期が僕にもありました。

どうやら魔法に関しては、解放しただけでは使えるようにはならないらしい。

確かにただ火を起こすことはできるのだけど、それを攻撃に応用するのは別の問題だ。

レベルが高くなれば使えるというわけでもないらしい。高くなれば規模が増すというだけだ。

魔法を使いこなすには、型を覚えるのが第一だという。

『火魔法LV1』ならそれに合った魔法の型というのが確立されている。それ以外だとせっかく生み出したエネルギーが散ってしまい、効果が半減するのだ。

応用するのはまず基本を押さえてからということになる。

と、ここまでが昨日の夜リュカさんに教えてもらったことだ。あとはこれ読んで勉強しなって言いながら差し出してきたのがこの本で、それをしぶしぶけとったというわけ。

「ファイア、フレア、ブレイズ……ねぇ」

を防ぐという目的で、型にはそれぞれ名前を付けるそうだ。

でもこれ、全部『火』じゃん。微妙なニュアンスの違いがあるのだろうけど、紛らわしいことこの上ない。

純粋な日本人だぞ? 逆に混するわこんなの。

ファイアは火の玉だ。フレアは棒狀の、火の槍とか矢とかそんなじ。そしてブレイズが自分のや武に火を纏わせるというもの。

なんだか長ったらしく方法論を並べ立ててあるが、なんとなくわかるようでわからない。

とりあえず順番に練習してみることにした。

ヨナに練習すると告げたら、『わたし興味津々です!』と言わんばかりの勢いで食いついてきた。

きっと目が正常だったら、キラキラ輝かせていたに違いない。

手のひらを上に向けて、そこに火を発生させる。すると手のひらサイズの小さな炎が発生した。

「わぁっ!」

ヨナの口から歓聲がれるが、僕が集中していることを悟ったのかすぐに口をつぐんだ。

「まずは作りたい形をイメージして……」

ゆらゆら揺れる炎を凝視して、球をイメージする。するとほんのし炎が揺れて、そのまま消えてしまった。

そう簡単にはいかないらしい。

「……だめか」

「だめ、なのですか? きれいでしたよ?」

肩を落として呟くと、ヨナが不思議そうに尋ねてきた。

「いやこれ、一応戦闘に使いたいやつなんだ」

「そのままぼわぁあって敵を焼いたりとか?」

「まだ飛ばせないんだ」

「難しいものなんですね」

まぁでも、落ち込んでばかりもいられない。

火を起こす程度、召喚魔法に比べれば全然たいした消費じゃない。魔力は十二分にあるんだから、トライ&エラーを繰り返すだけだ。

「よしっ! やるぞっ!」

「ふふっ」

僕が気合いをれると、ヨナがうれしそうに笑った。

一時間ほどして、リュカさんがやってきた。

服裝はいつものタンクトップ型防ではなく、だぼだぼの寢巻。ちょうど僕が數十回目のエラーを起こしたところを目撃したリュカさんは、にんまりと歪んだ笑みを浮かべる。

「苦労しているようだねぇー、年」

「余計なお世話です」

ジト目で見返すと、さらに嬉しそうに笑いやがりますこの

「仕事はどうしたんです?」

この言葉は、裏に『仕事行きやがれ』というニュアンスを込めている。

リュカさんは楽しそうに椅子を移させ、僕の隣に腰を下ろした。

「こんな雨の日に仕事なんて嫌にきまってるじゃん」

「さぼりですか?」

「君もだろ?」

僕の口撃を楽々いなして、楽しそうに笑う。

冒険者は基本的に、働きたいとき働いて金に余裕があれば休むといった、悠々自適な快適ライフを送っている。

まぁ実際にそんなことが出來るのは上位ランクの人たちだけだけど。

「で? 調子の方はどうなん?」

「さっき見た通りです。どうやら僕には才能が無いようで」

わざとらしくいじけてみせると、リュカさんは快活に笑い飛ばした。

「あははっ。魔法使える人自そんないないのに、才能が無いとはよく言うねぇ」

魔法は使える人自なく、ましてや二種類使える人などほんのわずかだ。しかも召喚魔法に至っては、使える人が數えるくらいしかいないという。

「でも、もう三十回はこなしてるのに」

「三十回って……。召喚士はこれだから」

ため息をつかれてしまった。

召喚魔法は、ほかの魔法とは桁違いに魔力消費が激しいらしく、そのため召喚士は例外なく膨大な魔力を持っている。

「まぁいいや。このリュカ姉さんが教えてあげるから、もう一回やってみな?」

「いやです」

にんまり意地悪く言いながら顔を近づけてこられたら、誰だってこう答えるだろう。

「またまた照れちゃって~」

「照れてないですし近いです」

目と鼻の先にまで寄ってきた。

この人のパーソナルスペースはゼロに近い。

「なんでよ~暇なんだよオーワー構ってよ~」

「ガキですかあんたは」

近くで騒がれるとうっとおしさが倍増する。

リュカさんがヨナの方を向いた。

「ヨナちゃんからも何か言ってやってよ~」

「オーワさん。人から教えてもらうというのも、上達の近道だと思いますよ?」

小首を傾げて「がんばってみませんか?」と薦めてくる。ひどく真面目に僕のことを思っての言葉だった。

こ、斷れない……。

「リュカさん、これは反則です」

「にしし、さぁ修業の始まりだ~」

結局押し切られ、リュカさんに教えを乞う形となった。

とりあえず僕に一度火の玉形をやらせて、リュカさんはうなずいた。

「うん、やっぱそうだ。イメージだよ、年」

「イメージ?」

「そう、イメージ。年に足りないのはそれだ。なんかしずれてる気がするね」

イメージか。確かに的をている気がする。

この世界の人たちは、直に魔法と接して暮らしている。人が使う魔法に限らず、もはや生活必需品に近い魔法道なんかもそうだ。

対して僕は、アニメやラノベとかで妄想する程度にしか接してきていない。

イメージがずれるのは當然だ。

「ま、まぁそんなの大して気にすることじゃないっ! お姉さんのを見て修正すれば大丈夫~だから、さ」

何を勘違いしているのか、リュカさんはあわててフォローするように空元気を発した。しかし効果はない。どうやら僕はゴーストタイプだったらしい。

「いい、よく見ててね?」

そう言うと、リュカさんは手のひらを上に向けて、火の玉を作り出した。

まるで中心に核があって、そこに炎が吸い寄せられているようなじだ。

そのことを伝えると、リュカさんは満足そうにうなずく。

「うん、まさにそんなじ。大事なのはどまんなかーってことで、やってごらん?」

言われるがままに、実踐する。すると今度は、かなり火の玉に近い形になった。

すぐに消えてしまったが、なんかつかめたような気がする。

「うん、だいぶ良くなったじゃん。あとはいかに凝できるかだけだ」

「凝?」

「そう。凝すればするほど長い時間形を維持できるし、威力もデカくなる。それが出來れば、飛ばすのは簡単だよ、念じればいいだけだから」

飛ばす……そうか、それも練習しないとダメだ。

「……やることが多い……」

「はっは。まぁ一度できちゃえばあとはレベルが上がっても使えるからさ、がんばりなよ。練習あるのみだ、しょーねん」

背中を叩かれると、肺から空気とともにため息が出た。

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