《顔の僕は異世界でがんばる》狡猾な冒険者 11
なぜこうなった。
「もっ申し訳ございませんんん!!」
真晝間の街中。僕の目の前でそれはそれは見事な土下座を繰り広げるワユンは、人々の注目をこれでもかというくらいに集めていた。
以前のようなボロボロの、いかにも奴隷然とした彼なら、ここまで目立たなかっただろう。
でも今は違う。
お母さんスキルをカンストしているハンナさんに過剰なほど世話してもらったおかげで、今の彼は形の多いこの異世界でも際立ってと呼べる見た目をしている。
奴隷だなんて、誰も思わないだろう。
まぁ実質、奴隷じゃないんだけど。
そんな彼が必死こいて土下座しているのだから、それは當然人目を引くし、さらに言えば、その視線は怒りをともなって僕の方へ流れてくる。
『なぁに、あれ』『あいつ、あんなかわいい子に……』『かわいそう……』
そんな聲が四方から聞こえてくるようだった。いや聞こえてくる。
四面楚歌とはまさにこのことだ。視線が痛い。
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しかも、すでに五回目。
僕は地面にへばりつくワユンに懇願した。
「ワユンさん、お願いだから土下座はやめてよ」
「すっ、すみません!!」
なぜまた謝るんだ!?
再び額と石畳が激突し、痛々しい音が鳴る。
「いやさ、怒ってないから……」
てか怒るよ?
「土下座はやめてよ」
「すみません!!」
ガツンと、またも強烈な音を響かせる。
なにこの永久ループ。
はぁ、と小さくため息をついて、改めて思う。なんで僕がこの子の面倒を見なくちゃならないんだ? ヨナのことすら何も解決できてないこの僕が。
てっきり僕は、ギルドで預かってもらえるものだと思っていた。
しかし返ってきた言葉は殘酷で、二週の間は所有者なのだから、きっちり守らなければならないらしい。
主人には、奴隷の生活を保障する義務があるそうだ。それに対し、奴隷は奉仕するらしい。恩と奉公ですか? 何時代だよ。
奴隷なんてのは形式だけなんだから、そのまま保護してくれたって良さそうなものなのに。
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あの後、ハンナさんは僕の反論をひらりひらりと躱しつつ、勝手に話を進めていった。
その手際は詐欺師と呼んで差支えないほどのもので、僕は結局、ワユンとパーティーを組んで、彼が資金を貯めて自立できるまでの面倒を見ることになった。
そしてパーティーを組むんだから、行も共にするべき、だと。
力もあるし、今までも冒険者としてやってきたのだから平気では?
そう尋ねたところ、彼には常識的な面でいろいろ問題があるそうなのだ。まぁ確かに見たじ、問題は山積みだろう。
加えてハンナさんは、
『ずっとワユンさんとパーティーを組むにしろそうでないにしろ、オーワさんにとってはいい経験になると思います』
なんてことも言っていた。
どうやら僕がパーティーを組まないことを問題視していて、この機會に外能力をにつけさせようという魂膽らしい。
実に淺はかである。
今まで何度、同じような目論見が母さんと諸先生方によって畫策されてきたことか。無理やり僕とペアを組まされたやつの嫌そうな顔ったらない。そんな狀態で仲良くなれるわけないじゃないか。
結局一言も話せず、作業が終わった後、相手の清々した顔を見て、よりいっそう心の傷が深くなることを大人は知らない。
「す、すみません!!」
嫌なことを思い出したからか、どうやら不機嫌な顔になっていたらしく、僕の顔を見たワユンは三度額を石畳の地面へ打ち付ける。
同時に周囲、ブーイングの嵐が吹き荒れる。
「もう勘弁してよ……」
いまだ道のりは半分。宿へたどり著くまでのことを考えると、ため息がれた。
磁石かってくらいやたらと地面にへばりつくワユンを引き剝がしつつ、なんとか宿に連れ込んだ。
もちろん僕の部屋である。
いや、別に変なことしようってんじゃないから。そんな盛ってないから。ちゃんとこの子の部屋もとってあるから。変に遠慮されたけど。
ただ、この調子のワユンをヨナの部屋に押し込めば彼の負擔になるし、なにより誤解されて非難の視線をけることになりかねないから、とりあえず僕の部屋で落ち著いてもらって、それからヨナに説明しようって思っただけだ。
僕はベッドに腰掛け、ワユンを椅子に座らせて、向かい合った。相変わらずそわそわと落ち著きのないワユンに、できる限り優しく話しかける。
「えっと、ワユンさん。これから二週間一緒に行するにあたって、とりあえず決まり事をつくろう、と思うんだけど、いい?」
「は、はい。どのような決まり事でしょう?」
しは僕に慣れてきたのか、男の部屋にいるにもかかわらずまともな返事が返ってきた。まぁ元奴隷なんだから、慣れているだけなのかもしれないけど。
「えぇと、まず一つ目だけど、土下座止」
「わかりましたオーワ様」
ホントにわかってるのか? 道中何度も言い聞かせたってのに、結局治らなかったじゃないか。あれはもはや病的と言っていいから『直す』じゃなくて『治す』でいい。
けどまぁ、に染みついた習はそう簡単に直るものじゃないし、逐一言い聞かせるしかないか。
「それから『様』づけ止」
「では、ご主人様で」
「もっとダメだよ!」
「すっすすすみませんっ!!」
華麗なジャンピング土下座が炸裂し、ワユンは地に伏せった。
だから、もう!!
「土下座止だって言ってるじゃないか!!」
「ももっ申し訳ございません!!」
さらに額をぶつける彼の肩をなんとか押し上げようとする。ってか力強いな!? この細いのどこにこんな力があるっていうんだ?
思ったより強い抵抗にたじろぎ、しばしの格闘の後、腕に力を込め、ようやく上を起こすことに功する。ワユンの顔が持ち上がって、目が合った。うっ、近い――
――ガチャリ。
「オーワさん? どうされ……」
ドアノブが回る音と澄んだ聲が室に響き、僕の頭からさぁっとの気が引いた。たぶん今僕の頭の上には無數の罫線がかかっているだろう。
目と鼻の先に、ワユンの顔。僕の両手は彼の両肩に置かれていて、ワユンは目をうるうるさせている。長時間に及ぶ格闘のせいで、顔は真っ赤に上気していた。
澄んだ聲の主は、ヨナだ。
僕の部屋とヨナの部屋は隣同士。きっとヨナは騒音を心配して、痛むを押して無理に様子を見に來てくれたんだろう。
しくじった。しくじった。しくじった……。
そんな言葉が頭の中で反芻される。
道中の心労で、そんなことにすら頭が回らなかった。
僕の、ばかやろう。
僕の顔に、よほど深刻な相が浮かんでいたのだろう。
「ももも申し訳ございません!!」
ワユンは一際大きな聲で謝罪して、僕の手をすり抜けて勢いよく土下座する――めまいによってふらふらしていた僕は、支えを失ってその上に覆いかぶさるように倒れてしまう。
あ、いい匂い。
「失禮しました」
――がちゃん。
いつも通りの涼やかな聲は、無機質なドアノブの音は、なぜか鳥が立つほど冷たい響きをもって部屋に木霊した。
ワユンを引きずるようにしてヨナの部屋に飛び込み、事を説明することしばらく。
納得してくれてはいるのだが、いまだにヨナが冷たい気がするのは気のせいだろうか。
「わかってますよ。二週間だけの奴隷なんですよね?」
「だからそうじゃなくて、それはあくまでも形だけだから。パーティーメンバーとして行を共にするだけだから」
「別に奴隷でも私は反対しませんよ? お気遣いは無用です」
「気遣いなんてしてないんだって!」
「そうですか? それならいいんですけど、本當に私のことなんか気遣わないでくださいね?」
「はぁ、本當に気遣ってないよ……」
いや、別の意味で気遣ってるけど。
ため息をつく僕に対して小首を傾げ、ヨナは次にワユンを見た。
「こんにちは。私の名前はヨナです。ご主人様の奴隷一號ですので、どうぞよろしくお願いしますね」
「一號?」
「おい」
僕が睨みつけると、ヨナはくすくす笑う。
こいつ、さっきからずっとからかってたのか? くそ、リュカ姉を真似してやがるな。
「冗談です。ちょっとオーワさんをいじってみたかったんです。奴隷でも何でもないので、怖がらないでください」
「は、はぁ……」
ワユンはぽかんとしていた。
僕の時みたいに怖がらないのは、ヨナの雰囲気によるものだろうか。まぁ、ヨナからは攻撃的な気配なんてじないものな。
ヨナは話をつづけた。
「それで、あなたのお名前は?」
「あっ! すっすみません!!」
「させるか!!」
椅子から飛び上がろうとする出鼻を、両肩を抑えることで挫いた。
この子、絶対わざとやってるだろ。
「土下座止だって言っただろ?」
「す、すみません……」
土下座する代わりにフリーな首をうなだれることで謝ってくる。ぺこぺこしすぎ。ペコちゃんかよ。それは違うか。
落ち著いたところでようやく自己紹介が終了すると、すでに時刻は正午を回っていた。
えっと、ギルドを出たのが十時ごろだったから、ギルドからここに來て自己紹介するだけで二時間かかったことになる。
「はぁ……」
「どっどうされましたかご主人様!?」
「えっと……とりあえずご主人様止」
「すっすみませぐっ!!」
飛び上がる頭を片手でねじ伏せる。若干抑え方が雑になってきているのは必然だった。
「土下座も止」
「す、すみません……」
再び押さえつける腕に抵抗力をじる。
「あのさぁ、ワユンさん」
「はいっ! なんでしょうかっ!?」
「もう奴隷じゃないんだから、そんな畏まらないでよ」
「は、はぁ……奴隷じゃ、ない……?」
ん? なんで疑問形?
「そう。もうワユンさんは奴隷じゃない、って、ずっと言ってたよね?」
「で、でも、今のご主人様はオーワ様では?」
また様づけしてるし。
というか、まさかこの子、まだ話を理解してないんじゃ?
懸念は當たっていた。どうやらワユンは、新しい主人が僕になったと理解していたらしく、一からすべて説明することになった。
まぁ形式上とは言え、今のところ奴隷印には僕が主人として認識されているから、誤解していたのも無理はない。
それに、ずっと奴隷だったであろう彼に、いきなり君は奴隷じゃないなんて言っても、現実味はないだろう。
と言うかよく考えたら、面と向かってワユンに説明してなかったな。いやでも、話聞いてるもんだと思ってたし。そもそもハンナさん、なんで説明しといてくれないんだよ。
説明が終わると、彼は呆けていた。
「ど、奴隷じゃ……ない? で、でも、え……?」
「そう。もう君は奴隷じゃない。呪いも、二週間後には解呪できるよ」
未だぼけっとしている彼に、僕の言葉が屆いているのかはわからない。
けれど、理解して、呑み込むまではまだ時間がかかるだろう。僕にできることは、それを待っていることだけ。
やがて流れる涙を見て、なぜか僕はひどい居心地の悪さをじた。
きっとこの子は、何もしていない僕に多大な恩をじているんだろうと思うと、どうしようもなく、そんな気持ちになる。
でも、どうすればいいのだろう。
『僕は何もしていないからうんたらかんたら』などと垂れてもしょうがない。
結局どうすることも出來ない自分に、ひどくむかっ腹が立った。
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