「起きたか。おら、飯の時間だ」

やってきた看守は、どうやら配膳係のようで、パンとスープ皿の乗ったプレートをワゴンにのせ、ガラガラと転がして來た。

「つっても、そんな格好じゃあな。ま、せいぜい犬みたく頑張って食えよ」

牢屋にってきて僕の目の前にプレートを置き、ニヤニヤと笑う。見下す側はさぞ気持ちよかろう？

――王の力発。

王の力は、魔法じゃない。スキルともし違う。

いってしまえば、僕の機能の一部だ。

よほど弱り切っていて、相手と力差が開いていない限り発できる。

急に生気を失った男に質問していく。

「今は何時だ？　あれからどのくらい経っている？」

「今は、午後十三時二分。お前が収容されてから二日経っている」

二日か。その間何も口にしていなかったから、がだるいのだろう。

意思のない男に水と食料を世話してもらいつつ、質問を続ける。

「ここはどこだ？」

「ここはプネウマにある警備ギルド直轄の収容所」

どうやら知らない場所に連れて行かれたなんてことは無いらしい。

しかしおいしいな。パンもスープも末なものだし、何よりむさいおっさんに食べさせてもらってるっていうのに。

足りなかったので他の囚人の分も合わせて三人分平らげ、ようやく一息ついた。

どうやら極限だったようだ。

他の囚人？　知るかよ。一食ぐらい我慢しやがれ。

その後も質問を続けた。

まず、今僕はどんな狀況にあるかを尋ねた。

結果はこうだ。

僕の罪は多岐にわたっている。

卑劣な手を使ってルーヘンを脅し、その奴隷を奪い、奴隷として酷使した件。

ルーヘンの奴隷が倒した魔人を、自分が倒したと詐稱している件。

もと奴隷のでありながら、奴隷商のもとから走し、またそこに勤務していた看守十六名に重軽傷を負わせた件。

分を偽り、冒険者になった件。

さらに驚いたのが、リュカ姉を窮地に陥れた例の二人組冒険者の言い分が通ったらしく、その罪が撤回されたという話だ。

代わりに僕が彼らを襲ったということになっているらしい。

また、僕とヨナは魔人じゃないかと疑われているそうだ。

二人組の証言と、僕の召喚魔法の練度、それをルーヘンが大げさに吹聴してるってところか。

それは噂でしかないが、愉快じゃないな。

これらを併せて、僕は一週間後――すでに二日が経っているから正確には五日後に、公開処刑されることが決まっている。

裁判無し。執行猶予無し。

それにしても、奴隷だったこともそうだけど、あの事件まで持ち出してくるとは……まったく、よくそこまで調べ上げたもんだ。

執念すらじられるほど、徹底している。しかも、腳に虛飾を積み重ねているとはいえ、結構な割合で事実であるから質が悪い。

死刑、かよ。

いき過ぎていて、逆に危機がない。

それでも理解してくると、寒気が走った。

目が覚めるのがもうし遅くて、けないほどに衰弱していたらと思うと、ぞっとする。

しめまいがして、僕は目を瞑った。

くそっ……ある程度予想はしてたけど、にしても酷いな。

し間を開けて、質問を再開する。

次にこの建の構造、および警備態勢について。

ここは警備ギルドの地下三階に位置していて、警備は晝夜代制で行われているらしい。

見回りは一時間に一回、決まった時間に行われていて、各階一人ずつ擔當している。

地図と、僕を拘束している鎖のカギはこの階の看守室にあるとのことで、すぐに取ってこさせた。

久しぶりに自由になったをゆっくりとほぐしながら、さらに質問を続ける。

僕の持ちだが、巾著袋はまだ保管されているらしい。もっとも、その中から金銭や金になりそうな魔石はルーヘンが取り上げたらしいが。

この男も本當かどうかは知らないようだが、警備ギルドや冒険者ギルド、さらにこの町のお偉いさん方にはなくない金が払われているという噂もあり、それに充てられたのではないか、とのこと。

裝備品に関しては、冒険者ギルドが引き取ったそうだ。ルーヘンのことだから、僕みたいな分の者の裝備には目もくれなかったんだろう。

ギルドの方で、有な冒険者にでもくれてやる方針なのだろうか。

「くそっ！！」

悔しくて、思わず怒りを吐き出した。

なからず、あの裝備品には著があった。

特に防は、リュカ姉にもらったんだ。巾著袋などの雑貨を除けば、母さん以外からもらった初めての贈りと言える、數ない大切なの一つだった。

でも幸いなことに、まだ売られてはいないようだ。それなら取り返すチャンスはあるはず。

巾著袋は、この建の二階にある倉庫に保管されてるようだ。すぐにでも確保したいが、こんなところで看守なんかしてるこの男に取ってこさせるのは無理だろう。

武になりそうな片手剣を沒収し、鎖を錬金で鉄塊に変えた。

鎖のうち、錬金が通らなかった部分があったが、たぶんそれが魔力を封じていたんだろう。

大層手厚く拘束してくれていたおかげで、鉄塊はボーリングの玉程度の大きさになった。めちゃ重いけど、とりあえずはスライムみたいに地面を這わせておけば、移に問題はない。

出するなら深夜だな。

今からでも出することくらいはできるが、それで外へ出たとしても町には敵が多すぎる。

急ぐのと焦るのは違う。失敗は許されないんだ。萬全の態勢を整えて臨むべき。

敵は大きい。一介のＤランク冒険者である僕なんか、本來同じ土俵に立つことすら葉わないほどに。

準備を整えつつ作戦を練って、夜を待った。

しんと靜まった獄中に、カツン、カツンと足音が響き渡る。

看守が変わって六回目の巡回だ。看守の代は十八時に行われるから、今はちょうど夜中の二十二時を回ったところか。

異世界では十分に深夜と呼べる時間帯で、かつ僕にとってはまだ活時間にあたる。

頃合いだな。

用済みになった看守はそのまま帰宅させ、一緒に連れて行かせたピクシーに拘束させた。

王の力を解いたのはついさっきだが、今頃は家でおとなしく寢ていることだろう。

王の力発中も、支配下にある相手の記憶は殘ってしまう。

王の力は、正確に言うと洗脳ではなく、支配だ。一時的に『絶対に逆らえない命令』が下せるというじ。

當然その間の記憶は殘るため、スキルを解いた後で、僕が何をしたか知られてしまうのだ。

ただし、ある程度記憶の作はできる。

人間の記憶は、かなり曖昧だ。それも、自分の都合の悪いことに関しては特に。

だから『脅されて、仕方なく協力した』と思い込むよう命令すれば、ほぼ百パーセント勘違いしたまま記憶してくれる。

それに、念押しに使える策も、たぶんすぐに『創れる』だろうし。

まぁ百パーセントじゃないけれど、さすがに、口封じに殺しなんてできない。

王の力でった看守に檻を開けさせ、僕はカモフラージュにと巻きつけていた鎖を解いて外へ出た。

「頼む、シャドウ」

った看守を先行させ、安全確認させつつ、シャドウにつき従って進んで行く。

この建の地図はもう頭にっている。

加えて晝間のうちに、シャドウに建を巡回させておいたから、不慮の事故で看守を失っても、こいつについて行けば迷うことは無い。

念のためピクシーとアプサラスを召喚して、準備は萬端だ。

暗がりの中、前を行く看守の明かりだけを頼りに、慎重に進んで行く。ピクシーには自分の明かりを消してもらった。

獄はどうせばれることだから、戦闘になっても問題は無いけれど、できることなら事を荒立てたくなかった。

冤罪とはいえ看守に怪我をさせたら、後々面倒なことになるだろうし。

その甲斐あってか、とくに何事もなく地下の牢獄から抜け出せた。

まずは二階の倉庫へ向かう。

巨大な倉庫には、犯罪者から沒収したと思われる武や裝備品、それから犯罪者を拘束するための拘束や拷問道、さらには警備兵用の裝備一式と、ありとあらゆるものが詰め込まれていて、った看守がいなければ探すだけで夜が明けてしまうところだった。

せっかくだからいくつか武の類も迷料としてかっぱらっておきたかったが、それをしたら後々犯罪者の汚名を払拭することが出來なくなってしまうのでやめた。

今盜めば絶対ばれるだろうし。公には、汚いところが何もない男の子で通したい。

次に向かうのはギルド長の部屋だ。

ここへ忍び込んだという事実は、あとのことを考えると絶対に公にしたくなかったので、っていた看守には業務に戻ってもらう。

ギルド長室の扉の鍵は、魔法無効素材だった。しかし錬金を使って、鍵に鉄を流し込み固めることで即席のカギを作り、中へと侵を果たす。

現在、二十三時五分。

盜賊開始。

カーテンと鍵をしっかり閉め、ピクシーに室を照らさせた。

まず探るのは、ルーヘンとの不正取引の証拠だ。

法を無視した蠻行、加えてそれなりのお金がいているのだから、なくとも契約書くらいはあるだろう。

あとは迷料。

不正取引の証拠さえつかんでしまえば、こいつへの個人的な攻撃はいくらでもできる。それを盾に脅しをかけている構図。騒ぎ立てれば、こっちも公表してやる、どうせもうこれ以上失うは無いのだから。暗にそう伝えるのだ。

それに、たとえ僕がそれを口外せずとも『倉庫の品に目もくれなかった獄者が、なんでわざわざ最上階のギルド長室を訪れたのか？』という疑問が生まれる。

こういう中途半端な権力者は、スキャンダルに弱い。

だから思う存分やってやる。ネタを大量に手にれて、散々利用しつくしてやるのだ。

手を組んだからには、こいつもぎるてぃ。

妖二人と手分けして探ると、いかにもな金庫を発見した。しかし鍵がある以上どんな防護がかかっていようと無駄だ。

錬金を使って開錠すると、出るわ出るわ怪しい取引書。

げっ、こいつ死刑囚を奴隷商に売りつけてやがったのか。ん？　こっちは？　なになに、の子の名前だな。この子に冤罪かけて奴隷商に回して、それを自分に安く売らせたってことかこれ？

最低だな。

中からヤバそうな契約書を片っ端から、それと今回の件に関係したを抜き取り、あえて開けたままにして仕舞い込んだ。こいつにだけすぐにわかるような形だ。

迷料の方だが、さすがに現金の類は置いてないようだった。

しょうがないので部屋の飾りみたいになっていた高そうな片手剣と盾を沒収し、こいつの現住所が書かれた手紙と寶石をいくつか略奪した。

あぁ、そうだ。試したかった毒薬がいくつかあったんだ。

さすがに致死のは使えないけど、お腹が痛くなる薬くらいは使ってみよう。

機や椅子、ペンなどに塗りったくり、一見何事もなかったかのように整理整頓して部屋を後にした。