顔の僕は異世界でがんばる》狡猾な冒険者 24

ハンナさんが盜んでおいてくれた解呪裝置によって、ワユンの奴隷印はわりとあっさり解呪できた。

ハンナさんによるとあれは洗脳の類だったようで、それについては結局王の力で上書きした。今ワユンは、ようやく全てから解放され、ゆっくりと眠っている。

とりあえず、ここはハンナさんに任せていいだろう。

立ち上がり、ハンナさんのほうを向く。

「それじゃあ行ってきます。二人のこと、よろしくお願いします」

し寢た方がいいんじゃないですか?」

し心配そうだ。

「これくらいなら、大丈夫です。ヨナ、行ってくる」

「絶対に無理だけはしないでくださいよ?」

「わかってるよ。ワユンのこと、頼んだ」

當然、ヨナも心配そうにしている。これからの作戦を考えれば、當然かもしれない。

僕は極力明るい聲でそう言い、隠れ家を後にした。

すでに<プネウマ>での作戦を、シャドウとピクシーに任せていた。

『二人とも、例の三人をローテーションで、ひたすら監視しててくれ。たまに監視されてるってのを意識させるだけでいい。とにかく姿が見えないよう、注意しながら頼む』

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例の三人とは、冒険者、商業ギルドの長、そして町長のことだ。今のところただの嫌がらせに過ぎないが、最後には効果が出てくるだろう。

そして僕は、商業都市<ハンデル>に戻ってきていた。

午前九時。

作戦のために、結局晝間から潛する必要があったため、裝だ。

「うわ……」

中央通りに出るとさすがに人が多く、活気に満ち溢れていた。

商人と冒険者の気質の違いだろうか、しかし荒々しいじは無く、どこか特有の秩序のようなものが漂っている。

……見られてる?

なんとなく、道行く人からの視線をじる。さすがに裝は無理があったかな。騒ぎにならないことを考えると、ばれてはいないと思うけど。

いや、ハンナさんのお墨付きだ。考え過ぎだろう。

むしろここで挙不審になる方がよっぽど危険だ。

「お嬢ちゃん?」

「うひゃいっ!?」

背後から急に聲をかけられ、思わず悲鳴を上げてしまう。

死角からの急襲って怖いんだな。學式後の、あの時の子の反応はまっとうだったらしい。

振り返ると、そこには人の良さそうな青年がいた。

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「あぁ、ごめんごめん。驚かせちゃったかな」

「い、いえ、その、大丈夫です」

気まずそうな顔を見れば責めるわけにもいかず、どもりどもりフォローに走る。

聲はできる限り小さく、か細く。ハンナさんとのマンツーマン指導を思い出しつつ敬語で話す。もっとも、人見知りの僕だ、意識せずとも、自然に聲は蚊の鳴くようなものになった。

モスキートおうわ。

特訓の果か、ビビり癥のおかげか、青年は特に違和を持った様子もない。元から高い聲だったおかげでもあるだろう。ちょっと高めにすればすぐ聲……泣きたい。

「俺はアルノ。君は?」

「え、えっと、お、ハンネです」

ハンナさんと考えた偽名だ。と言うかほぼ一方的に押し切られた形だけど。そんなに妹しいんかい。

「ハンネか。いい名前だね。ちょっと不安そうにしてたから、迷子かなって思ったんだけど、ツレはいないのかい? 君、この町の出じゃないだろう?」

やっぱ挙不審でしたか。長年にわたって沁み込んだ習は、新天地でもいかんなく発揮されてしまうようだ。

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「えぇと、ツレは、その……」

「いないんだね? じゃあ俺が案してあげるよ!」

なんて強引な。

ぱぁっと明るい笑顔になる瞬間、獲を捕らえた捕食者の視線をじた。いや、うすうす気づいてはいたんだけどさ、なんとなく認めたくなかったというか。

これ、なんてナンパ? いや、ナンパされてるから逆ナンか?

でも、意図せずとはいえ、これは都合がいい。誰かに話しかけるのは正直ハードルが高かったからな。

とりあえずの目標は、町の雰囲気を摑むことと、『僕』やルーヘンの認識がどうなっているか知るということにある。誰かに案してもらえるなら、それが一番手っ取り早い。

個人的にこういうやつは嫌いだから、利用するのに心も痛まない。ナンパ野郎はたいてい僕をいじって笑いをとる習を持つからな。

「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」

「うん! 行こうか」

しずしず頷くと、元気よく青年は言った。

仮にも商人を名乗るだけあって、青年の案は面白おかしく、わかりやすい。僕は大した返答もできず、ただ適當に相槌を打ってただけだが、そういうのも初々しくていいそうだ。

の子って人見知りも長所になるの? あぁでも、イケイケなワユンとか嫌だしな。人前でもじもじしちゃうワユンとか何それかわいい。

町を練り歩きながら聞き耳を立てていると、いろいろ知りたいこともわかってくる。

予想通り、『僕』が犯罪者だというのは、周知のこととなっていた。それどころか僕が獄したという報まで、すでに噂になっている始末。やはり商人は報に敏だ。

ただ、彼らは疑り深いらしく、それが本當かどうかは半信半疑のようだった。もっとも、本當であれ濡れであれ、近いうち『僕』が犯罪者として処罰されることに違いは無いと考えているようだが。

そんな中、突如街の雰囲気が変わった。聞き覚えのあるキンキン聲が、近くの店から聞こえてきたのだ。

「ちっ、またルーヘンかよ」

青年が、苦々しさを隠そうともせずつぶやいた。

「また?」

「あぁ、ごめんごめん。あいつ、ベーゼ伯の三男なんだけどさ、ちょっと嫌なことがあるとすぐあぁやって町に出てきて、誰彼構わず怒鳴り付けるんだ。ったく、迷な話だぜ」

言葉遣いというか、キャラがぶれてますよお兄さん。

散々怒鳴りつけたにもかかわらず、出てきたルーヘンはいまだ不満げだった。當然か。なんせ確保した奴隷がまた消えたんだから。

僕の獄⇒ワユン失蹤。

ルーヘンなら、その二つを結びつけるのは當然だ。けれど一冒険者、しかもDランクの小僧が獄の翌日に伯爵家に忍び込み、あまつさえなんの痕跡も殘さず奪われた奴隷を取り返すなんてこと、誰も信じなかったのだろう。

でもそれにしては、その報が出回ってない気がする。

とすると、父親か誰かから口封じされているのか?

一冒険者にまんまと奴隷を盜られたなんてことが知れたら、沽券にかかわるとでも言うのだろうか。うん、そっちの方がしっくりくる。

「ルーヘンって人は、そんなに評判が悪いんですか?」

我ながら白々しい。

「うぅん、どうだろうか。商人たちからは金払いのいい客だと思われているからね。ちょっとおだてればすぐに調子こいてくれるから、いいカモとして見られてるよ。

まぁ兄が優秀だからな。両親から見放されてあぁなってるって見方もある。冒険者になったのも、家から出たかったってのが一番だろうし」

知ったこっちゃないけどなと、青年は言った。

ふーん、あれにもいろいろあるんだな。

実にいい気味だ。

私兵に囲まれ、目の前を大で闊歩していくルーヘンを見てもなんとか殺意を堪えられたのは、ちょっといい気分になったからだろう。

――目が、あった。

「おい!! そこの!!」

ヤバい!! ばれたか!?

慌てて逃げようとして、し違和を覚える。

……

「ちょっと來い」

どうやらばれてはいないらしい。だとすると、なんで聲をかけられたんだ?

心配そうな顔をする青年をよそに、ビクビクしてる風を裝って近づいていく。というか若干まじでビクついてる。

まぁばれそうになったら殺せばいいか。町娘に殺された元冒険者のお坊ちゃま・ルーヘンなんてのも、それはそれで愉快だ。

ルーヘンは無遠慮にも舐めまわすように見てくる。

なにこれ気持ち悪い。というかこいつの目、あの時ワユンを見てた時のに似てるよな。

……もしかしてこいつ、男の僕にしてやがるのか?

何それマジでキモい。『きっもーーーーWWWWW』とかぬかしてたキモい系子の気持ちがわかった気がした。

きんもーーーーっ!!

「ふん、は貧層だが、なかなか見れるじゃないか」

「あ、ありがとうございます」

オエーーーーっ!!

引き攣る顔を隠すようにお辭儀をすると、満足そうな聲が降りてきた。

「これならあの代わりにもなろう」

あの代わり……ワユンの代わりを探していたのか。僕に聲をかけたということは、なくとも戦闘奴隷としての代わりじゃない。

……ってことは、奴隷?

ありえない想像に、一瞬ふらついた。

「顔を挙げよ」

おずおずと上げると、厭らしい笑みを隠そうともしないルーヘンの顔がドアップで映る。反的にグーパンかましそうになるのをかろうじて堪えた。

が、我慢だ我慢。

というか気づけよ。何? 下々の男の顔なんて覚えてないってか? いいご分ですね死んでください。

「僕ちんに仕える気はないか?」

「嫌です」

を思わせる速度で拒絶した。

ルーヘンの顔が引きつる。

いいぞ、もっと怒れ。そして死ね。

「貴様、僕ちんが誰か、わかって言ってるのか?」

「ひっ! いやっ」

怯える演技は得意だ。僕ほどおびえた表をこなしてきたやつもいない。場合によっては相手の攻撃の手を緩める手段にもなりえたから、命がけでにつけたということもある。

仰け反るようにして距離をとると、ルーヘンは一瞬直して、ついには赤黒くなった。

僕の手を摑んでくる。

「貴様!!」

「さ、らないで気持ち悪いっ!!」

思わず言っちゃった、てへ。みたいなじでぶ。

「き、気持ち、悪い……だと!?」

「すっすみませんすみませんついぬめぬめっとしたがアレだったので手汗凄いとか息臭い汚みたいな匂いするとか全然そんなこと思ってませんからっ!!」

おぉ、我ながらよくつっかえずにまくしたてられたものだ。まぁ実際思ったことぶちまけただけだけど。

あわあわと頭を下げれば、『ハンネは天然ドジっ子なんですよ』アピールになる。

ついでに下げたところで例の青年に王の力を発した。

くすくす笑う聲が聞こえた。対象が僕ならすごく慘めな気持ちになったそれも、ルーヘンならすごく耳に心地よいから不思議だ。

髪のを摑まれた。

「貴様ぁああ!! 打ち首にしてくれる!!」

「きゃぁあっ!! 痛い痛い痛い~~~~っ!!」

泣きぶ、ふりをする。これも慣れてるからなかなかに迫真の演技と言えるだろう。

ってかこいつ力よわっ! 危うく振りほどいちゃうところだったじゃないか。

ちらと周囲を見やる。

うん、いいじだ。めっちゃルーヘンに非難の視線が集中してる。

今このお坊ちゃまは、権力を振りかざしてに言い寄った挙句ふられて逆上して暴力振ってるって狀態。うん、最高に屑だ。

普段なら周りを気遣って、ここまで怒り狂うこともなかっただろう。

でも『僕』が獄し、ワユンに逃げられ、にもかかわらず告発できなくてイライラしているところで市街地のど真ん中で『』に赤っ恥をかかされたんだ。このお坊ちゃまに我慢できるはずもない。

それに、『ハンネ』の顔が『オーワ』に似ているというのも、もしかしたら原因の一つかもしれない。まぁ本人だしな。

今や、周囲の人々がざわざわしているにもかかわらず、ルーヘンは怒り狂っていた。私兵が止めようとしても、聞く耳を持たない。

まぁ、ちょくちょく睨みつけて煽ってるんだけどね。なかなか周りに気付かれないようにやるのが面倒だ。

顔が近づいたところで、ルーヘンにだけ聞こえるように囁いた。

「息臭ぇんだよ能無しが」

「こんのアマァアアア!!」

急所だ。

一言でルーヘンの理がはじけ飛ぶのをじた。

出來のいい兄と比べられて、さぞかし肩の狹い思いをしてきたんだろうな。

あぁぁ、ザマァ。

「ぎゃぁあっ!!」

ルーヘンは思い切り僕の顔を毆りつけてきた。僕は大層大げさにんで、地に倒れ伏す。さらにルーヘンは踏みつけ、蹴り込んできた。

「このっ!! このっ!!」

「あぐっ!! 痛っ!! ぐぅぅ痛い~~~~っ!!」

これでもかと言うくらい泣きびます。

さすがに私兵が止めにろうといた。

さぁ、そろそろ出番だぜナンパ君。

王の力は支配する能力だけど、元々対象が抱いているし後押しするくらいなら違和を持たれない。

『あぁぁ、ぶっ殺して~~っ!!』って思ってる人に対して『YOU、やっちゃいなよ!』って命令することでぶっ殺させても、それがられたとはじないということ。

つまり、あたかも自分の意志でやったと錯覚させることが出來るのだ。

これが、王の力の真骨頂だと思う。

そして、僕が逆でしたは……。

「ハンネに何しやがるんだこのクズ野郎!!」

ナンパ君の『の子救っていいところ見せたい。あわよくばそのあと……』って気持ちだ。いや、誰もが憧れるよねそのシチュエーション。

ナンパ君はび聲を上げてルーヘンを毆り倒した。

すぐに別の対象へ王の力を発する。すでに先陣を切った男がいるんだ。追撃を加えさせるのはさらにたやすい。

一人、また一人と次々に背中を押してやる。途中からは流れに乗って、人々はルーヘンと私兵に毆りかかった。

もはや紛爭だ。

私兵五人、しかも役立たずのお坊ちゃまを守りつつ戦わなくてはならない。

対する暴徒、數えらんない。

いくら私兵が戦闘に慣れていて、裝備も持っているとはいえ、あまりに多勢に無勢だ。あっという間に人の波にのまれ、もみくちゃにされ、最後には力なく痙攣していた。

それでもなお、ルーヘンはがんばる。

「お、お前ら……こんなことして……ただで済むと思うなよ……」

「ひっ……た、ただで済まない、とは……?」

対する元気満々の僕は、相変わらず迫真の演技だ。

まだ序章。ただでは済まさないよお坊ちゃま。

僕が怯えたのを見て、ボコボコに変形した顔に、ルーヘンは歪んだ笑みを浮かべた。

「この僕ちんに、怪我させたんだ……お前だけじゃない、ここにいるやつらみんな、打ち首だ……」

「そっそんなっ!!」

悲鳴を上げる。

やだなぁ、そんなことできるわけないじゃないですかぁ~。數の暴力ってすっごく理不盡なんですよ?

中途半端な個の権力なんて、土足で踏みにじれるくらいには。

ここで誰も反論しないなら王の力で煽るかとも思っていたが、そんな心配はなかった。

「ハンネちゃん、心配いらねえぜ?」

ヒーロー気分に酔ったナンパ君が、爽やかな笑みでウィンクしてきた。すごく頼もしいんですけど、すみません鳥立っちゃいました。

僕、男ですからね? ……なんか悪いことしたかなぁ。まぁいっか。おかげで想定外だったけど、あいつをいたぶれたし。

「なぁみんな!! 全員でベーゼ伯に抗議するぞ!!」

「おうよ!! こんなことで打ち首になっちゃ葉わねえ!! どちらが悪いかはっきりさせようじゃないか!!」

ナンパ君の聲に次々に賛同が上がる。

ここは商業都市だ。たとえ一番偉いのが伯爵だったとして、中心は商人たち。これだけの數の商人が一斉に抗議すれば、さすがの伯爵も認めざるを得ない。愚息の蠻行を。

まぁ、そもそもベーゼ伯自は頭のいい人って話だから、この狀況でルーヘンを庇うほど馬鹿じゃないだろう。半ば見捨てられてるみたいだし。

さすがにそのくらいは理解できているのか、ようやくルーヘンは青ざめる。

「ちょ、ちょっと待て!!」

「何が待てだ!! 黙って打ち首になれとでも言うのか、あぁ!?」

いやはや、やっぱ大人の男の迫力って違うなぁ。ルーヘンみたいな小僧とは比べにならない。

結局ボロ雑巾のようなルーヘンは暴徒を止められず、僕たちはベーゼ伯の屋敷に特攻した。

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