顔の僕は異世界でがんばる》狡猾な冒険者30

「待て貴様ら!! 誰の許しがあってこんなことを……」

「何を焦る必要があるんですか? 僕が犯罪者だと決めつけるからには、相応の理由があるのでしょう? なら堂々と構えていればいいじゃないですか」

焦ったように喚き散らすルーヘンを、ワイバーンの上から見下ろす。

「も、もちろんだ!! 貴様が薄汚くて卑劣な犯罪者であることに疑う余地はない!! だがそれとこれとは……」

「まず最初に!!」

大聲対決は、かろうじて僕に軍配が上がった。被せるように進行する。

「まず最初に、冒険者ギルド<プネウマ>支部の付嬢、ハンナさん、お願いします」

「何勝手に進めてるんだ!!」

「お黙りなさい!!」

キーンと、耳鳴りがした。さすがお母さんスキルカンストしてるだけはある。ルーヘンだけでなく、ざわざわとしていた聴衆まで靜かになった。

これなら、ワイバーン兄貴の黙らせスキルも出番なしだな。

ハンナさんを除いて、僕たちはワイバーンから降りる。彼がワイバーンの上で立ち上がれば、檀上の出來上がりだ。

理的な高さには、それなりに意味がある。注目を浴びやすいというだけじゃなく、無意識とはいえ、神的な優位も確保できるのだ。

とりあえず冒頭を乗り切った僕をねぎらうように、ピクシーが頭をでてくる。

人々の視線は壇上のしいへ注がれていた。

さて、ここはひとまず落ち著いて傍観できるな。それより、先のシナリオをちゃんと洗い直しておかなくちゃ。

しかし予想に反して、ルーヘンは無駄にがんばる。

「き、貴様は暴行罪でギルドを追放されたはずだ!! 犯罪者に口出しする権利など無い!!」

あ、ハンナさんキレたわ。

「はっ、暴行罪ですって!? 聞いてあきれますね!! あなたの私兵が裝備も何もしていない一般人を、それもか弱いを斬り付けたことは暴行罪に當たらないのでしょうか? 人質に捕って散々いたぶるのは暴行罪じゃないのでしょうか? ここにいるオーワさんは右を槍で貫かれて生死を彷徨っていたんです、それは暴行罪じゃないの?」

Advertisement

まくしたてます。

ルーヘンが無理やり割ってる。

「でたらめだ!! 犯罪者の戯言など……」

「軽傷者八名!!」

一刀両斷。

「軽傷者八名。うち四名が顔面の打撲複數、三名が腹部ほか數か所の打撲、そして一名が刀傷……何を言ってるかおわかりでしょうか? わかりますよね。あなたが不當に拘束監したギルドの付嬢および事務員たちの被害です!! 対して兵士が負ったのはかすり傷にも満たない軽い怪我だけです。哀れなか弱いたちは、突如現れた武裝集団に襲われ、暴力を振るわれ、強一歩手前まで追い詰められました。それに対し素手の我々がとれたのは、一致団結してなんとか抵抗することだけでした。それでもかろうじて逃げおおせた私たちに、あなたは暴行罪だと!? ちなみに當ギルド長はすでにこの件の不當を認め、私は現在、元の職場に復帰しています」

まくしたてます、それはもうブチギレたお母さんの如く。強とか多盛ってるけど誤差の範囲だろう。あぁいうのって、被害者がどうじたかだろうし、事実、そう思ってる付嬢もいるはず。

ギルド長が一歩前へ進み、頭を下げる。

ハンナさんは一呼吸置いたが、ルーヘンはその隙を突くことができなかった。

まだまだハンナさんのターン。

「では次に、オーワさんにかけられた罪についての証言に移らせていただきます。まずオーワさんが貴兄の奴隷を不當に奪ったとのことですが、私は確かに、貴兄から奴隷を捨てるとお聞きしています。ちなみにその時の契約書はこちらになります」

ハンナさんは契約書を掲げる。

「そんなものねつ造に決まってる!! 僕ちんはそんな契約書見たこともないぞ!!」

「まぁサインが本か偽かは調べればわかることです。これは後々、王都の警備ギルド本部にでも提出しましょうか」

ルーヘンは明らかに、『王都』と言う言葉に反応した。

おそらくここら周辺の警備ギルドならどうとでもできると思っていたのだろうが、王都の本部ともなれば、さすがに手は出しづらいのだろう。大貴族とはいえ、所詮三男だ。

Advertisement

「また、貴兄の奴隷を奴隷として酷使したとのことですが、彼の彼への対応は極めて真摯なだったと記憶しています。この點に関しては、貴兄も知っての通り、<プネウマ>の住人に聞けば多くの方から証言が得られるでしょう」

うぅん、証言はどうだろう。街中でがっつり土下座しちゃってるしなぁ。

「さらに貴兄の奴隷が魔人を倒したとのことですが、全くのでたらめです。當ギルドは貴兄が逃亡した後、奴隷とCランク冒険者一名の救助を彼に任務という形で依頼しています。これはギルドの任務記録に記載されています」

びっしりと文字の埋まった紙を掲げると、ルーヘンは一瞬何か言いだそうとして口ごもる。

おおかた、『それは破棄させたはず』とかぶつもりだったんだろうが、そんなことすれば不正を認めるようなものだ、それくらいの分別はまだ、つくらしい。

「それもねつ造に決まってる!!」

「確かに、これは予備でしかありません。私個人が趣味で寫していた、コピーです。まぁでも、寫しを取っておいて本當によかったですよ。なにせ、本は事件の翌日、何者かの手によって破棄されてしまったようですから。まったく、誰のいたずらでしょうかね? このコピーが無ければ今ごろ、本當に大変なことになってましたよ。私としては早急に犯人を割り出し、厳格に処すべきと存じますが、いかがでしょう?」

「――っっ!! し、知るかっ!!」

「まぁいいです。いずれにせよ、彼は彼とCランク冒険者を見事救助してのけました。そのことを評価され、彼は現在Cランクに昇格しています。彼が二人をワイバーンに乗せて凱旋したのは、多くの人が知っていることであり、また救助されたCランク冒険者も、必要とあらば証人として召喚できましょう。

私の証言は以上です」

凜と言い切り、ハンナさんは一禮した。

先鋒は圧勝だな。彼を一番初めに持ってきてよかった。

場の空気はほぼ掌握済み。ってか、下手したらハンナさんだけで勝てたんじゃないか? この勝負。

Advertisement

ルーヘンはまだがんばる。

「ぜ、全部言いがかりだ!! 僕ちんを貶めるために結託しているだけだ!! この卑怯者どもめ!!」

よくこの狀況でそんなこと言えるよな。一周回って逆に尊敬するわ。

「この件に対する抗弁は以上でしょうか? では次に、<プネウマ>の町長、お願いします」

なぜか司會進行をやっている原告、おうわ。僕ってまじ働き者。何やってんでしょうかね、まったく。

気づけば、人だかりはさらに規模を増していた。

都市の警備兵も、來てみたはいいが、ルーヘンがの中心にいるからか、ワイバーンが怖いのか、はたまたハンナさんの迫力に気圧されたのか、手をこまねいている様子だ。

よかった。正直、警備兵たちが一斉に退去を命じてきたら、し面倒なことになっていたと思う。

もっとも、規模はどうあれやってることはただの口論だ。撤去しろなんて言われる筋合いはない。

「えぇ~、おほんっ。冒険者の町<プネウマ>の町長を務めさせていただいております、アントンと申します。皆様、どうぞよろしくお願いします」

場の雰囲気もあるだろうが、慣れているというだけあって、堂々とワイバーンの上に立つ町長。

あいつ、なんか勘違いしてないか? 自己紹介とかどうでもいいからさっさと始めろや。

「ここにいる皆様方はご存知と思われますが、冒険者の町<プネウマ>では、その名の通り多くの冒険者が力的に活しておりまして、おかげで國でも有數の素材出荷量を誇っております。リビング・スパイダーの糸をはじめ――――」

あぁぁ、もう!!

「すみません!! 町の宣伝とかより早く証言の方を!!」

「おぉっと、そうでしたな、つい熱がってしまいまして。とにかく、<プネウマ>では、良質な素材を低価格で提供しておりますので、皆様、是非一度足を運んでみてください。

さて、本題ですが。

ルーヘン殿!! 私は貴兄を許しませんぞ!!」

急激にトーンが変わって、ゆるゆるに緩みきった空気が引き裂かれたようだった。

ルーヘンでさえ、あまりの変化についていけず、ポカンとしている。

「貴兄は私の妻を、娘を人質に捕り渉を迫るという、卑劣で最低な手段をとった!! するプネウマの住人、しかも將來有な子供とを天秤にかけなければならなかった私の苦悩が、貴兄にわかるか!? この際はっきりと申し上げよう。卑劣で汚い犯罪者とは貴兄のことだ!!」

顔を完トマトのように真っ赤にして怒鳴り散らす。どうやら人がいいだけの町長ではなかったらしい。

まぁそれもそうか、あれでも大きな町の町長だ。

でもちょっと公の場で言いすぎじゃね? 大丈夫か?

ルーヘンも負けじと言い返す。

「貴様不敬だぞ!! 一町長の分際で僕ちんに向かってそんなこと、父上が黙ってないぞ!!」

「もうその手の脅しには屈しませんぞ!? 私は、彼を見て、目が覚めたのだ! <ミスナー>を救い、多くの人を助け、権力者による卑劣な罠にも屈せずに戦い抜いているのだ、この年端もいかない年が!! ましてや私のような大の大人が、権力になどどうして屈せようか!?」

町長は、僕が如何にしてミスナーを救ったか、僕がどれほど町に貢獻しているかを、それはそれは雄弁に語っていく。恥ずかしいので聞いてられないが、我慢だ我慢。

でも町長、あんた腳とか加えすぎだから。それもはや英雄譚みたいになってるから。

魔人を正々堂々、真っ向から斬り伏せたとか、僕は勇者〇トかよ。申し訳ないけど空から一方的に撃しただけです。

「――――それに比べて貴兄はなんだ!! 父上の威にすがって赤子のようにやりたい放題喚き散らし、上手くいかなければ金と権力と兵士を使って黙らせる……まったく、見下げ果てた下衆ではないか!! いいかね……」

――町長が、固まった。

それだけで、空気が一気に冷めていく。

「面白い演説だな。続けたまえ、アントン君」

低く、威厳たっぷりの聲。

冷めた空気の中、重く響き渡る。

目線の先にいたのは、たっぷりと顎ひげを蓄えた、いかにも厳格そうな中年男だった。その目は驚くほどに冷たく、格の割にまったく贅の無い顔は、やつれているようにも見える。

ベーゼ伯のご登場だ。一度も見たことがないのに、すぐにわかった。

「り、領主様……え、えぇとですね、これはその……」

しどろもどろになる町長。

おい、権力に屈しないうんたらかんたらはどこに行ったんだ。

しかし、それも當然だ。ご高説はごもっともだったが、罵倒がよくなかった。最高権力者であるやつがその気になれば、不敬罪は免れない。

油斷した。まさかこんなにも早くご登場とは。しかも、ここまで影響力があるなんて。

しかしルーヘンは、調子に乗るどころか青ざめている。

ん? 味方じゃないのか?

「と、とにかく私が申しますのは、ルーヘン様が私の家族を人質に捕り、この契約を不當に結ばせたということです。これが契約書になります」

「そ、そんなものねつ造に決まってる!」

どちらも勢いを無くしているが、ややルーヘンの方が気張っているように見える。

そのまましぐだぐだとした言い合いが続いたが、大きく出ることが出來なくなった町長に対し、ルーヘンが勢いを取り戻してきたところで、討論を終了させた。

流れがよくない。

ベーゼ伯はだんまりだが、存在だけで聴衆までし萎してしまってるようだ。

次の各ギルド長も、相手が怖いからか、そもそも乗り気ではなかったからか、証拠を提示して簡単に証言するだけにとどまる。

ルーヘンはすっかり調子を取り戻し、『ねつ造だ』『オーワによる謀だ』の一點張りだ。ってか何回ねつ造って言葉使えば気が済むんだよ。もうしまともに抗弁しろや。

けれど冷靜に見て、聴衆は僕たちに味方している雰囲気だ。

所詮ルーヘンが言ってるのは苦し紛れの戯言。そんなこと、火を見るより明らかだった。

サクラを用意した、というのも大きいだろうが、常識人ならおおよそ事件の概要が摑めてきているはず。

ハンナさんの熱弁と、町長たちの提示した証拠は、いずれも知らぬ存ぜぬでなぁなぁにやり過ごせるほど軽いものではない。

でも、本當の勝負はこれからだ。

ここまでは、決して裏切る心配のないメンツだった。誰もが僕に急所を握られていたし、僕に対する個人的な恨みを持ってるわけでもない。

だけど殘りの三人は、僕に恨みを持っている。特に糞冒険者二人組は、貴族が勝利した方が利益になるくらいだ。

洗脳される。裏切ればワイバーンに食べられる。

そんな恐怖でしばりつけてはいるが、この狀況では洗脳魔法が使えないと知れたら、すぐにでも寢返るだろう。

當初の予定では、すでに大勢は決していたはずだった。いや、ベーゼ伯さえ出てこなければ、確実に決していた。

たとえベーゼ伯が出てこようと、もはや覆しようがないくらいには、叩きのめせてたはず。そして、今更裏切りようがないと思わせる手はずだったのだ。

まさかべーぜ伯がいるってだけで、ここまで萎してしまうなんて。聴衆たちも、いまいち先日のようにはヒートアップしてくれない。

落ち著け。まだ優勢だ。

あとは最後まで、この空気が持つかどうか。

考えろ。

冒険者と奴隷商、どちらを先に証言させるか――

「ルーヘン様助けてくだせぇ!!」

――ノッポのび聲が木霊した。

「俺たちはこの悪魔に脅されてるんだ!! 他のやつらだって騙されてる!! こいつは人の皮を被った魔人だ!! 洗脳魔法が使える!!」

ほぼ同時に、チビが喚き散らす――二人は駆け出していた。

「なに言って――」

「あの二人を保護しろ!!」

駆け出していったチビとノッポを、ルーヘンの指示で私兵たちが匿う。あたかも、魔人である僕から二人を保護したかのように。

裏切り――しまった油斷した!!

ルーヘンが二人に向かって歩み寄りながら、さも同したように聲をかける。

「怪我はないか君たち? 魔人に脅されて、さぞ心細かったろう? でも僕ちんがいるからには、もう大丈夫だ! 君たちには指一本れさせない!」

「ルーヘン様! あ、ありがとうございます……本當にありがとうございますっ!!」

ノッポがその言葉に、涙を流しながら首を垂れるという、迫真の演技で応じた。いや、事実かなりの恐怖を與えていたのだ。これは演技じゃなくて、心の底から出た言葉だったのだろう。

――間違いない。繋がっている。

でも、いつだ? 昨日か? でもシャドウは特に不審な點を見つけられなかった――

いや、シャドウだって萬能じゃない。いくらでも隙くらいつけるじゃないか。例えば手紙、例えば執事を通して――?

こんなところで、なんて詰めが甘いんだ!

寢不足、疲労、極度の張。

無意識のうちに、注意力が落ちていたか――

――どうする? 何とかしなければ。

「ちょっと待て!! 何適當なことぬかして――」

僕の言葉を無視して、あちらでチビが進言する。

「でもあいつは、本當に兇悪な力を持っているんですぞ!? 危険です!!」

「大丈夫だ! 優秀な兵と僕ちんの力をもってすれば、魔人なんて恐れるに足りん! おい貴様!! 善良な一般人を捕まえて脅すとは、最低の屑だな!!」

勇者もかくやと言うほどの大見えを切り、僕へ矛先を変えてきた。

お前が言うな屑!!

「善良な一般人だと!? そいつらはもともと冒険者狩りをしていた犯罪者じゃないですか!! さっき警備ギルドのギルド長が示した通り、証拠もある!!」

「はっ、それがそもそも間違いなのだ!! 聞けば彼らは、貴様らの証言だけで犯罪者に陥れられたらしいじゃないか!! 明確な証拠も無しに刑に処されるなど、どうせその時も今回同様、誰かしら洗脳してたんじゃないのか!?」

「洗脳洗脳って、そんな都合のいいあるわけないだろうが!!」

「普通の人間だったらの話だろう!! 魔人である貴様ならその程度容易であろう!? さぁ、君たち!! 脅しに屈せず、勇気ある一歩を!! 僕ちんが必ず守ってやろう!!」

ルーヘンの目が奴隷商を抜く。

見抜いている、一番不満なのは誰か。

やつは、予想をはるかに超えて狡猾だったのだ。

これ以上はまずい!!

奴隷商とルーヘンは、商売仲間だ。

金払いのいい客と商人という関係でもある。

ここで奴隷商が裏切るのは明らか。そうなれば、さらにつながる警備ギルドのギルド長までもが裏切る可能まで――

阻止しなければ!! でもどうやって!? ルーヘンに王の力を? ダメだそれをすれば洗脳を肯定することになる! 奴隷商に聲を? かけられるわけがない! 脅迫を認めるようなものだ!

一瞬脳裏に、ドミノが崩れていくイメージが浮かんだ。崩れ始めたら、止まらない――

――手が、やわらかくきゅっと握られた。

「オーワさん、わたしに、勇気をください」

「ワユン?」

顔を向けると、目が合う――固くなりながらも、ほんのちょっと、微笑みを返してきた。

――何を?

ワユンは跳躍して、ワイバーンの上に飛び乗った。

「いい加減にしてください!!」

の甲高いび聲は、喧騒を引き裂いた。

誰もが彼へ注目し、沈黙する。き出そうとした奴隷商は、軽い前傾姿勢で用に固まり、首だけでワユンを見上げていた。

大きな目を涙でいっぱいにし、わなわなと震えながらも、ワユンはルーヘンを睨みつけた。

ルーヘンは一瞬怯んだ様子を見せるも、ふっと一笑する。

「黙っていろ奴隷風が!!」

「うるさい!!」

やつの怒聲は、圧倒的に鋭いに貫かれ、霧散する。

ルーヘンは口を開いたまま固まった。

「あなたはどこまで私を苦しめれば気が済むの!? ちいさいころにあなたの奴隷になってからずっと、地獄だった!! ちょっと嫌なことがあればすぐ怒鳴り散らして暴力振るって!! お腹を、を、顔を毆られるのが、どれだけ痛いかわかるんですか!? 鞭に、針に、ナイフに傷つけられた後、殘った傷跡を見て、の子がどんな気持ちになるか、考えたことはありますか!?」

あのワユンが、髪を振りし、涙を振りまきながら、悲鳴を上げている。

こんなのは、初めてだった。

「あなたに代わりにされ、多くの魔に囲まれたとき、私は逆にうれしかったんです。あぁ、ようやく解放されるんだって。こんな冷たい世界、もう嫌だった!! たくさんだった!!

……でも、オーワさんに、彼に助けてもらって、いろんな景を見せてもらって、生まれて初めて楽しいって思えて、世界は変わりました。この人と生きたいって、そんなふうに思えたんです。

彼は私みたいなのを、一人の人として、扱ってくれた。私みたいなののために、悩んでくれた。彼は、私を解放してくれると言ったんです。信じられませんでしたが、でも一緒に行するうち、紛れもない本心だったって、気づいたんです。そしてようやく、過去の、悪夢から解放される時……」

一転トーンを落とし、語りかけていく。聲はやさしげで、なぜか溫かい気持ちになるものだったが、しかしよく通った。

「あなたが現れました。まるで悪夢だった」

直後、聲は底冷えするほどに冷たく、憎悪を孕んだ。

「あなたは私の友達、そして彼の大切な人であるを人質に捕った!! こともあろうに、一度捨てた私の所有権を再び主張して、彼を犯罪者呼ばわりした!! 挙句の果てに彼に致命傷を負わせて……あの時の絶がどれほどのものか、あなたにわかりますか!!

それでも彼は、自分の命など顧みずに、反吐を吐いて力を振り絞り、最後の最後まで私たちを助けようとしてくれた……あなたの兵に叩きのめされて、薄れていく意識の中でも、そのことだけは分かった。それを、その英雄的行為を、あなたは鼻で笑ったんです!! 醜い悪あがきだと!!

そのあとあなたに連れて行かれた私は、再び地獄へ叩き落されました。そしてあなたはまた、私を引きずり込もうとしている!!

どうせそこの冒険者たちも、ここにいる人たち同様お金で買収したんでしょう? 権力で脅したりもしたんでしょうか? 何もできないから、金と権力に頼る。あなたはずっとそうでしたからね。一人のを囲うために、どれだけのお金と兵隊さんをつぎ込めば気が済むんですか!! どれだけ罪のない人を犠牲にすれば気が済むんですか!!」

――牙。

一瞬、ワユンの放った何かが、オオカミの顎に見えた。

ルーヘンの笛に噛みつき、引き裂く――

「もう放っておいてください!! 嫌なんです!! 痛いのも熱いのも怒鳴られるのも辱められるのも嫌!! 鞭で叩かれるのも斬り付けられるのも刺されるのも全部嫌!! 大っ嫌いなんです!! あなたの全てが死ぬほど嫌いですっ!!!!」

大絶が止むと、ワユンの荒い息つぎだけが殘った。

誰も二の句を継げずにいるなか、元に噛みつかれたルーヘンが、それでもよろよろと聲を上げる。

「そ、そうか、お前またやつの奴隷にされたんだな? かわいそうに、無理やりそんなことを言わされるなんて……」

「そんなわけないでしょう!! 私は彼のおかげで、もう自由なの!! これが……」

ワユンは、シャツのボタンを外し始めた。

――何を?

それを見たルーヘンが、とたんに焦りだしてわけのわからない聲を上げている。

「証拠です!!」

ワユンは、左手でシャツの左半分をはだけた。

右手で局部をかろうじて隠しているものの、しいときれいな房は、ほとんどすべて大衆のもとに曬されている。

は涙目になって、顔を真っ赤にして、震えていた。

「ワユンッ!! 何やって――」

「皆様ご存知のように、奴隷印は奴隷の左、心臓の位置に刻まれます!! ご覧のとおり、私にはもう奴隷印が刻まれていません!! 私はもう奴隷じゃない!! あなたにも、彼にも、私は束縛されない!! だから何度だって言ってやる!! 嫌い嫌い嫌い!! あなたみたいな人、大っっっ嫌い!!!!」

泣きぶようにして、ワユンはとどめを刺した。

靜寂。

食らいついた顎は、ルーヘンたちの笛を食いちぎったようだ。

僕はすぐさまワイバーンの上へ駆けあがり、抱くようにしてワユンのを隠す。牙を持ち、勇ましく巨大な敵に食らいついた彼は、怖いくらいに頼りなく、肩を震わせていた。

「ひくっ……うっ……」

「ありがとうワユン。本當に、よく、がんばってくれた」

嗚咽じりにこくこくと頷いて、ワユンは服を直す。

「せっ洗脳だ!!」

背後から、ルーヘンの斷末魔にも似た言いがかりが飛んできた。

まだやる気なのか。

僕は頭だけで振り返った――

「ふざけるな!!」

――聞いたことあるような聲が、大衆の中から飛んだ。

ナンパ君のものだ。それを引き金に、波紋は一気に広がっていく。

瞬く間に、大暴が起こった。

千は優に超える人々がルーヘンらを取り囲み、一斉に騒ぎ立て、を投げつける。

數十の衛兵など、もはやの數ではない。

ルーヘンなど、べーゼン伯の威など、圧倒的な數を前にただ躙されるだけだ。理不盡なまでの力。もはや彼らの聲は、全く聞こえなかった。

ほっと息をついて、同時にし、ため息もらす。

どうやら僕は、とんだ茶番をしていたみたいだ。騙し騙され、散々駆けずり回って小細工を弄したが、そんなことしなくても、ワユンは立ち向かえたのだろう。結果は、変わらなかったはず。

結局、人をかすのはだったのだ。いくら理屈をこねくり回そうと、には勝てない。一見論理が破たんしているように見えても、人は勝手に正當化してしまう。

そして人のかすには、天のものが必要になってくる。ワユンにはそれがあった。そして僕には、それが無かった。

王の力なんてものを使い、人の心を踏みにじり、強制しなければ、人をかせない。

「オーワさん?」

し出ていたのか、それとも勘によるものか、ワユンが心配そうな聲を上げる。

「……いや、何でもないよ」

かろうじて絞り出した聲には、かすかな違和

――ワユンが、手をばしてきた。

その手はゆっくりと近づいてきて、僕の頬をそっとでた。

「オーワさんのおかげですよ。わたし、ヨナさんやハンナさんから聞いてたんです。オーワさんがどれほど必死になってくれているか。ここ數日、ほとんど寢ずに、ずっと戦い続けてくれていたんでしょう? でなければ、これだけの証拠は、揃えられなかったはずです」

「でもそれは、僕の汚名を灌ぐためだし……」

苦々しげに言う僕に、ワユンはにっこりと笑いかけてくれる。

「いいえ、噓ですよ。だって、オーワさんなら、犯罪者のままでも生きて行けたはずです。それだけの力があれば、もっとやりたい放題できたはず。でも、それをしないで堪えてくれていたのは、ヨナさんとわたしのためでしょう? この場を整えてくれたのは、わたしのためでしょう?」

喧騒が聞こえなかった。

僕の耳は彼の聲だけを聴いていた。

まぁ、ワユンがそう思ってくれてるのなら、それでいいか。

ちょっとした痛みと、ほんのかすかな甘みを噛みしめて、僕は最後の締めにと、踵を返した。

    人が読んでいる<女顔の僕は異世界でがんばる>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください