顔の僕は異世界でがんばる》恨みを抱く19

湯あたりは酷くなると、存外に長引くらしい。

なんでも、湯あたりは熱いお湯に心臓がびっくりして強い負擔がかかる事によって起こる、立派な病気なのだ。

つまり、僕のように繊細な、ガラスハートの持ち主にはダメージがでかい。

吐き気を忘れるため、お醫者さん顔負けの理論を打ち立てながら、必死に現実逃避している。

湯あたり用の薬なんてものは、あいにく持ってなかった。一応、作り溜めしておいた在庫から酔い止めの薬を服薬してはいたが、あまり効果はなかったみたいだ。

う、マジで気持ち悪い……。

今朝僕は、リタさんに起こされて朝食を食べつつ予定を聞き、伯爵達と合流して商業都市を後にした。

伯爵と僕がそれぞれ別のトカゲ馬車に、ほかの兵士たちはトカゲに乗って移している。

ドラゴンはとても運べるような大きさではないため、鱗の一部、角、爪、肝など、価値の高い部位のみ解し、それぞれ魔法の巾著袋にれられていた。

いやぁしかし、馬車ってすっっごく……

「き、気持ち悪い……」

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上ってきたモノを無理やり飲み込み、下を向いて靜止する。隣に座るリタさんが背中をさすってくれていなければ、とっくの昔にリバースしていただろう。

これ、ほんとに乗り心地悪いんだな。いや、慣れてる人にとってはそうでもないんだろうけど、自車に乗り慣れた絶賛湯あたり中の現代もやしっ子にとってはキツすぎる。

すでに移を始めてから三時間経つ。

今日は曇り。

くそっ、湯あたりさえなければ、僕もトカゲに乗って気持ちよくとばしていたというのに。

あまり晴れすぎていても眩しいだけなので、むしろ曇りのほうがトカゲ日和なのだ。

ちなみに、ドラゴンの召喚は止められてしまった。

なんでも、王都の周りは警備が厳重で、ドラゴン発見となれば無用の混を引き起こすそうだ。

ただでさえ魔の大量発生にドラゴン來襲による一大都市の壊滅が起きている。きっと相當過敏になっているんだろう。

これからは注意しないとな。

「うぅ……」

「大丈夫ですか? 橫になられますか?」

くと、僕の背中をリタさんが勢いよくさすり、心配そうに尋ねてくれる。

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「申し訳ないけど、そうさせてください」

橫になればしはよくなるだろうか。

リタさんがずれることで場所を空けてくれ、僕はを倒した。

「私の膝をお使いください」

「えっ、いやそれは……」

いいのか? いや、病気にかこつけてそんなこと……。

「私の仕事は、オーワ様のお世話です。出來る限りあなた様に盡くすことを命じられておりますので」

無表だけど、若干優し気な聲で、そんなことを言う。

神かこの人!?

でも、その優しさにつけ込むのは……。

……………………。

「お加減はどうですか?」

「気もちい……だいぶ楽になりました」

「それはよかったです」

には抗えませんでした。

あったかくてほどよく張りがあり、その上いい匂いがする膝の上はまさに天國。広大な砂漠の中に見つけたオアシスだ。

膝を差し出しながら背中をさすってくれるリタさんのおかげで、幾分持ち直している。

しっかし危なかった。危うく気持ちいいなんて言いそうになった。もしそんなこと言えば、後でメイ友(メイド友達)に愚癡られてしまう。

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子の連絡網を甘くみてはならない。一日あれば拡散終了、周囲すべての子の周知するところとなる。

ちらと、リタさんの顔を見る。

相変わらずの無表だ。こう言っちゃあれだけど、まるでロボットに見える。

今も嫌なことしてるだろうに、全く顔に出ていない。

余裕が出てきたからか、不意に気になった。

「嫌じゃないんですか?」

「はい?」

「いや、今もそうですし、昨日の風呂でも……」

あのじだと、奴隷と大して変わらないようなこともやらされてるはずだ。

リタさんは、まるで何を言われてるかわからないといった顔をしている。

「何が嫌なのか、理解しかねます。私の仕事は、ご主人様に仕えること。ご主人様の言いつけに、最善を盡くすことです。その対価として、私は十分なものを得ています。不満など――」

一つ変えずに、いや、どこかしムキになって応じてくる――

――急に馬車が止まった。

「なんだ――?」

聲を発した瞬間見えたのは、リタさんの困した表

視界がはじけ飛んだ。

「……っ!!」

気が付くと地面の上に叩きつけられた。

相當な勢いだったらしく、息が詰まる。

「――――かはぁっ」

ようやく息を吸い込むと、中あちこちがヒリヒリと痛んだ。

どうやらあちこち、火傷しているらしい。

くそっ、何がどうなってるんだ。

痛みをこらえ、かろうじてを起こすと、車だけ殘して無殘に吹き飛ばされた馬車の殘骸が目にってくる。まるで、大砲でもぶち込まれたみたいだ。

「うぅ……」

すぐ脇でかすかなうめき聲が聞こえた。

それは、至る所の皮が焼け爛れ、ぐったりと橫たわるリタさんのものだった。

「リタさんっ!?」

慌ててぶも、返事が無い。

そんな余裕あるわけがない。

最高クラスの防を著込んだ僕でさえ、これだけのダメージを負っているんだ。ただの服しか著ていないリタさんは、いったいどれほどの―――?

これは、瀕死の重傷だと、素人目にもわかった。

「今治療します!」

的に治癒魔法を発する。

數秒。

しかし、発する気配がじられない。

「っ!? なんで!?」

くな!!」

怒聲が響いた。

顔を上げると、硝煙が晴れた先に、整然と配列された部隊があった。

その中からじたのは、刺すような視線だ。

僕は反的に、視線をたどった。

「――!!」

みんな!!

捕虜と兵士。

悪夢のような景があった。

部隊の前に、それらは二列に並んでいた。

広めの間隔を取り、捕虜の四人はを縛られ、膝をつき、その後ろにそれぞれ二人ずつ兵士が配置されている。

拘束された四人は、意識を失っているようで、まるでかない。

マルコとカリファ、そしてリュカ姉は、數日前の傷がまだ癒えていないらしく、あちこちに傷の跡が見える。ワユンに傷はない様だが、同様に膝をついて頭を垂れていた。

列の後ろには、部隊が配列されていた。遠巻きに、僕たちを囲むように移している。

中心から発せられていた殺気が、膨れ上がるのをじた。

視線が、差した。

「――!?」

息をのんだ。

忘れていた、最も見たくない顔の一つ。

目の前に『置かれた』ワユンの頭に左の手のひらを乗せ、厳めしいひげ面が、にやりと歪む。

意識のないワユンが、かすかにく。

「久しぶりだな、ガキ」

一聲で、完全に僕の焦點が固定された。

聲が出なかった。

男は、目で殺気を放ちながら、笑っている。

僕はただ、見ている。

つい最近あった景が、より悪度を増し、再び現れていた。

聲は、異世界にきて最初に聞いたもの、もっとも印象に殘っているものだった。

世界に來た直後、僕を捕えた盜賊団の頭、ゲイルだ。

忘れもしない、悪夢として繰り返し見た、歯をむき出しにするような獰猛な笑み。笑顔の中で唯一笑っていない、ハイエナのような目。

食獣――あの時じたイメージが、鮮明に浮かぶ。

心が凍りついていくようだった。

手足が痺れ、心臓が警鐘を鳴らすように拍する。

でも、なんでだ?

數舜前の不吉なイメージを追い出すように、疑問が浮かんだ。

やつの部下たちは、盜賊団はリュカ姉とエーミールが壊滅させたはず。

じゃあ、この大部隊は、なんだ?

ゲイルはこちらの疑問を見かしたように続ける。

「そうだ。俺たちは一度壊滅した。俺はあの日、すべてを失った。……地獄だった、地獄だったぜ、それからのはよぉ。

アジトは抑えられていた。行く當てもなく、傷を癒す場所もねぇ。夜にはあいつらの聲が聞こえてきやがる」

喜悅に口を歪ませたまま、しかし目には異様な、憎悪を燈らせたまま語る奴の姿は、狂気をそのまま表しているようだ。

「何度も死を覚悟した……が、死ねなかった。

そして気づいた、気づいちまったのさ……あぁそうか、これは義務なんだとな。てめぇに復讐しないと、死んでも死にきれねぇんだ。

あいつらの無念は、俺が果たさねぇとな。

それからの俺は、覚醒した。

プライドも何もかなぐり捨て、貴族どもにしっぽ振って、いくつもザコ仕事をこなして、ようやくここまで來た」

ゲイルがワユンの頭から手を放し、両手を広げた。

「見ろ。今や俺は、大貴族様お抱えの騎士だ! すべてを犠牲に、これだけの兵

(ちから)を得た……果たすためにだ」

貴族お抱え?

これは、アドラー伯の差し金ということか? じゃあこの大部隊は、アドラー伯の?

でも、おかしいだろ?

元盜賊が、それも大した力も持たない盜賊の頭ごときが、この國でも有數の貴族に取りったなんて、あり得るか?

手を下ろし、再びワユンの頭を押さえつけたゲイルは、続ける。

「納得できねぇって面だな。

あぁぁ、イラつくぜ。

てめぇみたいのが、才能だかわけのわからんだけで、ぬくぬく生きている。

大した困難も、苦痛も知らねえガキが、倍も生き、必死で生きたあいつらを踏み臺にしてな……それだけで、俺は死ぬ気になれた」

大した苦痛も知らない?

で停止していた脳がき出す。

「お前が、僕の何を知っているんだ? お前らを踏み臺にしなければ、僕が踏み臺になっていただろ? どう違うんだ?」

「違うねぇ!!」

目が合う。

ゲイルの目は、興で瞳孔が開いていた。

「何を知っているかだと? わかるさ、てめぇは大して苦しんじゃいねぇ」

「何を拠に――」

突如、弾けるようにゲイルは笑った。

「くはははははっ!! 拠だと? これが、こいつらが拠だ!!

失う怖さを知らねぇから、覚悟がないからこの狀況だ!! あれば、敵陣で味方の安否を確認しないなどあり得ねぇ、敵の奴隷とともに一つ車になど乗らねぇ、こうして俺に悠々、會話なんてさせねぇ。

常に失うものと、代わりに守れるものを意識するもんだ。誰を犠牲に誰を確保するかすぐに見極め、一番のタイミングで飛び出すだろう。

なくとも、惚けたりはしねぇ。一瞬が破滅に繋がることを知ってればな。

それに、だ。

を知ってるやつからすれば、ゼロからここまでのし上がるくらい、何でもないんだぜ? なぜなら、何でもアリだからだ。何でも、あり得るんだよ。

理解できねえのは、本の苦痛を知らねえからだ。

さて」

ゲイルがナイフを取り出すと、周りも取り出した。

そして一糸れぬ統率でもって、人質の首にそれを突き付け、同時に、いつの間にか移を終え、完全に僕とゲイルたちを囲んだ部隊が、その円をめる。

「さて、そんな坊ちゃんに、俺たちが教えてやろうじゃないか。

まずは優先順位をつけないとな」

ゲイルたちの右手に握られたナイフの、鋭利な切っ先が、ワユンたちの白い首にわずかにめり込むのを見た。

「やめろ!!」

くな!!」

駆けだそうとした瞬間、ゲイルの大聲で、制される。

僕を囲む部隊の円がまり、僕の首にもいつの間にか槍が添えられていた。

ゲイルが粘著いた笑みを浮かべた。

「どうやらこの嬢ちゃんが一番らしいな。次いで巨、金髪、最後に野郎か。まぁ、想像通りだ」

「!?」

僕が息をのむと、ゲイルは再び笑う。

「くはははっ!! 目のきを見れば、そんぐらい分かるんだよ!! ……本當にイラつくぜ、こんなのが、俺たちをツブしたとか考えるとなぁ……」

ゲイルの、ナイフを持つ手に、力がった。

見えないはずの微妙なきを、たしかにじた。

斬られる!!

「やめっ!!」

「いいぜ、いいぜその顔!! もっとべ、喚け!! そうすれば、もしかしたら生かしてもらえるかもしれねぇぞ!?」

「頼む!! やめてくれ!!」

僕は間髪れずび、頭を垂れた。

どうする!? 考えろ!!

何とか落ち著かせ、考えようとするが、思考が空回りしていく。

落ち著け!! 一つずつ確実に、素早く考えろ!!

こいつらは一

アドラー伯の手のモノだ。こいつは、アドラー伯が僕をどうにかしようとしていると聞き、何らかの手を使って取りったんだ。あるいはもともと取りっていて、この時とばかりに名乗りを上げたのか。

それからこのやり方は、ルーヘンの時と同じだ。ルーヘンと奴隷商の口は完全に封じているはずだから、ベーゼ伯が協力関係にあるのか?

なら、目的は?

アドラー伯の目的は、おそらくドラゴン討伐の手柄の橫取り。あわよくば僕を従えること。

ゲイルの目的は、僕を苦しめることだ。

つまり、この場にアドラー伯がいないとなると、どう転んでもワユンたちは殺されてしまうだろう。

二つの目的の妥協點は、僕の仲間の全滅と、僕の苦痛、あるいは死にある。

何か手は!? なぜ魔法が使えない!?

調が悪いこと――昨日の溫泉と、何か関係があるのか。あるいは、気絶している間に、何かされたか。

使える手は何か――。

「気持ちがこもってねぇなぁ……まさか、殺しはしねぇとか、思ってんじゃねぇだろうな」

「――!!!!」

宣告が降ってきた。

大気が熱を失ったようだった。

僕は即座に顔を上げた。

ゲイルの顔が、頃合いだと言わんばかりに、いよいよ喜に染まる。

「才能なんてのは、楽できるためのものでしかねぇんだよ。所詮は同じ『人間』だ……やりようですぐに逆転する。

あるんだぜ、やりようは、いくらでも、何でもな。

自分だけは大丈夫、だとか、自分だけは特別だ、とか……そういうのがムカつくんだよ!!」

ナイフが天を衝く――曇天の中、それでも銀のナイフはギラリとった。

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