《顔の僕は異世界でがんばる》恨みを抱く20
ゲイルの右手が、振り下ろされる。
その景は、まるでスローモーションのように映った。
ゆっくりと、しかし確実に下ろされていく。
止めろ!! なんとしても止めに行くんだ!!
幾度も命じるが、はピクリともかない。まるで重力が何十倍にもなったかのような、まるでが鉛になってしまったかのような覚。
今まで幾度かじた走馬燈だが、今回は圧倒的な長さに時間を引き延ばしている。
これが本當の走馬燈、なのか?
なら、果てにある結末は!
一瞬、底冷えのする思考が沸く。
だめだ!!
今までにない、強い否定があった。
いや、度が違うだけで、これは今までにもあった。
度が違う? いや、そうじゃない。
本的に、本質的に違う。
僕の中の何かが、変わっていく。
いや、すでに変わっていた。
進化とか、そういうものじゃない。
手の屆かない、完全に定められた剎那先の結末を否定すべく、全く異質なモノがで鎌首を擡げるのを、はっきりとじた。
あの時の、昨日目を覚ました時にじた違和の正が、『みえた』。
強烈なイメージが沸き上がる。
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脳の中で、何か細くて、それでいて恐ろしい度をもった何かが、幾本も蠢いている。うじゃうじゃと絡み合い、足を延ばす。
同時に、『世界』が広がるのをじた――
――個の世界とは、知覚できる範囲を意味する。
覚、嗅覚、味覚、聴覚、そして視覚的に認められる範囲だ。また、実際に『ふれず』とも、伝え聞き、想像した範囲も加わるだろう。
しかし、近づくほどに確かになる、という點において、それは平等ではない。薄い世界と濃い世界があり、濃さ、度を増すほどに、世界は固有のものになる。
固有、すなわち恣意。
究極に自分に近い、濃い世界は、思うがままに変えることができ、他者の誰にも介の余地を與えない。
今広がった世界は、まさに究極に濃い世界、すなわち自分自だった。
周りの大気の一部に、自分の一部が溶け込むのをじる。
まるで自分の手のようにれる。手をかす時に発せられる神経刺激、神経伝達質による微弱な電気刺激を無意識にっているように、ほぼ自的に、『波』をつくれた。
そして、『波』をけ取る機能は、すべての生に備わっている。
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すべてが、支配される側なのだ。
いや、違う。
すべてが、自だ。刺激を介してるという點において、四肢も他人も違いはない。
あとは、こちらの能力次第。
當たり前のことだと、確信があった。
『波』を中樞に、複數生の脳に送ることができる。
『波』を末端に送り、直接刺激することができる。
それにより分泌される神経伝達質によって、あるいは分泌によって、結果どのようなことが起こるかまで、息をするようにごく自然にじ取れる。
思い通りになる――。
思考は剎那にも満たない時間の中で、イメージとして為された。
確信をもって、命ずる。
『止まれ』
波はコンマ數秒のラグすら許さず、一瞬で伝播した。
振り下ろされたナイフは、機械のように制止した。
続けて命令――リタさん含む五人の人質の治療を、十人に命じた。
多すぎれば邪魔になる。最高効率でくよう、ある程度の自由も許可する。
ゲイルの目は、瞬きすらも許されない中で、困に揺れているようだ。
目をじっと見つめ、多の憐れみをじて、それがすぐに消え去るのをじて、口を開く。
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悲しかった。
「僕は確かに、お前らのように苦痛を知らないかもしれない。お前らのほうがよっぽど努力しているだろうし、考えている。
僕よりはるかに立派なんだろうな。
でも、関係ないんだ。
大方ルーヘンの時のことを聞いて、僕が仲間を見捨てられない甘ちゃんだと、敵に対してできうる限り強引な方法を取れない『綺麗好き』な子供だと思ったんだろうけど、勘違いするなよ。
お前らは、僕を支配できない」
なんとなく、こんなことをじた。
支配、被支配の関係は、時に、努力とか、工夫とか、そんなもの屆かない位置に、理不盡にある。
それは本能だから。
生は須らく、本能に支配、被支配の構造が刻み込まれている。學習による環境要因もあるだろうが、それ以上に、伝子的にそれはある。そして、本能的に支配者の側へ立つことを求める。
いじめもそれに似る。
いじめがいけないことだと知っていようが、起きるときには起きる。相手より優位に立ちたいという求、あるいはそう思い込みたいという求が、刻み込まれているから。誰も不思議に思わない、それほどに自然に起きるのだ。
汚い。
だからこそ僕は、はっきり汚いと思った。
後天的に克服しようのない、絶対的な格差――種差。これは直接的に、絶対的な上下を定めてしまっている。どうしようもなく、支配――被支配の関係に縛り付けている。この壁がある以上は、決して対等は得られない。純粋な、明な関係はない。
そして僕の世界は、変わっていた。
目の前にいるこいつらが、まるで、人形か何かくらいにしか思えない。
ルーヘンでさえ、まだ、同種であることに疑いはなかった。
あれよりはよっぽどマシな人間のはずなのに、今はもう、無価値なモノに思える。
まったく、同じ人間とは思えなくなっていた。
同種とは、思えなくなっていた。
ゲイルの目から、憤怒が伝わってきた。
怒りは至極まっとうなものだとは思うし、あいつにはその資格がある。
けど、知ったことじゃないし、この狀況を逆転させるつもりもない。
「見聞きした通りやったつもりだろうけど、お末だったんだ。人目のない場所はお前らの都合だろうけど、見誤ったな。
ここなら、僕は自由に振る舞える。
これならお坊ちゃまルーヘンのほうがまだ、幾らか脅威だった」
支配――被支配。
この構造が逆転することは、あるだろう。
そしてそれは、支配者の破滅を意味する。
支配者は、力を失えば手痛いしっぺ返しを食らうものだ。怒り、そしてそこにカタルシスが上乗せされ、暴走する。
たとえ、今まで関わりのなかった者からでさえ、攻撃をける。次なる支配者となるために、ある者は手のひらを返し、またある者は復讐と稱し、徹底的に攻撃する。
それがただ繰り返すだけだ。
けれど逆転は、力の差が歴然であるほど、種に隔たりがあるほど、起こり得ない。
「あと、もう一つ」
命じる。
瞬間、背後で固まっていた兵士が、唐突に『ぜた』。
骨格筋の筋繊維を、普段はあり得ない百パーセント稼働させ、同時に管平筋の異常収による管収効果、および心筋の異常収による心拍出量の発的な増幅、局所における凝固系の異常活による栓形などなど、通常起こり得ない生理反応を強制し、の數か所に急激な流増およびうっ滯を引き起こし、実現した。
誰一人かない中、空気だけが変わるのをじる。
「僕は甘ちゃんだけど、別に殺しに対して忌避とかはないんだ。ルーヘンのときとかいろいろと見逃してたのは、周りの目があったから。
だから、殺されない、とか思ってるんだったら、今すぐ訂正したほうがいい。
なんだって、あるんだ」
さらに命令――周囲にあった三桁にも上る生命がぜ、一度に消えるのをじた。
ゲイルの目は、かないままに『僕』を『とらえていた』。
口だけを自由にしてやると、震えながら、かろうじてゲイルは、
「ばっ化けが……」
とつぶやいた。
的確な表現だと思った。僕の力は、果たして単なる理不盡な才能なのだろうか。人間の範疇にいるのだろうか。
命令し、ゲイルを含む生き殘りの八人のうち、マルコの後ろに立つ兵士らを、ゲイルの目の前に移させた。
兵士らに、表だけは自由にしてもよいと、許可した。
「今からいくつか質問する。僕にとって納得のいく答えがなければ、目の前にいるそいつらが凄慘なことになるから、よく注意して口を開け」
質問に意味はない。
やろうと思えば、強制的に白狀させることもできた。
これはちょっとしたお遊びでしかない。
ただの憂さ晴らしでしかない。みんながひどい目にあったから、その仕返し……というわけでもない。そんな高尚なじゃなかった。
まるで、小學生のころ、弱蟲と詰られた時のような、そんな低俗な怒り。
なぜ、こんなにイラついているんだ?
質問までのわずかな間に、ゲイルから反抗的な聲が上がった。
「だ、誰がてめぇなんかの……!!」
「おごぉぉぃぉお」
瞬間、兵士らは自分の指先から上腕までを口の中に突っ込み、消化を引きずり出した。
あらゆる生反を抑え、百パーセント稼働させた骨格筋による異常なバカ力によって、兵士らは自らの命を、ゲイルの印象に殘りやすい形で、引きずり出したのだ。
引きずり出す際に持ちやすいよう、食道に大をあけたため、大出を起こしていた。
しかし臓は、いまだ活を続けている。
まだ、兵士たちは生きている。
「質問だ。この件の首謀者は誰だ?」
「……」
回答がない、二秒。
兵士たちは、自ら引きずり出した臓を自ら踏みつぶし、頽れた。
「――!!!!」
「もう一度聞く。首謀者はアドラー伯、だな?」
次の組を移させ、質問を繰り返す。
こちらからは見えないが、兵士たちの恐怖は、表に強く表れて、ゲイルを凝視しているだろう。
「……あぁ」
「次。協力者はベーゼ伯のほかに、誰がいる」
「っ!!」
回答がない。
今度は兵士たちの四肢がぜ、達磨のように地面に転げた。
「早く答えろ」
「……」
回答がない。
兵士のが弾け、次の組を呼びだす。
ゲイルの表が変わった。
青い顔をしていながら、諦めたように、けれどどこか僕を蔑むように、ニタニタと笑みを浮かべている。
ゲイルの中で、決著がついたのだと分かった。
「答えは?」
「死ね、化けが」
どうやら答える気はないようだった。
瞬時に兵を破し、ゲイルへと歩み寄る。
數百人いた兵士は消え、殘るは人質とそれを救護する者、そして僕とゲイルだけになった。
「最後はお前だ。で、答えは?」
「くはははっ」
ゲイルは、吠えるように笑った。
恐怖がないわけじゃないだろう。ただ、僕への憎しみが上回っているんだ。
大したモノだと思った。これほどの憎悪は、特異だ。
死に対する恐怖は、である以上すべてに勝るはずだ。それを上回れるは、なんであれ、を超えたモノ、つまりは人間そのものなんじゃないだろうか。
とすれば、こいつは食獣でもなんでもなく、真に人間なのでは?
……。
ゲイルの右腕が弾ける。
ゲイルはうめき聲一つ上げない。
「答えは?」
「死ね、化けめ」
左腕、そして両足が弾ける。
だけになったゲイルは、さすがに息を切らしているが、同時に嘲笑を浮かべていた。
僕じゃなく、自分を嘲っていた。
「答えは?」
ゲイルは、一杯僕を目で呪っている。
「……一つ、間違いがあった。てめぇは人間じゃねぇ。比喩でもなんでもなく、化けだ。本から違う。俺はどうやら、とんだ無駄をしてきたらしい」
「答える気は、ないんだな?」
「あぁ」
ゲイルは満足そうに笑う。
命令した。
ゲイルは、機械のようにしゃべり始めた。
「協力者はベーゼ伯、それからこの國の王だ」
まったくの無表の中、ゲイルの目は、かないまま確かに揺れていた。
「アドラー伯の居場所は?」
「途中まで俺たちとともに移して、今は王都へ向かっている」
「ベーゼ伯は?」
「ハンデルだ」
「それぞれの目的は?」
「アドラー伯は王へ取りろうとしている。
王たちは王國の利益のため、そして北方前線の戦況打開のためにドラゴンの素材を獨占しようとしている。
ベーゼ伯はお前への制裁と、アドラー伯のおこぼれを得るため」
なるほど、狀況は何となく把握した。
「じゃあ次だ。今、僕が魔法を使えないのは?」
「魔力の流れをす効果がある、毒りの湯を浴びたからだ」
「解除するには?」
「數日経てば、分は完全に抜ける。あるいは薬がある。作り方は知らない」
なるほど、薬があるのか。
辭典を開いてみると確かにあったので、<薬調合>と<錬薬>のスキルを五まで一気に上昇させ、今まで集めてきた材料から即席で薬つくり上げ、服薬した。
スキルのおかげか、効き目はすぐに表れ、ピクシーをティターニアヘ進化させてリュカ姉たちの治療を任せた。
そして、生き殘りを処理した。
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