《顔の僕は異世界でがんばる》恨みを抱く24
土地については、運良く、と言えば不謹慎だけど、何とか見つけられた。
というのも、今回の遠征で犠牲になった冒険者の中に家を所有している人がいて、所有者無しとなったらしい。
家を持つ冒険者はない。
それは拠點を頻繁に移するからだけど、逆に移する必要がない場合、持つこともある。
それは將來、冒険者以外の職を得てここに定住することを決めている人だ。
殘された家族がいなかったことを考えるとまだ若かったのだろうし、きっと優れた冒険者だったんだろう。
もしかしたら、將來を約束した人がいたのかもしれない。
それに、冒険者以外の職で生きることも視野にれていたということは、何らかの才能もあったに違いない。
……まぁ、考えてもしょうがないことか。
家は壊した。
ヨナにもワユンにも理想の家があって、二人で妥協し合って作られた設計図、というか絵がある。
せっかくだから、新しい家を建てようと思った。
お金は腐るほどあるし、二人にとって、おそらく初めての家だ。
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妥協するわけにはいかない。
家を建ててもらう職人さんは、ひげ面の筋達磨、別名武屋のアレックスに紹介してもらい、見つけることができた。
わざわざヨナの部屋まで來てもらい、ヨナ作の設計図(らしきもの)を見せ、いろいろ話し合って描き直した、屋裏付きの小さな二階建ての家は、完まで一月近くかかるそうだ。
たった一月?
僕は驚いたけど、この世界には魔法もあれば、スキルもあるし、人の運能力だってはるかに優れているのだから、そんなものなのだろう。
そして、それから日が経ち、僕たちは再び教會を訪れていた。
教會は、平面の大きさはそれほど大きくはない。
小學校の育館の半面くらいだ。
しかし、見上げると吸い込まれてしまうような、そんな恐怖で下腹がみ上がるほどに高いステンドグラスでできた天井に、いつも僕は圧倒される。
正面と左右には、巨大な人像が彫り込まれていた。
全部で五ある。
正面にあるのは明らかに老人の像だから、それ以外が勇者や、その一行の像なのだろうか。
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普段は參拝者用に幾列もベンチが並べられている。
けれど今日はそれがすっかり片付けられていて、床に半徑五、六メートルほどもある、不思議な円形の模様と文字列が描かれていた。
その中心に、ヨナは仰向けに橫たえられている。
僕ら――リュカ姉にワユン、それからわざわざ來てくださったハンナさん――は出口側に、神父さんとシスターさんたちは反対の正面側に立ち、円を取り囲んでいた。
「な、なんか、恥ずかしいですね……」
ヨナがし張した聲で呟く。
「目は閉じててください。なぁに、すぐに終わりますよ、大丈夫。落ち著いて、ゆっくりと深呼吸してください。
皆さんも、気を楽にしてください。ただし、解呪の儀式はかなりデリケートなものなので、中、くれぐれも聲を発さないようご注意を」
ゆったりとしたテノールで神父さんは言い、淡い赤のがった大きめの瓶をシスターさんからけ取る。
同時に、シスターさんたち五名が神父さんを中心に円の周りへ等間隔に展開した。
「それでは、始めます。準備はいいですね?」
「……はい」
ヨナが小さく返事をすると、神父さんは瓶を掲げ――
「ハァッ!!」
気合とともにヨナの真上あたりへ中を振りまいた。
同時に、ヨナを囲むシスターさんたちが一斉に手を前方斜め上へ掲げる。
宙に放られたは、わずかに落ちたところで靜止し、ゆらゆらと浮いていた。
「カァッ!!」
二度目の掛け聲。
床に描かれた模様が紫に輝きだす。
浮いたままのは細長いひも狀になり、ヨナを中心にゆっくりととぐろを巻きながら降りていく。
神父さんが振り上げた手を勢いよくおろし、ちょうどとぐろの位置で靜止させた。
それより早いか遅いか、ほぼ同時にシスターさんたちは靜かに歌い始める。
歌は、どうやら呪文のようだった。
魔法を行使するのに呪文は必要ない。
ただし、魔力の運用はとてもな作業だ。
毒によって魔力の流れをされただけで、全く魔法が使えなくなるくらいに。
一人で一つの魔法を使えるようになるのだって、相當な訓練を要する。
ましてや、他人と力を合わせて一つの魔法をつくり上げるのは、凄まじい難易度になる。
おそらく歌は、全員の息をぴったり合わせるのと同時に、息遣いや発音が魔力の流れをる際の道しるべになる、みたいな役割を果たしているんじゃなかろうか。
そんなことを考えているうちに、とぐろの回転はどんどん加速していく。
それに呼応するように、シスターさんたちの歌聲もどんどん大きくなっていた。
呪文はとてつもなく複雑で、何を発音しているのかさえ聞き取れない。
ヨナのの周りが、し黒ずみ始めたのを見る。
それは靄のようだ。
とぐろの回転はいよいよ速くなり、いまや竜巻と見紛うほどになっていた。
歌聲は絶に近くなり、びりびりと教會の床や壁と反響している。
ふと、その甲高い歌聲の中に、不気味な深いバスが聞こえ始めた。
それは怒聲のようにも、斷末魔のようにも聞こえる。
數秒経って、ヨナから立ち上る黒い靄が消えた。
――功、したのか?
一瞬そんなことを思ったけど、とぐろも歌聲も消えていなかった。
むしろこれからが本番なのだと、神父さんの顔を見て悟る。
とぐろが一瞬撓み、次の瞬間、まるでドラゴンのように天へ向かって飛び出し、反転してヨナに飛び込んだ。
すさまじい勢いだった。
なのだから、ぶつかればそれ相応の衝撃があるはずだ。
しかしヨナは、まるで強い風に吹かれた程度にしか反応を示さなかった。
飛び込んだはすべてヨナに吸収されたように消えてなくなる。
シスターさんたちがゆっくりと踴り始めた。
やがて再び、ヨナのから靄が立ち上る。
けれど今度は、黒くなかった。
白、いや、銀にる靄。
まるでヨナを守るように周りをゆっくり旋回し、徐々にその形を崩していく。
明らかに、一度目の靄とは違った。
一度目のは、怨念とかそういった、まさに『負』の塊のような、そんな嫌なじがしたのだけれど、あの靄は違う。
優しいような、溫かいような、それでいてどこか悲し気な、そんなじだ。
――守っている?
そんなイメージが浮かんだ。
瞬間。
銀の靄が一気に立ち上り、ヨナの周りをカーテンのように覆った。
同時に、しいソプラノが響いた。
「っっ!?」
視界がかすんだ。
頬の上を、何かがり落ちるのをじた。
僕は、涙を流していた。
--懐かしい?
が締め付けられ、苦しい。
鼻の奧がツンと刺激され、あふれる涙が止まらない。
これは、切ない、だろうか?
なぜ、こんなに、痛いんだ?
ソプラノは歌聲のようにも、悲鳴のようにも聞こえる。
祈りと、悲哀。
そして、純粋な。
はっきりとはしないけれど、そのようなが伝わってきた。
あまりにもしい聲に、しかしまるで機械のように神父さんもシスターさんも、儀式を辭めない。
それは途中で儀式を中斷することの危険を知っているからだろうか? やり遂げなければならないという使命からだろうか?
それとも――?
この儀式が正しいことなのかどうか、一瞬疑念が生まれた。
明らかにこれはヨナを呪うものではない、そんな確信があった。
けれど、呪いによってヨナが苦しんでいたのも事実だ。
ならばこれは、解呪者のを続けようとする気持ちを削ぐための仕掛け、という可能もある。
呪いがよほど強力なものなのか、すでに數分経ったが、未だに靄は消えない。
ある種の執念すらじた。
それはまるで、子を守ろうとする母のような、そんなものだ。
やはり、止めるべきでは――?
そのとき、靄が強烈なを放った。
「「「っっ!!」」」
僕を含む周りすべてが、息を呑むのをじた。
網に投されたのは、しいの像。
手を広げ、ヨナをかばっていた。
『どうかこの子に、慈悲を――』
脳に直接響くような聲は、何度も反芻され、強烈に刻み込まれた。
が消える。
音も消える。
誰一人聲を発さない、完全な靜寂。
數秒間、強烈なによって視力が失われていた。
やがて目が慣れると、を発していた靄も、床に描かれた円形の模様も、赤いも、何もかも跡形もなくなっていて、ただ、何事もなかったかのようにヨナが仰臥している景が見えた。
周囲のシスターさんたちは、糸が切れたようにへたり込み、同時に大きく息をつく。
神父さんも幾分疲れたような顔をしていた。
僕たちはヨナのところへ駆け寄った。
これで本當に良かったのか、という不安があった。
ヨナがゆっくりとを起こし、こちらを向いた。
――誰だ?
思わず、立ち止まってしまう。
まるで山の頂で湧きだす水のように、一切の不純を排した、き通るようながそこにいた。
「オーワさん?」
細い首を傾け、聲をかけてくるそのの子の聲は、まぎれもなくヨナのものだ。
首にかけられているネックレスは、僕が上げただし、服も同じ。
けれど、聲が出なかった。
は新雪のように白く、白銀の髪はそれ自がを放っているかのような沢をもち、らかに流れる。
ある種の恐ろしさをじるほどに整った顔立ち。
けれどそれはまだ途上なのだとはっきりわかる。
確かにしいが、はっきりとさを殘していた。
それはきっと、耳や鼻といったパーツが目に比べて小さいからだろう。
その中でも一際目立つのは、やはり目だ。
一切の濁りのない白の中で、まるでルビーのように赤く輝く瞳は、儚げな見た目と反して力強さをじさせる。
出會ったときは枯れ木の枝のように細く頼りなげだった手足には、未だ細めであるとはいえ、しっかりとがついている。
頬などは、の良さを表すようにうっすら桃にづいていた。
この世のものとは思えないほどしい。
そんな表現があるけれど、まさにそんな表現がしっくりくるようなが座っていた。
ヨナはし不安げな表になる。
「な、なにか、失敗でも……?」
「い、いや、功だと思うんだけど……?」
僕にも判斷がつかないので、神父さんに助けを求めた。
神父さんは額の汗をぬぐい、優しく笑う。
「は功ですよ? 二つもの呪いがかかっていたのは驚きでしたが、いずれも問題なく解呪できました。もう何も、心配はいりません」
神父さんの聲は、一言で僕の不安を拭い去ったようで、急にの力が抜けた。
同じように安心したらしいヨナのそばに膝をつく。
「合、どこか悪くない?」
「いえ、びっくりするぐらい、が軽いです」
「痛いところとか?」
「ありません」
「どこか変にじたりは……うぐっ!?」
後頭部を叩かれた。
「ったくオーワは心配し過ぎだって! ヨナちゃんがまた不安がっちゃうじゃんか」
「叩くことないでしょう!」
振り返ると、満面の笑みを浮かべたリュカ姉がいた。
リュカ姉は僕の抗議をスルーしてヨナの顔を覗き込む。
ヨナは思い出したようにハッとして、顔を隠そうとしたけれど、それをリュカ姉が制した。
「えっ?」
「もう隠さなくていいんだよ? すごくきれいな顔だ。リュカ姉、嫉妬しちゃうくらい」
言われて、恐る恐るヨナは自分の顔にれ、驚いたように目を丸くし、ペタペタとくまなくる。
そして僕たちのほうを見た。
「これ……」
僕たちは無言でうなずく。
ヨナのきれいな瞳に、明な涙があふれて、零れた。
「あ……ぅあ…ぁ……」
「つらかったね、ヨナちゃん」
リュカ姉がそっと頭を抱えてあげた。
「よかったですね、ヨナさん」
ワユンもヨナに寄り添った。
僕の後ろで、鼻をすする音がした。
振り返ると、ハンナさんが涙を流していた。
いつの間に、ハンナさんはヨナとこんなにも親しくなったのだろうか?
ふと、場違いなことを思う。
バカ貴族とドンパチやってた時、ヨナの面倒を見てもらってたから、その時仲良くなったのかな?
って、こんなときに、なんて馬鹿なことを。
頭を振って、余計な思考を振り払う。
殘ったのは、
――よかった。
純粋な喜びだけだった。
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