《顔の僕は異世界でがんばる》恨みを抱く 32
「うぉおらぁあああっ!!」
気合とともに、手枷を檻の柵にたたきつけた。
高い金屬音と、鈍い痛みが発生するが、柵も手枷もびくともしない。
「はぁっ……はぁっ……」
もう何時間もずっと叩き続けていたせいで、肘から先はボロボロになっている。
くそっ、どんだけ頑丈にできてるんだこの檻は?
カオス・ドラゴンから得たエネルギーも費やして、<能力強化>のスキルはすでにレベル八まで上がっている。
いくら元の能力が低いと言っても、今の僕なら普通の鉄を破壊するくらい問題ないはずだ。
けれど、檻も手枷もびくともしない。
こうなることを見越して、特別製の檻にれられたのか?
魔人や強力な魔を捕まえておくための檻くらいはあってもおかしくない。
「……あれ?」
不意にから力が抜け、その場に餅をついてしまった。
立とうとして足に力をれるが、ふらふらしてうまく立ち上がれない。
力切れか?
もう丸二日近く何も口にしてないから、そのせいだろうか?
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つばを飲み込もうとすると、ひどく苦い、せんぶりのような味がした。
いや、これは水のせいだろう。
空腹は峠を越えると、我慢ができるようになった。
けれどの渇きはどうしようもない。
水、みず……。
今水が飲めたらどんなにいいか……。
樽ジョッキに並々注がれた水をあおる自分の姿がイメージされた。
水、あぁあ、水……。
澄んだ湖の中に飛び込む僕。
水のことを考え出すと、頭の中がそれでいっぱいになってしまう。
考えるな、考えるな考えるな!!
とにかく今は、出することだけを考えろ。
思い切り歯を食いしばって立ち上がり、再び手枷を檻へ叩きつけた。
たたきつけて、弾かれて、また叩きつける。
何度も繰り返す。
無心でそうしていると、のどの渇きも何もかも忘れられた。
もはや出することよりも忘れることの方が大事になっていた。
「うぅ……ぐ……」
胃には何もっていないというのに、沸いてくるような吐き気が止まらない。
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吐きたいけれど、吐けばますますひどくなるんだろう。
のどの渇き、吐き気、だけじゃない。
頭の奧の方がズキズキと痛い。
そのせいで、は疲労のせいかだるいというのに、寢ることすらままならない。
立つことすらできなくなった僕は、ただひたすら蹲って耐えることしかできなかった。
どれくらい時間が経った?
昨日が二日ってことは、四日くらいか?
人は確か、三日以上水を飲まないと、死ぬんじゃなかったか?
個差はあると思うけど、いずれにせよ、危険な狀態だ。
拷問でもなんでもいい、誰か來てくれ……水を、くれ……。
「……っ!」
ようやく気絶できそうになって、吐き気に目が覚めてしまった。
噛みしめるようにしてこらえる。
胃はよじれていたが、胃は競り上がってこない。
もうこれ以上は命にかかわると、はっきりじた。
何かないか?
もう何度見たかもわからない<解放>で得られるスキルを閲覧する。
<能力強化>にエネルギーを使ってしまったため、使えるエネルギーはあまりない。
慎重に選ばなければ。
<錬金>が使えないってことは、魔系統は魔法と同じ扱いだから、卻下だ。
武系も今は意味がない。
ぼやける頭を必死にかして、閲覧していく。
――だめだ。
出に役立ちそうなスキルが見當たらない。
「――うぐぅうっ!」
強烈な吐き気に腹が大きく捩れ、臓が競り上がった。
もうほんとに、限界だ。
無理。
とにかく調だけでも何とかしないと。
何か……?
意識が途切れた。
『――――――――』
「……ん?」
急に目が覚めた。というより、無理やり覚醒させられた。
何かわからないけど、とにかくなんか異質なものに無理やり意識を引き上げられたような覚だ。
誰かに起こされたのかとも思ったけれど、相変わらず牢屋の中に一人だ。
けれどすぐにどうでもよくなった。
どういうわけかわからないけれど、そのことが些細なことのようにじる景があった。
「これは……?」
視界には、意識が途切れる前に閲覧していた<解放>できるスキルの一覧表が映っていたが、その上に被さって強調されているウィンドウがあった。
『生命維持困難
急度Ⅱ/Ⅲ
一定量の生命エネルギーを有するため、第一臨時能力<次元転移>をキャンセル。
<王の力>解放度五十パーセントを超えているため、一部能力を発。
スキル<完全再生>発。
再生中。
現在33パーセント』
なんだこれ?
今まで見たこともない現象に戸っている間にも、みるみるパーセンテージが上がっていき、同時に調もよくなってきた。
やがて百パーセントになるとすっかり良くなり、ウィンドウも消えてしまった。
なんだったんだ?
中を調べてみると、腕の怪我やその他り傷などがすべてきれいさっぱりなくなっている。
どういうことかと悩んでいると、人の聲が聞こえてきた。
「なぁ、そろそろいいんじゃないか? もう五日だぜ?」
「いいや、ダメだ。あれは普通の人間じゃない。カミラ様からはなくとも一週間は近づくなと言われている」
「それ殺す気満々じゃねぇか。よっぽど恨まれるようなことしたんかね?」
「ベアード様が亡くなっただろう。奴の責任という話だ」
「マジか。そりゃごしゅーしょーさまだな」
軽いノリの聲といかにもお堅い聲だ。
「それだけか? だったら、大した用もないのに來るな」
「いやいや、誰かさんが退屈してるんじゃないかと思ってな。ずっとこんなとこにいるんだろ?」
「これも仕事だ、問題ない。それより、私語は慎むよう言われてる。もう帰れ」
「へいへい。でもよ、それももうおしまいっぽいぜ? なんでも、魔族の侵攻が急に激化したらしいんだ。それも、南側で」
「何? 北じゃないのか?」
なんだって?
思わず聲を上げそうになって、こらえた。
「そうそう、南側でだ。なんでも、人に化けてたんだってよ。頼みの綱の<ハンデル>も壊滅寸前らしいぜ。まるで、魔王が復活したみたいだって話さ」
<ハンデル>が? じゃあワユンたちも戦ってるのか?
しかも、壊滅寸前だと!?
悪夢のような會話は続く。
「それはまずいだろう。で、救援は?」
「あるわけないだろ。
なにせ、この王都ももうじき戦場になるって話だ。北方前線や各地の化けみたいなやつらも集まってるんだぜ? もうすげぇことになってんだ」
「お前は何で楽しそうなんだ。危機だろうが」
「いやいや、ここは最も安全だろ。だってラインハルト様たちがおられるんだぜ。様様だぜ」
「まぁそうだな。それよりもう帰れ。私語は慎めと言われていると言っただろ」
「へいへい」
會話はそこで途切れた。
ハンデルが壊滅……ワユンたちもいるのに!?
ヨナじゃない。
けど、絶対に無関係じゃないだろう。
このタイミング。
そしてヨナのあの異常な魔力……魔王が何なのかは知らないけれど、魔人たちを率いているのはヨナかもしれない。
ワユンたちの死が、転がっている。
その犯人は、ヨナ――
――ぞっとした。
消えてしまう……ようやく手にれたと思ったのに。
周りの人が當たり前に持っているものだけど、それを手にれるためには多くをかけてきた。
文字通り命を懸けたこともあった。
本當に死ぬような思いもした。
ズルだって駆使して、汚いこともして。
ようやくできた仲間だったのに!!
消える……一瞬イメージしただけで、の気が一気に引いた。
これ以上失いたくない。
全部失うなんて耐えられない。
みんなを守らないと!!
「うぉらぁあああっ!!」
再び手枷を柵にたたきつけた。
しかし、やはりびくともしない。
「くそっ!! このっ!! っつ!!」
くそっ、くそっ!!
みんなが危険だってのに、なんで僕はっ、こんな!!
「あぁあああああっ!!」
一人じゃドラゴンも倒せない、ヨナも連れ戻せない。あげくワユンを、みんなを助けることすらできない。
何にもできないじゃないか!!
妙な力があったって、ロクに使いこなせもしないで、一番必要な時だってのに、このっ!!
「くそっ!! 壊れろよ!! このっ!! うぐっ!!」
手に激痛が走った。
見ると、せっかく治った手を思い切りぶつけたらしく、骨が飛び出している。
「~~~~っ!!」
痛い……くそっ!!
火箸をぶち込まれたような強烈な痛みに、涙が滲んだ。
蹲ってる場合じゃないのに、くそっ。
僕の手が壊れてどうすんだ!!
「……そうか」
なんでこんな単純なことに気づかなかったんだ!
水のせいで意識が朦朧としてたからか?
どんだけボケてたんだ僕は!
思い切り息を吐いて、歯を食いしばる。
<能力強化>は、皮や骨をくするようなことはない。
筋力とか神経系とかが強化され、運能力が上がるだけだ。
その強化された運能力でもって、思い切り柵を毆りつけた。
「――――っ!!」
ぐしゃり、と鈍い音がして、僕の拳は々に砕ける。
確かに、日本にいた頃の僕よりは圧倒的に頑丈だけど、それでも、僕のは普通に人だ。
人外の域に達した筋力でもって思い切り鋼鉄をぶん毆れば、拳くらい砕ける。
たぶん<能力強化>は、他のスキルと並行して上げるべきだったんだろうな。
あるいは、<王の力>の覚醒とやらに合わせて。
いや、普通なら強化していく過程で<皮化>とかいうスキルも手にっていくんだろう。
そういえば、<強化>なんてのもあったな。
それを無視して急激にこればっか上げてたから、こういう不合が起きてしまう。
これじゃ本気で毆ることもできないじゃん?
「ははっ、痛ぇ……」
見る影もなくぐしゃぐしゃになった拳を見ると、笑うしかなかった。
なにせ、ここからがさらに地獄なんだから。
息を吸い込み、再び歯を食いしばる。
手枷から砕けた手を引き抜こうと力をれると、稲妻が走るような激痛が走った。
思わず力を抜いてしまう。
「~~~~っ!!!! はぁっ、はぁっ……くっ」
ゆっくり引き抜くのは無理だ。
一息に……せーのっ!!
「ぐぁっ!!」
激痛にすぐ力が抜けてしまった。
くそっ、怖い。
拳を潰すのは楽だったけれど、引き抜くのは辛すぎる。
骨が砕けているとはいえ、容易には抜けないから、じりじりと力をれて、自力で砕けた拳を潰していくようなものだ。
くそっ、こんなことで躊躇っててどうすんだ。
ヨナに加えて、このままだとみんなも失うことななるんだぞ?
そしたら、また一人だ。
「くそっ!! やってやるよこのぉおおおおっ!!」
大聲でんで、自分を鼓舞した。
力をれ、激痛をかみしめる。
ただ、嫌だと思った。
みんなを助けたいからじゃなく、みんなともう會えなくなることが嫌だった。
もう一人は嫌だ。
もう、笑ってる他人を見て慘めになったり、人目を避けるように生きたくない。
もう、一人でいることを無理やり肯定して、自分をごまかすように生きたくない。
もう、一人でいることを自して、卑屈になりたくない。
みんなと普通に遊びたい。
みんなと普通に話をしたい。
みんなと普通に喧嘩して、訓練して、冒険して――
――そうか。
単純なことに気づいていなかった。
主語は、全部『僕』だ。
みんなを守りたいのは、僕が心の底からそうしたいからだ。
僕は、みんなと笑って生きたい。
僕がみんなと一緒にいたいから、がんばるんだ!!
力を籠める――ぶちぶちという、およそ人間のが発していい音ではない音がして、手から先が燃えたように熱くなった。
歯を食いしばりすぎて切ったのか、口からが流れた。
「あがぁあああっ!!」
視界が明滅する。
僕自のの危険に、生理現象としての反反応によって、力が抜けそうになる。
これ以上は拳が使えなくなる、やめろと、本能がんでいた。
「ぐぅぉおおおおおっ!!」
ここから出て、取り戻すんだ!!
それだけを考えた。
楽しかったころだけを想う。
反を、本能を、意志によって押し込めた。
拳だった部分が、完全につぶれ――
「っらぁああ!!」
――枷が、外れた。
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