《顔の僕は異世界でがんばる》恨みを抱く 41
「うーん、難しいねぇ。リュカ姉にはよくわかんないや」
話が終わり、沈黙が流れかけたところで、リュカ姉が相変わらずな聲で言った。
「でも大切なら、ヨナちゃんの味方をすればいいんでない?」
「ちょっとリュカ!! それ、どういう意味か分かってんの!?」
カリファが慌てて遮った。
すなわち、僕が人と敵対するということだ。
そうなれば、確実にヨナの復讐は達されるだろう。
なぜ今まで魔人が攻めてこなかったのかはわからないが、僕抜きで考えれば現狀、力の差は歴然と言える。
けれどリュカ姉は全くじずに続ける。
「當たり前じゃん。けどそれがどんなことであれ、仲間の願いには力を貸してやるのが、仲間なんじゃないの?」
「それはっ……」
カリファは反論しようとして、口ごもった。
何か言葉の外に、別の意味を込めたような言葉に聞こえた。
僕じゃなくて、カリファに対して言っているような。
「ま、まちがってるわよ。仲間だったら、間違ったことは正してあげないと。一緒になって間違えるなんて、おかしいわ」
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「じゃあ聞くけど、何が正しくて何が間違ってるんだよ? 相手のやってることを間違ってると斷定するのは、傲慢なんでない?
なくともあの時も、今も、私には何が正しいかわかんないな」
「はぁ!? 人がこんなに殺されてんのよ!? 人を皆殺しにしようなんて連中の味方すんのがどうして正しいことになるのよ!?」
「私たちは魔人を皆殺しにしようとしてる。お互い殺しあってるんだ。どう違う?」
「それはっ、そう、かもしれないけど、でも違うわ!!」
カリファはに任せて、リュカ姉は努めて冷靜に、言い爭った。
「違ぇな」
マルコは無表で口論をぶった切る。
「お前ら、論點がズレすぎだ。これはクソガキ、お前がどうしたいかって問題だろうが」
マルコはいつになく真剣な表で、こちらを向いていた。
僕がどうしたいか、だって?
「だから、わからないんだ」
「難しく考えんな。人がどうとか、魔人がどうとか関係ねぇ。嬢ちゃんの気持ちとか、そういうのも全部関係ねぇ。
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ただ、お前はどうしたいんだ?
どうなるのが、お前のみなんだ?」
どうしたいか? どうなるのがみか?
「そんなの、わかりきってる……また、ヨナもれて、みんなで楽しくやりたいんだ。くだらないこと話して、一緒に冒険でもして」
「なんだ、じゃあそうすればいいじゃねぇか」
簡単に言ってくれる……そんな簡単なことじゃないだろう!?
なんでわからないんだ ︎ バカにしてるのか ︎ 怒りがこみあげてきて、どうしようもなくなった。
「でも、それはヨナのむことじゃない!! 僕の勝手でヨナの思いを踏みにじるなんて、やっちゃいけないだろう。自分勝手で仲間のことも考えないなんて、稚だ!!」
「馬鹿が。だからお前はガキなんだよ」
「何がだよ!!」
相変わらず落ち著いた様子のマルコに、腹が立って仕方がない。
「相手の思いを尊重して、何が悪い!!」
「お前のそれは尊重じゃねぇ。本當に尊重してんだったら、お前のみもぶつけるもんだ。対等なら衝突もあるだろうが。
ただけれるだけってのは、ガキのお守りしてんのと変わらねぇよ」
「じゃあ、自分勝手に、力づくで何でも押し通していいって言うのかよ!!」
「違ぇな。てめぇの思いもぶつけてみろって言ってんだ」
みをぶつけてどうにかなる問題じゃなかった。
そんな言葉が、なぜか言葉にならない。
    僕は、僕のみを言っただろうか? ヨナを諭して、拒否されて、それで・・・・・・
    ヨナを諭す? こうするべきだって?
ハンナさんの言葉が蘇っていた。
僕は、今もヨナを見下しているのではないか?
「いいか、クソガキ。本當の大人ってのは、本當にむことに向かって、全力盡くせるやつのことを言ってんだよ。
もっともらしい理由をつけて、小難しい理論をこじつけて、他のやつに責任押し付けて、やりもしねぇのにできないなんてぬかしやがるのは、なりそこないだ。
できねぇ理由を、他者に押し付けてんじゃねぇ。
てめぇも、そこのバカも、大人になったつもりでいるガキだ」
    けれど、納得いかない。怒りは鎮靜されてきていたが、もやもやしたものがくすぶっている。
「なに、言って――」
「聞き捨てならないなぁ、マルコ」
僕の言葉は、リュカ姉の聲に遮られた。
いや、リュカ姉の聲なんだけど、今まで聞いたことのない質だ。
いつの間にかリュカ姉はを起こして、マルコを凝視していた。
無表の中に、まるで研ぎ澄まされた刃のような視線。
酒場でマルコと口論していた時でさえ見ることはなかった。
リュカ姉が本気でキレていた。
「私が、いつ、やりたいことできなかったって?」
「今も、昔も、ずっとだろうが。なんでエーミールを引き止めなかった?」
マルコは冷靜なままだ。
けれどその問いがタブーであることが、カリファとリュカ姉の顔を見て分かった。
「あんたに何が分かる? あいつはエミーリアのためならなんだってするだろうし、私はその気持ちがわかる。だから……」
「だから何もかも許して、好きにさせるのか? あの時は俺たちを裏切って、今度はガキを直接手にかけて、その上どっかに消えたんだぞ」
「それがあいつの最善だから、しょうがない」
マルコは大きくため息をついて、
――え?
ほんの一瞬、ものすごく切なそうな顔をしたように見えた。
「馬鹿が。お前が一番、あいつにいてしかったんだろうが。元に戻ってほしかったんだろうが」
リュカ姉の顔が引きつって、歪んだ。
マルコがリュカ姉の核心に踏み込んだのだと思った。
「だからお前は、あの後も、何年もずっとあいつと行してたんじゃないのか? いつか元に戻ってくれるだろうと思ってたんじゃないのか? だから今も、あいつの足跡探してるんじゃないのか?
本當はお前――」
「そうだよ」
マルコの言葉にリュカ姉が靜かに被せた。
リュカ姉は震えていた。
「そうだよ、好きだったさ!! 私が一番、あいつに元に戻ってほしかった、あいつと一緒にまた笑いあいたかったんだ!!
でも、あいつはエミーリアのことでいっぱいいっぱいだったし、その気持ちは誰よりも分かっちゃったんだ。
手伝ってやりたいと思ったんだ!!
だから、私は自分のやりたいようにやってるはずなんだ!! あいつの力になって、エミーリア取り戻して、それで――」
「そうだろうが。
お前がんでんのは、エーミールのバカに元に戻ってほしいってことだろうが」
「だから、そのためにエミーリアを救う手伝いを――」
「もう、何年経ったと思ってる」
マルコの言葉に、リュカ姉とカリファが息をのんだ。
「十年は経った。最初の二年は俺らも手を貸して、方々回ったよな。それだけでもかなりの數の証言があって、ことごとく的外れだった。
そして、事件があった。
あいつは俺たちの村とその周辺、すべてを犠牲にして、何を得たんだ?
得た報は、どうだった?
そのあとも、あいつは貴族どもの手足として、いろいろやってたみたいじゃねえか。
危ねえ橋いくつも渡って、何人も殺して、得た報はどうだった?
全部的外れだったじゃねえか。
そもそも、何に襲われたのかすらわからねぇんじゃな。人攫いにあって今奴隷になってるってのも、適當な報だろうが。
薄々、気づいてんだろう? エミーリアは、リュナンは、もう――」
「ははっ……」
リュカ姉が、唐突に変な聲を上げた。
顔は引きつったように口角が上がり、目はうつろだ。
笑い聲とは違うけど、それに似たなにかだ、というじ。
得のしれないそれに、ぞっとした。
「はははっ、そりゃ、そうだよ。エミーリアもリュナンも、きっと、もういないんだ。
でも、しょうがないだろ? それを言ったら、エーミールは本當に、おかしくなっちゃう」
「おかしくなったっていいじゃねぇか。お前は、それでもあいつのそばにいたかったはずだ。なくとも、消えることはなかった」
「いいわけないだろう!!」
リュカ姉は激高していた。
基本楽天家だけど、リュカ姉は人並み外れて冷靜だ。
こんなに緒不安定な姿は、初めて見た。
……いや。
そういえば、リュカ姉もやっぱり、年相応に緒があったな。
マルコはそんなリュカ姉を見て、表を険しくする。
怒ってるようだけど、ただ怒ってるというじじゃなかった。
オーク・キングと対峙した時の、あの攻撃的な雰囲気じゃない。
「いいさ。
それでも、時間があれば徐々に、元に戻ったはずだ。
なくとも、消えちまうことはなかった。
言っただろうが。
ぶん毆ってでも、何してでも、俺はあいつの目を覚まさせる気だった。
あの時は失敗したがな。
そのあと手を引いたのは、お前が言ったからだ。
絶対に元に戻すってな。
俺はそれを信じたんだぜ?
実際、お前には一番その可能があった。お前が、気持ちを伝えていれば、もしかしたらってな。
まぁ、ことごとく失させられたが」
「――っ!!」
リュカ姉が反撃しかけたが、言葉になっていなかった。
「なくとも、あいつが自分から消えない限り、可能はあった。
あいつが消えちまったのは、抱えた負い目に耐え切れなくなったからだ。全て肯定してけれて、ずっと付いてきてくれるお前に対して。
あいつはクソまじめだからな、荷をほっぽり出したりできねぇだろ」
リュカ姉の顔は、青ざめていた。
エーミールが自暴自棄になっているなら、何をするかわからない。
最悪、自殺も考えられると、僕にも分かった。
「じゃあなおさら、探さないと……なんでマルコは、そんな落ち著いてんのさ?」
「探して、見つかったか? なくとも俺は、痕跡すら見つけられなかったぜ?
……見つかるわけねぇだろうがっ!!
あいつが、あの化けが、本気で隠れようとすれば、俺たちが見つけられるわけがねぇ。
あいつが消えてから、もう、何週間も経ってるんだぜ?」
マルコの聲も震えている。
怒りか、悲しみかはよくわからない。
「別に方法はいくらでもあったはずだ。
お前がめば、その可能はあった。
お前は怖がってたんだよ、あいつに嫌われんのを。
だから、自分のやってることをあいつのせいにして、逃げた」
「違う! 逃げてなんか、ない……私は」
リュカ姉は泣いていて、カリファはめようか迷っていた。
そんな様子を、マルコはただ見ている。
握られた拳からは、が流れ続けていた。
「ここ數年、あいつの目は、お前みたいに冷たくなってたな。
けど、あいつはお前を見るときだけ、を持ってた。
特に、オーワと嬢ちゃんが來てからは、しあの頃に戻ってた気がしたんだぜ?」
僕には事がよくわからないけれど、なくとも、今の優しい言葉が何よりもリュカ姉を傷つけたことはわかった。
リュカ姉はもう、號泣している。
強い冒険者ではなく、可哀想なの子にしか見えなかった。
マルコはこちらを向いた。
「いいか、クソガキ。これだけは忘れるな。
こいつみたいに、いや、俺たちみたいにはなるな。
何かに遠慮して、自分のやりてぇことを押し込めちまったら、二度と手にらなくなるモノがある。
そういうモノに限って、一生引きずっちまうようなモノだったりするんだぜ?」
リュカ姉たちを見て、僕は頷いた。
「でも、僕は、怖いんだ。臆病だからさ。
ヨナと敵対するのは、怖い」
「そりゃそうだろうぜ。俺だって、あいつらと敵対すんのは怖え」
マルコはリュカ姉とカリファを見て言った。
「當たり前だろうが。
だから、頼れ。戦力にはならなくても、支えくらいにはなるかもしれねぇ。そのために仲間ってのがあるんだろうが」
仲間。
いつの間に、手にれていたんだろうか。
たぶん、僕はここにいるみんなのことを、仲間って呼べるんだ。
ずっと持っていた疑問があった。
今、尋ねてみるのもいいかもしれない。
「仲間って、なんだろう?」
「あ?」
「どういうモノなら、仲間って言えるのかな?」
マルコは眉を顰めて、やがてため息をついた。
「お前は、いや、リュカもそうだが、難しく考えすぎてんだよ。
一緒にいてぇと思えば、仲間だろうが。
そういうモンに理屈とか理由とかつけようとするから、おかしくなんだよ」
「……なるほどね」
なんか、納得できてしまった。
と理は対極にある。
それを一緒に考えようとしてたから、こんがらがったんだ。
だから僕は、持っていたのになんか違うとじてたのか。
「恥ずいこと言わせんな」
マルコは、照れくさそうに後頭部を掻いてそっぽを向く。
珍しい仕草だけど、今日一日で二度見れたってことは、案外癖だったりするのかもしれない。
「マルコはさ、エーミールがいなくなっても、冷靜なんだね」
「まぁ、俺は別に心配してねえからな。
あいつは心は弱ぇが、強い。
俺たちの前から消えようと、おかしくなっていようと、生きていることには変わりねえだろう。
いつか見つけたら、思いっきりぶん毆って、手足折ってでも連れ帰る。
それだけだ」
寂しそうな雰囲気は隠せていないけれど、どこかすっきりした顔だと思った。
「んなことより、今は差し迫った問題だ。
お前はどうすんのか、さっさと決めやがれ。
お前が決めねえと、俺たちの予定も決まんねぇじゃねえか」
「いや、もう決めたよ」
なんか、いろいろ考えてたのがバカらしくなってしまった。
人からも魔からも敵対されたって、関係はないな。
何が一般的に正しいだとか、そういうのも関係ない。
僕はもう一度、ヨナに會う必要がある。
今度は間違えない。
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