《顔の僕は異世界でがんばる》恨みを抱く45
ルビー・ドラゴンに二時間ほど乗って、北方の境界付近の町<スクルム>に著いた。
クリムゾン・ワイバーンの數倍は早くついた。
けれどその反が大きく、ワユンには無理をさせないよう魔法でベールを造り覆ったが、それでも疲れが見える。
先にアレンとエレンの顔を見ておきたかったので前線より先にこの町へ寄っていこうと思ったのだが、町には全く人気がなかった。
<暗視>スキルを解放して確認するけれど、やはり人はいない。
まさか、もうすでに襲われた後なのか?
ぞっとしたけれど、建は無事みたいだ。
「避難したのでしょうか?」
「かもしれないね」
ここの領主はアレンたちの親で、立派な騎士だったと聞いている。
もしかすれば異変に気が付いて、町の人たちを前もって避難させておいたのかもしれない。
そして兵士たちは北方の境界あたりに集中させているのでは?
まずは狀況を確認しないとな。
境界付近まで行けば誰かいるだろう。
「とにかく、もうし北へ行ってみよう」
「はい」
再びドラゴンを急かし、北を目指した。
し飛ばすと、遠くにどこまでも続いていそうな森が現れた。
暗黒大陸だ。
そしてその森から數キロほどもこちら側に、背の低い塀がずぅっとびている。
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さらに近づくと、それは塀ではなく魔が整然と並んでいるのだとわかった。
ドラゴンの速度を落とし、よく観察してみる。
<暗視>スキル最大でも距離と暗闇のせいではっきりとは確認できないが、大きいものから人間サイズのものまでさまざまな魔が一直線に並んでいるようだ。
橫には一キロ近く列がびているが、それを一まとまりとして、同じような群れがはるか右手にうっすらと見えた。
異様な景だった。
恐ろしい景でもあった。
なにせ、対する人間の軍が、あまりにもなかったのだから。
人間のほうは申し訳程度の塹壕を用意している兵たちが見えたが、その數はどう見ても魔の百分の一にも満たない。
その中央に、魔を睨みつけるティターニアがいた。
「オーワさん、あれ……」
「うん、魔だね」
ワユンの震えを押し殺したような聲がした。
「おかしくないですか? これ」
「うん。こんな狀況で、魔があんな風に攻撃を我慢してる意味がない」
まるで、餌を目の前に『待て』をしている犬のように見える。
合図があるまで待機しているのだろう。
つまり、あれらはすべて召喚獣だ。
「それに人間側の軍がなすぎる」
「ですよね」
とてもこの數で今までずっと均衡がとれていたとは思えない。
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主力はすべて王都へ向かったと考えても、あまりにもなすぎる。
すでに戦があったのだろうか?
「とにかく、一度降りてみよう」
「はい」
僕たちはゆっくりと人間側の近くへ降りて行った。
ドラゴンに乗ったままでもパニックにならないよう、上空で僕たちはドラゴンから飛び降り、妖たちの力でゆっくりと降りて行った。
ドラゴンは見つからない程度の高度を保ち、待機させている。
駐屯地のり口にいた兵に止められたが、ティターニアを従えると、兵たちはすぐに司令部まで案してくれた。
さすがティターニアだ。すでに信頼を勝ち得ているらしい。
駐屯地にはテントがあるだけで塹壕も柵もなく、いかにも即席で造られたという様子だ。
たまにすれ違う兵士たちはこちらに目もくれず慌ただしくいているが、それは指揮が高いからではなく、現実から目を背けようとしているように見える。
テントの間をいくつか抜け、中でもいくらか大きい一つに著いた。
案してくれた兵士が中にると、しして慌てたようにテントの中からアレンたちの父親であるバウアー男爵が出てきた。
僕たちを見るなり、信じられないというように口を開閉する。
「お久しぶりです、男爵」
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「な、なぜここにあなたたちが!? いや、そんなことはどうでもいい。今すぐにここを離れてください!! ここは危険なんです!!」
「落ち著いてください。何も僕たちは観に來たわけじゃありません、戦いに來たのです」
「ふざけないでください!!」
僕の言葉に男爵は怒鳴り聲をあげた。
僕たちのことを想ってのことだろうというのはわかる。
「ふざけていませんし、何もせず帰るつもりもありません。まずはどういう狀態なのか、お話だけでも聞かせてくださいませんか?」
一切退く気がないという意思を目に込める。
「いつ魔の大群が攻めて來るかもわからないのですよ? やつらがその気になれば、我々など路傍の石のように蹴散らされてしまう」
「知っています。見て來ましたから」
男爵は信じられないというように眉を顰めた。
「……中へおりください」
男爵は僕の目をじっと見つめ、やがてあきらめたかのようにテントのり口を開けた。
テントの中は機といろいろな印の書かれた地図だけがあった。
僕たちは男爵の対面に腰を掛ける。
男爵が頭を下げ、切り出した。
「先ほどは失禮しました。ですが、ここはあなた方が思っているよりはるかに危険なのです」
「ここが危険だということは承知しているつもりです。
先ほどしばかり拝見しましたが、あの魔たちは、普段からああいう風なのですか?」
「いえ、普段は時折危険な魔がやってくる程度で、あそこまでの數が揃うところは見たことがありません。
ましてや、あのようなものは。あれではまるで、掛け聲を待っているかのようです」
「僕たち人間を食らう掛け聲を」
僕のつぶやきに男爵は頷いた。
「それと気になったのですが、人間の本隊はどこに配置されているのですか? このあたりには見當たらないようなのですが」
「……これが、本隊です」
僕の質問に、男爵は俯き、し間をあけて悔しさを押し殺したように言う。
「これが?」
「えぇ、そうです。北方前線の主力はすべて王都へ招集をかけられました」
それは聞いている。
けれど、このあたりにはほかの領主もいるはずだ。
「すでに戦があって、壊滅したとか?」
「いいえ、戦はありましたが、被害は多くありません」
じゃあ、どうして?
疑問を見かしたように、男爵は続ける。
「ほかの領主たちは、みなあの大軍を見たとたんに逃げ出しました。こちらによこされた遣いからは、自分たちは王都へ加勢に向かうから、お前たちには守りを任せるとだけ聞いています。
そして魔が進行してくると、ほとんど戦うまでもなく、あっという間に拠點を奪われ、敗走しました。
なぜか侵攻が止んだため、今はこうして様子を見ていますが」
「……なるほど」
領主どもが敵を前にとんずらこいたという事実が、簡単に納得できてしまった。
今まで出會ってきた領主どもを思えば、遣いをよこしただけましとさえ思える。
酷すぎるな。
男爵は怒りを隠しきれなくなっていた。
「領民たちがどうなるかなど、一切考えもせずにあの者どもは逃げたのです!! 領主ともあろうものが、守るべき領民を逃がすこともせず、自分たちだけで!!
……失禮しました。
現在の兵力はここにいる二百の兵と、各地の領民を避難させるために派遣した五百の兵のみです。
一度あの魔たちが攻めてくれば、たちまち蹴散らされてしまうでしょう。
私たちの役目は、なんとか領民が逃げ切れるまでの時間を稼ぐことです。命を懸けてでも」
「わかりました」
素直にそう答えると、男爵は顔を上げた。
「本當に分かっておられるのですか!? なら今すぐにでも、ここから離れてください! 危険なのです!」
「何度も申し上げますが、僕はあなたたちを、いや、アレンとエレンを助けにここまで來たのです」
男爵が固まった。
そして、わなわなと震え始める。
「そのためだけに、こんなところまで?」
「そのためだけ、と言いますが、あなたはどうなんです? ほかの領主は逃げた、あなただって逃げられるはずです。
いや、むしろ逃げるべきでしょう?
この程度の人數じゃ時間稼ぎにすらならないことは、わかっているはずです。これでは犬死だ」
僕の反論に、男爵はふと笑みを浮かべる。
「それは……私が元騎士だからでしょう。騎士は何かを守るために存在しています。たとえ相手がどんな強敵だろうと、逃げることを許されない。
戦士とは違い、勝ち負けではないんです」
「僕も同じですよ」
男爵の論理は間違っていると思った。
男爵はまるで、守るべきもののために死ぬことを誇りとでも思っているような言い方をした。たとえそれが犬死だとしても。
確かにそれはカッコいいけど、アレンとエレンのことを思えば、むしろ一緒に逃げてやってほしかったと思ってしまう。
この狀況なら、むしろそちらのほうが領民も含めてアレンとエレンが生き延びやすくなる。
まぁいろいろながあるんだろうけど、共できないな。いやまぁ、僕の共能力が低いからかもしれないけど。
橫のワユンはしてるみたいだし。目がうるうるしてるし。
……騎士じゃなくたって守りたいものくらいはあるしな。
「僕にも守りたいものがあって、そのためにここに來たんです。
アレンとエレンは守りたい。
正直に申しますと、領地だとか領民だとか、そういうのはどうでもいいんです。
ただ、あの二人は友達ですから」
どこかで聞いたような、陳腐なセリフだと思った。
僕だったら特に心をかされるとかないだろう。
けれど男爵は言葉に詰まったようで、口を開けたまま靜止し、やがて軽く頭を下げた。
理解してもらえたようだ。
「……ありがとう。どうやらあの子たちは、私の手を離れた數日で、かけがえのないものを手にれたようだ。今なら、人攫いにも謝できそうです」
男爵はまっすぐにこちらを見て、改めて頭を下げた。
なんか気恥ずかしかったので早く話題を変えよう。
「あぁ、えっと、そういうことなので、僕たちも戦います」
「いや、それよりもお願いしたいことがあります。
あの子たちは今、私の妻と他の領民とともに南下しています。
ですが、兵をつけているとはいえこの地での行進はあまりにも危険ですし、なにより、ここが突破されればあっという間に魔の波に飲まれてしまうでしょう。
ですので、どうかあの子たちだけでも安全なところへ連れて行ってやってください。かなうことなら、妻もともに」
それは懇願だった。
今までじたことがないほどの熱量を伴った視線だ。
「ほかの領民や部下の家族を差し置いてこんなことを言うのは、領主として間違っていることは承知しています。領主失格でしょう。
ですが、どうしても……」
領主としての道徳観念とかあるんだろう。
僕にはよくわからないけど、それと親としてのが葛藤しているってところかな。
一瞬そんなことを考えて、ふと思った。
いままであまり気にしたことなかったけれど、こういうの悪い癖だな。
他人のを、分析するみたいに捉えてしまう。
まるで構分でも解析するように。
なんでこう、ワユンみたいに、をでけ止められないのか。
って、今はそんなこと悩んでるときじゃない。
すぐに男爵へ「わかっています」と応え、シャドウとアプサラスとハイ・ピクシーを上空にいるドラゴンの背中の上へと<転移召喚>し、適當な數まで<増><群化>させ、彼らに領民の捜索と保護、必要なら治療を命じた。
ドラゴンの速度でそこら辺を飛び回れば、すぐにでもシャドウの索敵範囲に引っかかるだろう。
一般人の歩行速度で數日歩いた程度の距離、ドラゴンなら労もない。
「今召喚獣を捜索に向かわせました。二人を含め、領民の無事は保証します」
「は?」
男爵があっけにとられるのも無理はないと思った。
傍から見ればぼぉっとしてただけとしか思えないだろうし。
けれどワユンはもうこの程度じゃ驚かないみたいだ。
「すみません。僕の力について詳しいことを説明するのは難しいので省かせていただきますが、とりあえずここは僕に任せてください。
必ず、二人の住んでいた町も、二人にとって大切な人も、全部守ります」
「……本當に、妻と二人は無事なのか?」
せっかくカッコつけて言ったセリフも素通りしてしまったようで、男爵は半信半疑と言った様子で尋ねてくる。
けれど、僕の顔を見て本當だと確信したのか、力が抜けたように息をついた。
「どうやら君には、僕が及びもつかない力があるようだ。
僕もそれなりの騎士だったからかなんとなくわかるけれど、君からはなにか異質なものをじるよ。
っと、すみません。昔の癖で、敬語を忘れてしまうことがありまして」
「いえ、構いません。話しやすいようにお願いします。それより、まずは防壁と塹壕から造ってしまいましょう」
「は?」
男爵はいっそう間の抜けた聲を出した。
「そういうのを造れる魔法が使えます。規模はまぁ、たいていは大丈夫なので、どの程度のものをつくればいいか指示をください」
「は、はぁ……わかりました」
信じてないっぽいな。
まぁ當然か。
それでも男爵は地図を僕たちの前に移させ、書き込み、説明してくれた。
説明によると、とりあえずここを中心に左右一キロで、高さと頑丈さはできる限りというじだった。
堀もだいたい同じじだ。
高さや厚さについて的な指示もあったけれど、たぶん相當控えめに言ってるだろうという理解でいいと思う。
とにかく堀は大きく深く、壁は高く頑丈に造ればいいってこと。
早速僕とワユンは男爵を連れ、高臺へ移した。
男爵が兵士たちを安全な位置まで避難させたのを確認して、作業を始める。
召喚するのは……土を扱うからべヒモスだな。
いちいちノームを進化せるのも面倒なので、土の大霊べヒモスを<解放>した。
ついでに<魔力回復速度上昇>スキルを含む強化系のスキルをすべてを<解放>して、レベルを八まで上げとこうか。
解放に使うエネルギーなら目の前に腐るほどあるし。
べヒモスを召喚し、十ほどに<増>、そして<群化>し、等間隔に移させた。
命令すると、地響きが鳴り響き、地面から巨大な壁が競りあがっていく。
たぶん壁の向こう側では、堀が出來上がっているんだろうな。
そこら中から兵たちの驚く聲が聞こえ、近くにいた男爵は、逆に驚きのあまり聲が出ないようだった。
思ったより余裕があるのでさらに木の大霊エントを<解放>して、同じように配置する。
命令すると、土でできた巨大な壁にエントが生み出した巨大な蔦が絡まり、張り巡らされて、壁を覆いつくした。
さらに僕は地面へ飛び下り<錬金>を発し、壁の表面を鉄でコーティングしていく。
おっと、防壁なんだから上へ登れるようにしておかないとな。
それと巨大な門をいくつか作っておこう。
みるみるうちに魔力が削られていくのをじ、頭痛がしてきた。
さすがにしキツイな。
けれどそのおかげで思ったよりもずっと立派な防壁ができた。
ワユンと男爵たちが高臺から降りてきたので、僕は立ち上がる。
「とりあえずこんなものでどうでしょう」
「こ、こんなもの……あ、ありがとう、十分だ」
男爵は顔を引きつらせていた。
護衛の兵たちが『化け』と呟いているのが聞こえる。
すっげぇ引かれてるな。そりゃそうか。
「ふ、ふぇぇ……どんどんオーワさんが人間離れしていきます……」
「う……」
ワユンが久しぶりにけない聲を上げたのが、何気にショックだった。
強くなればなるほど距離が開いてしまうような気がして。
「ワユンまでそんなこと言わないでくれ……」
「へっ? あ、いや私はどんなにオーワさんがアレでも好きですよ! むしろ強くてかっこいいじゃないですか! ……あっ、いやあの、好きっていうか、その……」
わざとらしく落ち込んでみせると、ワユンは必死にフォローをれてくれる。
うん、元気出てきた。
復活!
「冗談だよ、ありがとう」
「ふぇ? あ、はい」
ワユンに笑いかけ、再びべヒモスたちに命令する。
元気が出てきたというのは気持ちだけじゃなく、実際に魔力もすでにほぼ回復しつつあった。
これがスキルの恩恵か。
もう自重する気はない。
僕がいなくなった後も、魔人たちの侵攻を食い止めなければならないんだ。
「まぁ今はこれくらいですけど、し休憩をれながら最終的にはここから<スクルム>まで囲むくらいの防壁を造ってしまおうと思います。領民も<スクルム>に運んでしまって、町ごと守ったほうが楽なので」
「は?」
守る対象は一か所に固まっていてくれたほうがはるかに確実だし、楽だ。
男爵の疑問の聲を黙殺し、作業に戻る。
先の命令で、すでにさらに同じような規模の壁が出來上がり、そこへエントが蔦を張り巡らせていく。
僕の目でもこの暗闇だとかろうじてしか確認できないけれど、作業は順調に進んでいるようだった。
「ちょっと移してきます。十分もあれば一通り終わらせられると思うので、それまで待っていてください。
ワユン、ここで待っててくれ。もし何かあったら男爵たちを連れて逃げるんだ」
「はいっ」
ティターニアもいるし大丈夫だとは思うけど、今の作業で魔たちを刺激してしまった可能もある。
なるべく早く戻ってこないとな。
ワユンのいい返事を聞いて、僕は駆けだした。
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