『どうしてこうなってしまったのだろうか………………』

客席から高さ2メートル程のステージの中央から見回す景は、日常からは余りにもかけ離れ過ぎていて、軽く2時間くらいはこの場所に立っているというのに、まだ目がクラクラする覚が抜けない。

次の演奏が最後の曲だというのに、ステージの上から見渡す景には慣れそうにない。いや、きっと慣れることなどおそらくないだろう…

 數えきれないほどの人々がサイリウムや、ペンライトなどを振り、この薄暗闇の中を“”を燈して《Godly Place》のメンバーたちを応援している。

 それはまるで、満點の星空と見間違えてしまう程の輝きだ。

しかし、唯一違うのは、ここには靜寂はなく、地を揺らすほどの歓聲が激しくアリーナの壁を震わせているところだろう。

ただこの一時のために何千何百の人達がこの場所に集い、終わらないようにと願いながら、壯大で盛大な終わりをむ。

 これから始まる演奏サウンドに…

 これから始まる音楽語を…

 「ーー うっ… 」

  突然、天井のスポットライトに照らされ、思わずギターのネックを握っている手とは反対の手で、を遮るように両目の上にかざす。

頭と顔を覆うような仮面マスクをつけていても、目の部分までは隠せないため、薄目を開いて、もう一度あたりを見渡す。

  全てが暗闇の中で、自分だけがを持っているような不思議な覚。

大勢と自分1人とは違うという孤獨、自分だけが特別だという優越もなく、ただじていたのは…

よかった… という安堵。

スポットライトの強すぎるのせいで観客の顔はほとんど見えず、何か人型の影のようなものがボヤッと見えるだけで、ここが今現在數千人を収容している國最大規模のアリーナであることを思い出さずに済みそうだったからだ。

別段人見知りでも、張し易いというわけでもないが、流石に規模が違い過ぎていて『普通』という覚がだんだん狂ってくるようにじる。

「おいユウ！　いけるか！？」

 息を長く大きく吐き出して呼吸を整えていると、後ろから大聲で自分の名前が呼ばれて反的に振り返る。

  スタンダードな配置にシンプルな組み合わせのドラムセットの間から、こちらの様子を伺うようなピエロのような仮面マスクがこちらを伺っている。

Tシャツの上からでもわかる細マッチョな筋に大量の汗を滴らせていながら、なぜか爽やかな雰囲気をじてしまう、このバンドのドラム擔當のマシュだ。

マシュと視線がぶつかると、うんと大きく頷いた後に、何故か右腕でマッスルポーズを取ってくるのだが、あいつなりに頑張ろうぜとエールを送っているのだろう。

そこから視線を左にかすと、自のの大きさとは不釣り合いな大柄なベースをの前で構え、ハイポジションの姿勢をとる、これもまた顔の半分だけを隠すような仮面マスクを被った、どこか中的な雰囲気を漂わせるヨシヤがやれやれと言った様子で首を振る。

ヨシヤから正反対の位置、上手側に立っている、これもまたゾンビや悪魔のような悍ましい仮面マスクを被った長髪大柄な男はショウちゃん。

やたら先の尖ったギターをギラつかせ、さらにギラギラした目で観客に睨みを利かせているので、そのままその尖ったギターで人を刺してしまうのではないかと心配になって視線を外す。

そして、すぐ右隣には、し出が多い気がするが何処か品のあるステージ裝をバッチリ著こなした、我らが《Godly Place》のボーカル顔であるミュアが軽くウインクをした後に、口パクでガンバレと言ってくる。

目を閉じれば昨日のことように思い出せるバンドの結からこれまでの軌跡は、この5人で歩んできた奇跡だ。

ゆっくりと正面に向き直り、短く息を吐いてから心を整える。

 もう一度、今度は深く息を吐ききると、の中心のその奧から響かせるように音を奏でいく。 

らかい6弦の音と靜かにり合い、新しい音楽世界が創り出されていく…

  フッと息を吸う音だけが耳に殘る。そして次の瞬間、全ての楽音が溶け合い、全てがひとつになっていく…

 創り出された世界は優しく、強く、壯大に、目に見えない景を映し出していく…

 その歌は価値観の違い、文化の違い、言語の違い、全ての壁障害を取り去り、１つに繋いでいく、自分たちの願いも、この場所にいる全ての人たちの想いとを…

…

……

………

 靜寂と共に視界が暗くなる。ゆっくりと目を上げると客席から大波のような大歓聲が一気に押し寄せてきた。

ーー あぁ、終わったのか…

それがライブが終わった瞬間に、最初にじた偽りなき気持ちだった。

「お疲れさま！」

 溢れんばかりの笑顔で、ミュアが駆け寄ってくるのを合図に、メンバー全員が中央に集まり橫並びになって手を繋ぐ。

「せーの！」

掛け聲を合図に繋いだ両手を高々と持ち上げると、勢い良く振り下ろしながら深々とお辭儀をする。

またしても大歓聲の大波が客席から押し寄せてくるのをでじながら、言葉にできないような達と充実が全を広がっていく。

しかし、直ぐにそれは今まで味わったことのないような疲労と倦怠に変わり、

今にも崩れ落ちそうなを何とか引きずりながら控室に移した。

「あ～…」

パイプ椅子に倒れ込むように座ったが最後、おと椅子がくっ付いていて離れることはない。

疲労が全を巡り、目を閉じたらそのままいくらでも眠ってしまいそうに思える。

いや、いっそのこともう眠ってしまおうかと思いながらも、やっぱり考えてしまうのは…

「どーしてこうなってしまったんだろうか…… 」

「ユウ、聲に出てるぞ」

かさずマシュが汗をタオルで拭きながら突っ込んでくる。

「まーだそんなこと言ってるんだ」

  ミュアが俺の顔を覗き込みながら、いつまでそんなことを言い続けるつもりなのかと言わんばかりだ。

「それで、アンコールはどうするの？ちなみに僕はどっちでもいいんだけど」

座って汗を拭いているヨシヤが、控室にまで屆いてくる大音量の『アンコール』についてメンバーに問い掛ける。

もちろん選択肢はひとつ。

「アンコールはやめ…「「「やろーう！！」」」

「ですよねー… 」

 どうやらみんなやる気みたい、うん、ダメみたい…

  しかしながら、椅子に張り付いたおを持ち上げることが出來ずに項垂れるユウを、ミュアが両手でグッと引っ張り上げると、またあのステージへと背中を押す。

「わかった、わかったから！もうこうなったらどうにでもなれーッ！！」

そしてまたスポットライトと歓聲が轟くあのステージへと向かいながら思う事は…

 またしても…

「どーしてこうなってしまったんだろうか… 」