「えっと、『無事に隅の席を確保した』送信っと… 」

 攜帯で歩にメールを送り、窓の外から駅前の差點の景をぼんやりと眺める。

 今日は、歩と2人でガップレについての話し合いと、俺の宿題を見てもらうことになっていた。

 歩となら俺の家で會えばいいのだが、今日はこの後家で何かあるらしく、まるで蟲でも払うように妹のに家から追い出されてしまった。

 しかし、歩とはホテルの風呂で水戸さんの魔の手から助けてもらって以來、何となく俺の方だけ気不味い雰囲気になっていたし、家でその話題は話辛かったので、そういう意味では好都合だったのかもしれない。

「ごめーん勇志、待った！？」

 相変わらずの黒縁眼鏡にぱっつんの黒髪を揺らしながら歩が喫茶店のり口から真っ直ぐし急ぎながらこちらに向かって歩いてきた。

「そんなに待ってないよ、歩はいつもと同じで紅茶でいい？」「うん、でも今日はちょっと走って來て、汗掻いちゃったから、アイスティーにする」

「了解」

 頭の位置まで左手をあげて店員さんを呼び、アイスティーとカフェオレを注文する。

 その間、機を挾んで向かい側に座った歩が、シャツの首元の襟を指で摘み、パタパタと中に空気を送っている仕草が目にり、急いで視線を店員さんに向け直す。

 後もうしで、の谷間… いや、ブラジ… いかん！ 邪念が！！

 「悔しいけど、僕も男なんだな… 」「どうしたの？ 勇志」

「いや、何でもない… それより、歩が走って來るなんて珍しいな、何かあった？」

 未だに元をパタパタしている歩を見ないようにしながら、遅れて來た理由を問い掛けると、やっと元に空気を送るのをやめた歩が口を開いた。

「ちょっと水戸さんからの呼び出しで、事務所に寄って來たの」

「最近多いな、またどっかの雑誌の編集者の人か？」

「ううん、今回は映畫會社の人とかで、何でも今度の映畫の主役をミュアさんにやっていただけないか？って話」

「はあ〜、凄いな… それで？」

「もちろん丁重にお斷りしたわよ！ 全く、私のことを何だと思ってるのかしら！？ アイドルじゃないんだから、グラビアとか映畫とかに出るわけないじゃない！ それに… 」

 ここ最近メディアの出が増えたからか、ミュアこと歩に対して雑誌のグラビアやら、テレビのバラエティー番組やらの出演オファーが絶えず社長兼マネージャーの水戸さんのところに來ているらしいが、歩はそれら全て斷っていた。

 歩が言うには、音楽活以外はする気がなく、ましてやGodly Placeとしてでなく、ミュア単に仕事を依頼してくるのが気にいらないらしい。

 俺を含め他のメンバーも水戸さんも、歩の個人活はむしろ応援するスタンスだが、當の本人が首を縦に振らないことには始まらないわけだ。

 もし今後、音楽活も含めて歩がソロで活するようになれば、俺との約束も果たされたことになるのだろうか？

 希の歌を歌わせる最高の舞臺を用意するという約束、そして哀しみに暮れる歩を綺麗だと思ってしまった自分の贖罪…

「ーー ねぇ！ 勇志、ちゃんと聞いてるの！？」「え！？ も、もちろん！ 聞いてたよ？ それで？」

「それで？ じゃなくて、勇志は私にどうしてほしいのかって聞いてるの！」

 し考え過ぎてしまったようで、歩に名前を呼ばれて我に返ったが、歩の話を半分も聞いてなかった。

「あー… えっと、何を？」「もう！ やっぱり聞いてないじゃない！？」

「ごめんごめん、ちょっと考えごとしてて… 」「もう！ 私が映畫でどこの誰かも分からない人とキスしてもいいわけ！？」

「いや、それは嫌だ！」「そ… そんなにはっきり言ってくれるんだ… 」

「え、何だって？」「ううん別に！ それより考えごとって？」

 俯いて、モゴモゴ何かを言ったと思ったら、勢いよく頭を橫に振って話題を変える。

「いや、その… 歩のがまた長したんじゃないかと… 」

「ちょっと！？ どこ見てるのよッ！？」「すまん、つい… な」

 一瞬で自分のを両腕で隠した歩が、顔を赤らめながら俺に怒り出す。

 こう言う時の誤魔化し方は長年の付き合いで、よく心得ていた。

「もう！ 勇志は目の前にがあったら何でも良いわけ！？ 私の… ならともかく、他の人のとか食いるように見つめたらダメなんだからね！ それに勇志はいつも… 」

 しばらく、俺へのお説教が終われば、後に引っ張ることはない。それは安心していい。

 だけど、俺の頭からキアラとのことが離れない。

 キアラのそれでも俺を待ち続けると言った時の顔が、脳裏に焼き付いて離れてくれないんだ。

 歩との約束に縛られているとさえ思えてしまうほどに…

「ねえ、そろそろ家に帰らなくていいの？」「家に？」

 歩のいきなりの話題転換に驚き、思わず聞き返してまう。そんなに直ぐに家に帰る予定などないはずだが…

「ちゃんから聞いてないの？」「何を…？」

 意外そうな顔をして歩が話を続ける。

「今日、これから勇志の家で文化祭のとき延期になった『大和子選手権』を開催するってこと」「はあーッ！？」

 俺は思わずその場で大聲を出して立ち上がってしまった。