《僕の前世が魔でしかも不死鳥だった件》不死鳥の何でもない日常
その日は、何でもない平日だった。
本當に何でもない、有りがちな日常だった。
普通に授業をけて。
普通に休み時間を過ごして。
普通に晝食を食べて。
いつも通りに優希姫は僕の隣にいて。
當たり前で、大切な時間が流れていた。
その日の放課後もまた、特に変わったこともなく。ホームルームが終わって下校時刻になると、僕は優希姫と教室を出た。
「夕月、卒業式の在校生代表挨拶の練習はもういいの?」
「もう飽きるほど自分が書いた原稿を読んだからな。先生たちのOKも貰ったし、良いだろ」
「アハハ、でも夕月が代表挨拶なんて、先生たちの評判かなり良くなったよね。小學生の頃は不良扱いだったのに」
「古い話を思い出させるな。第一、小學生の頃だって悪いことしてた訳じゃない」
「そうだね。不良というより、暴君だったし」
「うるせ」
そっぽを向いた先の窓の外には、グラウンドでは野球部とサッカー部の部員が練習の準備を始めている。
そういえば僕も優希姫も、バイオリンは習っているが部活にはっていない。
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僕はこんなだから部活という集団行や縦社會には向いてないとして、優希姫は僕と友達になってからもクラスで皆に好かれる人気者だ。勉強も運も出來て、集団にればその力を存分に発揮できるだろうに。
「なぁ、優希姫は何で部活にらなかったんだ?」
気になって訊ねてみると、彼はちょっと困ったように口を開いた。
「うーん、家のことがいろいろとね。こう見えて忙しいときもあるし」
「ほー」
まあ、あんなに立派な家ならな。
家族が良い人たちなのは知ってるが、々堅苦しい家柄なのかもしれない。裕福な家庭ならではの事というやつか。
そういえば、優希姫が夜の散歩に出るようになったのも、窮屈な世界から出たくなるとかいう理由だったしな。案外、家のことで悩んでることも多いんだろう。
そう結論付けていると、
「あ、せんぱーい!」
近頃よく聞くようになった聲に呼ばれた。
今日は珍しく姫剎が生徒玄関ではなく渡り廊下の所で待っていたようで、僕たちを見つけるやいなや、こっちに向かって駆けてきた。
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おい、廊下は走るなよ。
呆れながら駆けてくる姫剎を見ていたそのときだ。
姫剎目掛けて、野球ボールが窓ガラスを割って飛び込んできた。
「きゃあ!!」
悲鳴が上がる。
「姫剎!!」
「星河さん!」
僕と優希姫は慌ててしゃがみこんだ彼に駆け寄った。
余程ボールの勢いが強かったのか、窓ガラスは派手に割れていた。
幸い野球ボールは姫剎に當たらなかったようだが、彼の手足は割れたガラスによって切り傷が出來ていた。
けど良かった、深くはない。が滲んでるが、大した怪我じゃな…………い?
「………………え?」
僕は目を見開いた。
さっきついたばかりの切り傷が、次の瞬間には消えていたからだ。
本當に、跡形もなく。
これは、まさか………、
「星河さん、大丈夫?」
と、背後から聞こえた優希姫の聲に、僕の意識は思考の海から現実に戻ってきた。
「怪我はないみたいだな。立てるか、姫剎?」
「は、はい、大丈夫です」
僕は姫剎の手を引いてゆっくりと立ち上がらせる。
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彼の顔は青い。
それは果たして、ガラスを割って目の前を掠めた野球ボールのせいだろうか。
それとも、別の何か。
あの瞬間、近寄ってきた僕が傷口をハッキリと見たことは、姫剎にも分かったはずだ。
だとしたら、彼が青ざめているのは先の危険ではなく…………、
「ねぇ、夕月……星河さん本當に大丈夫なの? 顔真っ青だけど、保健室連れてった方が………」
「あ、ああ、いや、もう放課後だし、僕が家まで送って行くよ」
どうやら優希姫には見られなかったようだが、ややこしくなる前にこの場を後にした方が良いだろうな。
その帰り道、姫剎は黙ったまま、一言も口を開くことはなかった。
いつも明るい彼のその様子は、余程のショックをけているみたいだ。
さて、どうする?
あの一瞬で消えた傷。
まるで僕と同じだ。
訊くべきか? それとも僕から言うべきか? 
いや、どちらにせよ今じゃないな。
結局、下校中に僕と姫剎は一言も喋らず、彼を家に送り屆けて僕もそのまま家に帰った。
そして、その日の夜。
時刻は午後十一時を回った頃だ。
僕は中學のグラウンドにいた。
再度確認と、攜帯端末を開いてメッセージを見る。
『分かりました』
と一言だけ書かれた畫面。
僕が送ったメッセージに了承してくれたなら、來てくれるはずだ。
目を閉じて、周りの音に耳を澄ませる。
「お待たせしました」
そして、その聲は聞こえた。
すぅ、と彼は夜の闇の中からゆっくりと歩いてやってきた。
「いや、こっちこそ呼び出してすまない、姫剎………」
彼、星河姫剎はいつもの明るさがを潛め、暗い闇を宿した瞳を真っ直ぐにこちらへ向けている。
「呼び出された理由は分かっています。放課後の件ですよね?」
「ああ、あのとき、君は確かにガラスの破片で切り傷を負っていた。それが………」
「一瞬で跡形もなく消えた」
僕の言葉を先読みした姫剎が言った。もう隠す気はないようだな。
「それはそうですよ」
そして、星河姫剎は眼鏡を外し、自のに手を當て、ハッキリと名乗る。
「私は吸鬼。再生能力を持った不死の生ですからね」
その人ならざる生きの名を。
同時に黒だったはずの姫剎の髪が青白く染まり、黒い瞳は真紅に輝いた。
「………吸、鬼?」
僕は思わず呟いていた。
その生を、僕は知っているからだ。
あの世界、昔の僕が見てきた世界にも存在していた。
人々に恐れられ、最強の魔とまで言われた怪。不死の化け。伝説の鬼。僕も噂で聞いたことはあったが、會ったことはなかった。まさかこの現代で、この姿で、目にすることが出來るとは。
「信じられませんか?」
僕の姿を揺してると思ったのか、姫剎はそう問いかけてくる。
「あ、いや………」
言葉を返す前に、姫剎は目の前から消えた。まるで霧のように。
まさか………、いや間違いない。これは吸鬼の能力の一つ。
「霧化?」
「正解です。よくご存じですね」
その聲は僕の後ろから聞こえた。
慌てて振り向くと、元の実を持った姿で姫剎はそこに立っている。
「なるほど、どうやら本らしいな。それで? 吸鬼といえばもう一つ、人のを食事とする能力があったはずだが………」
「確かに生きは我々の好ではありますが、それが全てじゃありません。普通に人と同じ食事を摂り、日しを嫌いするなんてこともない」
姫剎はどこか悲しげな表で語る。
「平凡な暮らし、平凡な人の中に溶け込む、化けです」
それは、僕と全く同じだ。同じ在り方だ。
「私は、平凡な暮らしをんでいます。普通に人間として、人間と同じように、この世界で生きていたいんです」
僕と全く同じ考えと、思いで彼は生きている。
「お願いします、先輩。誰にも、人間たちには誰にも危害は加えません。どうかこのことはにしてもらえないでしょうか?」
深く頭を下げる彼は、いつかの通事故から助けたときと重なる。
彼が吸鬼だったなら、あの程度のことで死にはしない。実際、トラックに轢かれても平然と生きていられただろう。
なら僕がやったことは、ただの大きなお世話というやつだったはずだ。
だが、彼は僕に禮を言いにきた。あの事故のすぐ翌日にだ。
自分が不死だから、死なないから、そういうことではなく、彼はちゃんと人間として、助けられた命に謝を述べた。
ああ、そうか。
これが、僕のあるべき姿だったんだ。
不死を過信して人を助ける、それがただの人間なら、命を捨ててでも人を助けるに変わる。
僕は不死だからけたのか?
正直それはどうでも良い。ただ間違いなく、不死であることになからず頼っていたんだ。
あのとき、僕は命ではなく、人であることを捨てていた。
自分がみ、生きることを選んだ道を投げ出した。
だが彼はどうだ。
無意識に発する再生能力は仕方ないとして、彼は自分をたった一つの命しかない人間として生きている。
それが如何に大切なことなのか、僕は分かろうとして、分かっていなかった。
人の命の大切さを、理解出來ていなかった。
どうやら彼に教えられたらしい。
その大切さとやらを。
なら僕も、隠すことなく話すべきだろう。
「分かった。君が吸鬼であることは黙っている」
「ほ、本當ですか!?」
「ああ、それと、君に聞いてもらいたいことがある」
「……………聞いてもらいたいこと?」
「そうだ。僕は………」
と続けようとしたところで、
ヒュン!
風を切り裂くような音がグラウンドに響き渡り、星河姫剎の左腕から赤い鮮が舞った。
「うっあぁぁぁ!」
倒れ込み激痛を訴える姫剎のび聲が上がる。
「姫剎!?」
何だ、今のは?
の矢みたいなものが、姫剎をった。
「誰だ!?」
僕はが飛んできた方に向けてんだ。
姫剎の傷はすでに塞がっているが、痛みは殘っているのかまだけないでいる。彼を庇うように立った僕は、暗闇の中の気配を探る。
誰だ。誰が姫剎をった。
慎重に警戒を高めていく僕とは対象に、彼はあまりにも無造作に真っ正面から堂々と現れた。
「…………放課後のあのときに見せた再生能力。やっぱり、あなたは吸鬼だったみたいだね」
「君は………」
闇の中でも月明かりに輝く黒く長い髪を靡かせて、彼―――赤城優希姫はそこに降り立つ。
左手に握った銀の弓を、星河姫剎に向けながら。
「私は魔退治を生業にする神の使徒・天使の一族、赤城家の優希姫。伝説にして最強の魔―――吸鬼・星河姫剎を討伐するために來たの」
「何を、言っている………優希姫………」
僕の思考は真っ白になっていた。
「魔は神の敵。それが誰であろうと」
何故、優希姫が………。
「夕月、例えあなたの後輩だったとしても、相手が魔である限り私は討伐する」
いつもの優希姫じゃない。
この冷たく突き刺すような威圧。
「どきなさい、夕月……」
その口調さえも、僕には別人に思えた。
僕は生まれて始めて恐怖というをこのにじることとなった。
他ならぬ親友の、殺意によって。
何でもない平日だった。
本當に何でもない平日だった。
それなのに、どうして………、
「どうしてだ!?」
誰に向けた言葉だったのか、僕にも分からない。
ただ運命を呪うように、僕はんだ。
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